『第十九話』

第四章 『第十九話』




 目前より、戦神かみが迫る。





「その名を——




(——"?!")




 不敵な笑みは瞬時に場所を変え、輝ける玉体で歩く宙——光波に広がる波紋。

 怪しく口を動かしながら緩慢に、青年女神へと——その"正体を暴かんとする光"が迫る。




「神体は冥界へ隣接する河川。故に別名として『渡りの川』——」


「河口付近に群生する植物から取って——『葦の女神』とも」




(っ——急げ……! 揺さぶりの言葉に耳を貸すな——!)




 見遣る相手を炙って見透かさんばかりの赤き炯眼と揺さぶる言の葉は"心理の矢"。

 戦神ゲラスという熱源を見据えて盾を構える青年は、敵が『"心理の戦"を仕掛け始めている』と迅速に察知して、身に授かった守護の光によって敵側の放つ波動を遮断。

 けれど——光の重圧フォトンプレッシャーが掛けられる中、己の目的達成にのみ集中する"一意専心"の覚悟。




「生まれ出でた日は……今から凡そ半年前」


外部演算しんこうによって獲得したその形、その力に目立つものはなく」


「強いて言うのなら……水棲の蛇や竜と同一視されるが故、水の波線はせんえがくことに優れた……『やや水際立みずぎわだつ』というぐらいの、"凡庸なる川の神"——」




「——その筈…………」




(攻めれば、隙が大きくなるだけ……!)


(だから、なんとか攻撃をなすことだけを——)




 だが、構えた心はそれでも——"絶対的な格上"を前にする緊張で——静かに汗を滲ませる。




「……"そのお前"がどうして——"この死地ばしょに"?」


「冥界に——そのあるじである神と、脆弱な魂のみが立ち入る資格を持った——"禁断の大神領域"に……」




「——?」





「"その理由"を——"改める"」





 言って、態とらしく大袈裟に振られる手。

 青年に向ける人指しの先——集められる光。




(! ——……?)




「お前が真に只水の女神であるならば何故なにゆえ——『冥界に侵入出来たのか』


「——『そこには大いなる神の意志が介在しているのか』」


「——『大神他二柱の差し金か』」


「それとも『お前自体が無限の光』——『王の化身』なのか』」




「——……将又はたまた




(足を、止めた——?)




「……『正当な継承の権利』を持った」




「"新たな冥界の神"として"女神より"……"其処な孤高にして絶対の女神"から直接に分かたれた——」





「……『息女そくじょ』ということは——」





 指先からの攻撃に備え、身構えていた青年の前。

 足を止めて話す戦神の、指先に光を凝縮した手を下ろす動作——それを見て取り、つい心に食う肩透かし。





「——いや、


烈女れつじょたる女神が、剰え"それ"をなどと——」





(いつ、どこから——)





「そのようなことは——





 だがそして、次の一瞬。

 病的に顔を覆うような掌の奥——悠々と持ち上がる戦神の瞼。

 指の隙間から彼の者。

 虚ろな赤光の色で、中にを覗かせては——。





(攻撃——は————)







「————」







 

 両の炯眼よりいでて襲う熱。




(————




 "閃光こうげき"——女神を
























 盾で受けた初撃。

 それは『パラパラ』とした紙漫画で言う所の、中途のページが『ゴッソリ』と抜け落ちてしまったような"一瞬"で。




「————————ぅ、っ——"!??"」




 つまり——瞬時に切り替わった状況は青年の視点変化。




「——ほう。加減したとはいえ、一瞬に"蒸発"させるつもりだったが……」




 見上げる視界には輝く戦神。

 盾を装着している右腕はいつの間にか熱で振動——痺れ。

 背には水の冷感を知りながら青年は——その『原因が敵の攻撃である』と、『盾が自動で防いでくれた』ことを腕伝いに流入する過去の記録ログで知る。




(————……)




 同時に計測された攻撃の熱量は先述の通り——数字に直して認識しようとすれば発狂は免れず——故に兎角『膨大』として体を動かすことに専念。

 驚きに目を見開き、身に残る振動を律しながら冥界の下方——と思しき内海の上で再起。

 直前に放たれた邪視光線は盾と加護の自動演算補正によって『防げた』とはいえ、殺せぬ勢いに押し切られた彼女の玉体は数多の岩や塵を突き抜け、冥界の下層へと追いやられていたのだ。




「……"成る程"」


「見慣れない形をしただと思えば、それは——」




(——!! が来る——!)





破壊神あのおんなの——『ほこ』か」





 しかし、当然に休む間もなく戦神の左腕——分離する輝き。

 今までが弓のようであった万能武装は高速——否——で回転を始め、擦り合わせる光波の中でみずからを研磨。

 そうして秒を置かず直ぐさま、武器は跳ねるよう担い手から独立しては幾度も繰り返す一時停止。

 何処か稲妻の如き不規則に曲がる光の線を描きながら標的の青年へと——"到達"。





「——!? っっ"————!!!?」





「光の速さにも対応している」


「『装備』としての力だけでなく、何やら『加護』も授かったようだ」





「——ぐっ……ぅ、ぉ"————"?!"」





 その攻撃は守りの盾で弾かれようと、"再度再度に迫る凶刃"。

 目一杯、手一杯で防戦一方を強いられる女神。

 恩師との鍛錬の積み重ねによって得た経験の蓄積が人を超えた神の自覚を経て上限を解き放ち、またそれによって青年の凡ゆる基礎能力を大幅に上昇させようとも——神と神、二柱の間で埋まる差などはなく。

 恩師と友、そして守護神という三神から加護を授かったにも関わらず襲い来る巨大な壁はで女神の気力を削ぎ続ける。





「だがそれでも、『おまえ』と『オレ』では速度も熱量も本質的に——"違い過ぎる"」


「対応が可能であろうとなかろうと、精々が亜光速……勝算は万に一つもない」





(っ"! ——"向かってくる刃"——!)





 だがそして、『このままでは埒が明かない』と判断しての女神。





(——それ——なら————ッ!!)





 思い切っての"跳躍"。

 真下にする盾、向かう光の刃——受けた衝撃によって高度を稼ぎ、水も加えて勢い良く上昇。

 点在する常物質を時に遮蔽物、時に足場として刃に追われながら上へ、上へ。

 青の軌跡を描いて移動を続け、遠目ながらも間もなくに至った戦神と同じ高度——其処で自身に追いついた光を再び渦巻く盾で受け、発端の敵目掛けてその攻撃を——





「……"?"」





 だがそれでも、『なんだ』という玉顔。




(——"!?")




 "人差し指の一つ止められた刃"は微細の動作によって押し出され——"再射出"。

 直ちに飛び向かい、自動防御の盾を削るは回転。




「————っ、ぐ、っっ"……っ、ぁぁ——"!!"」




 けれど『めげず』——青年も次の手。

 吹き飛ばされる女神で一層明るく光を放つ碧眼。

 水神の権能は敵意の込められた視線で操る水——邪視で内海より昇る水蛇の形が戦神を飲み込まんとその背後で大口を開き、迫る。





「……だったか」





 しかしそれでも、戦いの神は微動だにもせぬ。





「高が"小水しょうすい"に——天の光を消すことあたわず」





 纏う光炎は、旋風は。

 神の熱は只そこに在るだけで水の攻撃を儚く霧散させ——冷徹に覗かせる"失望"の色。




「だが、そして——」




 そうしてそのまま煌々とギラつく銀の髪、赤目——光りの顔。





「——"冥土の土産"に教えてやろう」

「——"!!?"」





 ゲラスは盾越しで青年の"眼前に出現"するや否や——腕では分離していた武器を呼び戻して納め、その刃を細く長くに伸ばし——『矛』に変えて、"実演"で以て説く。





「"その力"は——使





 掲げられてから光の矛、真上より——強襲。





「——!? っ"————!! ——?!」





 杭打ち機の如き光速、連続多段の刺突。

 盾を越えての衝撃が女神の認識を大地震の如く震わせ——叩き落とされる華奢の体。





「その光、その力」


「世界を引き裂き、穿ち、壊す為の——"けんにしてほこ"」





「それをお前は奴と同じく『盾』として扱うのか——細葦ほそあし





「——……っ、はぁ、っ! は、ぁ……——!」





「ならばその『姿勢』、その『在り方』、その『瞳の色』、『眼差し』までもが、やはり——





 巨岩へと激突させた女神を下に眺め、尚も独り言ちるゲラス。

 男神の眼下、一方の盾を手にした青年ルティスに目立った傷はなくとも物理的な痛みの全てを加護は忘れさせてくれず。

 人であれば即死の打撲——その慣れた苦痛に心を消耗させながら必死に立ち上がる青き柱の姿。





「……似ているが、それは『王』ではなく——『自らを欺くいつわもの』の方だったか」





(————!、!? "光"、が——!)





 怯える心の何とかで蹌踉めきを振り払い、首を持ち上げた先——急激に明度を増して行く空間。

 その光源となる"赤光の渦"——天高く掲げるは戦神。

 銀の頭上で向かい合わせた掌の間、四方八方へ伸びる光の線は光速回転しながら内へ内へと圧縮——その膨大な熱量、成す形は"球体"。





「で、あれば——」





 それも神の攻撃であるからして、熱の脅威に晒されることとなるのは当然——邪魔者の青年女神。





「この一撃を以って——"最後の試金石"とする!」





「受け流せるか、女神——!!」





(! ——————)






「——"はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ"————!!」






 溜めて練られた、担い手たる神曰くの『最後の一撃』が——注ぐ。







「"ァ"————————ッッッ!!!!」







 振り下ろされ、解き放たれる。

 女神の正体を炙り、真の力を洗い出さんとするそれは——"赤光の雨"。




「————っっ……ぁぁ"ぁ"———っ"!!!」




 放射線状に降り注ぐ赤の熱線、光線。

 遮る傘のよう自動で上に向けられた青光の盾を——猛烈に打ち付ける。





「く、っ……あぁ——ぁぁ—っ"————?!!"」





 そらよりの光。

 絶え間なく続く波状攻撃は途方もない熱量のみならず、馬鹿げた質量さえも携えた。

 その重圧は食い縛る女神の持ち上げる盾、及び防御それを支える手足をはじめとした玉体全てを押し潰しに掛かり——。





(っ—"! ——押し切ら、れ————)





 だがそして、攻勢に震えの止まらぬ玉体は——その一地点いちちてん






「——だ」






 狙い通り、容易く隙を作って見せた神。

 ゲラスは既に移動を終え、ガラ空きの側面を目で狙って撃つ——"雷光の矢"。





(——"!" ——————)





 盾が危険を報せても、横目で射出の煌めきが見えたからとて——何だと言う。

『最後の一撃』などとは当然に『嘘』であった"数えきれぬ雨"と、"一つの矢"。

 そうして神の連続攻撃、後者の輝く矢は加護と加護の間隙を縫って——光の守護膜を穿ち——只管突き進む勢いのまま。







 無情にも矢は、今度こそ。

 横入り出来ぬ古き女神の認識内で——"今度こそ"。







「、……は、……っ……、、……————」







 強張らざるをえないだろう『"固くしかなれない水神の体"』を——胸の真中から。




 貫いて、みせたのだ。


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