『爆速応援! 新生活①』

『爆速応援! 新生活①』




「…………」




 透明な窓の外、動く景色。



(…………)



 座席に腰を下ろす青年。

 隣で座る美神の存在を温かく感じながらの考えごと。



(……少女の、アイレスさんの無実も証明がされて都市を襲う危難の原因も去った)


(運にも恵まれて食料も豊富にある今、その支援も必要性は下がって……何か他に……)




("人々の為に"……出来ること)




 揺れの僅かな足場、左右の壁に通るコイルと車体で有する超電導磁石の支える車内リニア

 座る視界でも外に映る光景は港、大きなクレーンで持ち上がる輸送用コンテナが積み重なる群れ。

 接岸の大型船舶も棒状の全周アンテナを回転させ、その何処かせわしない景色を前——女神ルティスは考えを巡らせていた。



(…………)



 けど、あらがうべき脅威を見失った彼女で思考は冴えず。

 明確な目的も見つからぬまま『ぼんやり』と何の気なしに見遣る先——白肌しろはだの横顔。




「……」




 三柱みはしらの内、唯一にすわらぬ者。

 他の利用客が皆無の、空間にゆとりある車内で乗車及び降車用の口元に立つ黒衣の少女。

 若者たちとは反対方向の窓から外を眺めるアデスで、赤の魔眼が見据えるは大男。

 それは港に近い倉庫街、その一つである開いた車庫ガレージの軒先で"工作"に興じる者。

 発注を受けた図面と意識内で向き合いながら、未完の三輪車をつつく手には"工具としての三叉さんさ"を持ち——背後よりの"重い視線"に気付いての、振り返り。




「「"————"」」




 そうして、交差する赤と緑。

 目を合わせる者たちで何方どちらも深くて暗い色味が明滅しての簡易的な意思疎通は済み、挨拶までも一瞬に完了。

 彼ら彼女ら専用の秘匿通信で『領域の案内図』や『行事開催予定表』は送られ、走る車内に向かって軽くに手も振る一般男性いっぱんたいしん




「……」




(……いや、今は折角アデスさんが買い物に連れて行ってくれてるんだ)




 横で政治的な意味合いも含まれる遣り取りが行われた今も、青年の心は晴れず。




(だから、取り敢えずはそっちに集中して……)




 しかし、"既に"暗黒の渦を通って、海を越え。

 暗闇から出た先で見た神代しんだいの栄える港湾都市をも横切り、ルティシアとは比べるまでもない大勢の人々で賑わう喧騒を避けて。

 その人気のない端っこ、奥で何やらそびえる壁を古き女神が触れて、隠されていた扉の開放。

 そのまま進んだ壁内の暗所、固く冷たい床上を迷いのない足取りで進むアデスが神秘の力で手続きを済ませてからの入場は——"先進都市"。




(自分に必要なものをしっかり見繕って……あとのことは……)




 星を上空から見れば『山』の字の形をした大陸に各種様々な都市が散りばめられている場所『テノチアトラン』——"人に重要な衣食住"から考え、その品揃え豊富な場所。





(……それから、考えよう————)





 悩めども、とうに踏み入った先で驚きは天を仰ぎ——"摩天楼を高く眺める都会"で探索は始まっていた。





————————————————





「——え"」





 踏み入ったのはテノチアトランでも大きく"三つ"に分けられた領域の一つ。

 今し方で通過した正にひとで溢れる『じん』と、まだ見ぬ奥にある『てん』に挟まれた——その中間にあたる『』の区画で立ち止まったルティスが驚きの音を漏らす。




「……我が友?」

「……イディアさん」

「なんでしょうか?」

「自分が眠っていたのは本当に"半年はんとし"……ですよね……?」

「はい。本当に半年で——この場の景観が他所よそと大きく異なるのは以前からですので、大丈夫です」

「……」

「貴方が休眠にそれ以上の時間を費やした事実はなく。心配はいりませんよ」

「……は、はい」




 そして、その衝撃的な心情を察してか後方から掛けられたイディアの声で我に帰った青年。

 離れた先で振り返っては待ってくれている先導の恩師へと駆け寄って、再び見せる追従の意思。



(でも、こんなの"現代"……いや、どころか寧ろ"未来"的な——)



 女神の姿で導かれるままに進み、無言のアデスが先に乗った"循環式の動く歩道"を自身も踏み。

 しかし、周囲の高層建築に気を取られていたこともあって動く足元に対する不注意で身を揺らし、側の友に手を掴まれての感謝は一言、二言。

 その後、一層に気を払って下部にも向ける視線は彼女らが行く歩道とは段を下で分けられた比較的幅の広い道と、その"道路"を滞りなく走る"無人"の乗り物たちに注がれ、左右はもちろん頭上も安全に配慮した透明な仕切りで覆われた空間。

 碧眼を輝かせた川水の得る、いくつかの気付き。



(……歩道と車道が同じ高さに置かれていないのは……接触をなくして事故も防ぐため——)



 合流地帯を除いて歩道と車道がほぼ完全分離となっている理由を反射的に考え、けれども少し前より肌に『ジジジ』と感じていた各種機器の電磁波が冷静となった今で気になり、落ち着かぬ頭部の動作は見回す周囲。

 人気ひとけなく、事実として人口密度が極度に低い"ゴーストタウン"。



(——いや、そもそも……"人がいない")



 人っ子一人、水気も、波で感じる声もなく。

 まさか『物品を購入するのに都市ごと貸し切ったのか』と先行く女神への疑いも残る中。

 疑念で更によく見れば、立ち並ぶ高層建築の表面——つややかさの正体は流れ落ちる『水』であり、絶え間なく落ちるそれは塩や砂をはじめとした各種付着物の寄り付けぬ流体の壁。

 そして、その水を基調とした清掃と景観の美を兼ね、また温度を下げる涼やかで幻惑的な空間。

 無人と相まってもかもし出される神秘の時で、現に顕れた神々も流れるよう道を行く。




(そのわけは……後で、聞いみよう)




 そのままくだんの高低差がつけられた立体的な道を横切って到着した場所は"駅"。

 筒状の建物、左右に伸びる線路と思しき果ての見えない構造物から青年もそうと判断しての進入。

 特に営利を目的とはせず、また潤沢じゅんたくな資金源が支える同地では、それ故に利用者が金銭を払って乗車許可を得るような改札かいさつの場も必要は特になく。

 予想通りであっても早くに姿を現す車体は目の前で、流線的な形が青年の目に新しい停車中のリニアモーターカー。

 神代のそれ、青年たちも自若の老女に続き、乗って。

 動き出して変わる景色が『現代』や『近未来』のようでも、また時に風景が何処か茶色みを帯びて見える『古代』や『中世』にも目まぐるしく姿を変えての——不思議な驚きは絶えぬ、今。





————————————————





 乗車時間、数分といったところ。




「……気に入りであった衣料品店は既になく」




 世界の面妖めんよう加減に驚くべきか、どうか。

 今や神話の中に生き、自らのその感覚も既に融解しての青年で『乗り換え』と言われて一度の降車。

 降り立った歩廊ほろうで現在地の駅もの通る透明な建築。

 雨天時には閉じる天井も今日は快晴であるからして格子状に開かれた隙間から湿潤の空気は流れ、それに乗る鳥だって飛びながら駅中に入ってくる。




「故に目的地、最も適当として其処を目指しているのですが……立ち寄り先で女神イディアに要望は?」

「そうですね。私としても先述のもので不足はなく……欲を言わせて頂けるなら——」




 また青年の背後では看板で地図を見ながらに話す女神たち。

 人から見た数百や数千年の技術発展は彼女らにとっては"そう驚くものでもない"ようで、内心で驚愕に言葉を探していた青年も恩神たちから浮かぬように順応。

 落ち着かせた心は向かうべき場所の選定も識者に任せ、"切った張った"の戦時から解放されての待ち時間は穏やか。




(……あの鳥は、なんだろう)




 肌に触れる海風、耳に聞く鳥の声。

 歩廊から下に眺める位置では声の主らしき白黒で尾の長い鳥を見つけ、久方ぶりに見る生き物の存在は彼女に安心の笑みを浮かべさせて——けれど。




「……」




 その名も知らぬ鳥という"命の立つ位置が線路上"であることを思い出し、微笑は雲隠れ。

 横目では"接近する車体"の姿も近付き、波立つ心が女神のりきむ手に即応体勢の水を纏わせる。



(車両の接近に気付いてない……?)



 飛翔の翼を持つ者が轢かれる危険性など『そうはない』と思いながら、しかし不意に起こり得る『バードストライク』への湧き上がる心配は止められず——線路に向かって進み出す足。



(いや……まさか)



 四散を恐れず——否。

 それより恐怖するものを持つ神で思いは反射的に前傾の姿勢となりて、『自身の苦痛』や『鳥』を勘定に入れての損得計算——『やらぬ』より『やって』の後悔で瞬時に完了。

 表情も険しく、戦いの時のそれに切り替わった青年で表されるのは外部から見て『飛び込み自殺』に思えるような行動で。




(走行音が静かだからって、そんな——)




 しかし、その危うい動きを『勿論』に知って声を掛ける者もまた——そばにいる神であるのだ。





("そんな、こと"————)





投身それより先に——





 神は神でも『魔神』であるのだが。




「"冷静な分析を忘れるな"」




 同様に青年の変調に気付いていた美神から手振りで場を預かってのアデス。

 背丈で勝る相手に合わせて少女の形は爪先立ち、また声を覆い隠すよう手を口元に添えて語り掛ける——青年の耳元。




「貴方の場合、先ずは深く息を——

「——」

「——」

「はい。呼吸こきゅう上手じょうず




 視野を狭めた過度の集中へ妖しく、魔が囁く。




「であれば、次に周囲の状況」


「そのちりばめられた要素一つでも多くを知り——"必要を見極めろ"」




(…………"状況")




「"都会"で今は其処らの野山と訳が違う。その"違い"が分かりますか?」

「…………"なみ"」

「そうです。此処では特に車体や線路から放たれる鳥獣への"超音波警告"。また線路上に障害物を察しての"自動停止機構"で大事だいじはなく」




 囁きながら、漆黒。

 念の為でアデスの背後より生える触手が鳥と車両の間に割って入るよう伸び、その"得体の知れない何か"が線路を叩きながらの問いは白黒女神から白黒の鳥に向けたもの。




「鳥よ——鳥さんや」


「"迫る重み"……貴方に察しはついているのでしょうか?」




 鳥の種類に合わせ、その意識に最適化されての問い掛け——対する返答は尾で線路を叩いての『チチュン』で、以下の女神が示す反応からも察するに"肯定"の意か。




「ふむ。ならばいのです」


「どうぞお気をつけて——良い日を」




 そうして実際、まもなくに到着して減速しきった車体から鳥が余裕に飛び去っての光景を前。

 暗黒の女神は物体をすり抜けて残る第三の手を引き戻し、五体の両手を合わせて作る水鉄砲より水を噴出させて言う。




「このよう、今の鳥とて危険は理解していた」


「また身を乗り出すよりかは"水を飛ばした方が速い"。熱を入れすぎて集中しきった貴方は『視野が狭くなる』きらいがありますので……やる時は冷静に、先ずは己をまして」


「『水かけ』でおどかすのが忍びないなら——『餌』でも示して投げましょう」




 そう言っていつの間にか手でチラつかせていた木の実を、歩廊で転がすように投擲とうてき




「他に質問や疑問があれば移動中にお聞きします」




 狙い通りに集まる二羽のつがいが巻き餌を持ち去ったのを見せてから、車両に乗車しながらのサイドテールを振って、誘う。





「目的の大型商業施設までは残り、数分といった所です」





 魔の王。

 神秘の力で『誰かに餌を貰った』という記憶を今し方の鳥たちから"何食わぬ顔"で消し去り。

 以て後に残る影響も皆無としながら、投身を止めぬ神は若者の"自棄"にさえ添わんとするのだ。



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