『第十三話』
第四章 『第十三話』
泉の渦——潜った先。
(——……真っ暗だ)
星明りのない夜空の如き一面、暗き世界。
上下左右、前後さえ不確かな空間で——しかし、進む青年は迷わず。
(……でも、方向? ……は、合ってるはず……)
漂う光の球たち——『魂』らしき何かを先導とさせてもらっての歩み。
またそれを載せて何処かへ向かう水の流れも未だ健在で、慣れ親しむ冷んやりとした感触を全身で纏いながら。
その優しく黒髪を撫で、背を押してくれる導きを水先案内の支えに——暫く。
(……この流れの、魂を載せた水の向かう先にきっと……『冥界』が——)
(——"!")
頼りの光たち——見回す視界から突如として消え去る。
同時に肌で触れていた水の冷感を引き剥がされるような感覚が襲い——蓑も防具も取り払われて。
(——っ…………"!?" ——"!")
(——"この場所"は……"前と同じ"……?)
驚きに閉じられた瞼が再びに開いた時。
青年が取り戻すのは——最後に着ていた学生服や、"忘れていた目線の高さ"。
手足や肩は女神の姿よりも広く厚く、胸や尻は丸みを失い、角を持ち。
(……落ちた後に、訪れた——)
首を振っても大して揺れなくなった黒の短髪。
けれど、目を凝らして見る暗黒世界はいつの間にやら輪郭を浮かび上がらせ、立ち尽くす青年——『河上誠』は戻った自身の姿よりも先に周囲の変化に気付き、見覚えのある異様の光景? に息を呑む。
("あの時"の——"映画館"……?)
彼女——いや、彼が立っていたのは"重厚な扉が並ぶ縦長の通路"。
それはまさしく誠が転落した後——川辺で目覚める前に身を置いた"既知の空間"。
彼の無意識が『恐怖』と『ある事象』を関連付けて、『未知を既知に置き換える』ことで認識を果たそうと現出させた——『死後の世界』の"想像が形を成したもの"。
(……思えば、家族と一緒に初めて行った映画館がこんな感じで……)
(その時、俺は確か……この薄暗い感じを怖がって…………泣いてしまった)
認識が闇に"形を見出させる"——"未知の暗黒次元宇宙"。
青年の中でそれは映画鑑賞の為に設けられた"特別な空間"という"非日常"的な——"異界"。
謂わば初めて知り得た『異界の体験』と結び付いて姿を現す神秘の形。
(……それで父さんと母さんを困らせて……チケットまで取っていたのに、予定を変えてもらったことがあった)
"理解の及ばぬもの"を——"理解の及ぶもの"へ。
ある意味では『現実』という名の『虚構』。
正確に目の前のものを捉えられず、故に似通ったものでの"適当な穴埋めが作る世界"で。
女神の創り出した不明瞭で不確かな"自認の世界"を——"人の心"は進む。
(……だから、きっと……今の自分はその時の記憶を——)
("暗闇への恐怖"を『死』に重ねているからこそ、この場所が——『映画館』のように見えているのかもしれない)
足取りは重く、しかし着実に——前へ。
通路の奥、"一つだけ開け放たれた扉"を目指して。
————————————————————
『——進み入る事は勿論、知覚する事さえ"条件を満たさなければ不可能"であり——生者が迷い込む事、叶わず』
『死して、その受容を経た者以外は辿り着けぬ——
————————————————————
関連の疑われる恩師の言葉を胸に、後ろを振り返ることはせず。
(……それならつまり、本当に心から"真実"と向き合う——前は怖くて逃げ出した"あの映像"を直視して……)
(その事実を"受容"、出来れば……)
(……出来さえすれば、おそらく——)
開かれた扉を目前。
必要がないと分かっていても整える息。
(
孤独でも、自己を再定義するため。
己の顛末を自認するため——そして何より、"その先"へと進むため。
意を決して踏み入る扉の中。
早まる足取りで以前と同じ部屋の、同じ場所を目指し——段を降り、列へ分け入り——目的とする座席へと到達。
「…………」
震えるその手に有りっ丈の力を込め、椅子を倒す。
強張る体で慎重且つ緩慢に腰を下ろして——正面で向き合った『スクリーン』。
「"————"」
そうして、深呼吸と瞑目の後。
(……終わらせよう————)
青年は"
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