『爆速応援! 新生活③』

『爆速応援! 新生活③』




注文主ちゅうもんぬしは我が弟子と女神イディアで、実際に建築を行うのは"私"です」




 右手につちを、左手にこてを。

 それら建築に用いる道具の形をした暗黒を手に歩き、アデスは言う。




「因りて如何様いかような形式・様式にもお応えは出来るでしょうが、先ずはその為——」


「希望の発注内容を決める参考として、大まかな"仮組かりぐみ"を行う為に——此処を訪れたのです」




 手にする黒を霧散させて進むのは倉庫が立ち並ぶ区画。

 家屋の複数が余裕で収まるだろうその大きな箱は"展示場"の役目も持つもの。




なかへ」




 そして、先導の女神に案内されるがままに若者たちもマンモス校の体育館めいた大きな倉庫の一つに入るが——なか、がらんどう。

 内部で進入者に合わせて照明が点灯しても人は勿論に椅子や机の一つも置かれてはおらず、もの静か。




「どうやらこの住宅展示場では『見積もり』や『設計書』、『見取り図』の簡単な作成が可能なようですので——」




 しかし、間もなくで女神たちの下に自動走行の入力端末が回転する脚部で寄って来て——画面に向かう年長者が大体を学習、理解。




「——往々にして本来ならば建築の専門家に預ける、それ」


「私という造化ぞうかの神に示すものとして利用をさせて頂きましょう」




 言いながら、手を動かすのも億劫おっくうか。

 眼力での干渉によって仕組みを立ち上げ、屋内で控えめの明度となる照明。

 閑散広々かんさんひろびろとした空間に先ずは縦横たてよこの単純な正方形が投射によって現れる。




「……立体、映像?」

「"これ"で、"希望の内装を見える形で固めていく"と?」




「はい。利用許可も取っていますので心置きなく」


「入力した情報・条件で映像が構築されますので自由に……そうは言っても先ずは例示が欲しいでしょうから——初めに私の予定を組み込みます」




 斯くして、先ほどで購入してから暗黒再構築を終えた眼鏡を着用する女神の言葉で——"モデルルームを作りながらの見学会"は始められる。




「新しい拠点は地下神殿の奥に増設を考えており、来訪者の識別機能付きで"防犯"を担う特殊な"昇降機"も設置」


「その降りた先で繋がるのは"共用空間"。私とあなたがたで情報の遣り取りが気兼ねなく出来る場を用意し——其処から扉を介して各位の"私的な領域"へ移動が出来るようにしましょう」




 言って、正方形の端に昇降機が降りる入り口を併設。

 また広めに間を取った共用空間の映像を横に飛ばし、場所に余裕ができた真中で先のそれより比較的小さい二つの四角形を表す。




「ここまでの異議や要望は優先度から考えても、追々」


「また今で自室の内装を形とするにあたり、相手へ見えないように"隠す配慮"も可能でありますが……如何いかがしますか?」




「……どうしますか? 我が友。私としては特に、見られて困るようなものまで決める予定はありませんが……」

「……そうですね。自分も今、そういった感じのは思いつかないので……暫くはこのままでも大丈夫だと思います」

「了解です。では、女神に頼んで——いえ。現状はこのままで不足もありません」




 紅の視線で求められた意見を返し、問うた女神は了承の深い頷き。




「……分かりました」


「では、"内密にしておきたいもの"については後日、我が弟子と女神イディアで実装や変更が可能な"ゆとり"を残しておきますので、よしなに」




 前もっての諸注意を粗方あらかたで終わらせ、肝心となる若者たちにとっての『自室』となる図面作成へと移行。




しからば主導権を移譲し、望みを見定める時」


「大神であるからして、色々と融通はききます」


「一つの扉から複数の部屋に繋げるような空間操作も難しくはありませんので——お好きにどうぞ」




 走らせる、極神たる自身に不要の端末を、注文主である二者へと。

 アデス自身は歩み寄る映像の近くで『触れて動かすことも出来ますよ』の突っつきアピールもして、入力を待つ。




「では……どうしましょうか」

「我が友は部屋の内装作りに携わるのは初めてですか?」

「恐らく、はい。……既にあった部屋に自分が必要だと思う物を付け足すぐらいしか覚えはないので、その辺りは詳しくないです」

「でしたら、宜しければ私と一緒に相談しながら考えてみませんか?」

「イディアさんと?」

「はい。実を言えばその手の工作や配置で勉強をしていたことも過去にはあったので……多少なりとも、お力になれるかと」

「それなら……是非、お願いしたいです」




「自分だけだと服のように勝手が分からない部分も多々あると思うので……お言葉に甘えても?」

「勿論。お任せを」




 暗所で青や虹色で其々メッシュのような髪を光らせる青年たち。

 共に端末を引き連れて映像へと歩み寄り、イディアは相談相手として友を手伝う。




「ですが、そうは言っても今回は"あの"女神アデスが多様な要望に応えてくださるとのことなので、我々が難しく考える必要もないのです」


「流れとしては第一に、普段使いの住まう部屋——謂わば『居室きょしつ』を決めて、生活の中心となるそれを起点に他であったら嬉しい部屋や物を追加していく流れで問題はないかと思われます」




「"生活の中心"……というとくつろいだり、寝たりする場所?」

「はい。その認識でも概ね間違いはなく……『"自室"と言えばココ』と。そのよう捉えてもいいでしょう」

「……それならやっぱり、『ベッド』——寝台しんだいや、色々と便利な『机』や『椅子』があって……」

「そうです。そのような感じで……他には?」

「物を整理しておくのに『収納家具』があったりして……」

「ふむ。ふむ」




 聞き出しながらイディアは端末を器用に操作し、名前が上がった物を青年の前で浮かぶ四角形の内部へと追加。

 その家具の登場で殺風景であった空間にようやっと最低限の生活感は生じ始め、けれど未だ無地の平面でしかない壁床に覚える違和感が続く言葉を導き出す。




「……『窓』がないとなにか、息が詰まるような気がします」

「追加できますよ。壁にも天井にも、床にも」

「では、取り敢えず……壁に二ヶ所、異なる面で置いてもらっても?」

「はい」

「あと、天井から空が見えるのも面白そうと思ったので、そこにも一つ」




 部屋の映像は順当に要素を増やしてゆき、しかし口元に手をやって考える青年。

 その空間が地下神殿の奥に設けられることを思い出してから恩師への確認。




「あの……アデスさん」

「?」

「場所は地下になると思うんですけど……窓とかはあまり意味がなかったり?」

「……厳密に言えば機密保持の観点からも『地下のような何処か』に設置の予定ですが……窓に任意の景色を映すことで開放感自体は演出が可能です」

「でしたら、それをお願いしても?」

「かしこまりました。では、映る内容については草原や森林や砂漠、朝昼夜あさひるよるの空などで複数種類を用意しておきます」

「お願いします」

「いえ。……また関連して、天窓てんまどにおいては照明器具の役割を同時に持たせることも可能ですが」

「あ、はい。では、それもお願いします」

「了解」




 そうして無事、魔眼操作でも直ちに先述の内容は反映。

 外と直結ではないが、窓のような画面表示に自然の景観も映して——。




————————————————




「このよう、小細工で動く仕掛け扉も用意ができます」

「それも……魅力的ですね」




『何かワクワクする』との理由で収納や通路に秘密の基地のような雰囲気が出る変形動作機構。

 また『旅館やホテルのようで非日常感が出る』とのことで部屋の端に"広縁ひろえん"——机を挟んで一対の椅子が向き合う空間を設けて、窓の一つもそれに合わせてベランダのよう変えて。




————————————————




(……凄い。"一人暮らしの部屋感"が出てきた)




 細部は兎も角で居室、住めるようなものが完成。

 模造もぞうの観葉植物や女神たちに勧められた広めの台所も配置が完了し、かつてのまことが住んでいたものとは似て非なる——それでも確かな居住空間が眼前に現出していた。




「他にご要望は? 我が友」

「取り敢えず居室はこれで……大丈夫だと思います」

「分かりました。では、その他に必要な空間や機能で部屋を増やす選択となりますが」

「でしたら……"お風呂"とかが欲しいです」

「風呂——『浴室』を別の部屋に」

「……もう汚れとか匂いは気にする必要がないかもですが、気分転換にあったかいお湯に浸かりたいとも思うので、はい」

「了解です。では、汎用性の高い設備一式から好みに変更を加えていくとして……広い方がお好みですか?」

「……欲を言えば」

「……分かるような気がします。広い浴室を独占できると何か、贅沢な感じがして楽しいですよね」




 青年、イディアへと見せる数度の頷き。

 その後も浴室内の壁床をはじめとした素材や色などを切り替え、また青年が頷いたもので構築を続けて——天井や壁は落ち着いた木材風の薄い茶色、床は滑り過ぎず程よいザラザラ感の黒岩風——風呂も高級感ある旅館めいた仕上がり。

 今更だが、勿論にアデスが手掛けるのはどの部屋も防音で、以て初めての独居に相応しいプライベートルームは青年の心で満たされる段階に至った。




「……浴室はこれでお願いします。既に十分、素敵なものに見えるので」

「分かりました。それなら次はどうします?」

「……これ以上は特に思いつかないので、現時点で自分のは……一旦、完成としても?」

「えぇ。後から不足に思い当たっても彼女がいてくれますので……では、完成ということで進めておきます」

「お願いします」




 その図面をアデスでは細かい部分でも補足修正を加えて自らに内部保存。

 残すは女神イディアの望む番となる。




「そうしたら次は私の番——なのですが」

「?」

「実は既に、我が友がお眠りになっている間に部屋を女神より貰っていますので、それを基にした今回の変更にあまり時間は掛からないかと思います」

「……その節はどうも、ご迷惑を」

「いえいえ。大丈夫ですよ、我が友」




「なので——女神アデス」

「……」

「私では既に利用している仮設のものを基礎とし、後は先ほど貴方が仰っていた多目的利用の部屋で追加をお願いしたいのですが」

「分かりました。先ずは一つの扉で切り替え可能に調整を施します。……差し支えなければ、其々の内容を」

「恩に着ます。……それでは、今は居室と一体化している化粧の空間を新たに分けてもらって——」




 近づいて来たアデスとイディアは肩を並べながら映像を前に身振り、手振り。

 化粧室、衣装棚、書斎に工房アトリエ

 その他、体を動かすトレーニングルームなど実に様々な部屋を創造の神へと発注した後で、美神。




「我が友」

「? なんでしょう?」

「先ほどの貴方の部屋を見ていたら少し、私もその雰囲気や様式に興味が湧いて——"良ければ真似をさせて頂きたい"と思ったのですが……構いませんか?」

「それは勿論。全然、大丈夫です」

「有難うございます。密かに『いいなぁ』と思っていたので。お言葉に甘えて参考にさせてもらいますね」




 断りを入れた美神でも居室に天窓や広縁、また浴室の拡大などを経て——"個"の空間はほぼ完成形となる。




「……うん。私も、今はこれでお願いします」

「了解しました。であれば、最後に我々が自由に出入り可能な共用空間……端的に言って『広間』の説明を、少し」




 そうして一通りの案出しが終わった頃合いを見計らい、主導権を再び握ったアデスが言うのは幾つかの注意だ。




「基本的にこの場所はどのよう扱って頂いても構いませんが、他者と接する場である以上、最低限の"節度ある振る舞い"をお願いします」


「利用可能な設備・機能も多数を備え付ける予定であり、ひまや寝付けない時などでお過ごし下さい」




 三女神の眼前に移された件の広間は、読んで字の如く余裕のある広い空間。

 現段階では予定であるのだが階層が三つに分けられ、最上階には美神の部屋に繋がる扉、真中の階では青年の。

 それら各階が一般的な階段で接続され、最下の階ではこれまた一般的な長椅子や長机、誰が利用してもいい台所などがあり——言うなれば暗めで雰囲気のあるキッチン付きラウンジ、開放的な先進企業のオフィスのようでもある。

 けれど、アデスの趣向が反映されているのか間接照明が主で眩しさを感じさせる光源はなく、単純な配色として選ばれたのかも定かでないが白と黒を基調とした小綺麗な空間。

 合同訓練などで用いるのであろう広大な多目的ルームも別の扉の先で備え付けられた——やはりは素人離れした構想であった。




「私という女神も時偶ときたまで出没すると思われますが、室内で呼べば来るのも基本的には此処になりますので、用件があれば連絡をお願いします」


「また他にも重要な注意として……今後、あなた方は『ご近所さん』としても付き合いを持つことになりますが——大原則として各位の部屋にあるじ以外での無断入室は勿論、"不可"です」


「双方の自由意志に基づく合意があった場合のみ、相手を自室に案内可能な仕組みをご用意いたしますので……どうぞ、ご留意を」




 そうして、締めとばかりに厳しめの"お言葉"。

 若さ溢れる者、互いを憎からず思っている若者たちへの『それとない接触行為への忠告』で以て同地での要件は終わりとなる。




(……確かにそういえば、イディアさんとは更に距離が近くなるけど……)




「……その、もしかしたら"自分"と日常的に顔を合わせることになると思うんですが……イディアさんは大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ、我が友。貴方と共に過ごす時間は私にとって大変に喜ばしく……寧ろお困りのことがあれば呼んでください。手が空いていれば直ぐに駆けつけますので」

「……はい。自分の方にも出来ることがあれば、遠慮なく仰ってください」





『——我が弟子』

『!』

『今、貴方の意識へと音を介さずに語り掛けています』

『な、なぜ?』

美貌びぼうの近くだからとて、"調子に乗らないで下さい"』

『……』

『先の告白からも一定の信頼は置いていますが、それとして相手に"過度な迷惑"を掛けるようであれば——ね?』





 "それとない釘"が刺され、見学会は終わるのだ。





————————————————





「……もう陽が落ち始めて、夕方ですね」

「……残りは買い取った図面を基に、戻った神殿で実物を組み上げるだけですので——入居は今日から可能としましょう」

「……それは有難いです」

「……」

「けど、アデスさん……本当に色々できるんですね」

「……長い目で見れば大抵のことは。……それでも今や、出来ないことも少なくはありませんが」




 その後、展示場でもあった倉庫の外。

 好奇心旺盛の側面を見せたイディアが自由な利用が許されている——足踏みで操縦する二輪車を乗りこなす最中。




「……"大神"」


「"全てが肉迫せし、万能の神"」




 どこか憂いの色味。

 夕暮れ間近で師弟の会話。




「……凄いです」

「……苦しみを重ねる生を、痛みなく命を眠らせることもできよう——"貴方が望んだ場合にも"」

「……いえ。現状がよく分からずとも自分はまだ、貴方たちのいる世界を共に見てみたいので」

「……」

「それに貴方が結論を出すより早く自分の方でが来たら——ちゃんと、お伝えします」

「……苦労をお掛けします」

「いえ」

「他にり物があれば……教えて下さいね」

「——」




 平時でも自然の表情に影のある青年。

 しかし、恩師へ頷いては。




「——どうでしたか、我が友! 中々の操縦ものではありませんか?」

「はい。ホントに、イディアさんの多才さにも驚かされるばかりで……やっぱり、旅の途中で色々と?」

「そうなのです。色々と学びを求めて行ったり来たりで、それこそ学び——少し前ではなんと『女子高生』でもあったのです」

「……イディアさん"も"、高等学校に?」

「そうですが……もしかして、我が友もそういった経験がおありで?」

「……"元"ですが一応、通ってました」

「……では、お互いに学生だったのですね。私たち——」




 将来への憂いを下地にしても戻る友を笑みで迎えて——今は、新しき家への帰路に乗ろう。

 存在することに意味も価値も、例え目的さえ無いとしても『何処かで自分に出来ることはある』と。

 そう信じて、目覚めた今日も歩き出す。


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