『第十四話』
第四章 『第十四話』
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『河上誠』——超越の神ではない、"人"。
彼は彼自身の主観で今よりおよそ十七年前。
学びの分野、研究畑で縁を結んだ両親の下に誕生した人間の男性。
その性格は媒体を問わず多くの資料に触れる両親の影響か、幼少期より知識欲や好奇心に満ち溢れたものとなり——『よく学び、よく遊ぶ』、『世界への期待に心を躍らせるよう——輝く瞳が印象的』と、彼の両親が度々に語ってくれる程であった。
(……水路の生き物に目を引かれてそのまま水の中に落ちたこともあった)
機微に合わせて切り替わる映像、場面。
両親に連れられて向かった田舎の祖父母の家——周囲で広がる一面の水田。
(……危なっかしいのは……この時も……?)
使用されているかどうか疑問符のつく——水の薄く貼られ、苔生した水路。
底を横切る蟹へ短い網を届かせようとのめり込む幼少の誠——苔に足を滑らせ、濁り水の中へと転落。
幸いにして大した深さはなかったことから怪我はなく。
けれど、少年は冷ややかさと汚泥の不快さ、遅れて襲う驚きと恐怖に涙を流しながら——少し離れていた同伴の父親に救出される。
(…………)
その他、流れる幼い頃の記憶。
虫取りやフィギュア遊び、カードやボード、テレビを用いたゲーム遊び。
また寝る前の絵本の読み聞かせ、公共の図書館で借りた図鑑の数々。
それら胸の躍る体験に目を大きく見開く彼の姿——映し出されるかつての記憶で、瞳が潤むのは青年。
「……、……——っ——"!!"」
また切り替わるのはやはり、戻らぬ光景。
笑顔で食卓を囲む自分の——後に生まれた妹と共に両親へささやかな料理を振舞っていた時。
過去に置いてきた『家族団欒』の情景を前にして極まる心。
涙も溢れ、掌で口を抑えての咽び泣き。
「——、、—っ……ぁ——」
過度でも一方的でもない——"暖かな双方向の愛"に包まれた家庭の環境。
最早その恵まれた世界に、『それと等しい世界に手が届くことはないという事実』が青年の心をどうしようもなく苦しめ、痛ませる。
(——ど、う、……して—っ……——)
だが——"直視"を止めてはならない。
引き返す選択肢はない。
『此処で壊れてしまうのなら——"それだって構わない"』と、自らで望み——。
「——っ"……ぁ、……ぅぅ"——」
俯く男の顔——それでも必死に持ち上げ、上目気味で見つめる先。
その波立つ情動に呼応するかのように激しく移り変わる映像。
"本題"と関連して羅列するのは『痛みの記憶』。
(————"!")
転び、膝を擦りむいて涙する妹。
その横で慌てながらも傷口を水で洗い流してやり、薄紙で水気を払ったその部位に絆創膏を貼る少年時代の誠。
(…………っ")
別日。
出先で傘立てに刺した傘を盗まれ、そうした『心無い行為を実際にするものがいる』という事実に心を痛ませ、身を濡らして静かに帰路へ着いた——ある雨の日。
(……——、)
いつかの学校、図書室での出来事。
昆虫や爬虫類の図鑑を読む誠に掛けられた声の振動。
例え発言者に誰かを蔑む意図はなくとも、聞こえた彼の心を苦々しくに揺らした——『気持ち悪い』の一言。
(…………)
人によっては何気ない事の積み重ね。
なれど、他愛のない物事で心に痛みを覚えてきた一人。
徐々に時系列を今に向かって近づける過去の記憶の数々——物語るのは青年の"繊細な感性"。
"比較的柔和な両親"によって形作られた穏やかな家庭環境の中で生まれ育った彼は、それ故に早くから『優しい世界を脅かしかねない危険性』に敏感であった。
父母が誠に対してそうするよう、彼自身も自然と他者の心情を慮り、尊重し、不必要な折衝を避けては円満の道を探る——"柔和の心"を学び、知り。
その柔らかき心構え、"世界を引き裂く鋭利な言動"や"事象の数々"を『忌避すべきもの』として捉え、警告を発するかのように打ち震わす心身。
意識下・無意識下を問わず、例えその切っ先が己に向けられていなくとも内面は傷付いた。
その度に『生に付き纏う痛み』の数々を抱え、今までを歩んできての青年。
「……、……、、——」
そうして、彼の感受性は『離別』や『喪失の絶望』——即ち『死の痛み』を経て更に敏感に、"過敏"と形容出来るほどに研ぎ澄まされてもいた。
都市の"姉弟"の姿にかつての自身と妹の"兄妹"を重ね、その苦境に立たされた彼女たちを思って涙を溢れさせるほど、孤独の中で収まりのつかぬ心情。
神獣や怪物との衝突を重ね、女神としての玉体に一つの傷さえ残っていないとしても——肉眼では捉えられぬ『不可視の傷』は『他者の不幸』を知る度——確かに青年の内で深く刻まれ、積み重なって行った。
最早どれだけの時を経ても完治することのないであろう『魂に刻まれた傷』——事あるごとに再浮上する『不滅の痛み』。
女神と姿を変えても尚薄氷の上に立つ満身創痍の青年に行動を促すのはそうした"苦痛に対する忌避の念"——"他者を通しても味わう恐怖の思い"。
『死』を経て『断絶』を知り、その衝撃で今にも砕け散りそうな脆き『
『今を生きる者たちに同じ苦しみを味あわせたくはない——"そうあってはならない"』
『せめて彼ら彼女らには自身が手に入れられなかった未来を、失った日常を、幸福を——生きて欲しい』
そうした希望を願い、祈るからこそ。
青年はこれまでも、そしてこれからも夢を見る。
その夢を実現したいから、
「——、ぅ"……っ"……!!」
故に、濡れる顔——上げ続けて直視する正面。
中学時代のハイライトとも言えよう卒業の日、最後まで言い出せず心に留めた初恋の思い出も通り越しての——高校時代。
受験を経て入学を経て、一年と半年ほどを過ごした二年目の秋。
刻一刻と迫る進路選択を控え、しかし確固たる目標も夢も見当たらず悩む
『大切なのは当事者。つまりは誠自身がどうしたいかだと——
『
『親の考える幸せが必ずしも子にとっての幸せだとは限らないし、親も子も結局は別の人——だから貴方が思うように、納得出来るように決めるのが一番いいと思うの』
『……まぁ、欲を言えばその上でこれからの誠の選択が他者を傷付けるようなものではなく……全ての人とは言わないまでも、誠自身の大切な存在を思いやれるような……優しく出来るものであったのなら……嬉しくて』
『例え経歴が最も重視される世界であっても……何より
(——"自分"は……"俺"、は……っ……!)
けれど、微笑む両親とは対照的な苦悶の表情。
頬を伝う涙は止め処なく、流れ落ちては暗黒の床をすり抜け、消え——。
「————"!!"」
(……この記憶、は————)
電車に揺られながら手にした携帯端末を操作する青年。
家族への帰宅予定時間の通知、夕食の献立といった他愛もない日常のやり取りを済ませ、電車を降り、通り抜ける駅の改札。
(——"あの日"の——)
容赦なく迫る『その時』を近く感じて、動揺に激しく揺れる黒の瞳。
右往左往で激しく泳いで、そのままの勢いで『目を背けてしまおう』とも発想は
張って重くする体で他でもない自身をこの場に釘付け、震える体を律しようとの足掻き。
その姿形こそ今は誠なれど、全身に漲る気は"青の色"を徐々に徐々に"濃くする"——"神の色"。
溢れんばかりの涙をその瞳の奥で搔き回すかのように
「————"!!"」
そして、間もなく——唐突で、理不尽に。
「ぅ……ぁ"……っ"……——!、!!」
直視の正面で——"その時"は訪れるのであった。
「——ぁ、ぁ……っ………………」
映る光景には最早『殊更に意識してこなかった何気ない幸せ』、『愛情に満ち溢れていた世界』の——その象徴たる『家族の姿』はなく。
慣れ親しんだ最寄駅。
階段を小気味好く下りていた青年——不意に踏み外した足。
彼のその体は宙を舞い、空を切るのは無情にも手すりを掴むことのなかった人の手。
そのまま転がり落ちた青年は激しく、最下の硬い床で激突して——その後。
「——————」
打ち付けられた体、微動だにもせず。
"命の抜け落ちた誠の体が孤独に赤色を染み渡らせるのみ"。
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其処で映像は途切れ、彼女が持つ"人としての記憶"——『終わり』を迎える。
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