『お好きですか、女神③』

『お好きですか、女神③』




『それによって食い扶持ぶちを稼いでいるかは兎も角』


『"熱意が形となった物"に触れれば貴方の興味が引き起こされることも——あるかもしれません』




 ・・・




(確かに最近は打ち込むこともなかったから何か……"新しく見つかればいい"とは思うけど)




 入場に制限が掛かる場所柄、人口密度がそう高くはないのみいちめいた空間を行くのは青年ルティス。



(……レシピの本とかはどうだろう)



 青の眼差しを泳がせながら左右に並ぶ物品を眺める彼女で周囲に保護者の姿はなく。

 今し方で同行していたイディアが『限定販売の化粧品を買うために我が友を待たせ過ぎても悪いので、暫くしてから決めた場所に合流。その後で一緒に見て回りましょうか』と——青年も何となくで友が『気を利かせてくれている』実感を心にかゆく覚えながらの単独行動。

 また実際には冒頭の通り——"臨死体験や非日常の連続"が影響しているだろう青年の欲求増大に応えて『取り敢えずは春画しゅんがでもどうか』と——長命者たちが言外に配慮をしてくれての、今。



(作れる料理の種類が乏しい感じもしてたし……うん)



 創作物の祭典を彷徨さまよう黒衣。

 アデスにその催しの存在を聞かされて、また勧められるまま同じく興味を示した美神と共に運んだ足は実験都市の即売会にあった。



(……小道具とかも、沢山あるみたい)


(フリーマーケットとかとは……少し、違う?)



 会場に入って間もなくで驚くような高額の動く競売を目にしてか周りの物品を怖がるような足取りは慎重。

 気を払って歩きながら椅子や机や衣服といった生活用品、また収納家具や日常にささやかな彩りを加える小物類——。

 その他にも何に使うのか、所持する目的も青年には検討の付かない——けれど其々で形や色使いの細部にまで製作者の拘りが窺える物たちを横目に進める足。



(本は……こっちか)



 そのまま、窃盗の類いを四方八方の監視カメラ・衛星などが見張って迅速な検挙システムも備えられる同地で、それ故に売買を司る店員のような存在がいたり・いなかったりの前を通過。

 イディアと別れた時点から既に視界の奥に見えていた"書物"の置かれると思しき領域へと到達して青年は——期待通りに台の上や段ボールの中で積まれるその姿を身近で見る。



(……『星の未知・爆ぜ』、『隕鉄由来』……此処は天文的な?)


(こっちは……『世界戦史年表録』、『地図で見る沈まない土地とは何処か』……なんか、社会的……?)


(その先……『毒物調理・実食日記』、『魚だけで一ヶ月』……近くなってきた?)



 人ならざる視力も使ってだだっぴろい屋内を観察し、『食』に関するであろう一角を発見して更に接近。



(……『宮廷料理の極意』、『甘いものしかつくらん』、『家庭で作るファストフードの味』——ここか)



 実物を間近に見定め、だが場に不慣れ故に手に取って見てもいいのかはよく分からず。

 なので、値段も比較的に高くはなかったので表紙からして面白そうな物を即決で幾つか購入。

 料理に必要な材料や工程を記したレシピ本を主として肩に掛けるよう変形させた荷物袋に収納。

 その後で他にも流れる目と足で、趣味の本を数冊ほど買ってみよう。



(……『不確ふたしか美学』、『水という神秘』——)



 そうこうしていると個々の情熱が形となった個性的の数々を前にして"未知への好奇"・"知識欲"のようなもので静かに湧き立つ心。



(『夜空の黒は何だ』——あっ、これも……)



 暫くぶりに忘れる自己はそのまま他人の移動する流れにも乗って。




(……? …………——"あっ")




 いつの間にか無意識。

 ややモザイクがかった半透明の仕切りを越え——"年齢制限の掛かる作品区画"に青年は立っていた。




(……ど、どうしよう)


(十八歳未満だとつまみ出されたりは……)




 慌てて見回す景色。

 "肌の色"、多く。



(いや一応、十八だから問題は…………ない?)



 幸いにも警備機構からとやかく言われそうにない静かな喧騒。

 思わず開けた場所で立ち止まったままの麗神へ——掛かる声は、視界の正面から。




(……戻る? 待ち合わせまでまだ、時間はあるけど——)




「——"試し読み"ですか?」

「あ——は、はい……っ!」




 恐らく『台上の本に興味があって足を止めていた』と思われたのだろう。

 青年は自身に掛けられた柔らかな玉の声に対して咄嗟に『肯定』とも取られる応答を返してしまい、その語り掛ける相手へ焦点を合わせる。




(——『はい』とか言っちゃった……!)




「でしたら会心の自信作ですので是非、見てやってください」

「ど、どうも」




 嬉しそうに語る相手は女性。

 その輝く笑顔には恩師を思わせる白髪と赤目の彩りは見受けられて、故に引き付けられる雰囲気があったのも事実だろう。

 よってそのまま『客』と勘違いをされた青年女神は『相手の期待を裏切るのも悪い』と思ってか、透き通る声に誘われるまま『試し読みだけなら』とサークル『女神作製所めがみさくせいしょ』へと寄り道。

 恐る恐るで其処に置かれた本を手に取って——開くこととなった。




(こ、こういうのは触ったら……買うべきなんだろうか?)


(と、取り敢えずは流し読みして————"!")




「……お気に召しましたか?」

「……な、話の内容はまだ読めてないですけど、凄い——絵が上手です……!」

「……ふふっ。お褒めに与り光栄です」




 だが、予想だにしない展開だったとはいえ開いて見た本はその分野に明るくない青年でも一目で凄いと思える『曲線美』を追求した逸品。

 露わになっている局部は兎角で、何より胸やももの柔らかさがなめらかな線の膨らみで拘り抜かれた見事な出来栄えに思える作。




「私のサークルは比較的"背の高い"、またたがやされて作物の実るような——」


「それこそ豊穣の大地を思わせる"凹凸おうとつに富んだ肉感"の様子——『神話の女神』が持つ魅力を表現しようと努めているのですが……」




「……川水あなたも、そういった女神ものは——お好きで?」

「……あ、はい(?) 素敵……だと思います」

「……それはまた嬉しい御言葉で……今日は既刊きかんの方も持ってきていますので宜しければ、是非」




 しかも、その取り揃えられた『長身巨乳モノ』の数々は最近まで男子高校生であったルティスに良く、刺さり。

 更には座った状態で笑んで話しかけてくる相手が光顔の美女で——しかも明け透けの胸元であることから冷静な判断力は奪われて、やや興奮した若者に断ることは難しく。




「で、でしたら帰ってから読ませて頂こうと思いますので……ひ、ひとつ——"一冊ずつ"でお願いします」

「はい。お買い上げ、ありがとうございます——!」





「"……"」





 青年の肩越しに覗く魔眼と、売り子の邪視。

 何方も今は赤の色味を持つ視線はぶつかり『直接に触れてはいないのでセーフです』の意味合いも待った手振りと笑顔で——そそくさと立ち去る青年も見送られるのであった。





————————————————





(——あ、焦った)


(し、しかも————"買ってしまった"……!)





 そんなこんなで退散。

 偶然にも青年の現在地は先まで品評会が行われていた区画。




(そ、それも数冊……やばい)


(イディアさんに見つかったらまた迷惑を——いや、"そういう気分"の話も既に彼女は知ってるけど……!)


(兎も角、ちゃんと閉まったか確認しないと……セクハラに成りかね——)





「これは、我が弟子」





 待ち合わせまでの時間は十分じゅうぶんに残され、今し方の購入物を袋に確と封印したことを確認してから合流を考える青年で——背筋の凍える思い。




「奇遇ですね」

「——"!?"」




 聞き覚えのある声に慌てて袋の口を閉じて振り返る先では——恩師アデスの顕現だ。




「ど——貴方がどうして、ここに……??」

「……私も物作りには興味があり、先まで行われていた競技会に作品を出していたのです」

「それは、また……優勝をしに?」

「……いえ。及ばずに結果は三位でした」

「……あ、貴方でも一位を取れないことがあるんですね」

「えぇ。実は、そうなのです」




 万能神性たる黒衣の少女は今も自作である『黒炎石』の前に立って腕組みの状態から肩を上下させて『かんばしくない』の仕草。

 自らの弟子が"怪物"と言葉を交わした事実をも知らぬよう振る舞いながら、見上げる黒き炎に言葉を掛ける。




個神こじんとしては不敗のつもりでも、『見え辛い』との評を受けまして」

「これは……石? 彫刻ですか?」

「"——"」

「え、でも……"動いている"ように見えますけど?」

「そう見えるように作ったのですから」

「……凄い作品じゃないですか」

「……そう言ってくれますか」

「もう少し見ても?」

「勿論。撤収までに時間はありますので気兼ねなく」




(本当に凄いと思うんだけど……それでも三位なのか)




「……動きだけでなく色も角度によって"赤い炎"だったり、"青い炎"に見える……ような気もしますが」

「……分かるのですか?」

「いや、ただの見当違いかもしれませんけど……赤く見えるような濃い部分は"優しい時"で」

「……」

「青く薄く見えるようなのは……アデスさんが"怒る時"に出す暗闇くらやみの感じに似ていたので」

「……ほう」




 すると正直な所感を述べられた白髪で、揺れる微動。




「私が、"貴方の前で色の質感を変えていた"ことにお気付きでしたか」

「だって、指揮系統しきけいとうの関係で暗い色の細かな違いについても教えられましたし……」

「それでも作戦行動に当たらない時の出来事です。だのに私が作品に最も気を使った部分へ気付きを得られるとは……良く見ていますね。弟子」

「でも、それは本当に良く見ないと分からない違いで……"そこの審査は確かに難しいものがある"とも思いました」

「"故にこその三位"と、分析も冴えている。ぐうのも出ない言われようですが——き」




 弟子からの評価を貰って三位でも誇らしがおの女神は話を移す。




「いや、そこまでは……」

「いえ。私の方はこれで、これでもい。それより貴方の方こそ『めぼしい物』は手に入ったのでしょうか?」

「それなら、はい。自分にも有用そうなものを幾つか買えました」

「……貴方にとって、"助け"となる?」

「はい。この本を参考にもっと技術を磨いて……『アデスさんやイディアさんを喜ばせられたら』と思います」

「…………」




 口には出さずとも『春画が云々』で相手を送り出した神と。

 個性的な『料理に関する本』を手に入れられたことを喜ぶ神での、会話。




「……貴方が私と、女神イディアを?」

「はい」

「……同時に?」

「……もしかして、個別の方が良かったり?」

「……私としてはその方を好ましく思いますが……貴方はどうしたい?」

「自分は『あなた方に謝意を伝えられればそれで』と思っていましたが……何か事情があるなら個別でも構いません」

「……いえ。まだ申し出に対して合意すると決まった訳ではありませんが」

「あ……そうでした。ごめんなさい」

「……いえ。話は聞きますし、機嫌のいい今で場合によっては……応えてやらないこともない」




「使える手はいくつも、その"用意"だってあるのだ」




 垂らす髪を『いじいじ』いじる長命の者。

 美神の接近を背後で感知して、この場は最低限の注意で以て閉じんとする。




「この後で詳しい説明の機会を設けようと考えていましたが、ですが最低限に伝えるべき此処で大切なのは——"順を追う"こと」


「時間を多くに取って相手との認識を擦り合わせたのち、明確な合意で以てこそ……そうした行為は——」




「あ……! 我が友! ちょうど今から貴方の下へ向かおうと思っていた所です」

「! イディアさん」

「ですが、取り込み中であればもう少し時間を——女神アデスとお会いになっていたのですか?」

「はい。お陰様で料理の本が買えたんですけど……同じ場所に居合わせたアデスさんと今後の、していて——」





「帰ります」





「——え"」

「さようなら、我が弟子。女神イディアも共に仲良く」

「な、なんで、急にどうして……?」

「私の"手違い"で今日は帰らねばならず。拠点への搬入物はいつものように検閲ののちで持ち込みを許しますので——美神ともを背負い、自力で海を渡れ」

「え、え——何か不味いことをしてしまったなら謝りますから! 待って、待ってくだ————」




————————————————




 そして、その女神らが去る様子を遠目に口で笑うのは。




「……フッ」




 白髪赤目でも神々の——王。




「ならば、"決まり"だ」




 一帯の創作物を扱う作者兼売り子——その"全てが己である分身"を合一によって帰還。

 今を以て王の、"数撃ちゃ当たるの性癖調査"は終了。

 結果としてそれは"長身巨乳美女"の——つまりは青年が大層な興味を示した『女神の形』で"結論"と相成るのだった。





「吾も——"女神"で行く」




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