『第三十一話』
第四章 『第三十一話』
「聞かせてください。貴方の考えを」
"関係の維持続行"を『望む』のか。
若しくはやはり『そうでない』か。
「…………——」
素性を明かされた後、問われる判断。
恐怖や緊張を感じつつ、思考巡らせ神妙に。
「——感じたこと、思ったこと」
一呼吸の間を置いて、青年ルティスは口を開く。
「……」
「——"自分の意見"を、伝えます」
「……はい」
目配せの承認を受け、その語り。
「……先ず、率直に言って——」
「"貴方の行い"もその話も、自分にとって余りに"規模が大きい"——『大き過ぎる』と感じたのが一つ、正直な所です」
「……」
「……『冥界』。そして『死』という概念を生み出すといったこともそうですが——」
「命が『有限』か『無限』か。そのどちらが『
「……わたし自身には未だよく分からないし、仮に何か分かった……"理解が深まる"ことがこれから先にあったとして——」
「殆ど世界の一瞬しか生きていない自分の考えが『絶対に正しい』ものだとも到底……思えそうになくて……」
「"……"」
その間も青年を見つめる一対の赤。
適宜、見守る神の視線は相槌で下へと振られ、絞り出す発言の調子を"今も"整えてくれる。
「だから……"冥界や死"について、自分が善悪や正誤、その是非を決めるのは現状——『困難』であると考えています」
「……」
「よって自分は、やはり先に言ったよう『貴方のこれまでの言動』を振り返り、其処で考えた——"素直な心情"を言葉とします」
「"——"」
「……なので、また要点から言って……自分自身は——今」
「軽率に、貴方を——悪と断じることは出来ない」
「『断言したくはない』と感じている」
その口にされる音、青年で宣言通りの"情"を含んだ言葉。
更に続くのは——どうしてそのように感じたのか、考えたのか、思ったのか——即ち"理由"である。
「……」
「……何より、"事実"として——アデスさんは私を助け、多くを教えてくれた存在です」
「私にとっての貴方は『恩神』であり……"優しい方"」
「それも——"死者に対して花を
「だから……死者を弔おうとする貴方が、自分本位な理由だけで命を奪うとは——"思い難い"」
「……」
「『ただの邪悪な存在』だとは——到底、思えないんです」
「なので、もう一度だけ……"確認"をさせてください」
「さっきの貴方の——『命を殲滅する』という"言葉"と……"行い"は——」
「……」
「本当に……『嘘』では、ないのですか?」
俯き加減であった顔を上げ、
対面の女神とそれなりの言葉を投げ交わしてきた青年には『相手が悪辣な嘘を吐くことはない』と分かっていて——しかし、それ故に『嘘』を願わずにはいられなかった。
"自分にとっての恩ある存在"が多くの苦痛恐怖の源でもある『死』を世界に齎し、また剰え命のほぼ全てを『滅ぼそうとしている』などと——。
(…………)
『そんなものは夢だ』と。
もしかしたら今度こそ、それこそ『悪夢』に違いはな————。
「"嘘"では——ありません」
「……」
「私は、他の誰でもない"自らの意志"で決め、"進む"のだ」
「"命の騒がぬ"——"平穏世界の実現"を目指して」
(——っ……)
だが、淡い希望は他でもない女神の解答によって打ち砕かれ。
再び心に悲しみを
概ね予想通りの返答に対しても精神——思考は怯むだけではいられず。
直ぐ様、次の手——恩神相手の探りは、今。
「……それでも、貴方が『命そのもの』を"憎む"ような方であったのなら——"誰も今を生きれてはいない"」
「途方もない力があって、その気になれば一日……いや"一瞬"で殆ど全ての命を直接に奪えるのに——"そうしていない"ということは……」
「貴方はただ——"命を奪うことに腐心している訳でもない筈"です」
「貴方が
「……」
「それは"自分"です。実際に自分は貴方に生かされている身で、その命が排除の対象でしかなかったのなら……きっと——"今の自分はここにはいません"」
これまで素人なりに培った論法で『何とか』に、詰めんとする道理。
「しかも、貴方は——"相手の意見を伺ってから議論や物事を進めてくれる方"だ」
「今の会話も、さっきの処置や呪いだって貴方は私に意見を仰いでくれた」
「同意や合意を得てから、物事を進めようとしてくれた」
「……」
「であるかして、だから」
「自分は、"貴方について"——次のように"推理"をするのです」
底知れぬ闇を前に、手足で震えながらも——凛然と。
恩師へ向ける信頼、その理由を固め——"落とし所"を探す。
「貴方が『冥界』や『死』を生み出した時」
「他でもない『貴方』と、その時の『死せる者たち』の間でも同様に"何らかの遣り取り"が——合意形成があったのではないかと」
「……」
「……聞かせてくれませんか? 過去の……貴方の考えていた事を」
言い回しを真似、それを敢えて返すようにも立ち回り——『自分はそう聞かれて答えているのだから、貴方ももう少し話をしてくれたっていいのではないか』とでも言うような——言外の駆け引き。
「「…………」」
昼夜の移り変わらぬ冥界で。
両者無言に時をおいて——暫く。
「……仕方ありませんね」
「……」
「どのみち、口外は出来ぬのです。ならばその……貴方の微笑ましい程に繕った勇気に免じて、幾つか——追加の判断材料を与えてやろう」
「……感謝します」
「二度は言わぬ。続く言葉——心して聞け」
余りにも青い年が健気も、健気。
愚直にも己へ喰らい付こうとするものなので——
魔性の女神は『相手がそうまでする理由』を訝しみつつ、探りつつ。
言った通りに言葉で『青二才』の相手をしてやる。
「『かつての世界』」
「『其処では永遠の中で終わりを望み、"叫びをあげる者たち"がいて』」
「『"それ"を疎ましく思う
「それこそが、"我が動機"」
「私の抱える——"
「……」
アデスが語った、その内容。
要約して『利害の一致』——と言えば、聞こえはいいかもしれない。
(……
(そして、そもそも……それ以前に——)
だが、死を望む者に死を与える行為を果たして——どのように評すべきか?
(聞いた話の、かつての命に限りがなかったとして——不死の者たちが終わりを望んで叫びをあげるというのは一体……"どういう状況"だ……?)
"絶対の正解がないと思える難問"を前、懊悩する若者。
(彼女が自らを『邪悪』だと称する——ともすれば『邪悪に成ることを決めた根本的な理由』が、
(……でも、多くを秘密にしたがる彼女を前に、これ以上深追いの詮索は絶対に……不味い)
(だから今は、それより自分の心情……その表現を——)
生存を重んじる法の下であれば間違いなくに咎められる——時に言い掛かりを付けて殺しさえ正当化する人の"悪性"から鑑みれば——やはりは"咎められるべき行い"ではあろうが。
(——何をどう……表現すれば……)
"殺生"の倫理道徳について悩む青年は何も、その唯一絶対の正解を探しに冥界へ来た訳ではなく。
(どうすれば……"彼女との距離"を……)
例え絞り出す言論が詭弁のようであっても。
心情が情けなくても、みっともなくても。
天涯孤独となった青年には最早『後援者に縋る』以外で自身を保つ方法は見つからなかったのだ。
初めから、彼女のそうした『傷だらけの心』が最重要に求めているのは、やはり此処に来ても『別離の回避』とでも言えようものであるからして。
(……"関係"を——)
「……そして?」
「今の議論にとっての結びは、私という『女神の評価』でなく」
「求める結論は『貴方が私との関係維持を望む』か『否か』だ」
(……それは……)
「貴方が『世界に希望を夢見る』事は自由であるがしかし、現在で重要ではない」
「私は『真実を知った貴方が如何様に判断を下すのか』——それをこそ、問うているのです」
「……」
「……然りとて、時間の制限は設けず。我が心、待たされたとて憤りは……しません」
「……」
「なのでどうか悠々と……御考えになって下さい」
「……はい」
情に思考を囚われかけていた青年は恩師の言葉によって戻された筋道。
(……だったら……)
「……」
今も今とて。
"敵とも味方とも言い切れぬ相手"に助けられながらで——青年。
(次は……"こう"も、言ってみよう)
結びに向け、必死に練っての言葉を紡ぎ出す。
「であれば、自分はまた——"こう"も思いました」
「……」
「事実、自分にとっての『死』とは……"多くを失うことになった受け入れ難いもの"ではありますが——」
「ですが——"それでも"」
「"死を経たからこそ"自分は、"今の良き出会い"に恵まれ」
「またこの身に宿した力で幾つか——守れるものがあったと」
「つまり、『死』は自分にとっての喜びへ向かう——新たな出発点でもあったんじゃないかと」
「……」
「そんな風にも……今は思ってるんです」
開く掌、水鏡に映る己は青色。
変性した瞳と髪は神々しく、瑞々しく。
今や女神としての自己を『手放すことが惜しまれる自分の力』だと自認しての考え。
「なので、やはり」
「死という概念や、延いては
「……」
「……そして——」
顔を上げ。
闇の湛える赤を見つめ、誓う。
「——『善悪』や『正誤』、『優しさ』や『厳しさ』の定義・価値観が異なっても」
「全てを理解し合えなくても、場合によっては
「それでも、"先の戦い"や"これまでのよう"に——互いの理想の重なる部分では手を——いえ」
「相利的もしくは片利的な共生は可能だと——わたしは……"信じたい"」
「……」
「……平穏な世界を実現するための、最も現実的な手段として『死による殲滅を選んだ貴方』を肯定することは出来なくても……自分はその理想が『他の手段で実現出来ないか』と」
「言うなれば、別の道を模索する——"異なる思想を持った協力者"として」
「貴方との関係を、続けたいのです」
「……それはつまり——貴方が冥界及び死に代わる『次善の策』や『代案』を私に提示すると——そういった事ですか?」
「……そうです」
「……」
「……それでは、関係の……交流の理由として……駄目、でしょうか?」
いまいち釈然としない青年の結論を受け、見通せぬ闇の中——小首を傾げる女神。
アデスは『青年が
「……いえ。貴方の行く
「……」
「可能であれば極力に『
だがそして、未熟や無知を自覚しながらに『それでも』と考え尽くした青年の姿勢。
煮え切らずとも自らで示した結論の様を評価し——声色を穏やかに、最終確認へと移行する。
「……
「他者に対して絶対の信を置く事のない私自身、今の最たる有望の選択肢——」
「即ち——"死を以って平穏とする世界"。その実現を諦める気は毛頭ない」
「……」
「一切の拒否権も選択肢もなく。また努力や才能も持ち得ず、それらを発揮する
「つまり——『"生誕"こそは呪いである』との考えも、容易に変化を迎える気は更々になく」
"出生"に関する過激な思いも判断の材料として、話す己と聞く相手の違いを明確に示そうとした上での再三、再四。
「それらを踏まえた上での——最後の問い掛けです」
「貴方は本当に、それでも今——」
「"この私との関係"を——
女神は直視によって選択の機会を与えるが、しかし身寄りのない青年で答えはとうの昔に決まっており——。
「——"はい"」
ならば——頷く他はなかった。
「……」
対して、返事を受け取っての女神は万一の早急な"始末"にも備えていた暗黒の力——緩め、
「……そこまで貴方が他者を、この
「——"好きにしろ"」
「……!」
「私とて、"悪い気はしない"のです」
「であれば今後も、"学びの時"を共に過ごそうではありませんか」
「……アデスさん……!」
一時的に青年の表情で消える影。
じんわりに開く、喜色の花。
「但し、今一度断っておくと」
「彼の戦神は私と貴方の関係について『息女だのなんだの』と憶測で物を言っていましたが……当然に私は貴方の
「その何方にも、成りきること
その微笑ましき変わり様を眺め、掻き鳴らされる琴線で暗中より出でて、寄る者。
「また教え子とはいえ、貴方に私の『立場』や『
「『冥界』及び『暗黒』の両神格は——私一代に起こり、終わるなら私一代で終わるべきもの」
「よってやはり——貴方が心身の全てを
微笑みを胸に宿しながら——『貴方までも
語る注意で再びに出会ってくれる女神は青年の指導者としてのアデス。
「あくまでも指導者としての私の役は——『"貴方という青年"の学びを助け、その成長を見守る』ことですので」
「その点についてはどうか、引き続き誤解のないようにお願いします」
「はい……!」
(よかった……!)
(これからも、アデスさんと——"会える"……!)
若水では隠しきれず、抑えきれずに上昇する口角で自らに与えられた幸福を慈しむ青年。
その浮かべる笑みでは既に『将来への不安』と『罅割れの心』から来ているであろう"物憂げな影"が垣間見えるが——"それ"についてを白黒の女神、問い詰めるようなことをせず。
「……ふふっ」
「貴方が世界を見て、聞いて、時に触れて……その先で何を思うのか、願うのか」
「私も……"楽しみ"になってきました」
静かに席を立って彼女は——いや、"魔王"は。
「……?」
「紆余曲折を経て、永遠や不死を求める命の
『生存』という苦しみの労を死した後にさえ負うことになった青年へ。
今後は自らが徹底管理を行う若者へ向けて『励ましの言葉』を贈るのだ。
「?」
「何せ、貴方が自らの有する神秘を外部に"流出"させる事が出来たのなら、世界は——」
「——……"これ以上"を語るのは少し、甘やかし過ぎでしょうか?」
今し方で敵を
「え——」
「甘やかし過ぎですね」
「あ、アデ————」
昂りは聞く耳持たず、高速の詠唱を終えての女神。
「"既に"——」
「——"!"」
瞬きの間で移り変わった声の発信源。
小玉体を隠した暗黒神は何故か一瞬で青年の背後を取り——低く重くの言葉は"発破"。
「"我が計画"は——とうの昔に走り始めている」
「……??」
「貴方にそれを阻止出来るとは……到底に思っていませんが——」
「しかし、『挑む』その折には——"覚悟を決めよ"」
付かず離れず、身を交差させての囁き。
『対面から覗く貴方の凛然たる表情もまたいとろうたし』——とまでは考えたかどうかは、兎も角に。
領域で二者だけの密かな逢瀬の今で、世界の魔王は『楽しみ』を語ろう。
「その時、
「は、はい(?)」
「そして勿論——"そうでなくとも構いません"」
「貴方が『命』や『死』、『世界』について何を思おうが——
振り向くことさえ許した青年の前で見せる渦は——外界へ繋がる暗き門。
「……そうだ。"考えを続けよう"」
「謳う理想がどれ程に聞こえの
「今後、貴方が私の理想に賛同するか反対するのかを問わずして——その事実を忘れることなかれ」
「"他者の上に立つ己"を忘れぬ限り、貴方は自らの振る舞いを省みて、時に改め、より良き未来に進まんとする——"改善の道"を選べるのでしょうから」
空間を歪ませ、例外としてその出口門を開く神。
「『五十にして己の為すべきを
「何をどうすべきか、何をこそ考えるべきか、悩むべきか——百でも二百でも、千でも」
「気の済むまでゆるりと思い、巡らせよ」
「私は——待ちます」
焼けた衣の背で肌も見せての魔性は傾ける首で角度を付け——後方の青年へと、送られる流し目。
「……私は——」
「貴方が何であっても——"構わない"のだ」
それはやはり、彼女なりの"激励"なのだろうか。
だとすれば余りに
彼女の言うように思いの全てを知らなくても、知れずとも構わない。
"今のこの
「因りて暫しの間——共に
誰かに多くを語る必要はなく。
現に暗く、瞬く銀河めいての冥界は静かに師弟を見送ろう。
「"我が弟子"」
「"私たちの"————『未来』へ」
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