『第二十八話』
第四章 『第二十八話』
女神の虎視。
「……」
その先——色の燻んだ雄々しき巨躯。
アデスが見る光の戦神で彼の柱、先刻かつての栄光はなく。
「……我が弟子——
一通りの残心を終えて、引く力。
戦術の一環として疲労困憊の様子をやや過剰に装っていた青年を白黒女神は呼び寄せ、自らの横で立たせて話す。
「……あいつは……」
「……無力化も既に完了しました。外部から特殊な熱供給が成されない限り、活動を再開する事は出来ません」
「……では、これで一応……?」
「はい。"冥界の奪還"は無事——『成功』にて幕を下ろしました」
(……これでようやく……一件落着)
恩師の側、漏れ出る一息。
(——だけど……)
しかし、未だ敵の姿は目前であるが故、青年ルティスは肩の力を抜ききれず。
再度に引き締める気で、この場の責任者たる女神の次なる言葉を待つ。
「そしてまた、この者の『処断』についてですが」
「……はい」
「……冥界神としての私は——
すると、夢見る老女。
「因りて今日この時、『存在そのものに終止符を打つ』こと——辞せず、と」
「……」
「そのようにも考えてはいますが……」
アデスが横を側を向いて、耳元で揺れる装飾。
髪留めを失って自らも青年と同様、真下に伸ばした長髪も揺らしながらの問い掛け。
「……"
「……」
青混じりの黒髪と、白髪で並ぶ中。
師が教え子に求めるのは"意見"。
先の裁判で言う所の『原告』にして『被害者』でもある者——"傷付いた弟子"の『平穏』さえ求め、その心情を尋ねてくる。
「…………その——」
「……」
そうして、意見を求められた青年の中。
例え疲労が沈めても『怒り』や『悲しみ』の色は決して消え去った訳ではなく。
煮え切らぬ思いで、落とす視線。
惑いながらも口にするのは『人心持つ女神』の率直な考えであった。
「『存在そのものを失わせる』——そうした必要があるのかどうかは……"疑問"に思っています」
「……理由は?」
「……あの神が自分にとって『許し難い存在』で、法律のような考えが適用されるなら『何らかの刑罰に処されて然るべき』……それこそ、『"死刑"のような"厳罰"が相応しいのではないか』と」
「……」
「……"以前の自分"を基にして考えた場合、そのように思ったのは事実で——」
「事実なんですが——……でも」
その、かつては老いて死ぬ人。
若くに死して——今は不老不死の女神。
変じた青年は"食事を必要としない己の体"を——時に食材を切り、『趣味としての食事』が為に血を浴びた己の——瑞々しい掌を眺めながらに続ける。
「正直な所……『命を奪う』のは自分も
「……」
「……何より、あの神もアルマの人々が『生まれるキッカケ』になった——そしてまた『誰かから生まれた存在』なんだと考えると……」
「——"あいつのことを待っている"」
「『会いたい』と思って待っている方がいるかもしれないとも、感じられて」
「……」
「自分はその繋がりを……血の繋がった家族のような関係性までを奪う必要があるとは…………思えなかったんです」
凡そ半年前を最後に目にしていない家族の顔や姿形、耳にしていない声の色——過去へ遠ざかる情景の数々。
ぼやけた記憶で大切な者を想う青年で"喪失の恐怖"に身は震え——。
"神"を——見る。
"男"を——見る。
その"伏した体"を——見る。
既に己を溶かした者の自他曖昧となった共感性。
今や多くを失った青年で"同情"の心は『神さえ
「……だから、二度と同じようなことを——『無闇に他者を傷付けられない』ようにさえ出来れば……」
「若しくはそれで——『力を奪われた状態で生きる』ことの方が『収奪の神にとっての耐え難い罰』になるんじゃないかと——"今の自分"は考えています」
「……」
「……とは言え。例え辺りに法がなくても、相手が法に縛られない存在であっても——個人が私的な刑罰を決定したり、また実行してしまうのは『とても恐ろしい』ことだと——」
「……以前に少し勉強して、自分もそのよう思っていますので……あの……——」
故に、『早急な決断は出来ない』との判断。
一応の考えを恩師へ伝え、泳がせる視線。
「話を聞いてもらった手前で悪いんですが、その——」
「……どうすれば、いいんでしょうか」
「……ふむ」
「……"神様を公平に裁く機関"……とかは」
「ありません」
「……"他の被害者の方たちと話し合う"のは」
「恨み辛みは計り知れず。それこそ、貴方の危惧する私的な刑罰——凄惨な暴力の行使を決定させてしまうかもしれません」
「……」
「今は半神以下まで弱めた身であるが故……尚更でしょう」
「……」
「……」
当然、青い年に戦後の適切な処理なぞ経験はなく。
悩んだ末の考え——"師に投げてみよう"。
「……それならやっぱり、最終的な判断はこの場所の——"冥界の管理者"であるアデスさんが決めるのが一番、波風が立たないのではないでしょうか?」
「……」
「意見を求められたのに
「……いえ。元より最終的な決定までを貴方に求める腹積もりはなく。……一つ、参考までに意見を伺っただけですので、既に貴方は十分、私の期待に応えてくれました」
「そ、そうですか……?」
「はい。なので気を落とす必要は……もし、気負わせてしまったのなら、お詫びを——」
「い、いえ。わたし——自分の方は大丈夫です」
判断を仰ぎ、しかし却って心配をされた青年は前——小さく振る手。
その動作でも示された『心配無用』の意に対して暗黒女神は一度の瞑目で以って言外の謝辞を伝えた後、再度に開く赤の眼差しで問題となっている戦の神へと向き直って言う。
「……であればやはり、『冥界で発生した責は他でもない冥界の神が負うべきもの』と私自らも思いますので——」
「彼の者については私の判断に基づいて決定を下し、対処をします」
「……お願いします」
「加えて、
「気に食わずとも『ただ始末するには惜しい才覚』だと」
「『生かしておけば
「貴方の意見と一部で重なる考えも私は、既に有していましたので」
「では——」
言いながら渦と渦を介しての瞬間移動。
軽装の漆黒は自らが息の根を止めた神の前に立ち、即席手袋を嵌め直した左手で作る『刀』——漲る暗黒。
「——"こうしましょう"」
「えっ」
手刀は迷いなく。
沈黙した柱を突いての、語り。
「"神の行動を制限するもの"として——『呪い』に『禁忌』に『制約』を課すのです」
魔王の左で再び神の身を貫きながら、師。
驚く弟子へと処置の概要を説く。
「——無断接触、対面、声掛けの禁止」
「情報漏洩不可処置。
「『破ろう』とすればそれより早くに身が破れ、また同時に始末も完了する——そういった制限の数々であります」
「……」
「これなら、貴方が憂う事も多少の低減はするでしょうか——」
「それは……はい……多分」
何時でも始末可能な程に弱体化させた状態での『生けず殺さず』——の、"折衷案"。
神の内側を捻りに捻り、"八百万の呪い"を存在そのものへ——刻み込もう。
「然すれば他に——意見、異議は御座いますか?」
平然とした顔で、定めの冠を戴く
振り返ったアデスは、呪い溶接作業の間で自身の玉体を有害光線から守っていた
「い、いえ。アデスさんがそれで良ければ、自分もそれで……大丈夫、です」
「了解しました。では——処置も完了する事です」
承認を得て、浮かび倒れる玉体に掛ける足。
「部外者には——"お引き取り願いましょう"」
そのまま蹴り落とされ、封じられた男神——開かれた出口の渦に飲み込まれて姿を消す。
「——……ふっ」
「……?」
冥界に於ける『生者』は師弟の——"二柱"を残すのみとなる。
「我が弟子を侮る事でこの身に傷を付けた神は、しかして『それ故』に……——」
だが、一つの大仕事を終えて何やら勝ち誇るような笑み声の神は。
「……敗北、を……——」
「!? アデスさん——!!」
"大いなる神"は膝を突く。
「——だ、大丈夫ですか!?」
「……痛いです」
「何処が痛むんですか!? 自分に出来ることはっ、何か——」
その様を目にして青年女神はすっ飛び、老少女の下へと駆けつけた水。
巡らせてそれ、過去に自身の賜った暗黒の蓑を取り敢えずで軽装の小玉体に掛けようとした——が、他でもない師の手によって制止され、仕方なく止める手の動き。
「……狼狽えるな」
「でも……!」
「深刻な状態ではない……のです。少し、"熱の処理"に手間取っているだけ」
「ほんの少し……
そう言うアデスで下腹部を抑える左手は指の這うような動き——己の領域を非常事態用のものから平時のものへと移行操作。
また真実として受けた熱の処理にも力を割きながら膝立ての女神は答えたが、師弟は共に髪や衣服を焦がして煙を上げるという、人の一見では異常としか思えない状態であった。
取り分け未だ小玉体の胸の真中には刺し傷が残り、指示に従っただけとはいえ『傷口を広げる』ような行いをした青年は『その刺突傷を自身が更に抉ってしまったのではないか』と、気が気でもなく。
「本当に……大丈——」
不安げに見遣る傷口——思わずも止める目線で胸を凝視。
「——……」
「……」
対して、その流れ留まる視線に気付いている師は無言と不動で『その角度が胸に向いているもの』と改めた後——確かに青年が『それらしい
「……だ、大丈夫なんですか?」
「……本当の、本当です——ですが、そうですね……」
「?」
はだけた胸元を抑え、整え。
漆黒で穴を埋め立ててから——"次の調査"。
「宜しければ水を——"お冷"を一つ、頂けないでしょうか?」
「! それは……はい。勿論」
「冷却用の呼び水としますので、少量で構いません」
「分かりました。……どうやってお渡ししましょうか?」
「では——」
『——この
(——"!")
青年の眼前——開かれた女神の口。
意識内へ直接に語り掛けてくる女神で『あんぐり』と開けられ、"口内へ液体の注がれるのを
「——……どうぞ」
『ありがとうございます』
その色欲を青年自身も自覚しての深呼吸。
落ち着く為に瞑目をしたまま、指で宙に描く青色の円——凡そ一口大の
ゼリーが如き流動性が富むよう加工されたそれ。
作成者の命に従って『ふわふわ』浮かび——水を求める女神の口へ。
「……」
『……』
お冷、口内及び体内に収めるアデス。
老成した女神は相手の照準補助を主な目的とした『開口動作』が青年に与えた影響を分析しつつ。
『——』
閉じた口元、抑える指。
中で水を噛みほぐし、敢えてに喉を通して飲み干し——内密に終える水質調査。
以前より純度を高めた軽水に『敵意の不在』をまた一つ確かめた上で——。
『……』
隙を見せることを止める——立ち上がる。
冥界の神は続き、次の"試験"へと時を移らん。
「……お陰様で、良くなってきました」
「……良かった……もう動いても大丈夫なんですか?」
「……はい」
目前の相手が『時折見せる情のこもった視線』——『体系化された教育より得られたと思しき知識』。
その他様々、何より『冥界に立ち入れた理由』などの以前から感じていた違和感を解消するため。
それら不審の要因の答え合わせをするため——"覚悟"を決める。
「でしたら、熱も冷めない内で悪いですが——外に出ませんか?」
「……」
「助けてくれたイディアさんにも早く無事を報告したいので……はい」
「…………」
"鬼の心を表出する"——『ある神』としての"非情"なる覚悟を。
「なので……"詳しい話"はどうか——」
一方の青年、見えぬ出口を探し求めて翻す身。
無防備にも彼女は恩師に背を向け、何処かの外界に繋がる場所へ足を運んで『生還を果たそう』と試みて——。
「その——あと……、、……あれ……"?"」
不意に玉体、停止。
衣の袖が後ろに引かれる感覚——否、袖だけではない。
「す、すいません、アデスさん。なんか、"重い"……足や体が、動かな——」
「期待に、胸が
「貴方とまたこうして……"密に会って言葉を交わせる"という——その事実に」
「えっ……? いきなり、何を——」
血の気までも引かせる"冷たい重圧"は全身にのしかかっている。
見えない何か——"不可視の鎖"で雁字搦めに縛られたように動けぬ。
「ですが……その思いは」
「暗黒の柱、
「…………アデスさん?」
動くことを『許されていない』のだ。
"冥界に於ける"——『生者』の体は。
(……何が起きてる?)
(……分からないけど、辛うじて"右手"の"盾"だけは
「——あ」
そしてまた、足音もなく。
いつの間にか硬直の柱を追い抜いた女神の右手。
その掌の上で浮かぶのは——盾。
「
「……心苦しく、思います」
激しい戦いを終えて自己修復・保守点検に専念する偉大の盾を"没収"して——女神。
青年の前に出て、顔も動かせぬ視界の中。
「……私を信じてくれた、助力を果たしてくれた、先程も——私を気遣って優しくしてくれた貴方に」
「背後から——『弓引く』ような真似をして」
「え…………?」
「……心が、弱ってしまいます」
"捕らえた者"へ。
華奢の背中、続ける語り。
「ですが……ですが——それでも」
病的な声色で間を置いてからの——振り返り。
「"私"には——譲れないものがある」
切り替えを終えた眼差し、気を確かの暗い赤。
青年の恩師——いや、それ以前に今は一柱の冥界神。
「因りて処遇を決定するまでの間、貴方をこの領域——」
「『冥界』から——出す訳にはいかない」
翳した左手、その有する力と共に向かう先——"不死を有した青年女神"。
"不可視の暗黒"は死者の魂を束縛する。
「冥界の神は貴方を殺す」
「"他でもない我が弟子"——貴方を」
覇王という厄介の大敵を処理し終え、女神が次に向き合うのは『青年』という"問題"。
そう、共に強敵の神へ立ち向かった小勇の眼前で彼女という恩師は今に"別の側面"を見せ、挑戦的にも『己は死者である』と述べた者へ——"立ちはだかる障壁"としてアデスは向き合う。
「好む貴方を『不帰の客』とする"選択肢"さえ——
その様は『魔王』——命の進まんとする永遠の旅路を阻む者。
世界に『死』を定めた王の大神——冷淡に。
厳しき
その思い描く『真実』を、伝えよう。
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