『第二十一話』

第四章 『第二十一話』




 女神の眼前、捻り潰される光の線。




「…………」




 髪と肌の白も、瞳の真紅も基調の色は変わらず。

 けれど後者で夢見の光は暗く、力を奪われていた少女は見る者に病的な印象を与える黒緋くろあけに近い眼差しを携え——眼下に睨む、敵。




「……っ、っ——ッ"!」





「フ——ッ——ハハハハハハハハ——"!!"」





 狙う大神を檻の如き拘束から放たれてしまったというのに狂ったよう笑い出す収奪戦神ゲラス。

 再起を果たした女神は彼の光る男神を他所よそに青年の持つ剣を握っては刀身から——粉砕。

 呪い共々邪魔な力を粉と変え、続く流れる動作はたおやかに。

 傷付いた若者のその手へと触れるのは、王の前で苦痛に膝を突く従者へ。

『ならば』と互いの身に掛けられた呪いを押し潰し、全身で傷を癒して消し去る王の手は働きに対する『ねぎらい』か。




「——……き、傷が……!」




(——消えた……痛みもない)




 青年女神の玉体は闇に包まれて。

 焼け爛れた掌も、再生が不全であった各四肢も半身も——暗黒は直ちに埋め、補修。

 締めには濡れ顔を柔紙やわがみとした黒でアデスは拭ってくれて、晴れた闇の先には"女神として万全を取り戻した青年"が立つ。




「……他に大事だいじはありませんか」

「あ——ありがとうございます……アデ——」





「"やってくれる"! ————!!」





 だが、合流を果たした師弟の——礼を遮る雷落とし。

 雷鳴の如くに声は響き、渡り。




「クッハッハ——! 『とんでもないもの』を解き放ってくれた……!!」




「——だが——!」




「しかし忘れるな、アデス……!」




 煩く光る神は己が身に合わせ、冥界さえ震わして言う。




「『青二才の流れ者』、それは再び水の"足枷"となりて——」




「今一度! 貴様に——我が刃を突き立てる『助け』となるであろう!!」





「フ——フハハハハハ————!!」






「——フォハハハハハハハハハハハハハハ————"!!!!"」






「アデス、さ——」

「"尋問"や"切言せつげん"——詳細の話は後回しです」




 対して、胸に風穴を開けたままの女神。

 信仰の密接に関わる力という——『夢』も奪われての虚ろな瞳。

 けれど、立ち直ったアデスは動き確かな指先で自らの汚れた口——『必要量の暗黒を吐き出し終えた』己の口元を拭い、"予期せぬ再会を果たした青年"へ手短に話を切り出す。




「この場を切り抜けた未来さきで——戦いの後で互いの伝えるべき情報を照らし合わせ、状況を精査します」




「貴方の『告白』した"内容"に対しても、は——その時に」




「……はい」

「今後の我々の関係性、指針についても必要な説明と理解の時間を設けたいと思いますので——」




『青年の身の回りで起きたこと』を、また其処から——『冥界神としてのアデスが判断しなければならないこと』を戦時の今は後に回して、向き合う少女の形。




「ですので今は……領域の全権を我が元に奪還する為、暫し今一度——貴方に協力を願います」




——…………」

「……どのように呼んでいただいても、構いません」

「……」

「そして勿論——貴方のその願いも、謹んでお受け致します」




「大いなる暗黒の女神——




 青い年の女神が面と向かって伝える言葉は待望のもの。

 また一方の受け止める側の白黒女神は表情で色を変えず、同様に伝える口語。




「……重ね重ねの感謝を」


——貴方に」




 言葉で以ての返事。

 瞑目を挟んでの微笑の後で——意識の切り替え。




「ならば——




「若者よ。"私と共に世界を"——とまでを言っては掛かる重圧……大きすぎるでしょうか」





「……それならば、やはり——」





 言いながら、"アデスが伸ばす小さな手"。

 青年の首元で『正される襟』。

 "言外の"——





訓練いぜんで話したよう——





「遠慮も要りません。"この場で既に魂は暗黒に覆われ"、"防御もまた盤石"のものとなった」


「"貴方は私の教えに従いつつ自由に"——"冥界せかいを駆けて下さい"」


「外野が何やら物を言っていますが——『"?"』——幾らでも"やりようはある"」


「それこそ貴方の独断専行・成長を想定しての作戦。その幾つかを新たに調整しながら走らせる事になりましょうが——」





こころわざに、からだ——動かせますか?」

「"——"」





 無言で確かに頷いて、了承の意を返す教え子へ——『良き返事』とばかりに見せる微笑。





「……であれば、また今この時、これより先の戦いで——"貴方が失敗を恐れる必要もない"」


「なぜなら、この場で起こることの始末は全て——」





「全て『私』が——





 向かい合い、炯眼。

 照らしあう赤と青。

 頼もしく声を掛けてくれる恩師の存在は弟子にとっての『大船』となり『傘』となり、今は傷付いた彼女の心を優しく覆い、支えよう。





「そして最後——"有言に誓いましょう"」





 襟をただし終えて引き戻した手、漲る暗黒の力。

 目下最大の敵——神たる戦の化身を見据え、『白黒』と『青黒』の二つ。

 並び立って漆黒纏いし"冥界師弟"。

 青年の耳元でその求める力強い言葉を囁いてくれる神は確たる眼差しでも勇気を付け——そして。





「我が暗黒は——忌まわしき光を飲み込み」





「もう二度と——





「いつ何時なんどき片時かたときも離れず——






「私は、私という女神は貴方を捉えて、絶対に——






「——"はい"……!」

「……宜しい。では——"始めましょう"」






 合図の言葉で以て両者共に被り直す頭巾、闇に潜める顔。

 間を置かず、次なる暗黒神かのじょの言葉を皮切りとして、突如——赤白に塗られていた世界は。







「『"幕"の——』」







 "女神の吐き出していた闇"——




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る