『第十八話』
第四章 『第十八話』
「——……アデス!」
「貴様の"秘策"、その一つが其処な女神だとでも——」
問いを投げ打ったのは戦の神ゲラスだ。
その不審に思う突如としての"差し水"に。
原則として死者以外の誰にも門は開かれぬ冥界への生きた侵入者——『女神ルティス』の顕現に状況は、急変を迎える。
「…………"?"」
「——……?」
しかして、光が問いを打つけた先。
冥界の創設者としてこの領域を、また師として弟子のルティスを良く知る筈のアデスは怪訝に柳眉を顰め、当の彼女自身も状況を把握しきれぬ有り様——態とらしく見せる"困惑"の色。
「——……か、はっ……!」
「……"
両者が驚きを以て迎える横入りの客を前、静かなる戦場は騒めき。
倒れ伏して震える漆黒は彼方に見据える青の光。
アデスが激しく噎せながら口に出すのは墨汁にも見える暗黒と、やはりは"疑問"の言葉。
「……な、ぜ……っ……"?"」
「……」
そうした子役界でも頂点に立てるであろう小さき神の
先には僅かな接触で隻腕とされ、痛感で以て相手が油断ならぬ大神であると理解をしているゲラスは——"目下最大の大敵"として変わらずアデスを捉えたまま、しかし自らの弓で示す方向にも割く意識。
(——『警戒させる』ことは出来た——けど……!)
燃える赤の眼光が見つめるは新たなる未知の柱。
瞳でも髪でも青色を得て、またその表情を勇ましくした川水の女神。
「……だが、"秘策"にしては——」
(
「——不足、"力不足"」
「
(——"次元"、が————!)
「——次元が違いすぎる」
(——ゼロが一つ二つ、"十や二十どころの差ではない"……!)
先刻と比べて明らかに見違えたルティスは極みの神を前、『表情に内なる動揺を表すまい』と。
漆黒の蓑に隠した口元、込める力——取り繕うのは凛とした眼差し。
この時、女神の体を己のものとした青年はその精度を増した知覚機能と超常の本能で感じ取っていた。
相対する光神と自身の力量差は赤子と虎——いや、"一筋の川と光る星"。
否、それこそ『一つの川』と『一つの宇宙』——『絶対に敵わぬ者が目の前にいるのだ』と。
(まだ本気を出していなかったとして、既に神気の総量が"桁違い"——いや、これ以上を意識しては駄目だ……!!)
(理解しすぎればその恐怖で、体は——"動かなくなってしまう"!)
常人であれば発狂していたであろう"決して埋められぬ差"——"断絶"の感覚。
それをしかし既に狂った己で何とかに視座を変えて立つ、若者へ。
「——例え、光の感知出来ぬ『抜け穴』を貴様が事前に開けていたとして」
「たかが"青二才"——何が出来ようか」
青の女神へも光、波動を続ける。
「"これから"という時機に、またしても貴様は我が心を失望させるのか」
「女神——大神アデス」
(だから——忘れるな。"勝つためじゃない")
(自分が——『わたし』が欲しいのは……!)
("願う"のは——!)
「"————"」
「————"!"」
交差する赤と、そして青。
光炎纏う戦神は沈黙の中、油断なく眼力を用いて"怪しき川水"の真相を見定めんとするが——下方に立つその詳細は今も闇に隠され、鋭利の眼差しが返るのみで。
(願いは、"先にある"——)
(——"彼女がいる未来"……!)
文字や数字で表せてしまえば恐怖と狂気に呑まれて終わる冒涜的の差。
だがそれでも、その『宇宙を燃やす災害』の如き熱気を前に——瞳で宿る光は消えず。
消さずの小さな勇気、希望の
全身に漲り、放たれる神気——その青の『揺らめき』によって『己の意志』を——『暗黒世界に示す』。
(——『不戦』と『時間稼ぎ』)
(それによって——『活路を開く』……!)
「——……っ"」
(『助力』、『根回し』を——頼みます)
「っ……が、は——っ——」
その意を受け取って——加速する嘔吐、闇の流出。
無味無臭・無色透明——"無気配に溶けよ、暗黒"。
伏せられた暗黒神の片目で暗色の赤は渦を巻き、"追加の演算"は開始。
師弟は視線を交えることなく、"言外の遣り取り"によって足並みを揃え——
(————行くぞ)
「——"我が師"」
決意と覚悟で女神——"口火を切る"。
「我が恩師、女神アデス」
「今こそは我々の、自らが貴方に約束した"誓い"を——果たす時」
声高に、雄弁に。
戦神の思考を僅かでも遮るため、場の主導権を少しでも握るために——打つ、"先手"。
「今これより、わたしはこの場で」
「貴方に伝えるべき——『三つの真実』を"明らかなものとする"」
「…………」
一方の戦神は不可解な現状を解き明かして勝算をより確固たるものにするためか——黙し、静観。
事態解決の最適解、その手掛かりとなる情報を求め、暫し耳を傾ける。
ルティスの放つ声はもとより——"右腕から放たれる光の波動"を訝しみながら。
「…………」
「よってまず、第一に一つ目」
「わたしは——」
「『元は——人間である』」
そうして高位の神々が聞かされたのは——"突飛の告白"、その"おかしき内容"。
其々が微動だにしない真顔で、けれど内なる疑念の色を濃くして発言の理解に演算資源を割く中。
女神の体内で生み出される水は彼女の秘した玉体から——拳から。
玉体の最下部たる足下から——纏う気から。
隠されたままに霧散し、滴り——冥界へと染み渡る。
「次いで二つ」
「加えてわたしは『元は男』」
「即ち——『人間の男性であった』」
「"————"」
だが、上述の第二真実を聞き知り、早くも状況に見当を付け始めた者——"有力の仮説"に思い当たるは聡明なる光の戦神。
今尚内側から心身を食い破らんとする簒奪した力の解毒、その変換——"収斂"をしながら。
油断も隙もない暗黒神と、突如として湧き出た川水の警戒といった多重の処理をこなしながら——『青い女神の放つ光』と『各光神の光』で照合さえ開始。
得られる情報から"最も現実的な予測"が弾き出されるのは、間もなくか。
(——見破られても、押し切られても駄目だ)
(ゆっくり、ゆっくりに——急がないと——!)
そうして、各位が隠した手の内——"秘密裏に事を進める柱たち"。
戦神を真面に相手取ることが即座に"敗北"へ繋がる事実を知る女神はそれ故に、一連の唐突な告白によって相手を無視するかの如くにふるう
先んじて注意を引きつけて、一触即発の状況でどれだけ"不即不離"の警戒態勢を維持させられるか——『意味深に時を稼ぐ』ことが出来るかが、川水女神にとっての"分水嶺"。
「——そして、最後に——」
未だ恐れを抱く青年は覆い隠された玉体から汗を流しては、
またそうして、震える手先は師の教えに従って暗黒が護る蓑の下へと潜め——弁論の結びに取り掛かる。
「——三つ」
「……わたし——いや、"俺"は——」
「————『生者である前に死者である』」
自身最大の持ち札を切り——同時に果たされた誓いで、揺らぐ暗黒の心。
(——……どうだ)
告げられた真実——いや、『それが虚言ではない本当の事であれば』と、アデスの内でまたも新たな問題は噴出するが——時を同じくして、神。
「————"あ"?」
(——! 体の向きを、こっちに——)
「……何かと思い、波に時を預けてみれば——」
練達の戦神——彼の者もまた、"仕掛けに出る"。
「お前は、自身を"女神である前に"——」
「——『人間』で」
「——『男』で」
「それも——『死者だ』と」
「そのように言う」
「…………! (——食いついてきた)」
「突拍子もない支離滅裂の世迷言を、
「……まるで、『
(このまま! この調子で後、もう少し——)
その出方は概ねが青年にとっての『予想通り』で、順調の流れに期待は高まり——。
「だが——」
「——っ"!」
けれども瞬間——嘲笑うような声色は忽ちに失せ。
「"
冷熱を帯びた刃の如き眼光が青の光に注がれる。
「"
(……なんだ、あいつは……なにを……——)
「"川水の女神"」
「まさか……お前は————」
(こっちに向かって、何を言って——)
「——王の化身ではあるまいな」
(——? ……??)
言われたことの意味が分からず。
乱れる内心。
「お前が王の化身であったのなら——多くの疑問へ合点が行く」
「『大神領域である冥界への侵入』、『見違える程の変化』、『身に纏う異色の光』……それら全て——『己の内から湧き出た力ではないのか』と、聞いている」
("けしん"……? どういう——ことだ)
(……何を言っているのか、分からない)
だが、心理の戦に付き合っても『負け』だ。
せめて表層で気は強く、怯まぬ姿勢を保たねばならない。
「——答えてみせろよ」
「お前が只の川水ではなく、無限の光だというのなら」
「その"正体"、表してみろ——『大元《オリジナル』!!」
「"
急変した場の流れで、戦神までもが一方的に言葉を投げ掛ける。
その心身を震わさんとする大声で心を揺さぶられ、混迷の渦に飲まれそうな状況でも気を確かに。
(……まるで意味が分からない)
この世界にまろび出て凡そ半年。
しかもこれ以上になく緊迫した状況で青年に戦神の飛躍思考、推理が理解できる筈がなかったとしても——然りとて、世界は続く。
(——けど)
惑いの只中に在る女神には隙を見せる暇も、手足を止める暇もない。
「早くから他の大神を排除する算段を立てていた
(——"こういう時"は——!)
「——どうなんだ? あぁ"?」
故に選択して、直ちに移す行動。
理解が及ばぬながらも現状を『注意を引きつける新たな好機』として感心の矛先に立つ女神。
如何にも『策ありげ』に、口元を怪しく蓑に隠した状態で——。
「"…………"」
「……"黙秘"という訳か」
"冷厳の眼差し"を真似——"意味深の沈黙"を演出。
「「"…………"」」
睨み合って一秒、また一秒と積み重なる時間。
(このまま、この調子のまま————)
動揺を潜め、出来るだけ長く現状の維持を願い——願ったのだが。
「——ならば、"改めねばなるまい"」
その願いは
「お前のその身その力、何より"その光"に」
「"我が赤熱直々に"——問い質してくれよう」
青年女神の予想を超えて、早過ぎる警戒——"厳戒態勢"の宣言。
戦神は張り詰める己が力、及び新たな未知存在——『女神ルティスの有する力』を確かめんと玉体の正面に矮小の青色を捉え、意訳して『本腰を入れる』と言うのだ。
(————やばい)
何故か『大神ディオス』と疑われ、当の青年自身は付かず離れずで『このままだらだら』と時間を使う腹積りであったのだが、最早そうも言ってはいられず。
湧き上がる危機感、加護越しでも『ジリジリ』と伝わってくる熱。
視界全体、戦神を中心として上下左右前後——忽ち空間を覆うようにして伸びる"樹木の根"が如き赤光の波。
(どれだけ持ち堪えられる——"今の自分"に)
"膨張"を続ける光の柱は目前。
今一度歴然の力量差を一目瞭然に体感して心は『逃げたい』と震え出し、だが——光熱に満ちて行く冥界は既に大部分が赤と白の色。
逃げ場のない広範囲を塗り替えられ、中央の暗黒渦と周囲の岩石や塵が辛うじて暗色を残すのみ。
(逃げるにしても——戻れる保証は全くない)
(仮にそう出来たとして、彼女を失えば俺は終わり)
(……だったら、結局——)
貼っ付けた流体制御の面構え、それで以て続ける努め。
装おう平静、けれど最早完全に取り繕うことは難しく——頰を緊張の汗水が滴り落ちて行った。
(——"進むしか路はない")
だが、急ぐ女神たち——天敵たる神の光に身を焼かれながらも古き女神は『不明瞭の手』を伸ばし続け、帰るべき場所を見失った青年も同じく。
"喪失の恐怖"、そして"恩神と共に在る未来への渇望"によって己を奮い立たせ、向かい合うのは燃える赤——戦の炯眼。
過去へ戻る路は断絶し、孤独の女神に残されたのは前へ突き抜ける進路のみ。
「果たして——『
今この時、相対する赤と青。
迫る威光で前哨戦の幕は上がり。
(ギリギリで飛び込む! ——"彼女の下に"——!!)
「"不詳の神"よ」
「"我が真実の光"。"世界の真相"を明らかとする」
大神領域たる冥界の一角。
「その有する輝きが『無限のスペクトル』だと言うのなら——"見せてみろ"」
「
「見せてみろよ——
神の御前にて、熱波の舞台風は吹き荒れる。
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