『女神ソルディナ③』

『女神ソルディナ③』




「——"むむっ"!」




(————)




 作用する引力、若者を身近に寄せて。

 片やのソルディナと名乗る女神に重圧を掛けて——その二者の間、川中に立つ者。




「——……『生類みな死によって終わるべし』の神」


「その多くが命の源泉。"原点にして頂点の光を見過ごすことは出来ない"——か」




 水中より噴出する溶岩流の如き漆黒。

 虹彩異色オッドアイの眼光を真面まおもてから受けて、睨む柱。





「"…………"」





 燃える深淵——赤黒き魔眼。

 介入せし白黒の死神は王の奸策を阻むのだ。




「であれば逃げも隠れもせず——どうも、"初めまして"」




「……」




「『女神ソルディナ』です」




 だが、視線で両者は譲らず。

 神々の王に、魔王に。

 光と闇は其々が其々の『王』の身分で宿敵と相対して緊張の走る世界。

 極まった者たちの攻撃は必ずしも音を発する必要などはないから——静寂、表層の平和。

 されど、切り結ぶ眼光でその何方も今の再会に際して笑みはなく。




「また一応に『久しぶり』とも」


「晴天の続く夏のみぎり。今日は"川遊び"で"濡れる"ことも想定しての、この水着かっこう




「……」




「熱気であふれそうな胸は苦しくて」


一女神いちめがみとして原初の女神へはやはり、特段の敬意をひょうする意味でも『貴方あなた』と呼ばせて頂きます——女神アデス」




 頭巾が下、冷厳のアデスに対して手振りも交えて銀の低頭ていとうはソルディナ。

 圧を掛けられて重い筈でも煌びやかな動作に付いてまわる麗神の肉感は張り、揺れる胸にすそから覗くももなまめかしく。

 それでも礼節を知る表情で、淑女の色でも暗黒の女神と向き合う。




「……誰の許可を得てはなしている」

「え、ぇぇ……?」

青年これだ」

「……それは"ズルい"です。此方だって若者と『ジュッポリ』はしたい」

「……」

「口で遊べば事の『しん』か『』かもわかろうというのに、それを"邪魔"して————」




「——おーう!!」




「むぐ——っ"!?」




 しかし、互いが謁見の直後。

 左目近辺に傷を持つ女神の顔は光の速度で飛び付いた自らの娘によって覆われて、もがもが。




「ぬぅぅ……! 特に問題なくとも前が見えません!」

「えへへ」

「もう! これから大事なお話ですので、せめて肩車かたぐるまで遊んでなさい。ラシルズ」

「はーい。我が主神しゅしん、仰せの通りに」




「……」




(何が起きてるのか……全然わからない)




 そのまま顔面に引っ付いた金髪赤目で長身のラシルズ、同じく長身のソルディナの肩へと移動。

 また光の対面では闇の勢力、アデスの背後で守られる青年は気付けば岩場で座す姿勢。

 その外部からでは状況が見通せぬ状況を方々で作っては大神同士——"腹の探り合う会談の場"。




「……」

「いやいや、お待たせしてすみませんね」

「……光にしては随分と"迂遠うえんの様"をしている」

「……そうですか? そう貴方に見えるなら、ボクも"毒気を抜かれた"のかもしれません」

「……」

参照元さんしょうもとが余りにも純朴で……見るからに善良の水鏡みずかがみであったがゆえでしょうか」

「……」

「ふっ。またそして極まった力を持つ我々は『弱く健気な者』に"庇護の欲求"を掻き立てられて……そういった意味で貴方のお弟子さんは先ず一つ『大物食いジャイアントキラー』の資質が見えます」




(な、なに……? 自分は、どうすれば——)




『暫く川で遊んでいてください』

『あっ、はい』

『事の終わり次第で連絡をします』




 "大局"を見る神々にとっては間違いなく重要であって、しかし『問題となる青年自身』は場から外れる指示に従い——邪魔を許さぬ大神らの間で秘匿された高速・圧縮・暗号化の遣り取りが僅少の時間にて飛び交う。




「そこでボクは願いました。決めました」


「今日これよりこの姿、『女神ソルディナ』としての自分は『"善良の神"として振る舞おう』と」




「……」




「『唐突に何故なにゆえ』とも、お考えになっている様子」

「……」

「と言うのも其処な女神の有する特徴、"理想の具現を前にしての自制"。その努める有りように呆れて、けれど"惹かれるもの"があったのも事実であり……自身も模倣もほうをしたくなったのです」

「……『善良』とは?」

「定義は……『其処な女神に準拠する』——と言えば、安心してもらえるでしょうか」

「……」

の"沈黙"には肯定の色も見て、はい。『吾が身ソルディナは邪悪の神として顕現しない』と。貴方という絶対が神の御前ごぜんに誓いましょう」




 そして再びにソルディナは会釈、傾かせる頭部で首に股を乗せるラシルズも前傾。

 その娘の膨張乳房を頭に置かれて、長い脚では首を絞められ、また稲妻のアホ毛をいじられながらに真剣の話を続ける。




「なにせ貴方と敵対していてもこの身には"敬意だってある"のですから」

「……」

「共に存在の『姿形すがたかたち』や『色』、『性別』の概念をも世界で『ガラリ』と変えてしまおうとする者として……"いちロッカー"としても、ね」




「互いに『メタル』の意志を有していても、貴方は『ヘヴィ』に『デス』に」


「此方は『バーニング』ののちの『シャイニング』で——"世界を愛そう"としている」




「その『理想』や『幸福』を求める者として我々の違いは、それぐらいの……『それぐらいでしかない』とも言えるのでしょうから」




 王はそのまま儚げな笑みさえ見せた後、咳払い。

 世界の有無を分ける大戦を同じ陣営で戦い抜き、しかして今では決別を果たした相手への未練を胸奥に引き下げてから晴れやかな色を浮かべて、言う。




「……と言った所で要は『偽りの姿ではない』」


「『この身、この意識さえ真実のものだ』とお伝えしてからの話題転換」




「……」




「"お洒落"の話とかはどうです? 最近ボク、素敵な爪化粧つめけしょうのお店を見つけたのですが、もし良ければ——」

「……」

「——……『お洒落な女神アデスにも意見を伺いたい』と……でも」

「……」

「残念ながらそういう雰囲気では……なさそうです」




 そうして己の周囲に漂う冷気から主題を察して、自称のソルディナ。

 眉を寄せて表情を凛々しく切り替える彼女によって次に述べられるのが。




「……分かりました」


「であれば、"貴方に打つ本題"を手短に」




 神のする『腹芸』の——"際どいを攻める重要な一手"と相成らん。




「……」

「貴方はボクを・私を・吾を、何時にも増して警戒しているようですが……それは光とて同じこと」




「なので——"先手せんて"を打たせて貰います」




 続く言葉は"大真面目おおまじめ"のもの。





「神の予測から真面目に話をさせてもらうに、問題は——『乳房ちぶさ』なのです」

「……」

「神々が、今のボクが胸に有する豊満な曲線美。オーバーハンドレッドの"比較的に大きな乳房"」

「……」

「ですがなぜ、唯一に貴方が"そう"ではないのか。その違いはなぜに生じて——いえ。今回はそうした至極しごく真面目な"世界観の差異"。大神が各位で背負う"夢あるテーマ"についての話では……





「乳房と関連する——"今日の重要なポイント"は」





「情報を隠匿ひとくし合い、また時に流すことで続く我々の綱引き。その悠久が拮抗の中にあって"今に投じられた一石"は」


「"冥界への渡航を唯一に許された"、お前の手塩に掛けて育てる"其処な女神"は」





「そう。お前が背にして護る"その"、"もの"」







「"それ"は————?」







 娘に引き抜かれたアホ毛を無限に再生させながら王の突いた"核心"。

 けれど、何も青年の真実を教えられてもいないのに飛んだ、その怪物のする鋭い指摘に対して暗黒の返す反応は——勿論。





「……」





 沈黙。




「……」

「……見通しが利かず、わからんのです」




「戦神の活躍や戦果も勿論に情報を聞き出しては過去の記録を再現し、写し絵で切り取ってアルバムに収めたい所なのですが……"肝心な部分が闇に覆い隠されている"」




 指の形で作る撮影機能でアデスとその背後にいるであろう青年を王は撮ろうとして——閃光フラッシュ

 然れども、結果は以前と変わらず。

 "撮影失敗"を表す黒塗りの一枚絵を取り出しては燃やすソルディナで徐々に語調、熱の高まり。




五千兆歩ごせんちょうほを譲って『未知の女神の息女そくじょ』だとして」


「五千兆の自乗じじょうで『女神アデスが子を孕み・産み落とした』として」




「その方法が……"他者と交わる"ようなもので——"あってはならない"」




「……」




「貴方という"処女の究極形"がそんなっ……! そのようなッ! ことで——」




 だが今度は燃え上がる直前に吐息といき

 口から排出する熱気で周囲に蒸気の白煙を上げて王は自制で、冷静に。




「——……また脱線だ。すまない。貴方も良く知っている通りで激情家げきじょうかの側面は制御が難しい」


「因りて感情の区切り。一度の祝詞のりとを上げてから、話を戻す」




「……」




「憤激してばかりでは大神の名もすたる。それだけが世界われらの本質と思われてはじつに侘しく」


「『親』としての喜びを貴方も知ったならば……それはそれで"めでたき"こと」




由々ゆゆしき自体、なれど——"いとをかし"」




 構え直す視線はまたも鋭く。




「そしてから、話を戻すと」

「……」

「生後一年と少しの、今まさに神格形成しんかくけいせいの只中にある女神がどのようにして『女性の乳房へ執着する』に至ったか——実に、"興味深い"とは思いませんか?」

「……」

「全く以って下らなくなどない。これは無視出来ぬ要素、"重要な手掛かり"です」




「まるで健全な"思春期男児の本能リビドー"」


「有性生殖を行う生き物の、更に言えば多く一般的に『人間の男性』が好むものを何故なにゆえで"その女神"が好むのか?」


「この短期間でどのようにして好むようになったのか——"知りたい"とは思いませんか?」




 迫る。

 推論は尚も、核心に。




「『乳房好き』のそれ。究極的には他者を必要としない自己の無限を有する神々の中にあって、"極めて異質な特徴"」


「現時点での有力仮説は『反動』。身近な師が持たぬ物を他に、他者の存在に求めている?」




「……」




(……なんの話をしてるんだろう?)




「若しくは"色狂いとなった魔女"が好みの若年を捕まえて——更に自分好みへと改造した?」

「……」

「それこそさかりの、反応が面白そうな……——"男子高校生"、とか?」

「……」

「……どうです? どれくらい……"闇に秘された正鵠せいこくに近付いている"でしょう?」





「五千兆を越える中から"適当な"予測を幾つか——"適当に"、並べてみたのですが」





 真相を尋ねるよう、"世界最高位の予報士"でもあるソルディナは言いきって。

 待望の反応は沈黙の間が数秒に置かれた後の——開口。





「……あの者についてを知りたければ——"順序を踏め"」

「……というと?」

「時を重ねながらかどわかすことも惑わすこともなく興味を伝え、"自由意志に基づいて当事者自身の口から話される以外に方法はない"」

「……」

「因りてもしも、"無理に口を割ろうとする"ならば——」





「「"……/……"」」





 真意が読みきれぬ怪物同士。

 威圧と威圧で、ギラつく極神の眼力が互いの隙を油断ならずに探す中で、触発は——。





「我がお〜う。飽きました、私」

「……もう少しだけ待てませんか?」

です。待ちたくありません」

「……仕方ありませんね。ラシルズは」





 王の溜め息で以て一通りの心理戦——中断。

 放っておかれた女神が騒ぎ出しては場の空気も間延びして、お開きの時はやってくる。




「……」

「互いに手の掛かる子を持ったものですね……意味合いは多少、異なるでしょうが」




 機嫌を取るために稲妻の頭髪でラシルズの顎下を撫でながら去り際の言葉を選ぶ神王。




「まぁ、兎角。先刻も言ったように貴方のお弟子さんは視線の動きがすこ〜し目に余るので、"お気を付け"を」

「……」

「ボク個神としては悪い気もしませんでしたが、もしも愛娘に色目を使い過ぎるようなことがあれば——……『ひどい』ですよ」

「……」

「と、忠告も言った所で……再三で言うように例え忌み嫌い、また『ぶちのめしてやりたい』と思っていても……ボクは貴方の『ファン』でもある」




「なんと言っても『苦痛や犠牲を必要のもの』として先へ進もうとした世界にただ一者、『許容できぬ』と最強に対して挑戦を叩きつけた神だ——ロックスター!」




「……」




「ライブをするなら呼んでほしい。悔しいですが、かつてこの身が『我らもじゅうなんとかや、十二じゅうにうんぬんの集まりをつくろう!』、『円卓を囲んで会議とかしちゃおう!』——と言っても側近のラシルズ以外では誰も招集に応じてはくれなかった神王ですが」


「貴方が言葉少なめに『女神アデスです。ライブをします』と言うだけで……恐らく知神ちじんの出席率は八割を超えるのでしょうから——」





『——白鳥スワンフォーム——』





「ボクも——その様は見たいのです」





 そう言い残しては最後に人差し指と小指を立てる手振りを見せて、星幽の光。

 響いた電子音声が発するよう、娘の女神を背に乗せる白き鳥の姿となりて。

 燃える炎のような輪郭でおごそかにばたき、間もなく。




『では——また』




 水辺より飛び立っては青空の彼方へ銀の軌跡を残して去るのであった。





「……」

「……終わった感じですか?」

「えぇ」

「結局どういうことか、教えてもらえたりは……」

「……それについては追々。ですが"大局の争い"が故、詳細は期待しないで下さい」

「……分かりました」





 そうして川辺に残された師弟で、"次"。





「……そして、我が弟子」

「?」

「今日の予定が空いている貴方へは、今からが"私との時間"」

「……? また一体、何を——"げっ"」

「"……"」





(こ、この感じ、"厳しいことを言われる時の冷気やつ"……!)


(な、なんでっ!? 身に覚えはないのに、いきなりどうして——)





「……少し、"お話"があります」





 そろそろい加減で『目に余る』青年の特徴へ——『胸に向かう視線』へ遂に、恩師は。






「大事な大事な、お話が」






 微笑みながらに、話を切り出すのだ。


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