第二部
『プロローグ 目覚め前』
『プロローグ 目覚め前』
川辺の地下神殿、内部。
「——"確認"です」
床に安置され、やわらか漆黒布団の上で見える微動。
指や口元を震わす起床の兆候を示して、けれど未だ眠りの中にある青年の横——"女神たちの密談"。
「
「己を——『異界よりの来訪者』と言う者」
主導して語るのは白髪黒衣の女神アデス。
暗い赤の瞳はかつて己が横に寝かせた若者に向けられ、その起きる間際に髪を側頭部で結び直す彼女。
とうに側で話を聞く美神にも情報漏洩を防止する処置を施した中、彼女たち二柱は再度の"現状確認"に臨んでいた。
「
「……」
「"死して、変じて、
「"
「"女神と相成った人"、外から見ては……"人の記憶を有する女神"」
「……」
「……けれどまた、疑わしい要素が数多くあるのも事実で、何より『生き死に』に深く関わる問題が故に冥界の神である私がその"不審な身柄"を預かることとなっての——
灯火に照らされる暗所にあっての輝き。
相槌で振られる黄褐色の目に、髪に。
今も色を変え続ける
「間もなくの今より、この若者と歩む我々の時も再開となりましょうが……」
「……」
「"臨死体験"を経て、また時ならぬ死別と転換によって傷を負った心……人の精神で"変容"も著しく」
「……」
「"付き合い"においてはこれまで以上の注意を払うことも必要となります」
「……はい」
死地へ飛び込んだ青年の帰還を知らされた時もそうであったが、久方ぶりの再会を前にした今も手放しに喜べぬ状況で複雑な思い、髪で暗く。
けれど友への待望は明るい色にもなり、大いなる神よりの言葉を拝領する中で混ざり合う明暗が照らす神聖領域。
「取り分け、青年で見られる"他者を慮る傾向"。それ自体は『臨死』という同一の体験者の中で比較的に見受けられる特徴ですが——」
「けれどこの者においては——『死』という衝撃的な出来事に『異界』や『異種』、『性別』の"移行"も重なった」
「因りて一連の変化が齎す心理的影響は我々にも計り知れぬものがあり、過去の己を見失い、見知らぬ誰かとなった者で……"自他の境界線"も流れに溶けるよう」
地上や天空といった外部からの光も遮断。
物質の微細な動きも神が制御する秘密の空間では埃の一つさえ舞うことはなく。
「手負いの心で他者の痛みを己のものと感じ、ましてや敵の神さえ"あわれむ"程の『剥き出しの共感性』を抱えて生きること——難しく」
「その
「……であるが——故に」
眠る若者の横で、膝を降って寄り添う女神は。
相手の体に触れるか触れないかの位置で、その床を背後から伸ばした漆黒の触手で妖しく撫でて——宣言をする。
「庇護者の女神は今後の基本的方針として——各種様々な"支援"をご用意いたします」
「『
述べて魔の王、大神。
触手を引き戻し、向き直る側には"秘密の共有者"にして"協力者"の美神。
「そして幸いにも、既に美の女神である貴方にも現状に対する協力を願い、その了承を得られた」
「青年が我々に明かしてくれた情報を"機密"とする都合上で言動に制限が課されるというのに……本当に有難く思います」
「……いえ。私としても大切に思う"友"の為ですので、はい」
「……
今や拠点をこの場に移して青年を見守ってくれてもいるイディアへ向けられた瞑目の礼。
現在地より少し奥へ行った所では暗黒が渦を巻き、その中には美神の利用する仮設住居の空間が広がっている。
「貴方に対しても"見返り"を約束してはいますが、現状で何か……当座の不足はありませんか?」
「不足などと、そのようなことは。古き女神の温情、既に
「その件でも迷惑をかけました。借用権能の支払い、本当に立て替えなくとも宜しいので?」
「はい、補填も要らず。寧ろ持て余していた物品の整理がついて晴れる思いですので……お気持ちだけ、頂いておきます」
「……」
先の戦神襲来に際し、冥界師弟を助くために
彼女で空を高速移動した風の権能行使は高くつき、持っていた私財の殆どを手放すこととなったのだが言葉通りに表情は晴れやか。
髪も澄んだ空の
「……では、既に与えた仮の生活空間や"試作機"の方はどうでしょうか?」
「それらに対しても特に不満はなく、大いに助かっています。今朝も化粧を担って頂き、手早く準備が終えられました」
「であれば、それも
「近々、更新と併せて処理を実施したいと思いますので一度、私に見せてください」
「分かりました」
「"住まい"の方でも我が弟子が目覚めたこの後で改装の機会を設けますので、要望があれば遠慮なく」
「また検査結果を基にした『権能制御の
「それは勿論。"切り札"を『計算できる』ものとして貴方のような大賢がご厚意で力を貸してくれるのですから、催促の気はなく。いつまでも謝意を胸に、お待ちしています」
「…………助かる。だが、"
そうして、頷きを交わした両者。
眠りを守るこの期間中で行われた『美の女神イディア』に対する詳細な調査結果——その"全容"を今は『伝えるべきではない』と判断した女神で会話は再び『青年』へ。
話を"逸らす"意味でも主題は切り替えられるのであった。
「しかして再び我が弟子に関してですが、残る疑惑の詳細な調査については……"大神の私"に任せてほしい」
笑みを隠した神妙の面持ちでアデスは語る。
「事態は
「よって『我が認可を得ずの詮索を禁じる』と此処に明言をしておきます」
そして、仮に『死者の魂を
アデスという暗黒の女神は
「未確定とはいえ死後の苦しみを許した己自身に苛立ちは募り……兎角、この者が尾を振るだけの従順な柱となってしまった時、その責を問われるべきも私だ」
「知らずとはいえ人の心にあまる……本来なら必要のない苦労を負わせてしまったのです」
「……」
「それ故、私は最期までを見守る覚悟で時に臨み……やはり"鋭敏となった感受性"、"
「最早いつの、世界の何処にもこの者にとっての完全なる安住の地はなく……草木を
「私は——"優柔の世界をつくろう"」
そう宣誓した、魔王の顔。
その鋭い眼差しは次の瞬間で一度の深い瞬きによって色味を隠され、入れ替わりで表れる慈顔もまた彼女の
「……だがもしも、青年が自らの意志で道を歩もうとするならば、それは私にとっても喜ばしく」
「死を取り扱う者として厳重に観察は続けますが、それをおいても願わくば……失ったものを元に戻すことは出来ずとも、これから得るもの、"進む旅路は自分次第"と」
「青年自身が『在りたい』と願う
多様な顔を有する女神で何処か"遠い"、憂いの眼差しが見遣るのは過去か、未来か。
「……"貴方"の幸福を見つけられるのは貴方自身。それは、私たちの値踏みするものでなく」
「触れられたくないもの、そのままにしておいて欲しいものもあるのでしょうから……」
「無理に問い質したり、連れ回したりも極力に避け……過度な配慮でも貴方を苦しめてしまわぬよう、注意だって——頑張ります」
甘く囁く未知の化身で他者に真意は分からず。
けれどそれでも女神たち、並べる言葉の通りで今は先を見据えよう。
「しかし、女神。配慮をし過ぎないようにと言っても私は……"友に笑っていて欲しい"」
「この思いがたとえ
「……であればやはり、我々も行動の結果や変化に悩み、"試行錯誤を続ける
「……」
「学び、考え……何が『
「——」
「当事者にとっての憂いがあればその晴らす手助けをし、各々の尽くす最善によって——"意志で以て意志と向き合おう"」
「——はい……!」
斯くして。
方向性の決定に、再確認で二柱が合意を経ての今。
「——"!"」
会話も遮られる防音暗黒の守りを"揺らす"感覚。
慌ただしくなる水の波動から覚醒を察知して——今から開かれる眠り
("————、——……、、……————")
目覚めし青年の——
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