『矛盾の女神①』

『矛盾の女神①』






「————」






 それは、大戦の最中。

 今の一瞬まで広大な水が表層を占めていたが、けれど今は光熱玉体の激突でそれら全てが星の外へと飛び出ての——殺風景な岩石惑星。




「————?! 、?" —、、#! /"——」




 岩盤に叩きつけられた——"彼女"。

 そう、『グラウ』という女神が自分の意識を、"己の存在を自覚的に捉えた"時の話。




「————?、?? …………"?"」




 "破壊の神格"が、初めて"おのが最強のほこで壊せぬもの"と——出会った時の。





「此処で——『暗黒わたしによって終わるのか』」


あるいは——『終わりなきせいで永遠の苦悩に挑み続けるか』」





「我が提示する道は——ふたつに、ひとつだ」





 輝きの矛に肩身かたみを貫かれながらも、光の神を捻じ伏せての問い掛けは淡々と。




「…………」

「……、? ……、、—、——"ぁ"……」




 対し、咄嗟に問われた者で出る言葉は"言葉というよりもおと"。

 破壊の衝動を押さえつけられ、"何かを選ぶいとまを与えられぬままに戦い続けて来た己"へ——選択肢それを提示されての"惑乱"はあった。




「——……ぜ……」

「……」

「……"な"、……"ぜ"……?」




 因りて、初に自覚する惑いの中。

 当初に尋ねられたグラウの口から真っ先に出たのは『何故なぜ』という"疑問の表意"。




「——……?」




 何故——『壊れぬのか』?

 いや、更には『何故——敵に身を貫かれて尚に問うのか』、『何故——強襲したその敵に選択肢を提示するような真似を』と。

 白銀に輝く女神はそうも言いたかったのだろうし、現に察しの良い相手は"慣れぬ表音で言葉足らずなその意"を汲んでも答える。




「……『壊せぬものが在った』——ただ、"それだけの話"」




 グラウの初めて発した、届く時間差の背景で星々を塵と変える言葉。

 けれど、その破滅的な音波さえ逸れる中心で——"未知の標的"は答える。




「……更には、憤慨ふんがい——?」


「責めるどころか、"むしろ"——とさえ思う」




 この時まだ冥界の神でない、のちの『魔王』は言う。




「"初撃は見敵必殺けんてきひっさつ"——その"只光ただびかりを超えた神秘"を知り」


「また実際、『神の熱』。"身に味わう観測"を経ての——"今"」




「私は、"無事でこの場に立てている"のだから——




 漆黒を纏いし手——いや、それは『光を返さぬ』のだ。

 より正確には『暗い』と、『黒っぽく見える』——実体の見えざる無敵の手。

 謎の大神はその力で己へ突き刺さる矛を力強く掴み、引き抜いては破滅の刃を大地に突き刺して言うのだ。




「故にこそ、その"返すれい"」


「謂わばの"褒賞ほうしょう"にて今一度——





「神よ。"貴方"は」






「"貴方自身"は——






「…………"なにを"……?」

「……生じた命そのものに貴賎はなく、罪もなく……また悪でもない」

「……」

「『女神グラウ』。貴方自身が選べ——『続ける』か、『終わる』のか」




「強大であろうと、矮小であろうと——"ちからちから"」


が壊すためのものでしかないとして、しかし『破壊の対象を選ぶのも貴方自身であるべき』だ」




 自若で語り、底知れぬ暗黒の傷は塞がり。

 すると、『グラウ』と呼ばれた神は自らの名前を初めてしかと音で聞き、相手の口(よく見えぬが)からそれを聞かされて——何故だか未知を前に胸は、高鳴り。




「……"わた、し"……?」

「……」

「"わたし"……『私』は——"知りたい"」




 大して間を置かずの問いに対する答えは、その高鳴りに突き動かされるまま。




「……いのか」

「……?」

「その進むみち何時いつであろうと……"自他との苦闘"に満ちたもの」

「……」

「"無限の悪戦がその身を待つ"——それでも、『続けよう』と」




「"世界"を——『知りたい』と……?」




 再三の確認に対しても、衝動は。

 声と身の震わす周囲で岩盤を、星を融解させても答えよう。





「っ……はい——"はい"」

「……」

「それでも、私は……"知りたい"のです——」

「……そうか」





 続けようとした言葉で神の放つ熱気が、その向けられる大神で纏う暗色を焼き。

 光輝を疎ましく思ってかどうかは知らぬが、世界を滅ぼすのに最適化された戦光せんこうの神へ、暗黒の翳す手。





「ならば、その身に刻んだ我が呪い——背負って生きよ。永遠えいえんに」





 白銀の鎧に暗黒の力は注がれ、『加速器』から『拘束具』に塗り変わるその神器で色もくすみ、女神の有りようは中間色の灰色へ。

 はじめは『更なる攻撃』かと思って身を震わせるも、グラウで寧ろ気はらくに。

 重しを載せられて内なる衝動が浮上するのを防ぐような、その一助がまた絶えぬ炎にみて——良く知らぬ相手は無言のままに去って行った。





「——"貴方を"」





 冷える星に、独言どくげんの神を残して。





「……貴方の、名前ことを————」





————————————————





「——…………」





 それがより前の、"今に続く青春"の話。

 己を『肯定』しても良いのか、『否定』すべきなのかも分からず、それ以前に考える暇も選択の機会もなく。

 ただ壊してしまう、壊すことしか出来ず喚いていた自分に選択肢を与えてくれた神との——砕けぬはがねの強さを持った暗黒神との出会いであった。




「…………」




 白銀の鎧が暗黒に染まった、あの日。

 戦いながらおのれが光の粒子をまなこから流していることさえ知らずに暴虐の力を振るうだけであった破壊の戦神は、グラウという彼女は初めて『自己』を知覚した。

 往々にして"このむもの"と、"忌み嫌うもの"が同一である、黒にも白にもなりきれぬ灰色の神。

 そう、さながら『肯定と否定』、『真偽一体』でもあるこそが結晶となった柱は——悲しみでなく喜びに流す"何か"を経験して"畏敬"も知り、因りて『彼女のようで在りたい』と願い続ける。




「……今も、分からないことだらけです」




 今日だって、神樹の森にて夢を見続けている。




「……『壊したい』と思う以上に『壊すべきかを悩み——分からなくなった』」


「そうした思い、不断の迷いから生じた『優しさ』は……"駄目"でしょうか……?」




「"偽り"のもの——なのでしょうか……?」




 昼夜を問わず闇に包まれた大樹直下の洞穴どうけつ

 其処には彼の女神を思わせる色味以外に物はなく、悠久の時で瞑想を続ける神が一柱いるのみ。




「……貴方に憧れて、けれど貴方の振る舞い全てを肯定——」


「——剰え『全てを捧げる』と口走っては……貴方という王のを害してしまうでしょうから……」




「……だから——苦悩を続けるしかないのでしょう。"永遠えいえんに"」




 今日も今日とて、戦いの神は。

 白とも黒とも分けられぬ永遠の苦悩によって——"戦い続ける"。




「選んだ道で私は優しくれる……れるでしょうか」




 かつて『矛であれ』と願われながら、しかし今に『盾であろう』とする者。

 野蛮にして獣のさがを抱えながら、それでも『他者に優しくあろう』と不断の努力を積み重ねる者は獣の、理想ならぬ——獣。

 一つの命を複数回にわたって殺せる王や、また己を除く全ての命を滅殺さんとする王が君臨する世界にあって——

 王の極まりし傑作は制御を外れた今で、"矛盾そのもの"が神であった。





「……貴方がくれた"私"の時間」





「呪いを背負い、衝動と向き合って——生きてきます」





 それこそが、『グラウ』という女神であったのだ。



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