『第二十話』

第四章 『第二十話』




「ぉ、、——"……っ——」




 口より、胸より——吐き出される青色の液体。




億兆京おくちょうけいさえ超す命の簒奪者であるオレと、一つ二つの命を奪う事さえ梃子摺るお前では——比較にならん」




 胸の真中を貫いて、深々と突き刺さった光の矢。




「故に厄介なのはその光、"持ち腐れの至宝"のみ」




 青年を射抜いた——戦いの神ゲラス。

 流星の雨が如きによって小さく削られたかつての巨岩に降り立って言う。

 刺さる矢によって体内を電熱に炙られ、また神秘の電気信号がもたらす『動作停止の命』に従わざるを得なくなった血濡れの女神——ルティスの前に。




それも担い手を失えば所詮は力のかたまりに過ぎず」


「お前を焼却したのち、滅却の光炎へと投じよう」




(——……体、が……意識、も……—……——)




 射止められて膝を折り、力なく垂れた青混じりの黒髪。

『傷を含む口から"流れ行く液体"』に『"溶け行く自意識"』を重ねて沈黙する女神は眼前に迫った敵を為す術なくに迎え入れ——直後。

 光の邪視による神速の刃——おのれの左腕を消し飛ばす光景を"俯瞰"。




「だが最後に、お前を『凡庸』と評した事を訂正しよう」




 続いて、老兵の鮮やかに流れる動作で両膝に打ち込まれる光の杭——女神の体を縫い止め、固定。

 盾で特別に護られた右腕を除き四肢の内の三つを封じられ、胸を通る輝きも痛々しい有様。




「真実として、お前は非凡の——いや、"変わり種"の柱であった」




「"流体にさえ相成れぬ水の神"」




「"折れるしか能のない"——『か細き葦』」




 その力ない頭部に翳される手で、集まる光。





「脆弱の柱——」





 終焉の一撃が、女神を飲み込まんとする。






「——灰燼かいじんせ」






 煌めく——その、直前。











 冷ややかな声——戦神の背後。

 後方から溢れる青の光。




「……"これ"は——」




 打ち負かされて落葉の如く落ちた女神の意識は神秘の闇に紛れ、"吐き出した流れ"に乗り——今、




「一体全体……どうしたことだ……?」




 失望の色に涼しさを付け加えて話す戦神は眼前で崩れ去る女神の形を見て取り、疑問符。

 だが、首筋に添えられた青光の盾刃たてやいばが光輝の玉体へ触れて蒸気を立ち昇らせる中でも余裕綽々の口振りで紐解く——"隠し札"。




「……成る程。無謀なる試みは今この時、"裏手うらてに回り込むため"」

「……」

「そして何より、『流れる体』をとは……いやはや、短期間に随分な成長を遂げたではないか、ほそ——」







 凄む青年の手で刃、極々僅かに進み——神の首筋より漏れ出る白色光。




「……怖い——怖い」


「先の言葉こそ未然、なれど既にやいばは切れ込みを入れているときた」




「……"奪った権能を、本来の持ち主に返せ"」




「だがお前に切断の気はなく、先の読み——"楽観が過ぎる"」

「話を聞——」

「真にオレを切り伏せる意志があったのなら——"お前は言のよりも先に盾のを進めていた"」




 しかし、破壊の凶刃を身に当てられているにも関わらず、戦神ゲラスは青年の呼び掛けに対して応じる素振りは一切なく。




「状況が分かっているのか! お前は今——」

「それはだ」

「なに—を——」

「『密着すれば遅れを取る事もない』との考えだったのだろうが——浅学へ"明示"してやろう」




「"力の関係"を」




 寧ろ不動の心身、外目では振動もなく無音で研ぎ澄まされた神のそれは『返す刃』。

 太首で開かれた——否。





「——『水』と『光』」


「真にのは——どちらか」





 より——"光の反撃"。






「その身を以って知るがいい——"!!"」






「"!"」


(しまっ————)







「"——! —、"、——、—、——"——!!?"」







 迸り——声にならぬ悲鳴。

 神速の電光は水の刃を駆け上がりて女神を焼き——秒も置かず。





「ぁ——、……、………………————」





 僅か一秒もなくに沈黙させられた水。

 炙られた全身よりの水蒸気を立ち昇らせ、一度は出し抜きかけても遂には敢えなく——倒れ伏す。





「……しや『極神』と期待しかけたが——やはり、この程度か」





 その折れかけの玉体へ向き直る戦神。

 高く掲げる左腕では武装変形——女神の存在そのものを打ち砕かんとする赤光が燃えて輝く『魔鎚まつい』。

 それは『剣』でもあり、また『神殺し』。






「…………」






 そうして、二度目のないよう焼き固めた水の玉体を眼下。

 戦神は己がの主権を握った冥界で、信仰の力が詰められた女神の頭部を目掛け——確かな"重み"。









 "重さで引かれるままに"——止めの鎚を振り下ろすのだ。











「——終わりだ」











————————————————————











(——……やっぱ、り……)




(……勝て、なかった……——)




 だがそして伏した女神、認識で見る暗黒世界。

 緩慢に感じる思考時間の中で、けれど体力も気力もとうに尽きかけの青年で光を失う眼——閉じる瞼が隠そうとする。




(——……"でも")




(でも、これで——"これで、いい")




 しかし『それでも』と、『終われない』と。

 イメージの世界であっても彼女の歩みは止まらない。




(——欲しいのは、戦いの勝利じゃない)




 今も消えて、何処かに落ちて行ってしまいそうな意識を精一杯に繋ぎ止め——密かに撒いた水を伝って進む波間なみま




(自分が……が欲しいのは……願うのは——)




(彼女の……"アデスさんの下へ"——辿)




 目的地を目指し、泳ぐ。

 先までの肉体を置いて、がむしゃらに泳ぐ。

 先の見えぬ微細の暗黒世界を、体より抜け出した青年の意識は熱の波を掻き分けて。




(……だから、もう少し)




 巧妙に整えられた"引力の道筋"を辿り——"動いてくれ"、"進んでくれ"。




(後、少し……、……頑張、れ……)




(……がんばれ……わた、し————)




 それでも襲い来る——"睡魔に似たなにか"。

 限界近い消耗を経て、何処かの遥か下方へ向かって沈まんとする意識は——重く。




(……まだ、…………、)




(……、今…………ここ、で………)





(おわ、る……——わけに、は…………——)





 間際の境界線で閉じかける瞼。

 覚醒を経ても満身創痍の青年はその体のみならず意識までもが限界を迎え、近付くのは『果て』。




(——せめ、て——)




(——彼女を——むし———ば——む——)




 半身の感覚は既に消失。

 自分に『四肢があるのか』も不確かとなり——蛇の如き神はだが、それでも『諦められない』と。




(————呪い、だけ……でも…………"!")




 尚も伸ばし続ける右腕。

 玉体の形を覚えていてくれた盾——その護り付ける腕ごとが"特別に引かれる感覚"は、今。




(……この、感覚……は——)




(冷たくて、でも……"心に暖かい"——!)





(——"彼女の"……!!)






("優しい"——……!)






 完膚なきまでに打ち負かされ、苦悩と苦闘の連続で傷も負い続けた心。

 その間もなく燃え尽きようとする青年の——水の抜けきらない玉体に迫る——止めの剣搥が直前で、指先。

 伸ばす指先は『根の如き闇』に触れ——すると青年の体は間もなくに包むのは





(——本、当に——後、少し……!)





(もう——少し……!!)





 這いずり、泳ぎ。

 消えかけた希望を心に宿した青年、前へ。

『もう少しだけ、努めてあれ』と言外に意識を前へ引く——"引いてくれる力"に同調。

 ただ只管に持ち上げる顔で——向く前へ。





(————"!!")





 伸ばし、伸ばして。

 伸ばし続けた彼女の手は遂に——触れる。






(——)






 身を包んで方法を示すよう動く、冷温ながらも優柔の暗黒に合わせて——『』を。

 届いた剣柄たかみで——『剣を掴もう』。

 力の限りに『真実の瞼』、『さぁ、持ち上げて』——『大丈夫です』。

 取り戻させる肉体で這い出た先、『貴方の見るその先で私は——』。







(————————!)







女神わたしは——待っています』。







 こうして、冥界及び魂の防御を固め終え、また領域に漂う水を掻き集めた女神の下——交差する赤と青の視線。





(——?! ……"アデス——さん"……!!)





 再びに出会う師弟によって今、世界は。




『『"————"』』




 一つの大神うちゅう——"変革の時"を迎えるのだ。




————————————————————











「——終わりだ」




 齎さんとする終わり。

 振り下ろした一撃。




「————"!"」




 戦神の決定打は——しかし、引き寄せられるよう加速して消える獲物。

 そのまま神殺しは——只の水泡を手応えなくに破砕。




空蝉うつせみ————いや」





「"空間湾曲くうかんわんきょく"だと——」





 だが戦神も判断の回りは早く。

 流体化を隠していた敵戦力の情報修正に合わせ、より多くの力を割いた波動感知——即座に気取るのは世界で起こる変化。

 陰り、歪み、展延てんえんして行く冥界の光景。

 掴みかけたものの、離れて行くは水の気配。

 その向かう先——伏した暗黒神。




「————"アデス!"」




「貴様——」




 そうして、倒れる女神の——その横。

 水の精査追跡を試みる戦神の超感覚は、知る。





「————"!!"」





 秘し隠された暗闇の幕より転出する存在。

 それは倒れ伏すアデスの視線——邪視の引力が古き女神の眼前に呼び寄せた水。

 その水は光る神の背後、今では遙か遠方の場所で『王』か『姫』か——兎も角何にせよ慕う相手の下へ馳せ参じ、疲弊が作る影は跪いた従者の如き姿勢。

 目的を持って集いし水たち、もう一柱の神——青年女神の形を戻しながらに青く顕現——いや。

 漆黒の恒星たいようを背に、形を戻しきらぬ間に真っ先で右手が掴む物——大神へ多重に掛けた"呪いの要"。





「ッ"————"!!!"」





 それは——『聖剣』。







ぁぁぁぁぁぁ"————!!」







 然りとて、秒と経たず現状を——瞬時に『敵の狙い』を理解し、自らが振り向くよりも早くの後方サイドスロー。

 尚も遠ざかる二柱ふたはしら目掛け、投げ打たれた光——螺旋を、描いて。

 光の攻撃はその斜線上に予め潜められていた暗黒の重圧——重ねられた迷路の如き防御壁によって速度を減衰されて、けれど順路をぶち抜き、凄まじい勢いで"聖剣を引き抜こうとする者"へ——『解呪』を阻止せんと走る。




(——っ"——!)




 "大敵"を討ち滅ぼすため、『宇宙という世界を相手取っての戦闘』を"目的の第一"として生み出された神——即ち戦神。

 彼の男神の現在で進行する『宇宙へ喧嘩を売る』という試みは前神未到の領域。

 未だかつて口ばかりに気炎を揚げる者たちが誰一者として成し得なかった『大神殺し』が後一歩の距離まで迫る"大偉業"。

 過去に断片を見た大神同士の戦闘を探り、また己の身を挽き肉の如く細切こまぎれとし、希薄の光子となって密に悠久の時を費やした"天賦の才を持つ者"。

 ゲラスは己と創造主たる大神たちとの力量差を知りながら、それでも尚——世界との溝を埋めるため挑戦を続けて来た収奪の戦神。

 彼の者だからこそ実現の可能性を手繰り寄せられた"途方もない夢"であり、故にこそ神は入念且つ綿密に事を進めた。




(痛"い、いたい"——! "でも"——っ!!」




 計画の一案として『尖兵』や『斥候』の役割さえ持たせた獣や怪物を差し向け、他にも冥界神を誘い出す『餌』として川水の女神を生じさせ、その力を測った。

 そうして、女神ルティスが行う一連の都市防衛を通して覗き見えた"稀有な性質"に着目もし、事細かに新世代の女神について調査分析を重ねた。

 泥に塗れた体からは血を、折れかけた心からは『涙を流す』"神の奇異な振る舞い"を目にした。

 しかして、終いには相手を『流動の水らしからぬ今にも折れそうな脆弱の柱』——『細き葦の女神』と断定。

 その青年が有する『他者へ入れ込む心』さえ大神への足掛かりとして、即興且つ巧妙に——『致命的な弱点』として利用を経ての、今。




(——っ"——ぁぁ"————!!")




 だがそして。

 そうした戦神の『強者の認識』にこそ——はあったのだ。





「————っ"っ"……! っ、あ"ぁぁぁぁぁぁ——ッ"!!」





 それは、戦神が絶対的な力を示して女神の心身を折りに掛かる前——『』ことであった。

『死して成育の半ばで折れた葦』は、、未だ真っ直ぐに背を伸ばし続けようと努める者たちを——。

 自身が失った命の輝きを時に"羨み"、時に"妬み"、けれど最後には努めて——その『生きる今を護りたい』と、の心身をの風雨避けとしてきたのだ。

 断絶の悲しみ、苦しみを知ってしまったが故に歩みを止めることが出来なかった。

 多くを失ったあの日の傷は疼き、青年を駆り立て——安穏に待つことを許さなかった。





「————っ!! "————っッ"!!!」





 一度は完全に折れ、永劫残るであろう『傷』を心に負ってしまったからこそ。

 彼にして彼女の女神は『二度と同様の経験をしたくない』と切に願い、今という目前で零れ落ちようとする理想を掴もうともがき、泳ぎ——思い描いた夢に向かって只管に手を伸ばし続けて来た。

 今のよう顔、体だけならず心に水を滴らせても尚最善を探し求め、行動を続けて来た。

 それは生来の強者として設計された神の理解が及ばぬ領域——即ち、彼の者が思う『弱点』こそが青年を突き動かす『衝動と行動の源泉』——でもあったのだ。






「ぅ"!——あ"ぁぁぁぁぁぁぁ————"!!!"」






『弱さ』や『強さ』と言ったその何方、どのよう呼んでも『負った傷に痛みを感じる』というそれは間違いなく『青年の有する"差異"』だ。

 その差異は完全に同じ特徴を持つ者、完全に世界観を等しくする者の恐らくいない——掛け替えのないもの。

 他の誰にも抱える全てを理解するのは不可能に近い困難で、また彼女自身が求めたのは『痛みの共有』、『同じ苦痛を他者にも覚えさせる』その相互理解でもなく——よって、だからこそ、今。




(——! ——!!、! ————ッ"!!!)




 この時この瞬間——"青年は自らで恩師の側に立っている"。

 "大切な存在と己を隔てる呪いに打ち克つため"。

 "二度と悲劇で失わぬため"。

 "別離の運命を撥ね除けよう"と——全霊を以ての解呪に挑んでいる。





「"————!"」





 古き女神も敵の妨害、青年の補助で瞳の色を回し、限られた世界を回す——その横。

 "再生を阻害する呪い"を込められた切断の記録が残る体、欠けた部位の治癒に割く余力はなく、しかし——"肝心の右腕と盾は健在"だ。

 その守護が、破壊の力が収奪の力と拮抗——相殺。

 時に変形して身を纏う蒼銀の輝きは腕から、全身へ。

 また傷口・欠損部から溢れる不安定な流体も総出そうでで伸ばす手——粘液のよう触手のようにも伸ばして掴む剣。

 体の半分以上が最早『異形』となっても水の柱は焼かれるその手で柄も刀身も握り締め、敗北の先に開けた未来を掴もうと——剣を引き抜かんと力の限りに叫ぶ。





「う———ッ——ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」





 叫べ、痛みを忘れる程に。

 光線が向かう先で漆黒の円を背にして虹彩や髪、腕といった玉体からの眩い青の輝きを放ちながら神気高速循環。

 例え世界から弾き出されても、弓を引かれても、神よりの矢を射られても。

 空間の湾曲速度を超えて迫る熱の光が肌身を焦がさんとしても尚——脇目を振らず。

 授かった加護、内なる永久機関、折れた心の傷から湧き出る想い、その全てを力として呪いの剣を上へ——上へ!





「——っ——っ"、あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ——!!」





 やってやれ、やってしまえ。

 失うことを恐れての小勇しょうゆう

 彼にして彼女でもある曖昧ごちゃ混ぜの女神。

 "絶対的な神"がなんだ、"異なろうと世界"がなんだ——"その先で解き放たれる者"が何か!






「く"——ッ——あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ""ぁ"ぁぁぁ————!!!!」






 今、求めた未来。

 苦悶の先で青年は今、自らの意志で聖なるつるぎ——









——









「————"!!"」

「その助けは見事"囚われの"——『姫』と言うのも可笑しいでしょうか?」




 呪詛多重拘束が聖剣かなめ、抜剣。

 大きく穴の空いた束縛は最早——大いなる神を縛るに足らず。




「であれば——こう言いましょう」




 輝いていた鎖も紐も暗く捻じ切られての分解、粒と化して。





「聖剣の呪縛から解き放たれし——は」





 同時に辿り着こうかという螺旋の光——解き放たれし再起の眼前にて『不可視の何か』。

 渦巻く空間は赤光の波を飲んで喰らい——散り花の粒子が照らす魔性。

 浮かぶ赭顔しゃがん






「それは——"正真正銘"」






 その赤く暗く鬼の如き神、側で控える若者には妖艶の声。

 下に眺める敵へは——冷温極まる興醒めの顔を向けて。







「世界をおかす——『』なり」







 闇を纏いし大神——冥界に立つ。



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