『覚めて、春眠』

『覚めて、春眠』






(————、………——"、、…………"?")






 起き抜け。

 未だまぶた、上手くに開いてはくれず。





(……あ……さ……?)





 屋内で時を知ろうと動かすのは手。

 身の回りにある筈の携帯端末を求め、右往左往。

 しかしけれど、その動き。

 中途で側にある布団のほつれた糸のような白髪を掴み、『これじゃない』と放すのみで。




(…………?)




 目当ての時報を手に入れることはなく。




(……朝……?)




 釈然としない意識。

 再起動で走り始めた水が起こす思考。




(…………学校)




 己へ刻まれた生活順序を想起させ。

 けれど、寝入った記憶が曖昧であることも思い出し。




(……"学校")




 家事に、課題に、提出物に。

 日毎ひごとわざを為し終えた覚えのない事実で、徐々に強まる冷感。




(……っ————!)




 募る焦りが、"女神"の体を跳ね上げる。





「————学校……っ!」





「……」

「……?」





こ——く…………」





 だが、開けた視界に映ったような気もする美少女のかんばせを横に過ぎての、今。




「……(……え?)」




 座る姿勢となった青年。

 荒い息遣いが揺らす肩で青混じりの長い黒髪は垂れ落ちて。

 碧眼の見回す空間にはやはり、美少女。




「……」




「……良く眠れましたか」

「……おはようございます。我が友」




 とびきりの麗神れいじんが、それも二者。

 共に青年を眺めながら先に口を開いたのは白髪で赤目に黒衣の小柄、少女然とした女神。

 またその後を追うよう挨拶から再会を始めたのは前者とは対照に黄色い明るげな髪が印象的の、加えて虹色に変わる神秘の彩りも有する鮮やかな長身の女神。




「……」

「……」




「……え——"状況"がよく……分からない……??」




 先まで自室だと思っていた空間。

 姿形に見覚えがあっても青年自身との関係性が直ぐに思い出せない彼女らを前。

 動揺する心が口に出した疑念、それに対して答えを返してくれるのは白黒の柱であった。




「……戦時疲せんじづかれで寝入った貴方は今、凡そ半年はんとしの時を経て目覚めたのです」

「……アデス、さん……に、イディアさん……」

「私と女神イディアはそのかん、付き切りで貴方を見守っていました」

「それは……どうも、ありがとうござい——……半年も眠ってたんですか、自分は」




 そして次に、青年の未だかつて経験したことのない連続の睡眠時間にも驚いての言葉に応じてくれるのはもう一柱の女神、美神のイディア。




「……はい。大変にお疲れの様子でしたので、気力の自然な回復に時間を要したのでしょう」

「……そんなに……」




 川へ飛び込んで以来に会う女神にも事実を告げられ、なんとも言葉で表し難い心境。

 時間を浪費してしまったような虚脱にも似た感覚が『じわり』と襲い、異界の冬景色や春の芽吹きを密かな楽しみとしていた青年で更にこうべは垂れて。




「……でも、その節は本当に……お二方へご迷惑をお掛けしました」


「自分自身のことさえよく分かっていないのに無理を言って、助けても頂いて……本当に、有難うございました」




 けれど、他者の説明も受けて少しずつ理解を得てゆく思考は落ち込んでばかりもいられず。

 置かれた状況の概略を知った青年は『ならば、先ずは』と其々に深い礼を捧げ、特に心配を掛けたイディアに対しては改めての謝罪も口にする。




「でも、それで貴方を——イディアさんまで難しい問題に巻き込んでしまい……ごめんなさい」




「前にも色々と言って、それでも申し訳ない気持ちで一杯で……何をすれば詫びて、報いることが出来るのか——」

「いえ、我が友。顔を上げてください」

「しかし、きっと貴方も……"自分のせい"で今後の活動に制限が……」

「……その通りではあるのですが、私も生まれた時より色々とあったので……今となってそれぐらいは気にもなりませんよ」

「でも……」

「……察しが付いていたかもしれませんが私の方も『訳あり』で、それこそ以前から神々に注意を受けていた身ですので……大丈夫です。特に変わりはないのです」




 だが、謝られてのイディア。

 得意な力を持つ女神はその特殊な生い立ちが故か、一連の事件や青年の出生、また死神によって新たに齎される制限は『問題にならない』と言い、寧ろ彼女は歩み寄りながらで相手を気遣う笑みさえ見せる。




「それに何より、今は貴方の方が私にとっても大事なのです」

「……」

「心身共に健やかであってほしい。貴方と、貴方の大切な者たちが無事であれば、それで……私は十分ですよ」

「……恩に、着ます」




(もしも……『もしもアデスさんが彼女を——』と思っていたけど……無事で良かった)




 しかして。

 二度の友好の契りを交わした女神の微笑で、複雑な胸中ながらも一応の一安心。




(今は、これで……後の心配は他に——)




 だけど今し方のやり取りで青年が耳にした『大切な者たち』との表現が記憶を刺激し、往々にして彼女の心をはやらせる。




「……アデスさん」

「……?」

「あの、人々の無事を確認してくれるのは……どうなりましたか?」

「……貴方が寝付いて間もなくに一回を済ませました」

「……無事でしたか?」

「はい。以後、関係者のあいだで大きな問題は特に」

「……"小さい問題"は?」

「……都市の農耕で"やや人手が足りない"、『収穫に忙しい』との声が上がっている程度です」

「……それなら、確かに問題とは言えないかもですが……」




(……アイレスさんの状況も気になる)




「……やっぱり、半年を置いて色々と気掛かりですので、自分でも足を運んでみたいと思います」

「……」

「また貴方の助力に感謝をして……出来れば直ぐに向かいたいのですが……いいですか?」

「……用向きが終わり次第でこの場に戻って頂ければ、構いません」

「……有難うございます」





「……すいません。では、早速————」





 そうして逸る気のまま漆黒を羽織り、駆け出そうとして。





「"待たれよ"」

「——?」

「これは貴方の目覚めを待って、またお急ぎの様ですので手短の"提案"なのですが」

「は、はい」

「……今や貴方の体は一つの完成を経て、"新たな神秘の力"にも目覚めている」





 呼び止められて聞く、古き女神の諸注意。





「しかしてそれ故に権能の制御にも一層の注意が必要となり……端的に言って、貴方が望むのならその協力にも私の方で気を回しておこうと思うのですが……」

「……?」

「……地下ここを出れば貴方の視界には、以前よりも遥かに多くの『いのちあかり』が映るでしょうから……その感度を調節する謂わば——『形のない眼鏡』のようなものを私は貴方に対して施せるのですが……如何でしょう?」

「…………それでしたら、はい」





 それは、鋭敏の感受性を案じての言葉。

 そして語られていない真意までも女神の青年は読み取っての、了承。




「……自分としても、お願いしたいと思います」

「……分かりました。では、以前のように——」




 明度を上げる赤に釣られて正面の青でも色味を変える虹彩。




「——……完了しました」

「……お気遣い、感謝します」




 渡り川の神が持つ『魂感知の眼力』——封じ。

 及び『河川の氾濫防止』をはじめとした生命干渉の抑制処置——踏み締めた大地で命が潰れず、ただ空間を押し除けられるよう細やかの膜を張り終えて。





「では、少し——"行ってきます"」





 庇護者たち、年若い友を送り出す。





————————————————





「————アデスさん! イディアさん! すごい、凄いです……!」





 そうして、小一時間で女神たちの下へ帰還しての青年。




「これは、我が弟子。何が『凄い』と言うのですか?」

「"はたけ"が、なにか凄くて! 芋類を中心に作物がたくさん採れるようになってました……!」




 今し方で都市に住まう少女の無事を再会によって確かめ、また彼女から短期間で急激に改善した同地の食糧事情を聞き知っての破顔が駆け寄る。




「……それはまた、のいい話で。何処ぞの誰か、"天運"にも恵まれて上手くやったのでしょう」

「はい! そのお陰で食料不足の問題も殆ど解決したみたいで……本当に良かったです……!」




「「"……"」」




 その花の顔が明るく開く様、見る者たちでも快く。

 ゆるぶ三輪、はなやぐ空間。




「……えぇ。本当によき、かな

「♪」

しからば、そのよう都市も落ち着いたことです。護り手たる貴方も暫し平穏の時にひたれよう」

「はい……!」

「……と言った所で、私も貴方への『支援』や『ご褒美』の話を今日きょうの本題として用意しています」

「! それは……」

「その第一として先ずは修正した貴方の情報から生活環境を見直し……それこそ、このあと間もなくで『部屋作り』の要望もお聞きしますので、お楽しみに」




("自分の"……"部屋"……!)




「女神イディアについても同時に機会を設けますので、両者共に己の描く理想の生活空間を考えておいて下さいね」


「"冠を頂く世界の創造主"——『大神』の私がお応えします」




「……女神の恩恵に感謝を——やりましたね、我が友。我々、"自分の部屋"を持てますよ」

「はい。イディアさんにとってもいことみたいで、何よりで……今から楽しみです!」




 "神"としては兎も角、"人"としては朽ちた神殿に詫びしい思いを感じていた青年。

 時に一人になりたいような、なりたくもないような年頃でもある彼女は恩師よりの環境整備を開始宣言で待望の腰を落ち着けられる機会を横の美神と喜ぶも——。




(神殿も神殿で何か歴史的建造物に泊まれるのは雰囲気があったけど……やっぱりちゃんとした布団とか、偶にはお風呂とか————え")




 けれど、地下。

 急激、"下げられる温度"。





(なんで、今————……?)





「……ですが、その前——折角に、"貴方たちが揃った"のです」

「……アデスさん……?」

「"浮き足立つ"今にも丁度いい。気を引き締める意味でも『独断専行』についてを"考えましょう"」





(え。本当に——?)





「はい。『今から』、です」





(……本当なのか)





 引きつる表層から心も読まれ、恩師の張り付けた冷厳の笑顔に弟子は事実を悟る。




「……アデスさん。確かに説教、切言せつげんがどうのと貴方は前に言っていて……自分自身に覚えもありますけど……」

? どう思いますか……?」

「いや、それは本当に……突っ走ったことは平謝りで……」

「挑戦を選ぶならもう少し、"外野"の方でやってほしかったなぁ……」

「…………二度とは」

「口で言ってめられるものでも、ないでしょうに」

「……だって、貴方のことを考えたら居ても立っても居られなくて——」

「なぜ? 貴方の方こそ何故なぜに今、私を"口説く"ようなことを言うのですか?」

「……いや、そういうつもりでは……」

「『三十点』です。今において下手な言い訳も口説き文句も求めてはいない」




(えぇ……)





「因りてこれから"じっくり"と話し合おう。若者よ——よ」





 そして青年に対する説教の理由を述べた後、魔王女神の視線はおもむろに。




「……」

「……女神イディア」

「……え——"私"ですか……?」




 "次の標的"である美神の方へも向く。




「……いや、『若い』と言ってくれるのは嬉しいのですが……」

「"無謀の後押し"は『若さ』が故か? ……それをめるべきか、熱意にどのような方向を指し示すべきか——」




「私としては、もう少し強めに——あおとしを止めて欲しかったなぁ……?」

「……"当事者の心より願う本意"なら、ある程度の危険を押しても『そうさせてあげるべき』が最善と思いまして」

「……"?"」

「……私も好奇心や知識欲、『探求』を主眼に色々とやってきた身なので……はい」

「……」




 最早『誰も完全でない』が故に生まれる齟齬。

 誰も『他者を完全には理解できない』との前提を踏まえ——しかし、『それでも』との思いが"年老いた愚かな賢者"に語らせる一連の言葉。




「……まあ。貴方たちの主義や主張を『突いて壊す』ことは不本意であって」




「……」

「……」




「力の奪われる過程で急いでいたとはいえ、ややの言葉足らずで十分な安心を与えられなかった私にも非はあります」


「けれど『最終的には私へ任せろ』と両者に言ったとして、大神とて全知全能ではなく」


「故に貴方たちを常に守ることもあたわず——『くどくど』いきます」




「……はい」

「……はい」




「私にも貴方たちにも、其々それぞれで譲ることの出来ない領域はある」


「しかし、『実際の行動に不備はなかったか』、取った選択は当時の状況において『最善に近しいものであったか』を事後評価することは……改善や成長に繋がる極めて重要な過程であって……」


「後ろ盾の得られない状態で如何様いかように立ち回るのか。その考えることは今後の危機管理においても肝要となりますので——はい」





「自由な姿勢、楽な体勢でも構いません」

「「……」」

「"重く"、"面倒"で、"厄介な女神"に目を付けられたものだ」





「ですが——がしませんよ」

「「…………」」






「"覚悟"を、お願いします」






 そのまま、説教魔神と化した女神の支配で——議論は数時間に渡り、続いたそうな。






————————————————






「——以後、無茶は極力に私の認識内でするように」






 だがそして、宣言通りで数時間が経過の後。




「いいですね?」

「「……はい」」




 話し疲れ、瑞々しくも何処か『しわしわ』の若者たちへ——まさに"待望の言葉"は来る。





「うむ。両者共、反省の色は見受けられ——宜しいでしょう」


「今日のお説教は此処までとし、お待ちかねの"要望を聞く時間"へと移ります」





「……今、『今日の』と言いませんでしたか、彼女」

「……自分にも聞こえました。でも、反省の姿勢自体は認めてくれてるので……次からは『やんわり』と言われるぐらいです。大丈夫だと思います」





「……先ずは私の言葉を聞いてくれないと、しまいますよ」

「「!」





 そう言いながら今度は拗ねる大神で真横に伸ばす手、"渦"を開き。




「いえ、ごめんなさい。本当に御言葉、耳に痛くも心に染みて——『置いて行く』……?」

「何処か……これから"移動"を?」




 イディアとルティスという"厄災の種たち"が首を傾げる中で、それを予測に入れても彼女らを誘う女神は魔王。





「はい。お陰様で厳しめの言葉も時間通りに済んだので」


「余りのいとまで必要な物を見繕いに行きましょう」





 そう、世界ヤバそうだけど——学ぼう、遊ぼう。

 大神が自由それを許す、『許す』と言外に言っている。





「『行く』とは、"何処"へ……?」

「"浮島うきしま"へ。この星で最も各種品揃えが豊富な場所です」





 

 ならばやはり其処は、世界を滅ぼす専門家プロフェッショナルたちの出番だ。

 厄災の案件は大神をはじめとした同じく厄災の——世界を『ぶっ飛ばし』・『ぶっ潰し』・『解明に克服に超越』せんとする——破滅の化身たる神々に任せ、"好きにやろう"。





(……何処だろう? 大きい都市かな……?)





「その口振り、まさか……今から連れて行って貰えるのですか——"最先端"の、"先進都市"に」

「えぇ、はい。曲がりなりにも貴方たちは"救世"を果たしたのです——」





「そうであるからして、冥界のあるじより礼を尽くす意味でも『移動』や『支払い』は"経費"として私が持ち、先ずは共に服を見に——転換期での心機一転」





 しかり。

 立つ瀬を変えて凡そ半年を戦いに費やし、また半年を休眠で過ごした若者で実質の年齢は既に『十八』を越えて——それは、"新たな春"の訪れ。





「装いも新たの『衣替ころもがえ』と洒落しゃれ込みましょう」





 因りて季節の移り変わりに相応しいのはやはり『衣装替え』の"王道"であるのだ。






「"物質界の王"が支える領域」







「『実験都市テノチアトラン』へ——乗り込みます」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る