『第十七話』

第四章 『第十七話』






「…………」






「…………」






「……————ッ"」







「——…………であった」




 漏出——光の粒。




「僅か、あと僅かにでも離脱が遅れていたのなら……オレという神は——"敗北"していた」




 己が力量を測ろうと敵に接近をし、しかし刃を突き通す直前に『曲がる』身の危険を感じ取った戦の神ゲラス。

 身に掛けられた重圧に対して咄嗟の状況判断での斥力行使を経て飛び退き、女神との距離を取った今だが——。




「この身だけならず、この意識さえ……"粉と砕かれていたであろう"」




 にも関わらず。

 彼の者は左手で抑える"右の肩口"——"その部位から先はなく"、捻じ切られた傷口からは蛍火の如き光が漏れ出ている。




「弱りながらも『邪視』によって『圧殺』をしようとは……相も変わらず、心胆寒からしめてくれる」




「……」




「……だが、そのお陰で底から頂点までを冷まし——痛感によって"理解"したぞ。女神」




「……」




「我が"滑る口"は元より"肥大化する気"さえ——という訳か」


「貴様——……"神の精神さえ蝕む"『神経の猛毒』を」





「"…………"」





 負傷兵の見つめて、語り掛ける先。

 持ち上げられた状態から岩に体を打ち付け、倒れ伏す者は『反撃』の後で微妙に変わった姿勢。

 見せる紅の横目——大神アデス。




「寄生された蝸牛かぎゅうが自らを晒し、の如く」


「ハッ——『寵姫ちょうきに毒気を抜かれた』ものと思いきや——今まさに『毒を注ぎ込まれていた』のはだったか!」




「……」




 声を聞かされても白黒の玉体は糸の切れた人形のよう身も瞳も動きを止め、虚空を見つめ。

 戦神に対して一切の反応を見せずに黙す麗しの女神で、胸を貫いた忌々しき聖剣は漲って健在。

 認識を書き換えての『誘い込みの罠』で光の神——仕留めるに至らず。




「我が内から漲り、剰え食い破ろうとするこの力——貴様という大神由来の"害ある神気"——即ちが『毒』なり」


「それも、"高位の神である我が認識さえ書き換える程の猛毒"……恐るべし——


「驚嘆にさえ値する。世界を統べる"大神の絶技"……戦慄する程に見事、見事であった——」





「————ッッ!!」





 隻腕となっても意気煌々いきこうこうの神。

 戦神の発気はっきは逆巻く爆炎となりて、柱自身を包み込む。





「ならばこそ——"オレはその上をこう"」





 赤の光が漏出していた傷口も炙られ、その先で光の神は波を編み、腕の波動再生——完了。




「——我が戦闘神格としての闘争本能……!」


「熱く! そして燃え盛る権能! 光炎こうえんとなりて王魔おうまが毒を焼き払い——!」





「————!!」





 自覚を得て、念入りも念入りの焚尽解毒ふんじんげどくを絶え間なく炎で行いながらの瞬間移動。

 舞い戻った理知の赤き眼差しは後ろへと、上へと。

 油断ならぬ女神の動向を俯瞰するために輝き——その源を冥界銀河の天光となりて示し出す。




「更にの慎重を期し、深甚しんじんなる敬意を以って——"貴様という宇宙せかいに挑もう"!」




「——"っ!"」




 一層輝く赤の炯眼、銀の炯髪けいはつも力強く。

 呪いと繋がる可視化された鎖を伝い、破滅の光が女神の身を熱く焦がす。




「一体どれだけの余力を残しているのか。"大神の秘策"——決して、"一つや二つではあるまい"て」




「……か——は————」




「長くたせられるか? 数万、数千……いや、数百——手の内を見せるなら早め早めの動き出しを勧めよう」


「"ときの利はオレにあって貴様になし"。その熱を奪い尽くすまで、オレという神は何時までも待ってやる」




「——……っ"……!」




「だが、そのまま寝過ごしても構わぬのだ、女神よ」


「さすれば老いを敬って、新しき冥界神たるオレが貴様の所領を相続し、その座をも継承してやろう」




「——くっ"……!」




嫡子ちゃくしもいない貴様にとっては……決して、悪い話でもないと思うが……?」




 薄笑い。

 堂々たる偉丈夫にして美丈夫が少女を焼きながらにしての申し出は勿論、だ。




「権能も死者りょうみんも、今より有効に活用……いや、"利用"してやる」


「終わりなき責め苦の氷炎によって魂をさいなみ、搾り取るは無限の熱! 生ませた苦痛恐怖の情熱で我が炉火ろかは更なる拡大を得るだろう!」




ァ? ——貴様は……!!」




 手の内を明かさんと、言葉で女神の肉体のみならず精神にも掛ける揺さぶり。

 燃えていても冷徹なる炯眼は伏す女神を照らし、その一挙手一投足さえ見逃すまいと研ぎ澄まされる神の知覚。




「——……"!"」




「"————"」




 "無言の読み合い"で視線は交差。

 挑戦者チャレンジャーである戦神は大神の出方を伺い、また敵の行動に先んじて手を打つために巡らす数多の思考。


 ——『諦念の色を見せぬ女神が何を考えているのか、しようと試みているのか』。

 ——『残る相手の勝算はどのような条件で成立するのか』

 ——『本命となる行動は何か』

 ——『偽装工作の可能性は』

 ——『残り、自身の解毒及び"収斂"が完了するまでの時間は——』


 今に挙げた例の一部をはじめ、意識が割くのは優位性の確保。

『謎多き大神を前に油断などあってはならず』、またそして"対応の幅"を、『余力ゆとりをなくせば瓦解は近付き』——暗中模索。

 今に先例のない独自式で探す最適解は、そうして——。




「……っ"」




「"————"」




 視線の先、正面。

 玉体を縛られて光流電圧をその身に受ける女神で——を見る。




「く……っ……!」




 炙られる輪郭から煙の如き暗黒を霧散させ、傷の口及び顔の口からも泥に似た黒色の物体を吐き出し続ける少女——アデスの

 未だ敗北の素振りを見せず、女神は意志の宿った力強くも暗き赤目を携え——




「"…………"」




 光る神の眼下。

 その弱った蛇の如く『のろのろ』とした様は——しかしまるでを目指しているようでもあって。

 故に様子を見て取った戦神は冷静に、表情を変えず。

 言葉もなく音もなく、"型も装填も必要なし"に——放つ"牽制の矢"。




「——"!"」




 再開されたその第一射は狙い通りに女神の動く指先に向かい、一切の成果なく黒の輪郭に接して光の粉と散った——が、間を置かず逆巻く老兵の左。

 万能武装へ集う光。





「仕上げ前、再度にして最後の——"証明"を始めよう」





 輝ける熱をそのままに変換、生み出される鋭利のやじり

 武器として生成されたそれは、女神に指差して向けられた戦神の厚き弓手ゆみてへと沿い——。




さきは貴様の思惑に嵌められ未遂に終わったが、"大神に傷を負わせられる者"がいるならば——」




「それはやはり——"同格の神"」




 照準の光は伸びて——狙う。




「よってこれより一射一矢いっしゃいちやに光を放ち、"我が身の神格"を証明せん」




 剣聖にして弓聖きゅうせいでもある神、『弓の王』は言って、戦の極地たる其処から放たれる第二の光——腕を滑走。

 一瞬で獲物に到達して、けれど第一と同じく粉と散る。




で以って『大神』のくらい、その到達とし——」


「即ち我が光、その御身おんみを抉ったならば——」




 この世で最も戦技を知って、また弓の道でもその先頭を進み続ける者。

 未だかつて誰も捉えきれずに終わった大神という的を視野に再び束ねられる光の線——第三の光。

 指先を射抜こうとする神の攻撃に晒されながら、それでも尚動きを止めず『何処か』へ向かわんとする女神へ——射出。




「——その時こそ、"大いなる新生の柱"。竣工しゅんこうに相応しき時である」




 第三のこれもまた光速にて射られ、先の二つよりも多くの熱を込められた鏃は最早投擲される槍の如く、女神の細い指先へと接近。

 肉薄をして、また相も変わらず粉砕をされて——の次。




「……今の一矢。"切っ先はより深く"、"貴様の闇へと潜り込んだ"」




「……ならば、ならば——」




 第四、充填。

 戦神の纏う赤が螺旋の光跡を描き、光景として示されるのは"切削せっさく"の意。

 微々たる差ではあったが第三の光が女神の輪郭へ、その『無力化されるまでの接触時間を長くした』ことを受け、既に"手応え"を得始める彼の者。





「貴様の数字。"第四"の光を以って——とする」





 今では冥界一の光源として姿を現わす光神ゲラス。

 二枚目の顔で歪み、上げられる口角は確証を目前とした期待の仕草だろう。

 左腕にて回転を続ける赤光は加速度的に動作速度を増し、不運にもその熱刃ねつやいばに触れた物質が塵となって鮮やかに燃え、輝きの一助となった。




「そして同時に、この光は……"切り開く一撃"ともなる」





「決戦の、"火蓋"を」





 僅かに前進した女神に合わせ、その行き先へと先行する眼差しの光でも照準、微調整。

 加えて神の視線は射線上のあらゆる物質を焼き払い、描き出すのは真空の道筋。




「因りてくぞ、女神——!」




「我が極光きょっこう! その身に——」





「"刻め"————!!」





 そうして射られた第四は、練りに練られた極小の螺旋光らせんこう

 それは寸分違わず少女の形へ、白の指先を目指して——"今"。





「——っ————"?!!"」





 "絶対防御を超えて射抜いた光"は——のだ。





「遂に——遂に来たぞ! が!!」





 その様を観測して、証明を経て神は——打ち震える。





「今こそ我が大願——"世界との戦い"が幕を開ける!!」





 今この瞬間、アデスの身へ——借り物ではない己の刃を届かせた神、偉業を成し遂げた者。

 ゲラスは自身の大元たる"神々の王"をはじめとした創造主——『大神』の領域へ、踏み込み。





「——最早、誰にも邪魔は出来ぬ……!」


「閉じた冥界りょういきの主導権さえ我が手中に落ち、誰であっても"横槍"を入れること叶わぬ至上のいくさ——!」





と——の、大神同士のつかり合い——!!」





 遂に、待ち望んだ己と女神での——"大神同士"が鎬を削る『至高の戦』が始まるのだと。

 ときは揚々高らかに、柱としての身を震わせて角笛の如くに叫ばんとする。





「さぁ——さあ! "始めよう"——!!」





「オレ達で創る"終末の日"を——!」






——今のこの時——この場所でッ!!」






 そうして、開戦の叫び。

 終えようとしての——






「"宇宙を相手取る究極の戦"を————」






 おと






「「————————"!!"」」






 即座に波を知覚して目を見開く"大神たちではない"——"何かを落とした音"。

 本来"静寂"に包まれてあるべき冥界で響いたそれは——の、『水音みずおと』のようで。






「————"どういう事"だ」






 異音を、異常事態を察知して戦神。

 表情を変えるよりも速くに変形する武装、弓が指し示す先——下方。

 その動作と時を同じくして冥界に現れる、"闇より進み出る"のは






何故なぜ——死地ここにいる」






 一対一の場、一騎打ちの戦場——そうである筈の、そうであるべき——そうでなければならない冥界への"予期せぬ侵入者"。

 水を差されて、しかし驚きながらも理知に徹し、精査を始める赤の炯眼が見据える者。






「全ての門は閉じられた。ましてや永遠を生き、冥界の神でもない柱が何故、大神領域に——」






 今も進み出る形は——"少女"。

 纏い、放つは——"青光"。






「何故、お前が、この場所に立っている」






あしの女——女神」






 瑞々しいその姿、まさしく。







「"川水の柱"————!!」







(————っ"……!)





 川水の、"渡り川の女神ルティス"。

 冥界下りを成し遂げて青の柱は今、凜然の面構えで戦神を見上げ——冥界に、立つ。



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