『女神ソルディナ②』

『女神ソルディナ②』




(…………)




 川辺での、黙考。




「…………」




 だが自然の景観、眺めても。

 然りとて今日も当てのない倦怠に沈みし青年女神へ。





「——くうか〜ん〜。空間はいらんかね〜」





 "輝ける玉声"はそれでも、届く。




(——"!!")




「あ——こんにちは!」




 身に届いた音の波に驚いて振り向いた先で眩い笑顔を見せるのは"知らぬ女"。




「——」

「あれ? 波長が違いましたか?」

「……??」

「もう一度——"こんにちは"」




 降って湧いたように気配なく現れたその来訪者。

 驚いて言葉を失う青年へ、めげずの笑みを向けてくる。




「……(——だれだ)」

「? あれ、おかしいですね? 特に言語を崩したつもりもないのですが……」




(位置情報は伝達済み。指示は——『平常心《へいじょうしん』)




「……い、いえ。聞こえています」

「——!」




 そうして来訪者で陰りかけた笑顔は、今朝に恩師へ出先の場所を伝えてから外出している青年に応答の意志を示され、復調。




「それなら……良かった」


「『初対面で無視を決め込まれていたらどうしよう』と、不安に思えていましたので」




 美女のつらは安堵の息を漏らして。




「す、すいません。少し急で、驚いてしまったもので……」

「いえいえ。気付いて下さったのなら結構です」

「……それで、"貴方"は?」

「ボクは"空間屋さん"。空間を無料タダで売ったり——あ。お若いかたには『フリースペース』と言ったほうが通りはいのでしょうか」

「は、はぁ」

「兎角、何かと便利なそれを生み出したりしていて……いります? 空間?」

「……いえ。特にそれで困っているということもないので……お気持ちだけで十分です」

「あら、賢明ざんねん




(『無料ただは意図が読み難く怖い』ってアデスさんも言ってたし……それにしてもまた、綺麗な方)




 来訪者はそのまま目を大きくして掌も開く驚いたような素振りの、口元で微笑みの形を崩さぬ状態。




「では、お近づきのしるしにせめて自己紹介だけでも」

「それは……はい」

「有難うございます。……では——」




「——初めまして」




 秘密裏に暗黒から『相手の口からどの様な発言が出るのかを見たい』、『故に暫し——けれど見守っているぞ、弟子』との判断が即座に下った青年の前で発音も続けられる。





「ボクは女神。『女神ソルディナ』」


「特に定まった役割は持ちませんが……強いて言うなら『年中全日ねんじゅうぜんじつでの休暇』を司る——"ひまの神"でもありましょうか」





 今し方『ソルディナ』と名乗った、その者。

 姿は長めの銀髪に、右は銀で左は濃い褐色のオッドアイで、やはりは青年と比較してもの長身。

 また貞淑を思わせる白無垢の羽衣はごろもに身を包みながら——けれど下に着用する水着のような装いで肩や腰にひもは覗いて、大きな胸は重力に反するよう張って鮮麗。

 少し阿保あほらしく頭頂部から飛び出る毛は稲妻の形、加えて耳元や手足で装飾品もキラキラ。

 ——両の手で十の指に付ける輪っか。

 ——前髪で髪留めは小ぶりの王冠。

 ——垂れる耳飾りは三つの光輪が位相をズラして回るよう。

 総評して『きらびやか』の様で、何より胸部に次いで青年の目に留まった"左目のきず"は『引っ掻かれたような経験それ』さえ魅力的に思わせる——神秘的の麗神れいじんが此処に現臨げんりんをしていた。




「……その暇の神の貴方がどうしてまた、此方こちらへ?」

「今は同じ女神として、『最も新しい女神にご挨拶を』と思いまして」




 その口振りは爽やかで、優しく。

 けれど、"警戒を解くよう怪しく"もあって。




「それに『人間好きの神同士』……"仲良くなれる"かとも思って」




 だが、恩師の言い付け通りで緊張を維持する青年に対しても続くのは。

 "嘘偽りのないまことの言動"。




「なので……どうでしょう?」


「もしお時間よろしければ、この後……一緒に、"お話し"でも?」




 そして——"変調"。




(いや、『喋らせろ』・『おだてろ』って——)




「は、はい! こ、此処でも良ければ、是非——『貴方の事を知りたい』と思ったので……」

「——"♪"」




 水着の下、下腹部。

 密かに際どい位置で三重光輪の紋様を光らせては若者が興味を示した"自分"についてを——。




「……かわいらしい反応♪」


「フフッ。ボクも——高まってきました……!」




 背景の女神ら。

『あの女神、王に色目を』をと殺気立つラシルズと、その暴れようとする彼女を先刻から一瞥で御するアデスの御前。





「ではでは——"うた"で!」





きますよ〜〜?」





「——! "王のおうた"です!」

「……」





 神妙に落ち着く周囲。

 喉に手をやるソルディナに合わせて命は黙り、これより述べられる物語。




「時代を遡っては現宇宙の紀元前。かつて其処には五千兆を優に超える平行世界があった」


「時にそれら世界は互いの存在を認知し合い、また物理を知っては繁栄。其々が其々の最善で描く幸福へと邁進をして——」





「突然にその殆どが——





「この神話はその"全世界消滅の危機"から始まる」




 先ずは低い抑揚で前提を言って。

 そして次からは、"叙事詩じょじし"の一部。

 しょうたる神の口から直接に、曲に乗っては歌われ始めた。





「♪ 瞬間のこと 気付く間のない終焉は」


「破滅・栄華 問わず世界 無に飲まれ」


「時空も消えた やり直す過去なくなって」


「立つ瀬 有り得ぬ 閉じる 完全の虚無——」





 そのまま歌いながら空間を撫でる手で世を蝕んだ無彩色の灰色を演出し——『それはどうかな?』と止める手は侵食に待ったを掛ける動作。





「間際——"爆誕"」


「無の拒否が 宇宙の化身」


「"大神"から 反撃開始 (行くぜ!)」


「(宇宙そら天体ほし) "予備"・"後継"・"補正"——"突破ブレイクスルー"」


存在論オントロジーは by The Creatorsクリエイターズ





 すると、寸前——無に飲まれかけた側からは窮地に際して三本の柱が現出。

 それら立ち昇っては『三叉の槍持』・『仮面の少女』・『荒ぶる光炎』の形を取って。

 その光輝の化身が投げ撃つ『剣』に『矛』——また広げる掌よりの光で無限に拡大を見せる宇宙が無彩色を焼き払って色を塗り替えた。





「そう 無を払う大神こそは 世界の盟主 創造主そうぞうしゅ


「時間があるのも 空間があるのも それら全て神のおかげ」


「一者に一つの永久機関 分厚い福祉は贈り物」


「足着く大地も 冷たい夜も 生まれ死するも王の定め」





 また他には"世界を表現する箱"で収まったソルディナが『がんばって』それを全方位に拡充。

 広くなる内側で光の波を"時流"と表し、掬い上げるような動作の光から『蝶』や『花』や『人型』を作っては、吹き込む熱の息で物質界に最適化した確かな形を与えて見送りの仕草。





「では そうした奇跡の世界 『ボク』という女神は」


「(愛する人類のためにも頑張ってます!) 輝く天河てんがのお姉さん」


「(Aの悪魔とも戦った) INFINITYインフィニティ INFLATIONインフレーション ——Iアイカップ!」


「アイドルの『ソルディナ』 覚えてね?」





「願いは 『全て、輝いてあれ』——"知らぬキミにも祝福あれ" ♪」





 そのよう歌い終わっての女神。

 合間合間で合いの手をくれた自らの子たちに手を振って、青年に向き直る笑顔で切り替えを見せる。




「——……とまぁ、そのよう趣味で創作をしている者でもあり、色々なものを作っている暇の女神なのです」




(……な、なんかヤバそうですけど——『これよりは自由』、『素直な感想を述べても良い』……?)




「中でも得意なのは"光り物"で、この指輪も髪飾りも、耳のこれだって手作りです」

「……き、器用で凄いです」

「えぇ。これでも別名義では名の知れた創造主クリエイターですので大抵の物は自前で……あぁ、でも今回の衣服は愛娘まなむすめに選んでもらいました」

「む、娘さんが……いらっしゃる?」

「はい。その娘を含めて母胎ぼたいとしての経験もそれなり」




「最近は暫く姿を見せてくれなかった傑作むすこの元気な様子を確認できて嬉しかったり……親神おやがみのよう振る舞う傍らで何とか作り手としても活動を続けている所存であります」




(け、経産婦けいさんぷ……?)




 子持ちの相手に『ドキリ』としたことを自らで危うく思う青年、外に漏らしてはならぬ人の心は揺れる。




(『遊泳継続』って言ったって、自然な話題は……——)




「——そ、創作。創作、いいですよね」




 引き続きで指示を受けつつ凡庸でも考えた結果で"共通の趣味"から場を繋いでみようとする。




「"川水のキミ"も……創作に興味がおありで?」

「え、えぇ。まぁ、比較するとそんなに凄いものではないですけど……石を削ったりで彫刻。物に火を通したりで料理とかに挑戦したりしています」

「それはまた。話の合いそうな」

「はい。ですので宜しければ、その辺りの楽しさや苦労——『次に何を作りたいか』とかもお話が出来ればいいなぁ……と」

「それは勿論。伊達に長生きの訳ではなく、そういった話ならそれこそ無限に、話せることもあるでしょう」




「そう、例えば——」


「やはり、処女作でいきなりに大作へ挑戦しようと勇み、けれど己の不足から大神ボーイ&エンド大神ガールに助力をうた話などは、その最たるもので」


「……思い返せば特に、あの——クールでガードがハードな暗黒少女ダークガール……ッ"!」


「いえ、と言うのもボク私吾わたしわれは『死したキャラクターが次の回で何の説明もなしに復活している』ような、謂わば『何でもありのSFコメディ』を志向する神であったのですが——そんな己の前に"彼女"は現れた」





のちに『せいとはそれそのものが苦しみの労である』と頂点の神に立ち塞がって言い放つ——"重い女"が」





「いや、そもそもからして初対面の時で『盛大に世界観が事故る』とも思っていたし、実際にその後でボクも『ロッカー』ではあったのですが、純粋に"対バン"で遅れを取って」


「だって! なんと言ってもあの、重厚な……サウンドウェーブ……!」


「あんな、あんなのっ、きょ——いや、"ズルい"です! "処女の完成形"にあんなのやられたらもう、世界……おかしくなるに決まって————」




 だが、興奮で光速を超える神の語り口を青年が認識できる筈もなく。




「——失敬。余りにも早口が過ぎました」

「?」

「いえ、本題は創作のお話でしたね。軌道修正、軌道修正」




 宿敵に熱を入れ過ぎてわれを忘れかけたソルディナ。

 俯瞰の視点で本来の目的を思い出しては——妖艶な流し目。




「なんでしたら『クリエイター支援プログラム』で諸々の必要なものを支給したりも出来ますけど」




(『必要ない。既に暗黒わたしがいる』)




「料理だって教えられるから……そう、だから……お近付きになる中で次は——"貴方の半生"の話も是非にお聞きしたいと思いまして」




 触れずとも縮める距離で、誘惑の胸元に青年の視線。




「じ、自分——"わたしの"?」

「はい。次の物語の、その"筋書き"を用意するにあたっての"資料"として」

「い、いや。自分に資料的価値そういうのは全然——」

「また、また。そう謙遜なさらずとも良いのです」




「だってキミには、それこそ歌に歌われるような……"獣"に、"怪物退治の話"」





「何より、未だかつて"この宇宙で他の誰にも為し得なかった"——"どんな神にも負けず劣らずの逸話"が……んじゃないですか?」





 左右から相手を揺さぶらんとする声の音波。

 またたわわに実る果物を見せつけんとするような、胸元で衣のえりを指で引き下げる蠱惑の動作もあいまっての魅力的な尋問。






「『冥界下めいかいくだり』の、神話が————」






 その、"明確に意図して極秘事項に抵触せんとする女神の行い"は——。





「"ね"」





 此処に——"白黒の暗殺者"を呼び寄せた。



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