『秘奥の目覚め①』

『秘奥の目覚め①』




 女神の『ソルディナ』と名乗る道化の光が去って間もなく。




「既に『"そういった欲心よくしん"のある』ことは貴方が自身の口から説明をしてくれて」


「ですから女神イディア共々、私も"それ"を承知の上で貴方と御付合おつきあいを続けている訳ですが……」




 アデスとルティスの師弟は場所を"内密な話"に持って来いの共用空間へと移しての談話。

 度々に『胸へ向かわせる青年の視線』に対して女神たちより"指摘"を受けての大切な——"情欲"についてのお話。




「それにしても相手の……取り分け『女神の胸を見過ぎ』ではありませんか」




 床に敷いた座布団で正座をしながらに両者は向かい合い、『ジトジト』とした半目の眼前では『びくり』との震え。

 上述の指摘に覚えのある青年、『自分で気付いた時には止めるようにしていた視線』が『言葉で注意を受けるほどに表出していたのだろう』ことを申し訳なく思いながら、恐る恐る。




「……そ、"そんなに"……?」

「……実際の例として先週の合同訓練が終わった後、貴方は女神イディアとの会話中に"百八十三秒ひゃくはちじゅうさんびょう"——実に対面していた時間の凡そ三分さんぶんいち言葉を述べていました」

「…………」

「『露見していなかった』とでも御思いか。我が弟子」




 合わせる顔のなく思い、青年が沈める視線の前で炎を思わせる赤の眼差しは不動に鋭く。




「…………」

「……まぁ。"無意識的なもの"が殆どであったようですが」

「……ごめんなさい」

「謝る先があるとすれば、それは私よりも美の女神だ」




「……ですが、彼女に対しては前もって私が断りを入れていても"そのこと"への要望は未だなく」




「よって『気分を害された』との報告があった場合には貴方へもお伝えしますので……その時は共に、謝罪へと赴きましょう」

「……はい」




 けれど、当事者の言動に反省の色はちゃんと見受けられて。

 その下がる頭に、肩に。

 落ち込む青年の様子も見たアデスは一旦に瞑目を挟んでからの語調、終始で話す調子は『やんわり』と。




「……」

「……私も伝えるべきかは悩んだのですが」

「……」

「視覚を最重要としない、それが『数ある感覚器の一つでしかない』神にとって『貴方の繰り返し動かす目は奇異に映る』と……"不満"でなくとも"指摘"はありました」

「……」

「私が貴方の告白を耳にするより早くから気付いていた以上、大抵の者……"特に女神たち"も同様であったのでしょう」




 例えるなら"そういった本"を隠し忘れて、剰え『居間に置き忘れたのを保護者に見つけられてしまった』かの"微妙な温度感"。

 その"底冷えしても気遣いが温かい"ような言い表し難い雰囲気の中で老いた少女は続ける。




「……以後は更なる注意を」

「……はい」

「私が相手ならば兎も角、やはり貴方は女性の胸部に"執着"の傾向が見受けられますので」




 どちらも丸い『つき』と『すっぽん』、されどのバストでじゅう二十にじゅう

 今に挙げた例は宇宙を駆ける神々にとって"微々たる差"でも、二度の臨死体験を経た元男子高校生では"気になる明瞭の差"。

 "死という終わりへの恐怖"が齎らした変質はやはり欲求にも大きく作用して、『己の生きた足跡を残そう』との本能は生前より更に勢い、著しく。

 また離別した家族を思い、寂しさに"他者の包容"——『生死さえ不確かな己の承認』・『存在証明の安心』などを求める青年にとって『大きな胸は"抗い難い魅力の塊"』であるとの事実を恩師も踏まえ、探す、落とし所。




「……やっぱり"悪い"ことですよね」

「……いえ。悪徳に一家言いっかげんある者としては『必ずしもそうではない』とも思いますよ」

「……?」

「比較的に巨大な胸を最上さいじょうにしたとてほかけなす——『小乳しょうにゅうを絶対に劣るもの』と見做みなして"侮言ぶげんを吐く訳でもない"のなら……大丈夫」




「それにだって、貴方は……『慎ましやかのそれを酷く嫌悪している』ということでも……ないのでしょう?」




 "外見的特徴"や、"性的の消費"など。

 そういった極めて難しい問題に対して『続けるべきは苦悩』と、『"正しき解"の存在が疑わしい問いへ安易に結論を出すことは危険』と知る——"過去で既に鏖殺おうさつを選んだ冥界の神"は『それでも』今に言葉を選ぶ。




「そ、それは……はい」

「言うなれば『どちらかと言えば大きいの』であって……実際はの……"好き"?」

「え、ええ。そうだと、思います(?)」

「本当ですか」

「はっ、はい」

「……ならばき、き。やはり厳しく非難をされるようなことはありません」




「"積極的に誇る"べきこととも違うかもしれませんが……それでも、"恥じる必要だってない"」


「大小や形を問い過ぎずの"広く愛する博愛"……いいではありませんか」




「貴方を教え子とする私も、取り立てて恥じる気持ちはございません」




 繰り返しで頷きながら、少し前に『大事な話がある』と切り出してから今の今まで暗くしていた魔眼に明かりをともして、慈顔も見せる。




「欲を持つことや、それに突き動かされて行動を選ぶこと自体も絶対の悪ではない」


「性的に消費することだって、その行為がどれだけ狂気・猟奇的であろうとも"個人個神の世界で完結している"ならかくと言うつもりはない」


「ただ『明確に他者を害してしまった』場合に問題は起こり、の手の信頼はしていますが……『同意なく他者に行為を強いる』ようなことが、"あった時"にこそは——"強めの折檻"です」




 柔和な笑顔で刺す釘、涼しげに。

 話を聞いて"了解"の頷きを示す青年で『未知の仕置き』に背筋も"冷んやり"で。




「視線については相手方あいてがたいさめられれば向けるのをめ、直ぐに謝りましょう」


「興味のない相手に体を『まじまじ』と見られるのはあまり気持ちの良いものではない。関係が余程に親しくない限りは自重じちょうの努力が必要です」




「……それは、勿論。何処まで『無意識に注意を払えるか』は"不安"ですが『努力はする』と約束して……また気持ち悪くて、本当に御免なさい」

「そうまでは言っていませんよ。要は『時と場所をわきまえるべき』と、既に貴方が気を遣ってくれている『節度』の話であって……『欲心自体を否定して切り捨てろ』とも言いません」




「『愛』に代表されるよう"ほっする心"は時に無限の原動力となり、一種の"幸せ"を形作ることもある故に……ね?」


「それにむしろ、口に出すのもはばかられる『あれそれ』を知る者としては……"微笑ましい"とさえ思うのが正直な所なのです」




「……?」

「『女性の胸が気になる』とは、"健全"。長命にして"魔王たるわたし"から種族や生い立ちの変遷を流し見ても……全く以って"健全の部類"であるのだぜ?」




(だ、『だぜ』……?)




 片目を瞑ってみせる不思議な魅力の神。

 "良き指導者"の有り様を未だ模索する彼女で再び、"青年の苦悩に寄り添う挑戦"は続く。




「……とまでを言った所で"一方的に期待を掛けるだけ"はこくでしょうから私は"貴方の不安"へも、"お付き合い"を」




「先述の通りで『決して悪いことではない』とも思いますので『非を正す矯正きょうせい』という形にはしたくありません」


「なので先立っては"貴方が考える改善の希望"を伺い、それから『保険』の科目として諸々の前提知識と合わせて"節度ある振る舞い"を講義形式にて学びましょう」


「"単位取得"のあかつきには『ご褒美』も用意していますので——」





「"共に"、頑張りましょうね」



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