『学知に触れる①』

『学知に触れる①』




 地下にある学術都市の、更にした

 其処は人の知る術なき秘匿の空間。

 ある神の集積した情報が音もなく眠りに就く暗所は、まさしく"魂が眠る"かのような静謐を湛え——。




「————…………」




 その神聖領域で目を覚ます神——"賢知けんちの化身"。

 祖たる大神より『解明かいめい』の題目だいもくを与えられ、同時に存在の核とされた『知識の欲求』がままに"世界を知らん"と。

 そうであるが故に長年で学びを続け、今に至っては『博学』で『多識』の、現在地の"資料室"を己が為に設けた『知者ちしゃ』がこの男神。





「全然、何も」


「何も——"分からない"」





 外界からの干渉を拒むよう閉じきった扉の奥。

 自身の研究室に籠もっては、素気なく扉の向こうへ呟いたのが"知識の神"の——名を『ワイゼン』という神であるのだ。




「そして何も、"何をも分かりたくない気分"」

「そうは言っても『起きろ』と言っている……! "大勢たいせいに変化が起こる時"だ。せめてもう少し、"やる気"をだな——」

「出直せ。学びの意欲は枯れたのだ。再びに充填じゅうてんがされるまで誰とも会う気はない」

「おいっ! ワイ、ゼン……ッ!!」

「うるさい」




 その、ワイゼン。

 やはりは自室で寝転びながらの語調は冷たく。

 "こういった状況も想定して頑健に作った扉"が外にいる男神プロムの強力きょうりきで叩かれる音を身に、しかしその『知友』を名乗る光神に言われても『梃子てこでも動かぬ』構えを崩さず。




「第一、壁を隔てたこの状態でも遣り取りは出来る。実際に今まで"例のデータ収集"も筒がなく進み、己が出張る必要性を感じない」

「……いいのか? 都市うえでは『学長就任がどうの』と騒がしく、俺の記憶している所では"お前の番"がまさに回ってきている筈だが」

政変せいへん早逝そうせいで代替わりも早まったのだろうが……構わん。適当に代理でも立てる」




「何より、表立って活動を再開するにしても『むさらきのゴリラからだ』と以前に言ったはず」


「……だからして、俺の予定を狂わせるな」


「次なる我が好奇心——"減衰げんすいさせてくれるなよ"」





「光の波。ただでさえ騒がしくてかなわん」

「……」




 峻拒しゅんきょされた隻眼の神では溜め息。

 開かぬ扉の前、『頼れる友』を『巨神殺し』の好機へ引きり出す手法を暫し無言によって思案。

 そうして間もなく、『力尽ちからずく』とばかりに拳で無限の光輝を纏いはじめた——プロムへ。





「——"例のけん"。『はどうか』」





 掛けられた声は光の権勢が照らす地下で直角に曲がる通路の奥から。

 その威光が及ばぬ影より徐に進み出て——小玉体。




「…………『依然、よどみなく』」

「……」

「詳細な報告に関しても定刻に上げた通りで……それより今は其処な"知識神ちしきじん"を貴卿きぎょうの——"未知なる暗黒の力"で是非に引き摺り出して欲しいもの」

「"未知"なる……"ちから"?」




「……よく存じませんが期待には沿えぬでしょう」


「"未だ知らぬものは知らぬ"から……御免あそばせ」


「我が方で権能の安売りはしていませんの」




 少女の形は小首を傾げる仕草。

 素知らぬ顔で言ってのけ、"未知の神"たる大神は"知識の神"が膝下へ——数多に秘して置かれた"迎撃や測定の仕掛け"を掻い潜って顕現し、引き籠る神に聞こえぬよう切り出す"内密な話"。




「それでなくても"世界を知らんとする神々"に未知をひけらかすこと、恐ろしく」

「……」

「ですが、"ある事に協力"さえして頂けるのなら……私の方でも手を貸すのにやぶさかではない」

「……"ある事"?」

「ええ。例のものとは別件で、少し——」





「——『学びのなんたるか』を説いてやってほしい者がいるのです」





 比較的に知識の神が高く評価する美神に加えて『未知みずからと呼ぶ者』を放たんとする暗黒。

 意図は読みきれずともしかし、間もなく利害の一致で神々は示し合わせ——『学道がくどう』を一路邁進する神の下へ、"伸び悩む若者"たちが足を運ぶ。



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