『お好きですか、女神①』
『お好きですか、女神①』
初夏の渓流。
葉も水も、全体の空気感さえ何処か透き通るような昼の頃。
「…………」
川辺で腰を下ろし、沈黙の青年。
岩陰に
また衣食住の環境整備、更には守護の盾を貸し与えてくれた女神への礼参りも終わった今で、"必要の用向きもなく"。
(…………)
そうした"空白"じみた未定の日々を日常としての思案。
"世界で浮いた存在"の己に対して恩師が『どのような結論』を『いつ』に下すのか、その決定に要する時間さえ青年に検討は付かず。
事前の説明を重要視する神が断言をしないならば『数十年? 数百年?』——『いや、それ以上』の時間を仮に与えられて『"自分"はどうするか』と悩む心。
(……仮にこのまま"十八年近くが過ぎた場合"——……『
"主体となる己"とは何者か。
それが"入れ替わるもの"なら『俺』は、『わたし』は——『自分』はどうすればいいのか?
(……その可能性は…………"ある")
覚醒を経た今で『女神ルティス』として生きて行くなら、それはどのように?
内から湧き出す無限の水を介した実質的な錬金術によって巨万の富や名声を得られるだろう今になっても明確な答えは出ず、何も分からず。
(…………)
例え大神の力を借りて神の力や不老不死を手放し、また姿形を戻せたとしても"完全に元には戻れない"。
ここに家族はいない、かつての世界はない。
記憶を
(……だったら……"自分はどうする"……?)
自問して"目前の生きることだけ"を考えても自分にとっての『幸せ』や『理想』はどこにあるのだろうか?
恩神たちは
(…………)
元より進路に悩んでいた彼女で心に占めるのは"焦り"。
『待っているだけでは"過去のように"何もかもが終わってしまうかもしれない』
『だから——"今で選ばないと"』
そんな、"強迫観念"のようなものぐらい。
「…………はぁ」
熱を入れられるものなどなくて能動的にはなれずの受動的。
だから最近は外出することもあまりなく、精々が都市へ少女の安否確認・生活の支援に赴く程度。
やはり返礼以外では目的も皆無で、それに認識の何処かで虫の潰れる気配さえ心苦しいから——殆どが引き籠る毎日だ。
(食事や睡眠は頻度も減って……その辺りは優しくしてくれる方たちのお陰で一応、大きな問題にはならないけど……)
食欲も睡眠欲も大幅に減衰の一途を辿る今。
しかし持て余す
(…………取り敢えず、今日も帰ろ——)
「いた」
(——"!!")
背後よりの"声"。
その予期せぬ来訪者を察知して青年——川水に飛び込む
「……"?"」
無音で大地に降り立っていた何者かの前で起きる着水——それは決断的勢いに反して跳ねる
敵襲の可能性を鋭敏に感じた青年で直ちに表情は冷たく変化、また下ろしきった頭巾に合わせて呼吸補助の水着も兼ねた
(声を掛けられるまで接近に気付けなかった)
(つまり間違いなく——"格上")
一連の
戦闘行為へ向かず忌避する青年で『ならば裏で"こそこそ"』、『"なあなあ"にしてしまおう』との狙いで研ぎ澄まされた"工作員"の色。
その複数の先達から助言を受けて鍛錬で磨いた動きを終え、有事の際に取るべき次の行動に移らん。
(なら、アデスさんへの報告で指示を——)
『既に把握しています』
だが、指輪伝いに状況報告を終えんとしていた青年で身近な水中に感じる流れの変化。
『おはよう。我が弟子』
左右に物体が振られる感覚——それは真横で振られる手の動き。
いつの間にか川の底で岩をどかして、その下から
『よいしょ』
『……おはようございます』
『はい』
どかした岩を元の位置に戻して穴を塞いでは、膝立ての姿勢で冷静なる状況分析。
『高位の神と接近しては自動で位置情報が送信されますので、このよう駆け付けるのに訳はなく』
『……やはり、高位の?』
『えぇ。ですが、"何用の女神か"と不安に思われることはあっても"私の
『比較的に危険性も低い神ですので先に私が適当に出て行って話をし、その後で貴方に紹介を——』
決定の指示も端的に念話で送り——けれどその上の、川辺では。
「……"そういうの"では——ないのですが」
待たされる来訪者では空間を摘むよう立てる二本の指。
警戒を受けての同じく警戒態勢は、その指を軸の柱として大気の回転を開始。
そのまま
『……なにか、上で"極小の台風"みたいなのが起きてませんか』
『大丈夫でしょう。私に、お任せあれ』
権能が作る
「そっちがその気なら、私も計測戦闘に切り替えて——」
「"こんにちは"」
そうして来訪者の右腕が透き通る緑を纏った所、黒髪が入水した場所より入れ替わりで色を見せたのは——白髪と赤目。
「おひさしゅうございます」
「……あ?」
暗黒女神は水面からひょっこり顔を出してやはりは水飛沫の一つも、玉体と衣に
「"私"ですよ」
「…………"本物"?」
「勿論」
頭巾を上げて見せる邪視によって相手の女神を捕捉した後、古い知り合い同士で多少の遣り取りを行う。
「……ならば、そのような
「いえ。今し方の者は違い、最近の私を手伝ってくれている……そう、『お手伝いさん』でしょうか?」
「……なんで貴方の方が疑問形なんですか」
「ふっ。あの者もまた多様の側面を持つが故、単一の呼び名に収めることは難しく——因りての"我が弟子"。
「——は、はい」
アデスの呼ぶ声に対して『ならば』と川から身を起こす青年。
間もなく挨拶と紹介の時だろうからと若者でも頭巾も上げ、水に溶けて形を崩すマスクによっても玉顔を晒して二者の下に歩み寄る。
「兎角。
「……」
「この者は用心深く、また……分かるでしょう? 世界に潜む"脅威"の数々、注意を払うに越したことはないと」
「それは、そうですが……」
(……この方も綺麗な、背の高い女神?)
「……にしても『我が弟子』とは、本気で言ってるんですか?」
「……"なにか"?」
「いや、だって……貴方が、他者を——
「?」
「……本当に?」
「そういうことも、あります」
「大神なら"そうでもある"のでしょうが……えぇ……?」
歩み寄って恩師の後ろで待機する青年と、その存在を訝しむような女神で目線は交差。
青黒を主体とする前者と髪で緑が鮮やかな両者で背丈は近しく、若者の方が緑の麗神からの注目を気にして逸らす視線を背後にアデスは
「まぁ、私という未知のことはいいさ。それより今は貴方の方こそ何か用件を持ってこの場へ降り立ったのでしょう? 他でもない——"この青年"を訪ねて」
「それは、まぁ」
「ふふっ。一体、何用でしょうか——と。新しい関係性に興味の絶えない私ですが……」
「それならば先ずは、初対面同士でのご挨拶」
「えぇ。敵意のないことを表すのに礼儀とは役立つもので、両者を
(なんか今日のアデスさん、テンション高いような……)
「順は適当に年齢として、第一に此方は『女神ウィンリル』——万能の神であります」
言ってアデスの掌を向ける先が『ウィンリル』と呼ばれた女神。
先述した髪は一色の緑で他色の混ざりけはなく、髪型は位置が低めのポニーテール。
けれど前髪は長めで、洒落て流す斜めの下に髪と近しい緑の虹彩。
また耳飾りは耳たぶだけを留めるシンプルなものであっても、この神が没個性ということは全くなく。
特に青年で印象的であったのは
その特徴的な衣は吹く風を思わせる髪色と合わさって様子は何処か『涼しげ』の——やはりはアデスと比較しても頭一つ高い長身で、また外衣から大きく主張する胸部を持った麗しの女神が先んじて紹介に与るのであった。
「そして、残す此方が私の教え子」
「忍びとしての名を『ルティス』と言う、学びの
「ど、どうも」
「……はい」
(一体、高位の神が自分に……何の用で来たんだろう……?)
一方の青年も女神としての名を言われて自発的に頭を下げ、一応に首を動かしてくれるウィンリルとの距離感が掴めない中で次の展開を待つ。
「……本当に女神アデスが教えているんですか?」
「また何を」
「だって……初見でも何処か『危うさ』の漂う只の若者ではないですか」
「流石に目が早い評価です」
「と言うのも"視覚"に頼り過ぎていません? 何を警戒しているのか内心までは計れずとも私の胸部を度々に見て……それも動きが露骨ですし」
「……」
「やはりは吹けば飛ぶ一筋の川。極神である貴方に於いては『足手纏い』にしか成り得ないと思いますが……」
「……我が弟子は、やる時はやる子なのです」
そのまま第一と第二の古い世代である神々は音を漏らさぬ秘密の空間で言葉を交わし、暫しは気になる『若い女神』の話題で"お姉さんたち"が盛り上がる。
「女神ウィンリル。気を抜けば貴方だって——落とされるぞ」
「え。なに。何ですかその"
「"若者と遊ぶ楽しみ"へ、場合によっては歓迎してもいい。貴方にもその"素質"がある」
「……
「……"?"」
「え。では——"詰み"? たったの
妖艶に笑む魔性はその後もどこ吹く風。
会話の内容は兎も角で概ねに"示し合わせた"流れに乗り、半ば自らが招いた神へ"せがんで"さえ見せる。
「……と、冗談めかして言った所で貴方の補正に衰えなく。健やかなことも分かり大変に幸いでありますので——"本題"のお話」
「女神ウィンリル。貴方は"取引先"の開拓で来たのでしょう?」
「それは、まぁ」
「なら、ついでで私にも商品の一覧を見せてくれませんか?」
「はい、はい。全く……今日の大神は好奇心旺盛の少女のようです」
すると、年上にせがまれたウィンリルでは
その一枚を老いた少女に手渡しては"フリック"の動きを実演で示して見せ、意識内に飛ぶ『青年にも』の指示に従ってもう一枚を用意。
「ふむ。私の方では早速、気になる物が見つかりました。この『だーくねす・しんぎゅらりてぃ』? ……とやらが欲しいのですが」
「大神はカードゲームも遊ぶのですか……それで、量は
「では
「あい」
(……なんか来た)
注文内容の確定、配送方法の指定などで情報を密かに交換する中で暗黒女が浮遊させる"青年用"のカタログは飛来。
「え……これは?」
「女神ウィンリルとは噂に
「……?」
「支払いのアレソレや
「それは……有難い? ですけど……」
「勿論、注文した内容が外に見えぬようにも工夫は凝らす予定であり……何よりも先ずは彼女に感謝を。我が弟子」
「あ、そうですよね」
「何だか、ありがとうございます。……女神ウィンリルさん」
「いえ。別に"好きでやっている"ことなので……お気になさらず」
若者の知らぬ所でした"意味深な遣り取り"も影響してか緑の女神は謝意を向けられても"原初の女神が秘蔵とする存在"と迂闊に目を合わせようとはせず。
一方の言われるがままにカタログを手に取った青年では
(ま、また便利そうだけど……取り敢えずはこれも帰ってからにしよう)
「"……"」
そうして、アデス。
目の付いていない背後で青年の反応を確認し、その渡すべきものが行き渡ったことも察する女神で『ちょっとした計画』は次の段階へと進められるのだ。
「……では、女神ウィンリル。私の残りは"
「
「はい。そして若者たちへは一般用をお願いします——"それとなしに"」
「了解」
(……ん? なんか購入済みなのがあるけど……"新規入会特典"?)
"万能お手伝い道具"を支給するまでの——『繋ぎの計画』が。
(これは——『大規模展示会の一般参加証』……?)
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