『矛盾の女神④』

『矛盾の女神④』




 一通りの挨拶と会話を終え、観光で近隣の都市へと運んだ足。




「女神イディアに同士。少し、"個神的な寄り道"をしても宜しいでしょうか?」




 透き通る朧げな光は鎧。

 その姿は揺らぎの身でルティスとイディアに同伴するグラウ——安全を期して未だ洞穴の本体から操作される彼女の分身で、その"護衛"がした提案に若者たちは頷きで肯定の意を返す。




「……恩に着ます」


「ですが、それほど時間は取らせません。実を言うと其処に少しだけ、"見たいもの"がありまして」




 路上のある地点を指差す女神の光に従って進む彼女ら、そのまま間もなくで目的地に到達。

 道の真中で足を止めて、けれど行き交う人は多くとも幅を広く取られた大通りで衝突の心配はなく。




(これは……下水道に繋がる穴?)


(そんなものまで整備されてるなんて……本当に栄えた都市ばしょだ)




 狼めいた暗銀あんぎんの鎧が身を低くして目当てと思しき縦孔たてあなを見つめる中、青年がふと見回す周囲で老若男女で人は多数。

 彼ら彼女らで服装も髪に目に肌も彩りや形はそれぞれで、掛け合う声の喧騒は朗色がおも

 また大抵に何処を見ても視界に存在感を放って見える大きな建造物は一つの側面から見れば『◇』の菱形ひしがたの——俯瞰からでは二つの角錐かくすいを上下対称で合一させたかの如き謎の建築。

 その特徴的な巨大は解説をしてくれた美神が曰く『神殿』でもあるようで——然り、此処は星における"守護神グラウ"信仰の中心地。

 人気の高い神を主神として祀る"聖地"にして、それ故にも人の動きと合わせて豊富な物資が集う"大陸一の港湾都市"が『グラウピア』という、やはりは女神の名を冠する現在地であったのだ。




「女神グラウが見物したいと言うのは、縦孔これなのですか?」

「より正確にはあなの、そのふさぐ"ふた"です。私は以前からこれを見たいと考えて——あっ、いえ。これまでも見えてはいたのですが、訪れる理由もないので『まじまじ』と観察するのは今日が初めてでして……ふむ、ふむ」




 "人にとっての安全地帯"として創設・設計された同地はそれ故に上下でも水道を完備しており、グラウはその保守点検に利用されるであろう縦孔を前に頷いては関心の様子。

 自らが述べた通りにその開閉かいへいを司る『狼が刻印された蓋』へと熱的ねつてき視線を注いでは、今朝から調子のいい声調せいちょうで揚々と語る。




「近くで見て撮れば、こんなにも"小さきもの"なのですね……! [> <]」

「……グラウさんはこの蓋がお好きであったり?」

き、このむ……と言うよりかは、それこそ私が同士たちに抱くような『うやまい』の情であるかもしれません」

「"敬い"」

「と言うのもこの都市でこうした縦孔の蓋は市内全域に配備された『非常時にける盾』の役割も持つのです」

「……確かに、形はそれっぽいです」

「はい。丸い円形の盾で、それは領域の者を"咄嗟に守れるように"といった、ある種『常在戦場じょうざいせんじょう』が意志の現れでもあって……」




「故にそうした"防備ぼうびの心構え"にこそ、見上げる思いの私は敬いの念さえ抱いているのです」

「……様々な状況を予測して、有事への備えも努めているという訳ですね」

「[−_−]……立派であります」




 守護神たちで理解を深め、その蓋を兼ねた盾と関連して青年で気になったことは一つ。




「……でも、周囲で普通に"盾を持った人"もさっきから度々で見かけますけど……」

「はい。説明するとその者たちは『護教ごきょう騎士団』と呼ばれるこの都市に本拠を置く組織の人々で、平時は主に当該の構成員たちが問題の対処にあたっているのです」




 都市の内部で幾度も目にした、『盾』という"戦時の道具"を身に付ける者たち。

 けれど剣や槍といった刃物を帯刀した者は何故だか少なく、『戦いに臨む予定があるのか・ないのか』、『その存在は何に備えているか』が気になったのだ。




「なので、あくまで蓋は非常用なのですね」

「…………"半神はんしん"的存在も、いますよね?」




 加えて、グラウが興奮している間にも一応の警戒をしていたルティス。

 自らも実質的な半神とも言える彼女は壁の内側に進んでから周囲に半神の気配が複数——いや、澄ます意識では"多数"が確認されている事実を改めて先達へ問う。




「……そうですね。"力を授けられた者"の多く、凡そ星の中での過半数以上がこの都市、件の組織に所属しているとのこと」

「……そんなに」

「半神の部隊、軍隊をも有し。よって、人の勢力図では突出した力を持つが為に国家間の争いなどは近年でほぼ起こり得ないのが現状であるようです」




(それなら『これから戦おう』という訳でもないようだし……良かった)




「確か、我が友が以前にお会いした"お医者様"も其処の医術院いじゅついんに籍を置いていた筈です」

「医者……ディクソンさんが?」

「はい。元よりあの者が辺境に足を運んで治療を行なっていたのも"任務の一環"であったようで……女神グラウもその戻った報告から我が友への興味を更に深めたのでしたよね?」




 つい最近まで同地に住まいを持っていたイディアは言い、確認を求められた光の女神は頷いての肯定。

 神殿でディクソンのした『女神ルティスよりの協力』といった内容、彼の自らがほうじる神への報告はまさにグラウという主の情報網に掛かっていたのだ。




「……(ディクソンさんが、此処に)」

「……行ってみたいですか?」

「……もう少し——いえ。"もっとお礼がしたい"と思っていたので……出来れば」

「ならば、決まりです。次の目的地は其処にしましょうか」




・・・




 そうして、女神たち。

 もともと要件という要件もなかったことから観光の予定に返礼も追加。

 疲れ知らずの健脚で各種公的機関の置かれた都市の中心部に間もなく至り、斜めに浮上する段差のない自動昇降機エレベーターで例の角錐建造物を登頂。

 そのまま病院が併設されている騎士団の医術院にも足を運び、青年は恩のある医師に会って挨拶や返礼をしようと——当初はしたけれど。




(……有難うございました)




 "医療関係者を事前の連絡なく訪ねるのもどうか"。

 また落ち着いた環境が整えられてあるべき場所に『女神である』と突然に出向くのも色々と気を遣わせてしまうだろうと、顔を合わせての訪問を中止。

 だが、イディアからの代案として"感謝の手紙を送る"こととして、二柱に用意をしてもらった入れ物に神と金貨の数枚を封入——それを光が作るふくろうの形に送り届けてもらうのであった。




・・・




 そのまま所員の利用する荘厳な建物の前を横切り、少し行った公共の広場で長椅子にルティスとイディアが腰を落ち着けての小休憩。

 その何処を行っても高台である角錐建造物で、多く市民の営みを壁の内側に眺められる場所では見習い騎士の戦闘訓練も行われる中、若者の背後に控える分身グラウよりの提案。




「我が同士は、今し方も助力への返礼云々へんれいうんぬんと言っておりましたが」

「……?」

「もし仮に、礼の気持ちが溢れてそのき場に困るなら……私の——"戦神いくさがみとしての興味"に応えてはくれませんか?」




 先の医師への謝意表明がそうであるようにこれまでの言動から青年が『恩義を重んじる』傾向にあると知った神は広場の利用者たちを見ながらに言う。




「……その興味とは、一体……?」

「ああ、いえ。いくさがどうのと言っても何かを壊したりという訳でなく。単にその技法に一日いちじつちょうがある者として、自他の身を護るすべを共に考えられないかと思ったのですが……」

「此処で、ですか?」

「はい。体を動かすのに丁度よさそうですし……勿論、互いに加減をした上で尚且つ周囲に影響が出ないよう私の方でも気を回しておきますので……どうでしょう?」

「そう、ですね。自分としても貴方のような方から教えを受けられる機会は貴重だと思いますし、何よりそれでグラウさんへの返礼にも出来るなら……是非、お願いをしたいです」




 対して、提案を受けた青年は概ねで言った通りの"願ってもない機会"と判断。

 深い頷きでも了承の意を表しては光に導かれるままに人の少ない間の空いた場所へと移動を終える。




「再び私の願いを聞いてもらい、有難うございます」

「いえ。こういうのも全然、あまり痛いようなものでなければお付き合いできますよ」

「[^_^]」




 そして川水と戦光は美神からやや離れた位置で向かい合い、眼光表示を鋭い三角に切り替える女神で左右に翳す両手——引き寄せる筒状の物体は二つ。




「では、形式は簡単な"模擬戦"として……"二刀にとうの私に一撃"」


「そのけんで我が光を捉えられたら貴方の勝利としましょう」




 引き寄せて、また青年へはイディアが持ってきて渡す"対象年齢は三歳から"の『ふにゃふにゃした模造刀』の公共遊具——それら三刀さんとうに神は眼力で青の光を纏わせた。




「この光は……」

「接触の判定を見てわかるようにしました。相手に当たれば刀身の色は赤に変わります」

「……権能——水を使ったりは?」

「構いません。私は加減の一環として特にこの二刀以外で力を使うつもりはありませんので、どうぞ貴方は遠慮せず」

「……分かりました」

「"私の貸す胸に貴方の本気をぶつけてほしい"」




 そうして戦神の方では特にかたのない、けれど堂々たる二本足の立ち姿。



(……当てられるだろうか)



 対する青年では久しぶりの刀剣を慣らすように振って逆手に持ち替えてから今一度、調子を整えるための深い呼吸を行う。




「我が友。女神グラウは強いですので、どうか負けても過度に気を落とさぬよう」

「……負ける前提ですか」

「……心情としては貴方の肩を持ちたくもあるのですが……それでもやはり、"難しい"かと」

「……頑張ってみます」

「はい。応援はしていますので——頑張って」




 心の支えでもある美神から声援を受けて、向き直る先——薄くても威容の鎧姿。




「いつでも、どうぞ」

「……では、お言葉に甘えて——」




 向き合いしは共に眼で似た青色を持つ者同士。

 何か浮遊を始めた二刀ダブルセーバーを越えて朧な光の像に青年が一撃を与えられるかの勝負——開戦。





「————"行きます"……!」





 その『川水』対『最強無敵破壊神』の戦いは——いや、字面からも察せられるように勝負になるものではなく。





 結論から言って——手も足も出ない"完封"であった。





————————————————





「手抜き加減が難しいです」





 詳細な戦況推移——いや、推移と呼べるような変化はなく。

 グラウが大した動きを見せずで、青年がひじりの技に打ち倒されるばかりの様は文字に起こすのさえ忍びないほど一方的だったから——記すのは有情うじょうで剣の扱いを神が一例として見せてくれる、戦いの"終わり部分"だけ。




「投げる——"撃ち出してみる"のはどうでしょうか?」




 涼しげに言っては二刀をひじで殴る、ひざで蹴る。

 その撃ち出す回転セーバー、一対の間に生じさせる気流——右は左回転、左は右回転で逃げんとする水を吸入。

 そのまま歯車めいて噛み合う竜巻に相手を吸い込むよう引き寄せては『ぺしぺし』と軽めに打ち。




「……痛くありませんでしたか?」

「……柔らかかったので、大丈夫です」

「良かった。……ですが、このまま続けては滞在時間の全てを使ってしまうでしょうからここまでとし、私の所感をお伝えします」

「……お願いします」




 緩まる回転からの排水。

 浜に打ち上げられるよう床に突っ伏す青年を足下に、その手に持つ青刀と対照的な赤の二刀を大鎧が持っての評価は以下のよう。




「総評して——"決して悪くはないが、良くもなく"。"受ける気になれない"」


「情けの安易で受けては仮初かりそめの達成感。与える糠喜ぬかよろこびでは寧ろ成長を妨げてしまうかもしれない」




 先ずは厳しめ、嘘は言わず。

 戦いの専門家は"非情の優しさ"も己で模索しながらに、神秘の力で青年を起き上がらせて後学こうがくのためにも言葉を残す。




「そして、一連の動きを見て"気付き"も得ました」


「幾度か……いえ殆どの攻撃の瞬間、武器が相手へ距離を縮めた其処で——極々ごくごくわずかに"剣筋がにぶる"」




「……」




「仮に"相手を斬り"、"打つことに迷いが生じている"ならば……それは私の教えた女神イディアとよく似て、しかし何処か"非なる特徴"です」




「……それに関してはアデスさんにも言われたことがあります」

「……の女神にも……?」

「はい。『敵の苦痛をも共感で捉えてしまう』と、そう言われて……だから、それが"迷い"なんだと自分でも思います」

「……攻撃の瞬間に相手の『傷を負うこと』を考えてしまうと?」

「"——"」




 かつて『戦士としては三流以下』とも現実を告げられた青年、その旨も正直に伝える。

 対してのグラウは相手の玉顔で眉間にしわが寄る苦悩の様を見て取り、イディアに目配せをした後で美神の真実も交えての補助フォロー




「……"苦痛の共感"とは確かに、往々にして情を余計とする戦事せんじに不向きの特徴であります」


「ですが彼女——女神イディアも"同種の特徴"を有しており、けれど戦って相手を傷付けることに『美のそこない』を見ている彼女は、それでも今までをやってこれている」


「学び、考え、時に探求の旅路で他者を助け……彼女のそうした有りようは私にとっても見事なものです」


「なので、貴方の有する『痛みに敏感である』という要素も……そうした苦痛の中にある者たちを逸早いちはやく見つけ、また迅速に手を差し伸べられる『優しさ』が源泉の一つなのでしょうから——決してそれが『瑕疵かし』とは言いません。"言いたくはない"のです」




 戦術家としての側面が"脆弱性"や"弱点"を見出そうとしては燃え盛る炎を瞳の奥で留め——"否定以外の選択"を青年の在り方にも示そう、破滅の心で努めよう。




「因りて責めることは一切なく、これ以上で深く理由を問いただすこともない」


しんに必要なのは"冷静の思考に判断"。そばで最適な行動を共に考えられる"客観の他者"でもある」




 "ふざけた世界"へ各自の"存在"を力の限りで叫び、『"優しさ"も"美"もその実在を証明してやろう』と神は言う。




「またそれならやはりは『護身』が優先。戦いを避けて……避けられぬ場合の自他を護ることに専心して修練を積むことが自己実現に繋がるかもしれません」

「……心に刻みます」

「……と言った所で、大賢たる女神も私に先んじて恐らく似たような指摘はしているのでしょうから——」





「我が同士」


「私からは次の言葉で、今日の"別れ"とします」





「……お戻りに?」

「はい。これも本当に私的な問題で申し訳ないのですが……今日はもう、"身が火照ほてってしまって"」

「それは……大変です」

「全く私もそう思い……それでも護衛の任に関しては抜かりないよう準備はしてありますので、今日は先に失礼を」

「どうか、ゆっくりお休みになってください。"自分に出来ることがあれば"——」

かたじけない。ですがまた、私の言わんとしていた言葉も同様であるのです」





「"手伝えることがあれば、助けになれることがあれば——言ってほしい"」





 昂る獣の血へ万全を期して——万全を期して。








 万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して万全を期して————"破壊を司る戦神としての己と戦い"、その"役割を壊し続ける"。






「日を改めて言葉を交わしましょう」


「中途で終わった観光も、明日あすに」






 破壊を願っても神は今、『距離を置こう』と別れの言葉を自らの意志で告げるのだ。






「……では——[(⌒ ⌒)/]」




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