『矛盾の女神③』

『矛盾の女神③』




「この日は態々わざわざこちらまで出向いて頂き、恐悦にも存じます」


「またそして女神に依頼をされた『後ろ盾』の役目。短期ではありますが我が身を以て——知己ちきとその重んじるともを護り抜く決意であります」




 獣の耳も尾も有する銀の狼めいた大鎧。

 見上げる威容に反して穏やかな物腰は女神のグラウ。

 兜で輝く光学表示にまたも"会釈"のような形を見せ、彼女自身もその通りに頭を傾けて青年に向かう。




「(_ _)」

「……あ——ご丁寧に、どうも」




 その極神の特徴的な様は想像していたものと大きく異なり、けれど鎧まといし神秘の巨躯が眼前にそびえることは変わらず。




「…………は、はじめまして」




 相手との最適な距離感を探り探り、接し方を模索しながらの青年も控えめの声で挨拶を返した。




「はい。お初にて——ですが、女神イディアも貴方には大変な世話になったとのことで」


「因りてお会いできた今に、重ね重ねの感謝を申し上げます」




「い、いえ。こちらこそイディアさんには本当に助けられて——それになんと言っても貴方の助力も大助おおだすかりでした」


「なのでその節はどうも、有難うございました。今日のわたしが此処に無事でいられるのも貴方……グラウさんのお陰です」




 互いに謝意を述べ合う女神たちはお辞儀で左右対称の形を取り、その両者が初々しくも良好な関係を築かんとする様でまさしく仲立なかだちの位置にて美の女神は微笑む。




「……いえ。私の判断で他者の身を護れたなら、それこそ私にとってもこの上ない喜びで……何か"この"扱いでお手をわずらわせてしまったりは……?」

「全然! 盾、凄い盾——すごくて……! いえ、防御も……凄い、助かりました」

「(⌒ ⌒)……それなら、良かったです」




 何か青年の語彙が乏し過ぎる気もするが、これは当時の状況・戦況を外部に漏らすまいとする"神の隠蔽いんぺい作用"にもよるものでもあり——しかして上手く回らぬ口を抱える者は表意に制限の掛からない話題を求めて、まもなくに今日の本題を自身から切り出す。




「なのでその、今日は是非ともその時のお礼がしたいと思い……此処へさせてもらいました」

「それはまた貴方の方こそ、どうもご丁寧に」

「いえ。それで、貴方が『話の機会』を求めているとイディアさんからお聞きしたのですが……」

「はい。彼女を通じて知り得た貴方に、私は……以前から興味がありまして」




「でしたら、やはり今日は話しの機会を頂けると大変に嬉しく思います」




 表される青の眼光が同系の青年女神と交差する。




「お願いをしてしまってすみません」

「いえいえ。……では、話のお時間や場所は如何しましょうか?」

「……そうですね。今の所、それ程に時間を取らせることもないと予想していますが……」

「自分の方は、いつでも。今からでも大丈夫です」

「……では、折角のご好意に甘えて……これから、今の環境で宜しければこの落ち着いた場所で話をお聞かせ願いたいと存じます」

「分かりました」




 斯くして、合意は成った。

 目配せをするグラウに応えてイディアは暗闇の何処からともなく——朗色で光る前髪を頼りに、かつて自作した木製の椅子を二つ持ち出しては会合の席を用意。




「では、どうぞお座りください」

「ありがとうございます」




 招いた側の光神が着席を促し、それに従う青年と美神が椅子に腰を下ろして。

 また輝きの粒子で自らの席を編んだ鎧姿も客に目線を合わせる高さでの鎮座。




「しからば、羽を伸ばされる前に暫しのお時間を頂戴し、話を」


「これより私から貴方へ、幾つかの"問い掛け"をさせて頂きます」




 そうして、頷きを見せる来訪者を確認。

 "もしも"の時に備えて身近に『グラウ』という神を良く知る美の女神を控えさせての——"神の問答"は始められる。




「解答は差し支えない範囲のもので構いませんので……もし仮に『不快』に思うことがあれば、遠慮なく仰ってください」

「……分かりました」

「では、始めさせて頂きます。……単刀直入に問いを述べますと——」




(…………)






「『他者を護らん』とする——その"理由"はなんだ」






 その表音をさかいに、周囲に伝わる空気の変調。




「…………」

「……すみません。少し、急に凄んでしまいました」

「……いえ。ある程度は慣れているので大丈夫です」




 例え熱気を鎧で遮断されていても覇気の圧は鋭さを増した眼の形へ乗り、重圧には恩師で慣れている青年は頼れる友の存在を近くに口を動かす。




「……『護ろうとする』というのは、以前の"都市を護ろうとした自分の行動"を指しての?」

「はい。それについても其処な女神より一部の経緯いきさつを聞き……一応は『守護の神』と、やはりは都市の者達に呼ばれることもある者として——"その実際"を伺いたいと思っていたのです」

「……」

「私にも理想とする在り方——いえ、そもそもの理想を模索する時はありまして……よって『守護とは何か』その参考までにと問いを……掛けさせて頂いたのですが……」

「……」

「……難しいでしょうか?」

「——大丈夫です」

「……では」

「はい。自分の方も都市を、『誰かを護る』とはどういうことか、貴方のような方と意見を交わせる機会は大変に貴重と思いますので……話せる範囲で宜しければ、先ずはお答えします」

「……感謝を」




 暗黒の加護で秘匿された領域で深く、不要となった息を吸い——当時の思いを返答とする。




「……では、"詳しいことは話しづらい"ので置くとして」

「……」

「それでも結論から言うと——『怖かったから』なんです」

「……」




「あの時、俺が都市を襲う脅威に対して"個人的な恐怖"で逃げてしまえば——その内に抱える恐れよりもっと"恐ろしい結果"が待つと思ったから」


「だから、自分がどう"成る"ことより『皆んなを護るために行動をしなければ』と思って……それで、『がむしゃら』にやっただけなんです」




 横のイディアへと視線を向け、物資の調達や自棄の心を支えてもらったことを想起。

 また人の医者や神の血を引く民族、証言をやり遂げてくれた少女たちを想い、胸中では溢れる謝意のぬくもり。




「……本当に無我夢中で、色々と考える余裕もあの時は全然なくて……実際、イディアさんをはじめとした他の方々に助けてもらえなかったら自分は、何もなし得なかったと思います」

「……」

「なので、自分のしたことに特別すごいものはないとも思い——"ただ自分が嫌なものをけようとして結果的に他者へ助力が出来た"」




「それが自分の——"守護の理由"なんです」




 表情に影はあっても真っ直ぐに伸びる青の眼差しが質問者に届いた。




「…………」

「……答えとして十分でしょうか?」

「……はい。不足はありません。寧ろ、驚くほどに見事な受け答えのさまで、"感服の至り"」




「年を重ねてしかし、依然として"己も学ぶ所は多い"と自らを恥じるばかりでもあります」




 青年の素朴な思い。

 語っていない部分では良い悪いよりも『羨ましい』、『己にない可能性を護りたい』との欲望。

 それは表に出された言葉だけでもグラウの破滅的願望を打ち、"一つの理想形"を前に響く心の動きが神さえ多弁にさせよう。




「『おのために他者を』——とは……成る程。"他者を助くことの本質が一つ"?」


「自らが率先して『優しき』を為し、その連鎖、良縁りょうえんを作りて更に良縁を呼び込もうと——"世界への祝福"が一歩を貴方はのか」




「い、いや……そこまではどうでしょう……」




「私も、過去には自らにとっての"憂い"を晴らさんとつゆの払いを幾度かしましたが……」


「それでもやはり、何も分からず——いえ、『安直に判断をつけられぬ』と足踏みを続けてばかりの、『いじいじ』と理屈をねて何もしない私より……その"こころざし"は見上げるものがありましょう」




 玉声で褒めるグラウは見所ある若者を連れて来た美神の方にも向いて、両者は深く頷き合う。




「世界にいつくしみ、うつくしみ——滋味じみを見んとする女神が喜びで以て語る訳です」

「そうでしょう? そうなのです……!」




(……なんか恥ずかしい)




 またそして戦光せんこうの女神は眼前に見える青の"健気な在り方"、更にはその並ぶ探求の神との"関係性"といった『尊きを破壊せん』——とする己を握る拳で『ならぬ』と静かに御して。

 一瞬に迸る電光も抑え、急ぎ用意する[≧▽≦]の表示で虹色の女神と言外にもわす輝き。




「で、あれば」


「理想の基準が一つや指針とするため、貴方さえ宜しければ以後は『同士どうし』とも呼ばせては頂けないでしょうか?」




「ど、"同士"ですか……?」




「はい。単に"共通点を持つ者"、"仲間"と捉えて頂いてもよく」


「例え動機が違えども、同じく守護に悩む者として今日のように意見をわせればと思ったのですが……どうでしょうか?」




 そうして、何時いつであっても、何を見ても"破滅"を思う神。

 既に行動で固い決意を示した青年へも一定の信を置くこととし、以て己の獣性へ『待った』をかける可能性を——青き水との新たな関係性の中で見習うことでも得ようとする。




「勿論、貴方の迷惑にならない程度で構いませんので……大丈夫ですか?」

「……此方こそ、構いません」

「……では」

「はい。『同士』と呼んで頂いても大丈夫で——どうぞこれから、宜しくお願いします」

「! 感謝、感謝です……[m(_ _)m]——私の方こそ、宜しくお願い致します[≧▽≦]!」





「それこそ助力、以後で何かあれば貴方……"同士"のお力になれたらと——そう、願ってもいますので」





 斯くして、此処に新たな関係は構築開始。

 青年はいつもなら程よい所で指摘をくれる恩師の不在でおだてられるまま、身の浮くような心持ちで——『では』と硬い話もそこそこに地上へと戻り、同地を良く知る女神たちの案内で近隣の観光へとおもむかん。



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