『第三十話』
第四章 『第三十話』
(でも……)
何を見る訳でもなく。
ただ視線を上げての、一面の闇を視界に一息。
(……とりあえずはまた、これで一安心……)
罰されることも痛めつけられることも、果ては殺されることもないと知り、生と死の流れから逸脱してしまった青年——今は女神のルティスは死地たる冥界で安堵を覚える。
未だ将来の多くが確定していなくとも、彼女にとっては『先がある』という事実が今は一つの"幸福"にも感じられた。
(……それでも
「では次に、貴方と私の——今後の連絡手段についてを話しましょう」
「あ——は、はい」
そうして、青年の心の移り変わりに合わせてか。
冥界の神であるアデスの尋問もまた変える色味。
これよりの話は監視や管理と関連しての『二者の関係性』についてが主題となり、先程までの『死』を思わせた重苦しい雰囲気は
「私としては——常に対象を目の届く場所、手の届く範囲に置いて、手ずから管理すべき」
「——と。当初はそのように考えたのですが……」
(……終わりに向けた……準備)
「……ですが、貴方は『私の顔も見たくなければ、声さえ聞きたくない』といった心持ちでしょうから——」
(生きてる間に、何をすべきか……?)
「——以後の情報伝達は、間接的に……」
だが、『終わった自分』としてこれまでを走り抜いてきた者。
青年は当面の決定とはいえ『終わらぬ』ことを許され、話す恩師を前にして上の空。
「……(……?)」
「……」
『自分にはないもの』と決め付けて駆け抜けた『時間』——それが再び、しかも突如として与えられたのだ。
必然に展望を見直す必要性が生じ、立ち止まらざるを得ない。
漠然とした将来の——『"空白の未来"をどのように描くのか』
明確な果ても正解も見えぬ
(……そういえば、"進路"について悩んでいたんだっけ)
「……聞いているのですか。"青年"」
(自分が『何をやりたいのか』……『やりたいこと』……?)
「……"若者"」
(そういうのは……今になっても、分からな————)
「我が弟子」
「——"!"」
けれど、聴き慣れた呼称を身に受け——耳元の冷気振動で漸くに動かされる青年のかんばせ。
暗黒の神は余所見を許さず、無視も許さず。
虚ろな青い眼差しを自身へと向けさせての注意。
「えっ——は、はい、何でしょうか……?!」
「大切な話の途上だと言うのに……私を放って何やら随分とご熱心なご様子でしたので……一つ、"注意"をと」
「……考え事で、途中から聞いてませんでした」
「……分かれば宜しいのです」
「……申し訳ありません」
「……疲弊した心身共に休養が必要かと思いますが、もう暫くの辛抱を願います」
「……はい」
「……話を戻しましょう」
そして、簡潔に事実を伝えたことを評価しての冷厳の女神——不可視の鎖を更に緩め。
青年と共に会話を本題へと引き戻す。
「では、以後の連絡については『間接的』とし——『この先二度と私は貴方の前に
「……とまでを言った所で、貴方に意見は御座いますか?」
「え……そういった感じになるんですか?」
「……要望があれば、お聞きしますが」
「要望といいますか……自分としては今後も——可能であればこれまでのように、『アデスさんにご指導をお願い出来れば』と思っていたんですが……」
「……"本気"で言っているのですか?」
すると、老齢の女神で凄むような声色。
「……ご、ご迷惑なら、全然——」
「迷惑だとは一言も——いえ、違います。"そうではない"のです」
「……?」
「既に私の『支援者』としての信用は地に落ちた——私が貴方を裏切ったからだ」
(……そこまでは……)
「……だと言うのに——」
「それにも関わらず貴方は——『今後もこれまでのように』と」
「"私たちの関係"、その"持続"を願い……"言葉"とした」
作って見せるは眉根を寄せた
「
突き放すかのような冷色と語調で女神は語る。
「私は——『悪の神』である」
改めて、端的に——"己の素性"を。
「私という神は"己の理想"を——"自己にとっての"『平穏なる世界』を実現するため」
「その最も現実的な手段として——
「『冥界』を創っては——『死』をも生み出し」
「その果てで——"絶滅"を」
「自身以外全ての命を殲滅せんとする——『邪悪の神』である」
溢れ出る闇で少女としての己を飲み込み——深淵より覗かせる一対の赤。
「私は——『自らの理想に至れぬ世界など不要』だと」
「"私利私欲"が為に——全ての命で未来を閉ざす」
「『最悪の魔王』でもあるのだ」
暗い炯眼だけが、見せる視線。
それは多くを知らせぬ恐怖の化身。
"命を脅かす人外"として——
「それは、即ち」
「『命とは失われるべきではない』と」
「『命とは尊ぶべきものだ』と」
「『生きる行為に望みを掛ける者たち』とは決して——"相容れない存在"なのです」
「『私』という——"神"は」
「……」
「よって、今一度」
「最後にもう一度だけ——"貴方"に問い掛けます」
「そうした"邪悪なる真実"を知った今でも、貴方は」
「今日よりのこの先で心から、これまでのよう
神は——青年へ、問い掛ける。
「——『関係の持続』を願うのですか?」
「…………」
「聞かせてください。貴方の考えを」
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