『矛盾の女神⑥』

『矛盾の女神⑥』





「め"め"め"女神アデスが——っ!?」


「ちょ、直接!? 今から! ——!?!」





 暗銀あんぎん狼狽ろうばい、それは女神。

 まさにおおかみの如くで本体の鎧を震わすグラウという彼女。

 青年たちから聞かされた事実に驚愕、手も首もせわしなく振って慌てる仕草。




「え"え"え"、"謁見えっけん"!? そんなっ! そ、そんな……!」




 日暮れの森林で振動の光輝玉体が見せる残像。

 遠征からの帰りの足で暗黒神が立ち寄ろうという場面を前に光神は続けて動揺し、その生える尻尾が『ブンブン』と振られる様子を見ながらに若者たちは連日の礼を尽くさんとする。




「は、はい。グラウさんには大変お世話になって、それで当初は自分とイディアさんでなにかしらの返礼が出来ればと考えていたんですが……」

「原初の女神は『返礼のせきも護衛を依頼した自身が担う』と述べ、故にこそ間もなくで我々の前に姿を現してくれるようなのです」




「ぐ、ぬぬ"……ぬ"ぬぬ」




「……ですが、他でもない女神グラウが難しければ『無理に強い気もない』とのことであり……如何いたしましょう?」

「……勿論に光栄——いえ、重畳ちょうじょうの至りであることには違いないのですが……」

「『神は何方どちらでも構わず』、『また融通ゆうずうあたう』——らしいです」

「……も、もう少しのいとまを、決断の時を頂きたく存じます」

「『待ちましょう』」




 虹の髪を黒く染めるイディアを神託の巫女のよう介しての意思疎通。

 極神同士は間接的に言葉を交わし、地上で光は鎧を『がちゃがちゃ』言わせながら急ぎの身支度だ。




「か、顔を合わせ……いえ、あの方も私もあいだに色々と物を挟んではいましょうが……」


「だがしかし、いやそれでもっ……身近みぢかは、心の準備が〜〜〜っ"!」




 装甲の内部で圧力隔壁あつりょくかくへきの調整、後ろの安全弁——点検ヨシ!

 他者の全ては勿論に、何より今から顕現せんとする暗黒への干渉可能性も極力に排除して、即席で光の粒子が作るくしによって耳や尾の毛並みも整えて。




「……ですが、それなら今までは一体どのように彼女と連絡を?」

「……ぶ、文面ぶんめん。暗号通信で遣り取りをしていました」

「……であれば確かに、直接の顔合わせには期待と不安が入り混じるかもしれません」

「は、はい。なのでもう少ししてから決断を——ま、待ってください。せめて鎧に飾りでも増やして——いや、待たせるのも悪いですので点検を! 全体の点検をもう一度だけ……!」

「では、"謁見の機会にあずかる"と?」

「え、えぇ。なのでもう一回、もう一回だけ——……"大丈夫"、"できます"」





「でしたら……神の厚意を、我が身に」


「一目でも、挨拶だけでも——御願いしとうございます」





『イディアさんに続いて自分の方でも承諾を確認しました。大丈夫だと思います』

『ご苦労様です。では、そのあたりから神は歩いてきますので、貴方はそれとなしに前触まえぶれを伝えてやってくださいな』

『はい。では——』




「あ——もう地上にいるみたいです」

「"!"」

「こっちに歩いて来ます」




 陽光の波が歪まされる空間。

 歩き迫る小柄で隠れ蓑の下に赤の眼差し。




「不在のあいだ、良くぞこの者たちを護り抜いてくださいました」




 ルティスに、次いでイディアと会釈を交わしてからの魔王は見上げる高さに『殺さずの神』を見ようとする。




「本当に良くをやってくれた。私からも御身おみに礼を伝えます」

「…………」

「有難う御座います——女神」





「"女神グラウ"」





 交差する視線。

 魔王少女で頭巾を持ち上げての屈託のない笑顔が"褒美"として神に贈られるのであった。




「……」

「……いえ」




 だがそして、花笑みを見せられて硬直のグラウ。




「いえ」




 同じ音を繰り返した後、おもむろに『がしゃんがしゃん』と鎧姿は後ろ歩きで後退。

 またそのまま女神アデスより距離を取った場所で停止したかと思えば神は空を見上げ、優しい眼光によって進路上の生類に退いてもらってからの——跳躍。





「"失礼します"」





 瞬間の飛躍ひやくは恩神を前にして"逃避行とうひこう"。

 周囲の多くの者にとっては何も起きていないように見えても、しかしは星に鎧の残像を残して自身は宇宙の光となる。





・・・





 そうして、恥じらい頂点でのぶっ飛び。

 神の描く光の直進は——。




『そう、大神とは即ち、時に愛情は病的な地母神じぼしんでもあるからして』


『星々で繋ぐ電磁網でんじもう。配列が成す神秘の御業みわざ


『以てらの宇宙開発を阻む吾が束縛はより確固かっこたる、強固きょうこのものへと————』




 頂点の神の——だのなんだのを言っていた神々の王の術式たる天体配列を破壊。

 億の年を掛けて微調整に微調整を重ねて作ったその物を瞬間に粉と変え、不貞寝ふてねに入る無限光を他所よそ宇宙うちゅうとの交信は地上にて続けられる。





・・・





「……? 女神グラウ……?」

「……彼女は既に此処にはいません」

「……?? (どういう……?)」

宇宙そらの彼方へ飛び立ったようです」

「あ——もしかして、さっきまでなかったあの星が……?」




『——暫く帰りません。宇宙空間で身をまします』




 イディアが指差す空は昼と夜の混じる時で紫。

 さっきまで其処になかった一等星を明滅させて天の声はグラウ。

 大して発信と受信で時間の差が生じぬ光は遙か彼方よりの通信で少なくも言葉を交わす。




『急を要する場合には秒より早く戻れるようにしておきますので、はい。どうぞよしなに』


『また女神アデスにかれましては重ねての非礼を詫び、その礼節を重んじる在り方にも私は万福ばんぷくの思いをひょうして——ことなる銀河よりの拝跪はいきを意志の具現とさせて頂きたく、存じます』




「——いや。わたくしの方こそ軽弾かるはずみに笑み顔を見せてしまったやもしれぬ」

『い、いやいや。いえ』

「その詫びと褒美も兼ねて"次の機会"には鎧の点検も我がほうで担おう」

『"!!"』

「"貴方の為に"、予定を空けておきますので」

『——、—、、@☆○"……^→w!? あ、あわわわわ——』




 その約束をされての点検。

 後に偶像アイドル女神によって果たされたそれは冷たい闇の触手が撫でるような『握手会』のようでもあった、そうな。


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