『矛盾の女神⑤』

『矛盾の女神⑤』




「ケン! セイ! ケン! セイ! ——セイ! ケン! セイ! ケン——!!」




(……変わった"チャンバラ"だな)




「あれは……"聖剣伝説"」

「知っているんですか? イディアさん」




 その後、日を改めて今日も都市グラウピア。

 背後に調子を整え終えた鎧の光を伴い、少年らが遊ぶ公園を横目に大通りを行くルティスにイディアにの女神たち。




「はい。この地に古くから伝わる伝承で、『聖剣ケンセイバー』と『魔剣ドラマツルギー』の話は特に人気があるようなのです」




 今日こそは解説役のイディアを先頭に観光の仕切り直し。

 髪で黄色に衣服では黒の彼女は知識を語り、斜め後ろの青黒へと揺らす耳飾りで笑みも見せていた。




それらは騎士団の中でも文武両道は勿論のこと、最も『護りの教え』に精通した者だけが扱うことを許されるらしい"秘剣ひけん"であり」


「其処な少年少女たちもその名誉ある将来を夢見て、擬似体験——"ちゃんちゃんばらばら"しているのでしょう」




 話す彼女たちで足取りが向かう先は都市の中心地。

 それは例の角錐の重ねた形をした巨大な建造物であり、多種多様の役割を持つその中にあっての『神殿』が主要な目当ての目的地だ。




「……と言った所で今回も"この場所"」


昨日さくじつは騎士団のいんたずねるにあたって昇降機を利用しましたが、"我らが神"をまつる聖域へ向かうならばやはり、"この場所"は外せないでしょう」




(——……! 見上げる、高さの…………)




「これは……"階段かいだん"?」

「はい。神殿へ続くみち。巡礼で訪れる多くのきゃくにとっても印象的な——『グラウピアの大階段おおかいだん』です」




 その高所に据えられた施設、取り分け神殿へ向かう途上には正面で高く長い"階段"が備え付けられており、下からでは"果ての見えない天空へ繋がるきざはし"が見上げる青年へ言葉を呑ませる。




「この階段を前にした者は出生しゅっしょうや身分に関わらず殆どがこうべを見上げる形となり、『神の前では如何なる者も等しく小さい』という——"平等"の意味合いもあるとのこと」


「実際、そうした"自己を見つめ直す機会"を求めてこちらのほうを目当てに訪れる者も多く……都市とその掲げる理念の象徴が一つとして内外を問わず人々に親しまれている場所でもあるのです」




「……すごい、距離があると思うんですけど……みんな、この階段をのぼって?」

「一度は記念の意味でも自らの足で挑む者が多いようですが……中途で断念するにしても、また足腰に不安のある方などは併設の昇降機が利用可能ですので心配はいりません——我が友はどうしますか?」

「そうですね……なら、折角ですので自分も初めてはこのままのぼってみようかと思います」

「分かりました。では、右側から行きましょう」




 その参拝客で溢れる、しかし混雑も想定して幅を広く広く——家屋の何十が収まるかという白の段。

 美神の先導で行く『のぼり』の右側で青年とその後ろを護る鎧の浮き身でも頂上を目指して、"振り返ることなく"進んで。




「……甘い香りがしますね」

「大階段名物の卵菓子たまごがしの匂いです。これもやはり記念の味として人々の記憶に親しまれています」




 大階段、真中あたりの踊り場。

 やはり広く取られたその場所では参拝の行き帰りで一休みの客に、その相手をする茶や軽食の店、無料開放の水飲み空間で泉のよう涼しげ。

 また頼めば配送もたまわる土産物を扱う店も多く、その謂わばちょっとした『街並み』のような景観を持つ中継地点を過ぎての——頂上到達は数分後のこと。




「そうして、着きましての此処が」


「"我ら背後の女神"を祀る神殿」




「女神グラウを主神しゅしんとする、その『大神殿だいしんでん』であります」




 都市と、その囲む壁の向こう側で山々やまやま海々うみうみも一望する高所。

 角錐のいただきに置かれた神殿は槍の如く鋭い柱を支えとして持つ切妻きりづま白亜はくあ

 その祀る殿は案内女神の背後で大きく、けれど自らの背後に光の化身を置く青年で真っ先に意識を占めたのは神殿の入り口手前で鎮座する"鎧の巨像"であった。




「……では、この石像も……グラウさんの?」

「はい。我々の知る彼女と多少の差異はありますが、"全身を包む鎧"という点では共通していますのでやはりは、そうですね」




(違いは、石像の方では"盾が完全な円形に近い"ことと……"耳や尻尾がない"ことぐらい?)




「——[>_<]——」




 その威容を前に当事者の女神は首を抑える仕草でどこか恥ずかしげの様子で、『長居してじろじろ見比べるのもどうか』と心に思う若者たちは足早に神殿の内部へ進入。

 その中で同様に大小や姿勢が様々である女神グラウ像を流れで見物しては建物の内側をぐるりと回り、そのまま観光の足は奥で併設されている小神殿しょうしんでんへと至る。




「……そして、この辺りが一応……『美の女神イディアを祀る小神殿』であります」

「イディアさんの?」

「はい。と言うのも、ご覧の通り都市で最も盛んに信仰の対象となっている『主神しゅしん』は彼女であるのですが……私も此処では『副神ふくしん』として次なる願いの対象となっているのです」




 その現在地、円形にかたどられた建物は先の大神殿と比べては広さが半分にも満たぬ——いや、三文の一以下である"こぢんまり"の様相。

 だが、決して雑に扱われている事実はなく、清掃の行き届いた埃の舞わぬ空間で中央に置かれているのは此処でも石像。

 周囲で多数の小部屋の入り口が囲む中で天窓より陽光を受ける『女神イディア初顕現はつけんげんの像』——殆ど一糸まとわぬ女性の裸婦像はあった。




「……」

「……」

「……今更ですけど、見ても大丈夫でしたか?」

「……大丈夫です。局部自体は上手く風に乗った布らしきもので隠れていますし……ですが、まじまじ見られると変な感じもしますね」

「……なにか、すみません」

「いえいえ。問題は何も」

「……ポーズが決まってますけど、差し支えなければこれは……どのような状況を表現した?」

「"初顕現"。要は『生誕せいたん』の場面を想像しての物なのでしょうが……生まれた瞬間から見得みえを切っていたことは確か……"私"としてはなかったように記憶しています」




 その裸婦像は片手を腰に寄せ、もう片方を前に掲げて肘から曲げる特徴的な立ち姿。

 幾ら"人ではない"とはいえ、これが出生の場で取られる姿とは当事者にとっても考えづらく——美神は己の保護者でもある神へ『この際に』と確認を求める。




「……女神グラウの方では"実際にどう"だったか、記憶はしていましたっけ?」

「…………"浜辺"での?」

「はい」

「……であれば、"違った"かと」

「では、海から流れ着いたような状態で……目覚めた私はそのまま貴方と……?」

「……そうですね。一糸纏わぬ姿であったのは事実と記憶していますが……信仰の高まりで自然発生的に生じた貴方を見つけたあの時が、我々の出会いの時——"顕現の事実"でありましょう」




 けれど、守護者は多くを語らず。

 返された答えは両者共に記憶する光景に基づいた"既知の真実"であり、軽めの会釈で鎧へ礼を伝えたイディアは戻す視線で青年へ。

 声の調子も軽やか、微笑を維持したままに観光案内にも話を戻す。




「……でしたら我が友で何か、他に質問はありますでしょうか?」

「さっきのグラウさんの神殿ものより周囲に"小部屋こべや"が多い気がしますが……それはどういう……?」

「……我が友は人間社会で言う所の"売春ばいしゅん"の概念については既に知っていますか?」

「…………知ってます」

「でしたら話は早く。結論から言って美の女神を祀るこの神殿では過去にそういったことが行われていました」

「……なるほど」

「ですので、今に残る小部屋は寄進きしんの見返りとしての、その行為に利用されていた空間でもあるのです」

「……過去ということは、今はもう?」

「はい。数百年前まではそのようでも様々な議論を経た今では移転。神殿の裏手にあたる地上に娼館しょうかんとしての機能や施設は分離を終えています」




 笑みの調子をややに落として——しかし忌避や悲嘆の色などはなくに過去を想う。




「なので、現在の神殿勤しんでんづとめの方々にそうした行為を求めてはならず。ですが私の知る過去から引き続き、それ以外での各種相談は今でも受け付けているようです」

「……イディアさんは過去に、その相談を?」

「……えぇ。私もかつてはこの場所で、御勤おつとめの方に探求の悩みなどを聞いてもらい……また色々な話を聞かせて頂いたものです」




(……過去の思い出)




「……その話をしていたら何だか懐かしく思えて……戻る道すがらで当時のことを振り返っても?」

「……勿論です」

「……有難うございます。では、女神たちの作り出す静寂にも与らせて頂き……私の相談にのってくれた"物腰の柔らかな女性"についてを、少し」




 振り返るイディアの表情は幼くも歳を重ねた花笑みで、その過去を振り返る温かな語り口に暫し青年も耳を傾ける。




「当時、私は既に百を越えていましたが……彼女は博識で多才で、私よりも世界を知っていた」


「今で言う数学に化学ばけがくに、化粧の仕方なども教えてくれて……その"知的で優しい振る舞い"は私にとって快く」




「彼女は私にとって、一つの——……"憧れ"だったのでしょう」




————————————————




「——なので、我が友も何かあれば遠慮なく」


「興味の色合いがなんであれ極力中立的に、私も"当時の彼女がしてくれたように"話をお聞きしたいと思いますので」




 そうこうして、名所である神殿観光を終えての戻り足。




かたじけないです。でも、お言葉に甘えて……悩んだりしたその時は一言でもお伝え出来るよう自分でも頑張ってみます」

「はい。是非にお待ちしています」




 これから"大階段を"女神たちで"降りよう"と言う時、その"見下ろす光景を前に"して——は起こった。




「でしたら、また"階段"ですので話は後にして」

「っ……——」

「次は降りてから、地上で我が友の興味を示した名所を——」





「"女神イディア"」





 変化を最も早くに察知したのは若者たちの護り手として警戒を続けていた女神グラウ。




「——? なんでしょう? なにか——」

「我が同士、貴方の友に"変調の波"が見受けられます」

「……"!"」




 その掛けられた声で振り返る美神の視界、青年とグラウという守護の神々から距離はあき——青黒ではうずくまるような動作が見える。




「大丈夫ですか——我が友」




 駆け寄るイディアでは付け毛の下であおだいだいに、みどりで虹色は急速に増す濃色のうしょく

 通行人の邪魔にならぬよう場所を、間の良く"のぼり疲れた人間が休むため"に設置された近場の長椅子へと移動。

 そのまま川水の玉体を極神の神秘が体重を浮かせて運んでの安否確認。




「どうしました? 何か、変わったことが——」

「……ごめんなさい。……」

「……"恐れるようなこと"があったのですか?」

「"……"」




 原因は『階段から下を眺める光景に"間際の記憶"を重ねての動揺』とは、言えず。

 けれど許される範囲での最低限、暗黒と光による周囲から情報を隠す力が働く中で青年は頷いて言葉を絞る。




「……詳細は……一度、アデスさんにお願いします」

「……分かりました。暫しお待ちを」




 表出した震えを抑えようと自らの手で身を包む青年は虚ろな目が弱々しく。

 それでも彼女が言うように非常時の対処手順に従う美神は腕輪伝いに宇宙の彼方へ連絡を飛ばして意識内——刹那の情報交換。




『——"要件"は』

『青年で体に震えが表れています。また"詳細は貴方に"とのこと』

座標そこは——"階段上かいだんじょう"か』

『はい』

『……ならば恐らく要因は階段それだ。"階段を恐れての変調"であろう』

『では、対処としては"場所の変更"を?』

『然り。第一に段のない低所へと移動。そので経過を観察せよ』

『了解』

『また"階段を恐怖する事実"は貴方と同時に光の女神に対しても開示を許すゆえ——可能であれば彼女の協力も得て迅速の対処を願います』

『御意に』




 十秒もない時の中で超遠距離通信は終了。

 対処行動を見出した美神で震える青年に声は優しく掛けられる。




「我が友。たった今、彼女よりの指示を得て『貴方の身を他の場所に移すべき』となりましたが……動けますか?」

「……ちょっと、時間が掛かりそうかもです」

「背負いましょうか?」

「……ご迷惑——いえ、申し訳ありませんがお願いします」




 対する青年でも同種の無様ぶざまを晒すのは初めてではないことから話す字面は落ち着いて、また自分の『心的外傷トラウマ』が目前にあることを理解しての助けを求める声は早く。




「分かりました」


「では急ぎ貴方の身をお運びしたいと思いますが、その間に感覚は閉じて——」




「"わたしにないましょうか"?」




 支援を求める声を聞いて"助力の可能性"を場面に見たグラウ、進んでの提案は今。




「"速い"方が良いのでしたら適任です。私がお連れできます」

「……ちょうど私の方も女神グラウに願いたいと考えていた所で——我が友もそれで構いませんか?」




「"——"」




 その『担って降りようか』という提案を弱った青で承諾されて——"変わる景色"は秒さえ置かず。





(————"!!")





 神速は人気ひとけのない森の大地。





大事だいじありませんか——我が同士」





 緊急によってオーバーランした其処。

 触れずとも青年を抱えるようにして見下ろすのは——銀髪と、青白き碧眼。




ようやく、行動で以て示すことが出来ました」


「少しなら私も——"貴方の力になれる"と」




 兜は脱がずとも透けて、玉顔での瞳。

 物質に干渉困難な分身であっても星の如き夢見の光に青年を映して超光の神は言う。




「側に居る時、我がまなこは貴方の苦悩を見ている」


「解決困難な問題を抱えていて、けれど他者に"相手を思い遣る"ことを教えてもらった"今の私"なら……なんとか」


「完全なる相互理解は辿り着けぬ程に遠くとも……今のよう、出来ることはあるのです」




 原初の女神にも似た冷厳の眼差し、けれど魔性とは違って"ぎこちなく作る笑み顔"。

 昨日さくじつに言った『助け合おう』との意を形によって現実へ示し、"内心の衝動"は兎も角として今——"女神グラウは青年を助けてくれた"のだ。




「……あ、ありがとうございます」

「いえ——と言っても、今のは格好をつけすぎたかもしれません[>_<]」

「……そ、そうですか?」

「……まさかへきを、貴方の好む所を壊してしまったりは——やはり"壊す"ことでしか私は、他者あなたを……!?」

「い、いや、大丈夫です。お陰で恐怖も薄れてきて、もう——」

「女神イディア、彼女に意見を求め——彼女をお、置いてきてしまいました……!」





「これはいけません。直ちに迎えを——」

「——"!?" ……わ、我が友……!」

「——迎えに行って来ました……!」





 そのまま合流を経た後、青年に過去の痛みを想起させる『階段恐怖症』へは外出の事前に階段の有無、迂回順路などを事情に通じる者たちで確認・選定することに決定。

 よって青年は此処に有り難くも頼もしい協力者を新たに得て、同じく自他で其々に苦悩を抱える女神たちは時折に表出する影の色味を支え合っては一週間ほどの時を重ねて——宇宙からの大神帰還の日を迎えよう。



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