『第三十話』

第四章 『第三十話』




(でも……)




 何を見る訳でもなく。

 ただ視線を上げての、一面の闇を視界に一息。




(……とりあえずはまた、これで一安心……)




 罰されることも痛めつけられることも、果ては殺されることもないと知り、生と死の流れから逸脱してしまった青年——今は女神のルティスは死地たる冥界で安堵を覚える。

 未だ将来の多くが確定していなくとも、彼女にとっては『先がある』という事実が今は一つの"幸福"にも感じられた。




(……それでもなにか、"その日"が来た時のために……"準備"は……——)




「では次に、貴方と私の——今後の連絡手段についてを話しましょう」

「あ——は、はい」




 そうして、青年の心の移り変わりに合わせてか。

 冥界の神であるアデスの尋問もまた変える色味。

 これよりの話は監視や管理と関連しての『二者の関係性』についてが主題となり、先程までの『死』を思わせた重苦しい雰囲気はかしこまりつつも、暗鬱あんうつ過ぎない"意見交換の場"へ——宛ら"面談"のよう移り変わる。




「私としては——常に対象を目の届く場所、手の届く範囲に置いて、


「——と。当初はそのように考えたのですが……」




(……終わりに向けた……準備)




「……ですが、貴方は『私の顔も見たくなければ、声さえ聞きたくない』といった心持ちでしょうから——」




(生きてる間に、何をすべきか……?)




「——以後の情報伝達は、間接的に……」




 だが、『終わった自分』としてこれまでを走り抜いてきた者。

 青年は当面の決定とはいえ『終わらぬ』ことを許され、話す恩師を前にして上の空。




「……(……?)」




「……」




『自分にはないもの』と決め付けて駆け抜けた『時間』——それが再び、しかも突如として与えられたのだ。

 必然に展望を見直す必要性が生じ、立ち止まらざるを得ない。


 漠然とした将来の——『"空白の未来"をどのように描くのか』


 明確な果ても正解も見えぬ道行みちゆきに乗る今、十七と凡そ半年を生きてきた彼女の思考を占めるのはそうした——いつしか忘れかけていた年相応の素朴な不安ばかりであった。




(……そういえば、"進路"について悩んでいたんだっけ)




「……聞いているのですか。"青年"」




(自分が『何をやりたいのか』……『やりたいこと』……?)




「……"若者"」




(そういうのは……今になっても、分からな————)





「——"!"」





 けれど、聴き慣れた呼称を身に受け——耳元の冷気振動で漸くに動かされる青年のかんばせ。

 暗黒の神は余所見を許さず、無視も許さず。

 虚ろな青い眼差しを自身へと向けさせての注意。




「えっ——は、はい、何でしょうか……?!」

「大切な話の途上だと言うのに……何やら随分とでしたので……一つ、"注意"をと」

「……考え事で、途中から聞いてませんでした」

「……分かれば宜しいのです」

「……申し訳ありません」

「……疲弊した心身共に休養が必要かと思いますが、もう暫くの辛抱を願います」

「……はい」

「……話を戻しましょう」




 そして、簡潔に事実を伝えたことを評価しての冷厳の女神——不可視の鎖を更に緩め。

 青年と共に会話を本題へと引き戻す。





「では、以後の連絡については『間接的』とし——『この先二度と私は貴方の前に姿形すがたかたちも声も現さない』」





「……とまでを言った所で、貴方に意見は御座いますか?」

「え……そういった感じになるんですか?」

「……要望があれば、お聞きしますが」

「要望といいますか……自分としては今後も——可能であれば、『アデスさんにご指導をお願い出来れば』と思っていたんですが……」

「……"本気"で言っているのですか?」





 すると、老齢の女神で凄むような声色。





「……ご、ご迷惑なら、全然——」

「迷惑だとは一言も——いえ、違います。"そうではない"のです」

「……?」

「既に私の『支援者』としての——私が貴方をからだ」





(……そこまでは……)





「……だと言うのに——」


「それにも関わらず貴方は——『今後もこれまでのように』と」


「"私たちの関係"、その"持続"を願い……"言葉"とした」





 作って見せるは眉根を寄せたへだて顔。





の有する"意味"を、貴方は十分に——?」





 突き放すかのような冷色と語調で女神は語る。





「私は——『悪の神』である」





 改めて、端的に——"己の素性"を。





「私という神は"己の理想"を——"自己にとっての"『平穏なる世界』を実現するため」


「そのとして——永久えいきゅうを隠し、永遠えいえんを奪い」


「『冥界』を創っては——『死』をも生み出し」





「その果てで——"絶滅"を」






——『邪悪の神』である」






 溢れ出る闇で少女としての己を飲み込み——深淵より覗かせる一対の赤。






「私は——『自らの理想に至れぬ世界など不要』だと」






「"私利私欲"が為に——全ての命で未来を閉ざす」






「『最悪の魔王』でもあるのだ」






 暗い炯眼だけが、見せる視線。

 それは多くを知らせぬ恐怖の化身。

 "命を脅かす人外"として——彼女アデスは。






「それは、即ち」


「『命とは失われるべきではない』と」


「『命とは尊ぶべきものだ』と」






「『生きる行為に望みを掛ける者たち』とは決して——"相容れない存在"なのです」






「『私』という——"神"は」

「……」






「よって、今一度」


「最後にもう一度だけ——"貴方"に問い掛けます」






「そうした"邪悪なる真実"を知った今でも、貴方は」


「今日よりのこの先で心から、これまでのよう邪神わたしとの——」






 神は——青年へ、問い掛ける。







「——『関係の持続』を?」

「…………」







「聞かせてください。





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