『第二十五話』

第四章 『第二十五話』




 冥界に舞う戦塵せんじん——その只中。




「……、……——」




 纏う暗黒で光景を揺らがせる音無く再起のアデスを遠方——『何が起きたのか』。




「…………」




 何故、『光の刃に罅が走ったのか』——女神の重苦しい気配を遠目に、訝しむゲラス。

 天才にして秀才でもある彼の柱は直ちに異変の起こった理由を探し求めんと。

 指先よりの光で指す敵の"正中線"へ向け光線——照射。




「……"?"」




 その光線——、爆ぜる。

 二度、三度連射しても——"同じく側面"。

 、だ。




「……ッ"」




 故に不透明な苛立ちの発散を舌に任せ、次に狙うは"鼻筋"。

 対閃光防御で覆われているであろう花の如き顔の"真中"へ向け、束ねた線を差し向ける。




「"————"」




 すると、光。

 荒々しく妖しき花のかんばせを撫でては、爆ぜる。

 それは、またしても攻撃——という手応え。




「——……あ"?」




 だがそして、強烈な光の勢いを顔面に受けながらも踏み止まった女神で——





「……貴様」





 瞑目の瞼を持ち上げ、据わる眼差しを呼び戻しての"不審な動作"は女神の踏み出された一歩。

 その"進む歩み"、しかも見据えて向かう先——白銀に輝く覇王。

 動く暗黒は光景を削り、地響きのような震動を大地要らずで立てながら緩慢に、それでもの進軍。





「"…………"」





 不気味に迫り来る——"沈黙の魔王"。





「——ふん"——ッ"!!」





 迎え撃つ戦神では身を振り、手を振り。

 敵の上下左右から襲う、段をずらして放たれる光弾。

 それは『光を超える速度に暗黒神の認識が追従出来る筈がない』と、着弾で以て真実を此処に改める立証の攻撃であった。




「——"!!"」




 つまり『反応の不可能性』を立証するための活動——で、





「——……!?」





 寧ろ却って遂に女神——

 それはどういうことか、どういった理屈か。

 戦神の立証活動によって大敵の『変調』——こそが今、明らかとなり始める。





「————"!" ——」





「"未知の暗黒"。それは、ただだけでなく——」





「——まさか!」


のろい貴様のに『作動』し! 『躍動』し! ——『激動』する!」






——『万能の力』だとでも言うのか!!!」






 上から糸に引かれるよう、ぎこちなく。

 しかしその間も放たれる光弾を手足で弾き飛ばしながら——やはりせまる——無言の魔王。





「——『暗黒物質あんこくぶっしつ』!」





 声を上げる者へ、追迫ついはく





「それ自体が『秘宝』にして『秘技』!」





 赤白の波を掻き分け、止まらぬ急追きゅうつい






しんの——『魔法』だとでも————ッッ!!!」






『覇王』の超光に迫れ。

『神々の王』さえ屠りし——『魔王』。





「……————」





 創世初期から環境を席巻する光の力へ。

 戦いの大神へ肉薄する小玉体で"遅れを取る感覚"——"脇に追いやられ"。

 それ即ち、"暗黒玉体"。

『狙撃手の補佐』と並行で行なわれていた『敵情報の収集・分析・解析』、『対処システムの設計・構築・実用化』——など、など。

 未知を象徴する暗黒の大神は新たに顕現した光の大神に防戦一方を強いられる最中でも——"短時間の間に戦神が有する王とは似て非なる光の熱を知り"——




「"————"」




「————くッ——ォォぉぉぉ"!!」




 自らの存在を構成する未知の暗黒物質に——敵が放つ瞬間上昇の"超高熱"、"超高温"を

『対神』からの『対光神』、また更なる発展系での『対超光神戦闘』——その中で分けられた種類の一つ『収奪戦神の場合』を過去の類似記録を基に構築し、現在進行で得られる成果から繰り返す再構築——果てなき質の底上げ。

 その実働の様は宛ら"一部の金属"——合金が一定の温度以下で変形してもその温度以上で加熱することで元の形状に回復しようと動き出すよう。

 または草木や花が周囲の熱量や光量の変化を鋭敏に察知して芽吹き、咲き誇るよう——そう、例えて温暖な春に咲く——




「"————"」




 熱の変化に際して彼女自身も変化を誘発。

 遅すぎる意識も思考も脇へ、己の奥底に追いやり、自らを構成する物質の一つ一つに連鎖の自己判断——求めるのは組み上げ続ける命令に従っての即応。

 少女の形をした女神は『形状記憶効果』や『傾性けいせい』、『屈性くっせい』や『走性そうせい』——に"記憶した超熱の情報を組み込み"、

 若しくはより正確に表すのなら、自らを『暗黒の糸によって操られる人形』に仕立て上げ——のだろうか?




「————、——」




「——"狂神きょうじん"がァッ————ッ!」




 兎角、それは光の波を掻き分ける一秒にも満たない今の一瞬でも変わらず。

 太古の昔に滅びた世界の、その始まりから終わりまで——『祝福』も『呪い』も一切合切に背負わされ、数えきれない程の『幸福』に『不幸』、『希望』に『絶望』を生まれながらに知りながら——しかし、が、こんな所で止まる訳がない。

 その進行を阻まんとする光を弾いて、時に激しく身を撃たれながら歩みを止めぬのも彼女——この世界最高齢の"妖婆"の姿。

 今では通り名を『アデス』とする女神は今に休まず、最早眠らず。

 状況に応じた暗黒物質の形状変化・動作パターンを意識の奥底で考えては組み上げ、自らの体が意識や認識、思考よりも速く——より自動的に、より洗練された動きを取るよう——『後手を積み重ねて先手とせん』と——






「————ぬ"ぅぅぅ——!!」





「"……"」





「オ"ぉぉぉぉぉぉ"——ッ!!」





 然りとて学びの盛り、終わりなき春を体現するのは最強を追い求める戦神ゲラスとて同じ。

 その若々しい輝きの柱は油断なく、"暗い空間を捻って渦へ飛び込み渦から飛び出る"——従来のものより更に速度を増した"暗黒縮地"を察知。

 其処から間髪を容れず繰り出されたアデスの前足——『暗黒フット・スタンプ』を飛び退いて避け、その獣の如き『荒さ』から未だ大敵が超光速の深奥ではなく"学びの途上"に在ることを瞬間で学び悟り、押し切らんとしての応酬よ。





「——はっ! 笑止千万!」





「……」





しからば————!!」





 腕振りが一閃に描く光跡。

 空間の切れ目より、溢れ出て襲う波状光線。






「——やって見せろよ!! 暗黒大神!!!」






「"————"」





 "光の津波"めいたそれ。

 飲まれんとする女神——沈下の眼差し。

 超重力で窪ませた空間のふちにぶら下がっては光を寸前で回避して、攻撃が頭上を通過した後に這い上がる勢い、跳躍に回転。

 爆発を背景としながらその顔景色に色はなく、有り付き顔での左手を空けた三点着地——そして流れる動作で、油断なく着地点に差し向けられた光弾を敵目掛けて蹴り返す。




「————」

「——ッ!」




 だが、とうの昔に戦神もその回避を終え、今、覇王の拳は魔王の眼前。

 繰り出される連続した肉迫の突き、防御に穴を開けて綻びを齎さんとする攻撃——粛々と、見えない何かに押し出されるよう躱すアデス。

 またそして合間、超重力の渦を巻く暗黒の掌——ひとりでに反撃へと転じ、目指す喉元は光のもの。





「————"ハァッ!!"」





 けれども、狙いとは裏腹に遠ざかる掌。

 雄々しき光輝玉体から放たれた真正面からの光波激流に押し流され——それでも最中の女神は線の束を両手で掴み——光情報領域に接続して直ちに定められた攻撃の方向性を改竄——己が操るものとして捻って回転、光神を対象として投げ返す。





「"遡上"と——いこうかッ!!」





 対して守ることも避けることもせず、裏切りの波を迎えて戦神は自らの玉体さえ波へと変換し、遡る流れ。

 光の川を泳いで登り、敵との距離を詰め——伸ばす光の剣で絞殺を狙う漆黒の触手を斬り捨て、隠れ蓑より吐き出される数多の暗黒渦を飛ぶ輝きの刀身が撃ち落として。





「震える! 震えるぞ魂!!」

「——」

「燃えろよ! ——我が魂ッ!!!」





 暗黒逆鱗装甲と、ぶつかり合う究極聖剣。

 全てが凄まじいまでの誘引効果を持った必殺の動作——『攻撃を的へ当てにいく』のではなく『的から攻撃に当たりに来る』よう仕向けた暗黒攻勢を前、その良く分からぬ全てに最適解を返し続ける大神。

 かわしてはなし、絶対的な力を相殺し続けるのもやはりは極みの神。

 必殺の意志で鎬を削り、相克し、拮抗する——光と闇。

 "超光速"と謂わばの"超亜光速"——速度では僅かに戦神が勝りながらも殆ど同速となった大いなる神々の競争。

 人の捉えられぬ小細工も方々ほうぼう端々はしばしで殺し合って、戦場に現れ出でるのは純粋な出力勝負。

 必要とされるのは身中を貫くような"有効の一打"——即ち『決定打』を叩き込み上回った側の神が"勝者"となる究極単純のいくさ





「——はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」





 戦いの神は狂気、即ち正気で笑みさえ浮かべて。

 真面の一撃を喰らえば終わりといっているのに。

 千や万を優に超えて億や兆——既に五千兆以上の奥義を叩き込んで、更に更にそれを続けなければならぬというのにやはり、神は笑っている。

 この瞬間を楽しんでいる。

 抱く恐怖も畏敬さえ歓喜の渦で力と飲み、つまらぬ失敗の許されない死地で続行奇跡、最適解。

 暗色を背景に描く稲妻の光跡で大敵を蹴り飛ばし、またその先回りで飛ばし、撃ち——繰り返す、繰り返す——無限聖剣。






「……————」

「——"!"」






 だが、縦に一閃の大切断で斬り伏せられた女神の——空蝉うつせみ

 入れ替わった其処より氾濫する無限の暗黒——光を飲み込まんと開け、底無しの大口。






「ぬぅぅ——"おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ"!!!!」






 対し、『飲まれれば素粒子分解も訳ないだろう』と超速の状況判断。

 深淵に見える口の周りを回り出す光神。

 引きつけようとする力を回転の力で以って上回り、高めた遠心力——爆発で撃ち出して、自ら。





「……「"——————"!!」





 突き出された——爆熱の炎脚。

 受け止めた——未知交差の腕。

 睨み合う神々の——赤々しき




「「"————"!!」」




『引きつける力』と『遠ざける力』。

 瞬いて衝突する『邪視』に世界は連鎖で爆ぜ。

 衝撃で広がる二柱間の距離————直ちに詰める両者。







「はあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"————!!!」

「"—————————————————"!」







 突き出す拳、撃ち合って。

 世界——鳴動。






(————ッ、——?、、! —————!、?)






 鬩ぎ合う破滅の災害ディザスター

 余波でさえ猛威の衝撃によって遥か遠い冥界の端では水の青年が吹き飛んだか。






「"——「——————はぁッ!!!」






 そして、何枚何度も。

 突き破り、ぶち破られる次元の壁。

 僅差でも宇宙の膂力で上回った戦神が女神を押し込み飛び出た——その、"位置"へ。





「——"!"」





 飛来した——いや、今まさに"飛来する水"。




(————!? 遅すぎた——!!)




 身は吹き飛んでも辿り着いた狙撃地点で手を滑らせ、時機を遅くに発射された数発の水弾。

 浮遊中の女神ルティスからの狙撃は『失敗』と断じる程でなくともしかし、確固たる暗黒足場なしでの射撃は弾の進む速度に十分の一秒にも満たない誤差を孕ませ、先に置く筈であった偏差射撃を『なり損ない』としてしまった。

 故にそして、その僅かな『ずれ』は標的である光神に感知及び弾避けの十分過ぎる時間を与え、案の定で光の柱は首を傾けながら立ち位置を横にずらし——最小限の動作、水を回避。





「また——"お前"なのか」





 先とは違い光炎に一切触れさせず、熱も奪わせず。

 横目に映る重水の弾丸を虚しく見送り、背面で炎にうねりを打たせ——『猛る火の粉の一粒、背後の細葦へ——くれてやろう』と揚げる気炎。





瀆神とくしんの柱、くに溶けよ」


「我が輝きの炎。その——」





うちで————」





 しかし——通り過ぎ、遠ざかって矮小化していた青色の円。





「——————"!!"」





 弾丸は光景で徐々に大きさを取り戻して——のだ。




「ッ——!!」




 神の言葉を遮った水弾。

 それはルティスが新たに放ったものではなく、回避された水がまるで逆再生のような動きで"踵を返した"——"先の弾丸そのもの"。

 その動き、直前で辿った弾道から逸れて光顔こうがんを狙い——けれど再び水は熱を奪うことなく光に躱され——始点である狙撃手の盾に吸い込まれ、再装填。




「!」




 その奇怪な水の流れる様を知り、戦神の炯眼が眺めるのは狙撃手のいない遠方の方角。

 弾が踵を返した座標——"他の水弾をはべらせながらに光景で顕れる"——暗黒の柱。





「ッ————アデス!!」





 両手で持つ、重水の青光。

 下部で腕を交差させた姿勢から青を手車てぐるまのよう指で回して、腕の軌跡でも描く円——眼前で再び止めての交差。





「"……"」





 実顔まことがおで青年の認識内に現れたアデス。

 その『腕の"交差"に始まり"交差"に終わる』見得の切り——意味する所は『XXダブルクロス』。





(——えっ? 今の攻撃は————"!")





(いや、あれは——『交差からの交差』)





(それなら"次"は——『かける』・『未知数』!)






("作戦名"——『XXダブルクロス』!!)






 静止画を見る川水の視覚——それよりも早くに玉体への暗黒振動で伝えられた"指示"に。

 既に身を引いて催促する不可視の力にも従い——青年、紛れて闇を駆け出す。





暗君あんくんが貴様! "休眠の如き状態"——で——」

「……」

「——よく——もッ!」

「……」





 一方の魔王、掌を中心に回す水。

 謎の暗黒で重く加工され、不可視の糸で繋がれては伸ばされ——振り回される丸鋸まるのこめいて光を襲っていた。





「——ッ——フハハ!」

「……」

「やって——くれる!!」





 宛ら、水で遊ぶ少女の老婆。

 最前線で戦うその間も、弟子がながらに追加の水を利用。

 師は、戦神が見事に避け続けるそれを空間に開いた渦で飲み込み——また標的に向かって様々な場所から吐き出したり。

 時に直接——水の運び屋がくれる『パス』を『銀河系軍団』でもある光の神へ目掛け——『ダイレクト』で蹴り返しての『必殺シュート』。





「多才も——多才!」


「"かつての全知、全能"——その看板に偽りなしか!」





 また時に『無駄撃ち』を引き寄せて回しては——比較的"縦に長い楕円の水風船"として閉じ込め、それをねじったり、故意に穴を開けたりで破裂させ——方々で雨を降らせたりもしてしまう大神、涼やかの表情。

 これまでの戦闘中で『先に置かせた布石としての水』や戦事せんじに不向き不慣れの弟子が迷って逸って焦って『無駄撃ちとした重水』を——『それでも必死にこしらえた水』を引きつけては加速させ、操り、攻防一体の力として活用。

 その神秘の様は流麗且つ妖艶に。

 弟子を扱き下ろした無粋の輩を無言にて攻め立てる。




「…………」




 状況が状況、相手が相手とあって無理もないことだが——その『撃ち損じが』事実を今は——"師弟間の秘め事"としながら。





「——ッ! しかし——!」





 だが、それでも口を開く余裕を持つ者。

 守勢しゅせいで飲まれかけていた戦神も未だに——光子化や飛ばす剣や拳の圧で水も暗黒も避けて弾いては——的確な回避継続。





「"戦勝の波"——乗らせるものかッ!!」





 燃える闘魂の化身で、炎は消えぬ。

 水の波状攻撃を超光速にて掻い潜り、勢いに乗る女神の手を封じようとしての——肉迫。





「ッッ"——はあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁぁぁ!!!」





 有する王の手——開いた掌よりの光を魔王とは逆回転の渦巻く兵器とし、相反する力で以って文字通りに塞ぎに掛かる大敵の手。





「お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"————!!!」


「"——————————–—"」





 突き合わせる両掌。

 双方、展開してぶつかる防御膜。

 間で煌めきの花を散らす小宇宙——組み合う大神と大神。

 背景の色で明暗を分けて衝突し、其々の背を押すのは"白と黒の無彩色"——それ即ち"原初無限の色合い"。

 遅延する秒の瞬時に、格を同等とする二つの永久機関はり合い——己が色で世界を塗り替えるのは何方か。






「——————————!!」


「——、————」






 押し合いで後方へ傾き始めるのは——"小作りの玉体"だ。

 いくら神王との戦闘経験より学び得た『魔法』によって戦況を持ち直したとはいえ、暗冥大神であった彼女——女神アデスが力を奪われたことは事実。

 しかもその偉業を成し遂げ、奪い取った力を己のものとしたのは他でもない眼前の戦冥大神であるからして——やはり勝利に向けて勢いがあるのは光の方なのだ。





「————クハハッ!」


「、—、、———」





 よって、夢見心地に笑う者。

 冥界神格のほぼ全てを手中に収め、今や戦冥の大神とも相成った神——ゲラスはそうして、遂に。






「魔の終わる時——たれり」


「——、、—、—」






「貫き、爆ぜよ————暗黒大神!!」






 暗黒の膜、最後の一枚に刺す光明に。





「——"!!?"」





 に暗き大神の身——"貫かれる様"を見、驚く。




「"…………"」


「——ッ!!」




 それは、先刻まで呪いの剣が突き刺さっていたのと同様の箇所で起きたこと。

 暗黒装甲で覆われる女神のなだらかな胸板、その中心が今——であった。





「——なっ……!?」


「……」





 故に、

 胸をどうこうされても暗黒女神が動じないのはそれこそが狙いだからで、更に補足すれば身を貫いたのは





「————ッ!!」


「……"!"」





 貫くそれは姿の燃え盛る力——

 寧ろ苦痛を沈める冷色の水は——『盾』であったのだ。






『『————!』』






『赤』、そして貫かれた女神の背後から覗く『青』の炯眼——刹那の冥契。

 交差した二柱の女神——冥界師弟。

 戦神から暗黒神アデスと——恩師のその身を躊躇なく貫いた川水の女神。





「な——に————」





 開戦からこれまでの戦闘時間、十もない数秒? で水を撒いていた青年。

 正確な時間がどうであるにせよ、まさに次元の違いすぎる力と力のぶつかり合いで理解の遠く及ばぬ彼女には状況が何だか良く分からなかった。

 襲う衝撃がこれから来る攻撃の予兆なのか、それとも過ぎ去った後の余波なのか——それすらも詳細は不明で、今も未来でも恐れることは沢山。





(————"!!")





 しかしけれど、恐れても。

 辛くも授かった盾が素晴らしい防御性能を発揮して身を護ってくれていることを遅れて知る中——やはりこの者でも歩みは止まらず。

 冥界を駆け回って目的の場所に辿り着いた『女神ルティス』は、今。





「ッッ"——————ぁ"ぁ"ぁぁぁ!!!!!」





 恩師を貫き通した盾の先端から、その力を。

 激流の水を光の炎目掛け——全力、放出。





「————っっ!!」





 噴出で目に見えて立ち昇り、霧散する膨大な蒸気。

 戦神の体を直接に触れる水はなくとも、——"確かに"、"鎮火で奪われてゆく熱の力"。





「くっ——!?」


「"…………"」





 故に、変わり始めもする力関係。

 アデスの体が傾くことをやめ、徐々に持ち直すその様には再度の拮抗が見てとれようか。

 水が直接の有効打とならなくとも、その水によって冷やされることで"熱量"——即ち

 一時は敵を上回っていたゲラスの大神としての器さえも少しずつに縮小し——そして。





「き——……!」





 光炎の縁で未だ水を浴びせ掛けられる戦神の正面。

 より純然たる互角へと関係性を落とされる神の前、"変わる色"——それは花の表情だ、女神アデスの花顔かがんの色だ。

 彼女の顔で弟子の任務遂行を知った物質が予めの命令に従い、自ずと動いては外す鉄面皮。

『数も足も、引かれるのは私ではない——お前だ』——と、言外に述べよう暗黒。





「"————"」





 組み合う敵の真正面。

 戦時下のここに来て初めて見せる顔で。

 自らの口元を『妖しく笑み』で歪ませるのだ——この、魔性の王は。





「"貴、様"……!!」


「…………"!"」





 勿論、その間も魔王は掴んだ覇王の手を離さず。

 続く水の流出。

 それによってまさしく弟子に背を押され、押し戻すどころか——既に押しきらん勢いの小玉体。

 重厚の逆鱗装甲に覆われた手で横に開こうとしていた柱の腕を逆の内側に向かわせ、戦神の身そのものを押し潰さんと圧、強まり。

 噛み砕いた表現で光と闇の『五十一対四十九』の力量比で始まった大神同士の戦いはによって『五十対五十』——そして『四十九対五十一』へと『逆転』を遂げようとする戦況。

 その違いとなり差を生じさせるのは——戦冥大神から熱を奪い、暗黒大神に加勢する僅かな『一』、"一柱の青年"。

 高位の神々と比べては雀の涙の如き少量の水であっても——然れど決して未来へ向かう歩みを止めぬ——止められず、故に奮闘をする者。





(————っ……!!)





 罅割れた心で水の流れ、塞き止めること叶わず。

 だとしても、今の女神。

 涙を重ねた先で、勝敗の天秤を揺り動————。








「"おぉぉぉぉォォォォォォォォォォォ——————————————————"!!!!!!!」








 しかし尚も轟く、獣の咆哮。

 電閃——揺らめく剣は銀の炎髪。

 断ち切られる戦神の——断ち切られた"かつての腕"は一瞥で"今の爆弾"に在り方を変え、その断面より吹き出す光で回転を開始し——"指数関数的な急膨張"。







「————」


(————————)







 師弟の眼前から炸裂、超光の回転花火。

 光輝乱反射で神の攻撃は冥界せかいを——晴れ上がらせたのだ。



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