『第二十九話』

第四章 『第二十九話』




「——"まずありえない"」


ことですが——」




 青年という生者を縛り、冥界の神は語る。




「仮に貴方がの、単なる『生きた迷子』なら——」


「見たもの聞いたものを忘却させた上で『身寄りの下に返してやりたい』、『送り届けてあげたい』と、切に——切に、願う」




「冥界奪還への助力には感謝しているのです。その貢献に『報いたい』と思っているのです——」




 没収した盾を闇へと放り、空ける右手。

 魔王はその右で既に翳した左手の手首を掴み、情や信念——鬩ぎ合うまでもなく。




「——




 追加の右で増幅させた——拘束の重圧。




「死を経て尚、"生前の記憶を保持"し」


「更には剰え"生き続けている"というのなら、『彷徨える死者の魂』であるというのなら——」









 時折、語気を強めるが——顔佳花かおよばなは表面で色を見せず。




「貴方の"言葉"、"存在"を。冥界神わたしは検めねばならない」




「因りて、これより——『尋問』の時間を設ける」




——……"若者"よ」




 有無を言わさず伝えた要旨。

 与える許可。

 向かい合う相手の、青混じりの黒髪を下ろす碧眼の青年女神へと——大いなる神アデスは発言の許しを与えてやる。




「……現在までで意見はありますか?」

「……貴方の意向には従います——」




「——ですが」




「……」

「"外に出る"……は……せめて——」




「『お礼と謝罪の言葉』だけでもお世話になった方たちに——貴方から伝えては頂けませんか……?」




 すると、対する女神ルティス。

 今も神の圧に晒されているというのに、口を開いた彼女は不思議な程に落ち着いていた。

 というのも青年で既に『受容』を経て、『恩師の生存』という"大願"をも叶えたその心持ちはただで。

 また『後に続く再会』という今の時を夢のように『いとおしんでもいた』から——貴重な場面を自ら邪魔するよう騒ぎ立てる必要もなかったのだろう。




「……承知しました」


「"その場合"には直接、私の方から言葉を伝えましょう」




「……お願いします」




「尚、待たせている貴方の友——女神イディアに対しては既に言伝ことづてを送りました」


「『貴方の友は無事』で、しかし——『未来については保証が出来ない』と」




「……手間をお掛けします」

「……いえ」




 故に両者の間、字面では淡々と交わされる言葉。

 今し方の話題に上がった美の女神イディアも青年の抱える"苦悩の真実"を知る身で、事の詳細や真偽が不明であるとはいえ『今を生きる死者を冥界の神が看過する筈はない』と——聡明な彼女にも"現状"の予測が付いているであろうことは想像に難くなく。

 彼女の『死地に向かった友をただ待つことしか出来ぬ』——その心情は、如何なものであるのだろうか。




(……イディアさん)




「であれば——次です」




 先行き不透明の青年も密かに友の存在を案じる中で状況は進められる。




「詳細な話を伺う前に一つ。私は貴方に『"同意"を得たい』ことがある」

「……なんでしょうか」

「今現在も貴方の身には私の『闇』が寄り添っていることと思いますが、加えて其処に『"更なる呪い"をほどこしたい』のです」




 主導するアデスの言った『今現在』というのは——当事者の手に負えぬ脅威存在、主に高位の神の猛威に青年が晒された場合に作動する謂わば『警報装置』のような、"防犯"を主な目的として掛けられている"数々の呪い"のこと。

 だがそして、かつてがそうであったように今も白黒の女神は双方の"合意"を得てから青年に処置を施そうとしての話は穏やかな(?)展開。




「また、"それ"は……どういった?」

主目的しゅもくてきは——『機密情報の漏洩を防ぐため』」




「対象を『貴方』及び『貴方の有する当該情報』として『口封じ』や『記憶の閲覧制限』といった処置を、施したい」




「……」

「今であっても、例え『全天全土を見渡す瞳』でも私たちを覗き見る事は出来ませんが、しかし——今後の為にを掛けさせて貰いたいのです」

「……それは、この先——『永遠に喋れない』とかでは、なく……?」

「では、なく」




 話の内容は『呪い』がどうのと穏やかでない風に聞こえるかもしれないが——『ちから』は『ちから』。

 世界に満ちるそれ、使い方次第では『呪い』であっても『祝福』と成り得るもの。




「また自発的かどうか、意識・無意識などを問わず——『機密情報の漏洩・流出行為だけ』を制限するものです」


「貴方の危惧するようなことは……起こしません」




「……では、その『該当する機密情報』というのは……?」

「……『私』や『冥界』に関する事柄です。私には——それらを秘しておかねばならない"理由"がありますので」




 故に『暗黒神』にして『未知の神』は有する呪いの力で自身は勿論——『青年を保護する』為にも。

 不可視拘束を維持したまま粛々と、提案を続ける。




「……延いては、貴方が先に口としたような『自らの素性に関する情報』も以後は対象となりますが」


「『確固たる自由意志に基づいてさえいれば』、貴方が『個人こじん(神)』的な情報を私の確認を得た上で信頼の於ける間柄の者に打ち明ける事自体は——"可能"です」




「……」

「現状では『女神イディア』を唯一にして最たる例とし、『友』や『恩ある者』と苦悩を分かち合うことまでを私は——制限しない」

「……」

「ですがまた『接触』や『交流』に於いては……特に『生殖』をはじめとした『遺伝情報の伝達』にもは働きますので——」




「……端的に言って——『孕む』ことも、『孕ませる』ことも

「……」

「故に貴方が『血肉を分けた自らの子を持つ』という"夢"を有していたのなら……そうした『親になりたい』とでも言うことにもなってしまいますが——」




 これまでの言動から推測される『青年が盛りの年頃』でもあろうことを考慮しつつの、しかし『大切』である為に踏み込んだ話も、同時に。




「"それ"なら——です」

「……?」

「その……——そこまでの結び付きについては考えていませんでしたし、勿論昔も今も『結婚』などの予定もなかったので……はい」

「……『制限されることも厭わない』と?」

「……はい。それよりは『貴方の迷惑になりたくない』ので……大丈夫です」

「……」




 双方、重大な非常時なこともあって変に恥じらう様子はなく。

 此処に一つ、了承を得て確認は済み。

 残るは前提としての"呪い云々"だ。




「……重ね重ね、苦労をお掛けします」

「"……"」




 よって閉じる瞼で『詫び』を、横に振る首で『受け入れ』を其々が示した後——尋問前の説明はかなめとなる確認へ移行する。




「……であれば、どうでしょうか?」


「後からの細かな変更・要望も可能な限りでお聞きしますので——」




 暗色の銀河が如き冥界を背景。

 未知の足場、正面から向かい合う女神。

 既に幾度も『人間らしき反応を見せている青年』に対し、麗神。





「私から貴方に、呪いを——掛けさせてはくれませんか?」





 表情では遊びのない真剣の色で、女神アデスは再三の同意を求めるのであった。





「……——ですが」

「……」

「情報の処理は兎も角として、"当面の間"——『イディアさんに直接の危害を加えない』と……そう、約束して下さい」

「…………約束をしましょう」

「……お願いします」

「……では、呪いの付与を」

「……はい」





「「"————"」」





 斯して、同意形成を終えて暗くに輝く赤の魔眼。

 神の力は対面の青を呼応させ、直ちに青年の内へと避妊処置を含んだ『呪い』を刻み——眼光の消灯で以て『情報漏洩防止』の作業を一先ずは完了とす。




「——……完了しました」

「……」

「……以後の遣り取りでは黙秘権の行使も認めますのでどうぞ、ご自由に」




 そうして、捕らえた青年へ歩み寄る女神。




「『手掛かり』が多いに越したことはありませんが……情報の量は勿論、それよりに『質』を今の私は重視します」


「現状の調査及び分析の為、"嘘偽りのない言葉"が欲しいのです」




 形を変える世界は『人心』に配慮したのだろうか。

 いつの間にか——恐らく呪い付与と時を同じくして形作られた一つの『机』と、それを挟んで配置された二つの『椅子』。




「ですので貴方自身の心に従い正直に答えて頂ければ……"事の真偽"はどうあれ、早くに済むでしょう」




 そうした、周囲を闇によって編まれた"取調室的空間"で緩和される——青年を縛っていた不可視の拘束。

 これから取り調べを受ける『件の生者』を死神は椅子の一つに案内して座らせ、領域の支配者たる彼女自身は音もなく対面のもう一つへと腰掛けて言う。





「これより『尋問』を開始します」

「……」

「これから私が質問をしていきますので、貴方は問いに対して反応を返して下さい」





「"黙秘"の場合も言葉なりなんなりでその意思表示を、お願いします」

「……分かりました」





 事実として『死に損ねた青年』で『死を齎す神』を前に緊張の時。

 しかし、未知素材の椅子で『ふかふか』質感に支えられ——始まる尋問。





「では——初めの質問です」





 冥界の神にして大神でもあるアデス。

 自らの『一推し』にして『教え子』の若者——しかし、『』でもある青年女神に対して』を下すのか。





「貴方は先に『自分は死者である』と言った——それはとして?」

「……はい」

何故なぜ、そのように思うのか?」

「……高所、階段から転落をして……そこで昔の自分——"こうなる前の自分"の意識は途切れたので……おそらく、"その時"に」

「変わる前、『かつての自分』とはつまり——"生前の貴方"?」

「はい」

「では、身元を確認する意味でも生前の貴方について幾つかの質問を」





 女神で驚く素振りもなく、進む取り調べ。

 先の戦いでそうしてみせたよう冷酷にも成れる神——少女めいた『人面じんめん』を携えて、けれど同時に『獣心じゅうしん』さえ有する——"大いなる神"の決定は、これから。

 情報を集めた、この後だ。





「——生前の種族は?」

「……人間、です」

「身体的性別は?」

「男性です」

「自認する性別は?」

「……それも、男性です」

「年齢?」

「最後は……十七歳といちか二ヶ月ぐらいだったかと」

「名は」

「…………『河上かわかみ まこと』——です」

「『かわかみ』……というのは……親族——"家族と共有する名"ですか?」

「はい。そうです。そっちが『せい』……家族で共通ので、『まこと』というのが自分の下の名前……えぇと、『めい』? です」

「……『かわかみ』……『まこと』?」

「……『河上誠』」

「……"河上誠"」





おとも確認をしました。以後、呼び名で希望は……」

「……これまでのようでも——アデスさんが呼びやすいもので構いません」

「……了解しました。では——……一先ひとまずに"青年"」





 どこか牧歌的な発音の確認。

 "年下の少女に名前を教えるお姉さん"——といった様子で光景は微笑ましく映るかもしれない。

 だが、年齢的実態はその様を目にした多くの者がする判断ので——『大分だいぶにおとしされたかた』が『若年の迷い子』を先導するような。





「次は——"家族構成"についてお聞かせ願います」

「……両親と妹がいました」

「両親というのは、父と母?」

「はい」

「血縁上は其々一人?」

「は、はい」

「父親と母親。それぞれの身体的性別は?」

「……父が男性で、母が女性です」

「では、彼ら彼女らの名前を————」





 それはそれで色々と"文脈"が見出せるような『複雑な関係』で。

 奇妙にも、彼女たちの時は進むのだ。





————————————————————





 そうこうして。

 先述の通り、身元の確認を目的としているのであろう質問が続いての——暫く。




「——『高等学校』……と呼ばれる学校の普通科……幅広い分野の基礎的なことを学んだりしていました」

「……成る程……"学校教育"」




「私が貴方の言動に抱いていた違和感、その幾つかに合点がいきました」




(……気付かれてた……?)




 進行を続ける女神の尋問は青年の予想に反し、至って普通の事情聴取といった内容で、徐々に『拍子抜け』や『慣れ』——尋ねられる側の気を楽にして行き、脱力で下がる肩にも青い彼女の安心が見て取れるようになった、その頃。




「では次に此処からは少し、質問の"方向性"を変えます」

「は、はい」

「『難解が過ぎる』こともあるやもしれませんが、やはり質問に対する貴方自身の理解や印象を率直に述べて頂ければ問題はないでしょう」

「……分かりました」

「続けて、お聞きします——」





「"過去に貴方が生きていた世界"に——?」





 空間、冷たく引き締まる"変調"の感覚。

 暗黒女神の尋ね事は青年で意図の読めぬ"神秘の方向"へと舵を取る。





「……『死』というのはやっぱり、『死ぬ』——……そういったことですか?」

「はい。そういった認識で構いません」





「言い換えるなら"落命者の在不在"……『命を落とす者がいたかどうか』という質問です」

「それは……"勿論"——いました」

「…………『死の概念』が——と?」

「は、はい」

「……ならば、貴方の知る『それ』はどういった状況で発生していましたか?」

「それはやっぱり……病気や怪我、事件や……事故のような状況です」





「…………」





(……? 何かを考えてる……?)





「……質問を変えます」





「貴方自身は生前——『死』についてどのように考えていましたか?」

「…………『誰もがいつかは迎えるもの』——」

「……」

「だけど——『"今日じゃない"と願うもの』……?」





 話題の中心に浮上したのは『死』で、連想する悲痛や忌避の暗色が青年の心に戻り始める。





「……生前に、貴方はその"解明"——"死の超越"を試みたことはありますか?」

「……ありません。調べて、学んだりしてどうなるものとは……思っていなかったので」

「……」





 死期を悟り、それを迎える時間——"穏やかな死の受容期間"を経験していない青年で、未だ『死』は恐ろしきもの。

 その女神となって過去を思い返す青の瞳——喪服にも似た装いの女神から目を逸らすよう俯いての答えは返り。





「……死については以上とし、再び方向性を変えて次の質問です」

「……はい」

「貴方は生前の世界で——『神』についてはどのように認識を?」

「……"凄い力を持った存在"?」

「知識は有していた、と……では、実際に見知る機会は?」

「なかった……筈です」

「……"私の存在"を認知していたりは?」

「……いえ、ここに来るまで知りませんでした」

「……一度でも、名前を耳にしたことは?」

「……なかったです」

「……」





「…………」





『知らない』と返されて、女神。

 無言の下目しための後、続ける神秘の質問。





「……であれば『女神テア』——『テア』というおとに心当たりは?」

「……? 『テア』という名の……"女神"?」

「はい。今の神々われわれが拠点としている惑星ほしの名であり、それは元来『女神の名』でもあるのですが——」





「生前で、耳にしたことは?」

「……いや、と思います」

「……」

「星の名前に似たようなのが『あったかも』というぐらいで……完全に同じ音というのは……」

「……ちなみに、貴方が生まれ住んでいた星の名前は覚えていますでしょうか?」

「……それは……確か、テ————」





 続いた音自体は重要ではない。

 重要なのは——『河上誠が生まれ育った星が』ということ。

 そしてまた今、現にアデスやルティスが存在する世界——即ちこの『統合宇宙』では『惑星テア以外の領域に生命せいめいと呼ばれるようなものは存在しない』という事実であり。






 しかし、ならば神の考える『その矛盾』は——なんだ。






「"…………"」






 そのまま『死』や『神』といった人知超越の事柄に関する質問が突如に途切れ——数十秒が経過。




「…………」




(……)




 座る椅子を回転させて青年へと背を向けるアデス。

 彼の女神が沈黙を保つ間、状況の進展を待つ他ない手持ち無沙汰の若者も黙し、何の気なしに眺める白菫は後ろ髪。




「「…………」」




 その少女の形は両脚を交差し、両腕も同じく。

 指で髪の毛先を弄って整えながらの思索。

 尋問・聴取によって一定の情報を入手したアデスの考えとは。





『…………』





 "結論"から言って。

 女神アデスは『河上誠』という人間の記憶及び記録に——心当たりがなかった。

 彼女自身の宇宙創世前後から積み重なった膨大量の情報を参照しても尚——殆ど同姓同名同音の名前を有する者がいたとして——

 つまり現在の『統合宇宙』は勿論、暗黒大神の前身となった『暗い宇宙』においても——家族を含めて青年の言う『河上誠』という存在はであるということだ。





『"————"』





(……もしかして……怒ってたり……?)





 死者を名乗る者が其処にいて。

 その魂が冥界に進む際、諸々の"識別"や"判定"を通過した記録があって。

『暗冥大神アデス』というのは世界の創造主たる大神、その柱が一つ。

 悠久の時を生き、今日の世界で最も多くの情報を持つ存在となったその神が知らぬ——"人間"とは。

 とは。





————————————————————





 まるで『嘘』から出た『なんとやら』。

 やはり極神を相手としてもそれを出し抜けるだけの可能性を秘めた『諸刃もろはつるぎ』——『厄災の香り』が青年。

 極めて重大な、大神にとってもの重要がアデスに明かされた。



『…………』



 "最後に残った三つの宇宙"、それの合わさって転じた統合宇宙以外にまさか——

 大いに疑問は残るが無数の奇跡が積み重なっての今だ。

 完全なる否定は思考停止に近く、"荒唐無稽の可能性"さえ考慮すべき。



『…………』



 語られた内容は青年という当事者にとっては『真実』でも、この女神がそうであるよう『記憶の改竄』や『改変』を可能とする者たちも多く、故に『作られた虚実』の線も残す。

 因りて聞いた話については半信半疑とし、また当事者の自己認識も疑うとして——しかし、女神ルティスとしての肉体も魂も元となっているのは間違いなくに女神テア。

 とうの昔にアデスはその確認を終えているし、此処で最たる問題となっているのは中身の『別の世界を生きていた』と彼にして彼女に語らせる——やはりは『記憶』、その『由来』だ。



『…………』



 大神さえ欺く『無から水泡が湧いて出た』ような"不意打ちの御業"である以上——場合によっては後述する"それ以外の災厄"も想定するとして——原因をは残る『二柱の大賢』。

 何方か、ともすれば何方もが不可解な残りの事情を知る可能性が極めて高い——

 それは世界を創り、また当然に良く知る秘密も多き者たちで、此処に於いては即ち——『大神ガイリオス』と『大神ディオス』。




『…………』




 なにより、その二柱の中でも——、その少なからずを『刺客』・『斥候』として差し向け——近年では『神の世代』という枠組みを創作した神。

 女神ルティスやイディアの属する第三世代の神々——無自覚に『工作』の任を負わされた者たちの

 アデスと比較して相克の無限と、同時に真逆の思想や理想を有する者は——暗黒という闇にとっての宿






 であれば、場合によるとは。

 結果として青年が今に至る切っ掛けとなった『事故』の——"関係者"?






『…………』






 いや、『状況が間隙を縫うよう出来すぎている』が故にの線も色濃く。

 しからば、ややもするとそれは——。







の————







————————————————————







「——どうでしょうか?」




 隠し財産"のように、其処で生み育てた『秘蔵っ子』を輸入すれば——など、とも。

 既に幾つも走らせる内心の試行で裏の裏を行く方法を演算の女神へ——掛かる声。




「何か……分かりましたか?」




 その遠慮がちな玉声は痺れを切らした青年の、意を決しての問い掛けであり。




「……?」

「……現状では殆どが判断材料の乏しい不確定の推量につき……」

「……」

「……今、私から貴方に"断言"出来ることは——」





ひとつだけ」





(——!!)




 応じて椅子ごと向き直るアデスで——両手に宿す氷炎。




「前提として私は……『死者』であろうが『生者』であろうが——『産み落とされた魂に罪はない』と考えている」


「よって、永久に魂を炎で炙られる、若しくは厳寒の氷結によって戒められる——そうした『如何なる責め苦も負う必要はない』と考えているのです」




「……、……??」




「ですので、例え貴方がどのような経歴を持つ存在、魂であったとしても——『私から貴方に苦痛を伴った罰則を与えるようなことは決してない』と」


「それだけは先に、断言をしておきます」




 だが、開いた掌が閉じ、冷気も熱気もが消す姿。

 冥界の神が信仰によって獲得した『浄化の炎』や『戒めの氷結』といった権能ちからはやはり、"願われた目的"で用いられることはなく。




「……ただ、冥界の出入しゅつにゅう記録と滞在する魂の総数を照合した所に——『不足が確認された』ことは事実です」




(不足それが……"自分")




「……これは冥界創設以来初めての『異常』とも言える事態であり、当然に管理者として見過ごすことの出来ない一件でもある」




 青年を射抜く女神の眼光は鋭くも、敵意だって感じられない。





「……それなら、自分は……」

「……貴方が『絶対の死者』だという確たる証拠がない以上——

「でも、人としての自分は恐らく……"あの時"に……」

「……仮に、『貴方が本当に死者であった』として——"生前の記憶を保持する理由"や"存在自体の根源"など不明事項の調査——『原因の究明』が優先です」

「……じゃ、じゃあ……?」

「今、この場所で……"貴重な証言のみなもと"を——





 青年から『人』としての情報を得て、万能の神が言葉とするのは現状判断の答え。

 大神は強引に魂の記憶を読み取ることはせず淡々と、"自らが決定した真実"を伝える。





「……"始末"、されない?」

「……当面の間は」





(……当面……)





「妥当なのは『監視』及び『観察』でしょう」


「行動を制限した上で詳細な調査が完了するまでの間——貴方には、私の管理下で





 "出所不明の青年"は『管理下での存続』を許され、つまりは——『』ことになるという事実を。





「……宜しいですか?」





 そうして青年は自身の置かれた状況の詳細や、決定された内容の実態が良く分からぬままに示す——『了解』の意。





「…………は、はい」





 明日をも知れぬ身、されど何時に終わるとも分からず。

 再び今日からの"不透明な未来"を不安だらけの女神じぶんで続けることが『慕う恩師』の——『暗黒ダークな死の神』の前で誓われた。



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