『爆速応援! 新生活②』

『爆速応援! 新生活②』




「気を変えるなら、着替えよう」




 透き通る床、下に広がる海。

 その足下の海中では魚だって、緑色の鯨だって泳いでる。




「先ずはこの店に入ってみましょうか」




 その降りた海上の駅、駅舎そのものが屋根続きの大型商業施設に含まれている場所。

 女神に先導されて相変わらず誰一人ともすれ違わぬ道を行く中。

 硝子ガラス越しに衣を着た人形が立たされる店頭に目をつけたアデスは、自らも久しぶりに訪れる実験都市で発見を求めての進み足。



(本当に……服の店)



 そして、未だ時代背景に理解が及ばずとも青年女神も恐る恐るでそれに続き、入店。

 後ろから来る美神イディアがつっかえないよう余裕を持って店内に踏み入り、物珍しく見回す周囲で直ぐに此処も"無人化"が成されていると、歓迎かんげいの声なき場で様子を知る。




(店員もいないみたいだけど、"精算"とかは……あの機械で?)




「そのようです。また物品の"換金機能"も併設のようですので、私が適当に資金を調達している間、再度ご要望をまとめているのがよろしいかと」

「は、はい」




 またそして、どうやったかは知らぬが既に神秘の力でいちを見てはじゅう二十にじゅうも知ったアデスは精算機と思しき正面の筐体きょうたいへと接近。

 その後、数秒を眺めては懐から取り出した真紅の鉱石をあいだの空いた機械内部へと配置して、間もなくその物体の価値を測る光線が照射終了で備え付けの画面に表される次の案内。




「それで、我が友はどのような衣服をお求めで?」




 そのよう老女が機械と睨めっこで簡易口座の作成、秘密の文字列パスワードの字数制限と『ぽちぽち』闘う中。

 まるで不在の店員代わりに青年へ話を振るのはイディアだ。




「そうですね……正直、あまり目立たない落ち着いた感じであれば、他にこれといったこだわりはないんですけど」

「『落ち着いた』と言うのは……暗色あんしょくを基調としたものであったり?」

「はい。以前にも言った『黒』や『青』が落ち着くので、色がその辺りであれば問題は——」

「……?」




 だが、眺めた周囲で色とりどりの服は壁や天井に掛けられて並び、靴や装飾品の類いも品揃えが見受けられる静かな店内。

 異彩の髪を薄い橙色だいだいいろに変えて関心を示す友神ゆうじんと、願いを話していた青年で不意に止まる口の動き。




「——……と言った所で、その……あれなんですが」

「……"言いづらいこと"ですか?」

「い、いえ。そういうのとは少し違って……でも、出来れば……『下はズボンがいいな』と思いまして……」

「……成る程。"筒に脚を通す形式"のものですね?」

「……はい」




 今の自分が"女神"であったことを全身が写る姿見すがたみで再度に確認しての青年。

 とうに正体を明かした自分が一応の半ズボンとはいえ、未だに『ひらひら』とした裾の付くものを履いていることに何か気恥ずかしい思いで言葉を述べ、また『女神としての自分に似合う格好とは何か』が惑いの中で分からずの提案。




「そしてその、これまでに自分は服とかにあまり気を使ってこなかったので……」


「よければイディアさんに、服を選ぶのも手伝って頂ければと思ったんですが……どうでしょうか?」




 言動から鑑みて自身よりも装いに拘りを持っているであろう相手へ。

 それ故に高い眼識も有すると思しき友へと願う協力。




「それは——勿論です」




 すると、イディアで迅速な返答は笑顔の肯定。




「そういうことであれば是非、私にもお任せください」

「……助かります」

「いえいえ。でしたら早速、一緒に店内を見て回りましょう。我が友」




 そうして、通帳やカードを両手に持った誇らし顔のアデスが戻ったのを機に。

 先ずは青年の衣装合わせが洒落た女神たちの協力の下で行われての——しばらく。




————————————————




(……選んだもらった手前で悪いけど、出るのが恥ずかしくなってきた……でも——)




「い、きます——」




 乗り込んだ試着室の姿見で玉体を様々な角度から眺め、確認を終えた青年。

 しかし、新しい姿で再登場するのは宛ら"初めて学校指定の制服に袖を通したような"——衣装に着られる感覚が抜けず。

 はばかられる心、カーテンを掴んだままに深呼吸の間を置いてからの——開放。




「——……どうでしょうか」




 開け放たれた其処に、青年が使い続けてきたに合わせの簡素な衣服の姿はなく。




「……"良き合わせ"です」

「素敵ですよ、我が友」




「…………」




 手短の賞賛を述べるアデスとイディアの前で恥じらいに逸らす視線。

 抱える複雑な思いで青混じりの黒髪は下ろしたまま、けれど一新の装いは伝えた通りに黒や青や紺の暗色を基調とした女神選定品セレクション




(まだ着慣きなれない気もするけど……でもこれで大分だいぶ、動きやすくなった)




 上下ともにシンプル、シャツに要望通りのズボンは黒く、その膝元までの筒から伸びる長脚——覆うのは恩師も利用する濃いめの脚衣タイツ

 また纏う外衣がいいとしての隠れ蓑は今や形を変え、つややかな黒が玉体の輪郭をぼやけさせる大きめコート。

 そして更に下部、床を踏みしめる足へと目を向けても漆黒の色は見えて、安全靴らしきがっしりした印象の深靴ブーツでは留め具の『X』——"未知を思わせる斜線の交差"は支払いを済ませた大神の、弟子に願われて施したアレンジポイント。




「機能面でも大方おおかたの調整は済ませましたが……どうですか?」

「はい。これまでと同じように重さの負担は全然なくて……権能の行使もすべらかです」




 見えづらい所では新規で胸を小さく、且つ引き続きで揺れないようの暗黒権能も肌着を形作って働き、その仕上がりに笑みを浮かべる女神で腕は一時いっとき、服ごとに見せる流体変化りゅうたいへんかの様。




「流石アデスさん。気を配って頂き、有難うございます」

「……大神です。造作もありません」





「そしてまた一つ。私から、貴方たちへの"贈り物"があります」





 青年の喜色に微笑を返す大神はそう言っての開く手、掌に載せた黒の物体を見せる。




「これは……"指輪"?」

「身に付ける場所によって呼び名は変わりますが、私が提供する"支援"の一つ」




「用途としては単刀直入に言って『逃さぬ為の首輪』でもありますが」


「けれど、便利な機能も数多あまたが搭載され、少なからずで貴方たちを助けてくれることでしょう」




 説明をしながらアデスは二つ用意したそれをルティスとイディアに渡す。




「中でも特に重要であるのは『座標の軸』」


「有事の際などで装着者の居場所を私へ知らせ、その駆け付ける顕現をやすきものとしてくれます」




「……"位置情報を送信する"、といった?」

「はい。ですが平時においては基本的に任意でありますので、ご安心を」




「またその関連機能として我々の間での情報伝達を補佐することも可能ですので、後々の質問などでも是非にご利用下さい」




 イディアの質問に答え、美神が手にするそれは青年の物とはいささか"仕様"が異なる旨も次に伝える。




「……女神イディアでは以前に話したよう"機能拡張"の予定が既に決まっており、その時にまた点検をさせて頂きますので、ご留意を」

「分かりました。……口振りからして身に付ける場所は何処でも構わないのですか?」

「はい。万能を込めて手掛けた作品です。大小も自由、融通も自在なり」




「では……私は"腕輪"に」

「自分は…………"指"でもいいですか?」




 美と川水から確認を求められ、無言は頷き。

 所有者の意を汲み取った黒は其々の言って近づけた箇所に適応、以てイディアでは左腕・ルティスでは握り込みやすい右の人差し指。

 変える形でやはりは未知か無限を描くよう交差の姿を取って——謂わば魔王の召喚も可能な回路サーキットでもありゲート

 青年で度々あった『だだ漏れ思念』の対策も兼ねてに整備された通信機能も合わせ、若者たちを護る装飾とも相成って、収まった。




「重要機能については自動です。私の方で気を回していますので、身に付けるだけでも構わず」


「けれど、『虫除け』の意味も有する"それ"。この後で用意する拠点以外では原則として外れぬようになっていますので、しからず」




 その加護の受領も終えて、青年女神では今後の活動に基本となる姿が完成。

 髪も衣服でも深い黒と青の親和が落ち着いた印象を与えるその者で実際に気分も良く、『それなら』とばかりに口を開く彼女。




「いえ。また色々と買っても頂いて……この後は直ぐ、その拠点選びに?」

「間を置かず向かっても構いませんが、時間に余裕はあります」

「でしたら、自分に付き合って貰うだけも悪いので……アデスさんやイディアさんも見たい物があれば、それを」




 自分の最低限が済んだ二言目には『他者』とし、未だ店内の衣服を興味深く眺めていた友も含めて声を掛ける。




「……"貴方が我々に付き合う"と?」

「はい。お礼……にはささやか過ぎてならないかもですが」

「……」

「今度こそ大人しく……誰もいないようなこの屋内なら大丈夫だと思うので、お好きな所へ」

「……」

「付いて行っても良ければ、荷物だって持てるかもです」




 その本心からの気遣う言葉。

 さり気ない優しさがお姉さん女神たちの心を爽やかに通り抜けての一瞬は過ぎて。




「いいのですか? 我が友——女神アデスの方は……」

「私の方でも"好ましい"提案ではあります。ですが——」




「……本当に宜しいのですか? 我が弟子」

「はい」

「"長くなりますよ"?」

「受けた恩に比べればそんなの全然、大丈夫です」

「……」




 青年の健気を前、目と髪でそれぞれ——神の赤が燃え上がる。




「……でしたら、気遣いを無下とするのも心苦しく」





「お言葉に甘え、貴方には私の——我々の服選びを手伝って貰いましょう」





 視線で示し合わせる女神たちで、気は燃えて。

 繰り返す『服のどれ・何方どちらが』、『どのような装いが私では魅力的か』の問いは小一時間ほど続き——。





————————————————





(……ちょっと疲れた)





 使用中である二つの試着室から不自然に——衣擦きぬずれの音などを気にして青年が自ら距離を置いての、今。




「「お待たせしました——我が弟子(友)」」




 どちらも己が着てみたいと思った衣服の中から青年が好意的な反応を示したものを取り入れ——開け放たれる室内から姿を現すのは新衣装の麗神たち。




「何か……とおくはありませんか?」

「い、いえ、そんな」

「もっと近くに寄って見てください。私と貴方で並び立つと正に近しい色合いが"師弟"のようで……面白く」




 動いて招く髪で誘うアデスでは暗い色調でも楚々とした上衣じょういは健在で、しかしとがった『X』の装飾は胸元の左右でも主張。

 小玉体をすっぽり覆うようであった蓑は縮小を経て、腰あたりまでの上品な慎ましやか。

 また折り目が付いた裾付きのスカートは質感をより生々しく伝える濃淡を分けられ、けれど腰元から垂れる金属製のような謎の物質は鎖のようで——"秩序の中に覗く叛意はんい"。

 髪飾りと深靴でちゃっかりと増やした交差はXXダブルエックス——そう、かつて所属の世界に対して異議を唱えた者は此処にあり。

 花の模した耳飾りを髪ごとで得意げに振って暗黒の神——総評としては"パンキッシュ"。




「私の方も……どうでしょうか?」


「古き女神にも触発されて"暗色の美"——に一応、挑戦してみたのですが……」




 一方、『ぴこぴこ』跳ねる橙に緑に黄色の髪はイディア。

 衣服の端々を手で整える彼女でも基調は黒。

 肩口や首元は薄膜の如きレースで、清涼感を求める心は露出の肩と胸元の『ジジジ』とした縦の開閉機構。

 下半身ではスカートのよう見えるパンツ、やはりは青年が今日まで使用していたのと同タイプのキュロットで腰を絞り。

 その他、暗色の採用で更に際立つ黄褐色の長髪からは此方の女神でも揺れる耳飾りが覗き、携帯する化粧道具の入れ物は腰と左のももで締める帯によって『がしり』と固定するアクティブスタイル。

 更に下方の足でも涼しげに穴の空いた、敢えて両脇などでも隙間を作った黄色の近未来サンダルは爪化粧の赤も映えさせ。

 総じてまとめると——"クールにうるわしく"。




「我が友の目に私は、どのように映っているのでしょう……?」

「それは、勿論……"素敵"、です」

「……本当ですか?」

「はい。暗い色も見事に着こなしていて……本当に"綺麗"だと思います」

「……ありがとうございます」




 ルティスからは見上げる高さの玉容。

 此方の衣服でも大神が分解してからの再構築——日々に細かく差異が生じる美の女神の性質に合わせた特殊加工も既に完了。

 イディアに対してはやはり大きめの胸元が気になって青年は僅かに挙動が怪しくなるも、見目良き友の姿を努めて言葉に落とし込んで伝えた。




「……我が弟子、我が弟子」

「……?」

「"私への所感"は……?」

「あ……えぇ——"可愛くてカッコよくて"、"謎を秘めた様も魅力的"……?」

「……ふぅん……へぇ……?」




(指摘が飛んでこないということは……今のでわりと、"お気に召した"?)




 そうして、ご満悦となった女神二柱と共に征く夢のショッピングロード。

 他所行きは勿論に部屋着や肌着も複数を買った後、宣言通り恩神たちに付き合ってあれやこれやとの買い込みは——数時間。





・・・





 マスク専門店で水着素材だの、何処か妖艶な垂れ布だのを試着、購入したり。

 手袋の専門店でも拘りを見せて色々と買い、何着もの衣服と合わせてかなりの重量となった荷物持ちは余裕一番の力持ち、袋という袋を浮遊させてのアデス。

 尚も気を遣いたがる青年へ逆にも気を遣い、一部を持ってもらっての日用品コーナー。

 一助として都市を護ってきた柱は其処に住まう知己の少女へも『何か便利なものを』と思い立つも、同地では『外部都市・人への物の持ち出し』は厳しく制限がされていて、落ち込み。

 けれども肩を落とす青年へ庇護者の女神が『芋類どうのなら単純な皮剥き機ぐらいは作れるし、時代にも然して影響はない』と、"自作"の提案。

 必ずしも形ある物だけが人を助けるという決まりもなく、『時短で浮いたいとまを与えるのも一つの手助け』として"工作の時間"を設けることも、約束して。





 彼女たちの歩みは渦で大量の袋を飲んだ後。

 穏便の公共交通移動で次の目的へと向かう。



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