『第十一話』

第四章 『第十一話』



(……実際にまた——"転落して身を打ち付ける"訳じゃない)


(あくまでも先ずは確認が先で……通過するにしても今の"俺"……いや、今の"自分"が直ぐに消えるようなことは——)



 先を見据え、単独で精神の構えを進めていた女神の身——震わす、神獣の呻き。



「——!」



 その音から間もなくして、座る青年に近づく物体は大木の如き厚みを有するもの。

 今も風雨を巨体で遮ってくれている神獣の、同じく甲殻と毛に覆われた——"尾"であった。



「……ど、どうも……?」



 丁度、腰や腕を預けるのに適した位置にくるそれ

 神獣が女神の孤独に寄り添おうとしているのかは当事者以外には察する他ないが太き尾は細い腕を持ち上げるようにして下へ入り、当の獣は慎ましき重低音を響かせた後で動きを停止。



(……あの時はこの尻尾に弾き飛ばされて……今も少し怖いけど…………案外、"ふわふわ"だ)



 イディアが飛び去ってから凡そ十五分。

 一柱の青年は側に焚き火の炎と獣の体温を感じさせてもらいながら安らぎと共に引き続きの思索へ耽る。



(……この獣も、親を失って間もない。離別の悲しみや奪われたことに対する怒りを抱いていてもおかしくないのに……)


(それでも、他者に優しく在ろうと……努力を、重ねてくれている……?)



 見上げる先、夜闇に紛れた獣の巨躯。

 仕組まれたかつての狂気はとうに失せ、呼吸に合わせて律動するのは穏やかなる半神の気。

 青年にこの獣が何を考えているのかは分からず、しかし騒ぎもせず。

 何より海から流された玉体を引き揚げてくれたのだから、思うのは感謝の色で。



(……獣も人も神も……優しくしてくれる方ばかり)


(彼ら彼女らと出会えたことは……自分にとって本当に幸運なこと)



 苦境続きの中でも助けてくれた、助け合った者たちを連想して眺める夜空、星光ほしひかり

 その一つ一つは孤独であり、けれど数多。

 同じ世界の灰色で輝く、熱と光の無限分布図。




(……そして、その幸運と出会える『きっかけ』を与えてくれたのは、やっぱり……"貴方"です)


(貴方が……"アデスさん"があの時、俺に手を差し伸べてくれたから——)




(だから、自分は今日までを……——)




 宇宙に色を見ていたその視界——中で天の光が一つ、"肥大化"。




(——? "動いてる"……?)


(……流れ、星————"!?")




 肉眼で尾さえ確認できる程に大きく——"接近"。




(——"こっち"に向かっ——)




 夜空を駆けて。

 また急いで速度を緩めることなく——"飛来するそれ"。




「——っ"——!!」




 そのまま光は——。

 "黄褐色の流星"、けたたましい音を立てて——。




(——ほ、星が……!)




 地平線? いや水平線——兎も角、水の星で"激突"。




(は、浜辺の方に、流れ星が……!)




 音に驚き、身を飛び上がらせた女神。




(いや……隕、石……?)




 神の視覚を用いて、松林の抜ける先へと目線。

 星の落ちた浜辺の方向へと目を向け、そうして間もなくに見えたもの——"者"に驚きをみせる。





「———と——も——!」





「えっ……!? イ——」





「————!!」





「——"イディアさん"……!?」





 光景の中で徐々に大きさを増して行く形——長身の女性の形。

 手を振り、そう遠くない浜辺から声を掛け、笑顔で今に駆け寄ってくるそれ。

 他でもない——"美の女神イディア"の姿であった。




「お待たせしましたー! 我が友ーー!」




「——だ、大丈夫ですかー! 凄い音がしましたけどー!」




「平気です! 大丈夫です! 着地で少し滑っただけなのでー!!」




(じゃあ本当に、さっきの落ちてきたひかりは——イディアさんだったのか……!)




 世を覆う闇の中、自らの髪や目を明かりとして松の木を避けては急ぎ——友の下へ向かうイディア。

 走る彼女の髪や衣服には衝突時に付着したのであろう泥や貝殻、海藻が散見しており——しかし何よりその中でも一際青年の目を引いたのは美神の背負う、彼女の身の丈はあろうかという『謎の——光る物体』。




「それより——"凄い物"を持ってきました! 借りてきましたよ! 我が友!」

「す、凄い物って……"の"?」

「はい! "凄いたて"です! "女神グラウの盾"です!」

「……"盾"……?」

「はい! 見てくださ——あっ、ありがとうございます!」




 嬉々として目を輝かせるイディアはそうして神獣の傘下へと到達し、青年と合流。

 川水の女神が水を操る権能によって体に着いた汚れをやんわり流してくれる中で一言の礼を挟んだの後——自らが背負った物体、前に取り出して見せる。




「……これは……」

「私の知る限り"世界で最も頑丈な防具"。大神の力にさえこうする——『女神グラウの盾』です……!」




("盾"……にしては——……形がだ)




 白の光を放つ円形の物体——美の女神曰くの『盾』。

 目の前に差し出されたそれは"夜空に浮かぶ光"をそのまま拝借したかのような"連なる光線の輝き"を幾重にも抱き、それは丁度"白光の筆と墨"で描かれた『十』字とそれを斜めから裂く『X』状の放射線。

『小さな星光ほしひかり』めいた仕上がりの——"絶品"。




(出っ張った"光"の"線"が……そのまま『槍』や『ほこ』としても使えそうなくらいに)




 また束ねられて太く見える上述の線以外でも、よく見れば外側に向かってやはり放射状に伸びる線の数々。

 それらは中途や先端を同色の光で結ばれ、以って浮かぶ"二つの真円"の輪郭が辛うじてこの物体に見出させる——"攻撃防ぐ盾の定義"。

 また二つの真円、その二重となった光の円と円はその間に"空間スペース"——"層"を抱き。

 層の中で目まぐるしく回転を続ける無数の"光の渦"は目を凝らしても数えきれない程に散りばめられた"膨大の輝き"。

 その様は盾の中心を"極星"として光の回る——"星から見た宇宙の星々"のようで。

 つまり、要は童心をくすぐる——『スーパー』で『ハイパー』でも、『マスター』で『アルティメット』でもある『偉大なる壁』は今——"女神の手"で此処にあるのだ。




「この"盾"こそ」


「我が友の身を守護の光で包み、また"呪いをける力"をその手に授けてくれる——"貴方に宛てた女神グラウよりの加護"なのです」




「そ、そんな凄い物を……自分に……?」

「はい。詳細を伏せて事情を説明した所、助けを求める私に対して彼の女神は"二つ返事"で了承を返してくれて、自らの有する盾——その『片割れを貴方に預けると』——そう、仰ってくれたのです」




 事前の打ち合わせ通りに自らの恩師の下を訪れたイディアは——『元人間』や『死者』でもある友の複雑な素性を伏せた上で——女神グラウへ助力を願い、見事その力の一端を借り受けることに成功した。

 故に盾と同じく、その内側に星の輝きを抱く女神の瞳。

 美神は嬉々とした光を放ちながら、跳ねる声の音調でも喜びの色を隠さずに経緯を伝える。




「"諸事情"により、女神自身はこの場へ来る事は出来なかったのですが……彼女自体は以前から——我が友には"大変な興味"を抱いていたようです」

「……"その方と自分は会ったこともない"のに……ですか……?」

「はい。女神グラウは我が友の行いを獣や人間の医者、そして私より伝え聞き——『近似のこころざしを持つ者として是非に一度、話をしてみたい』とも……仰っていました」

「……でしたら、お礼を言うため『いつか話をしたい』のは自分の方もですが……"志"……?」

「……きっと何かを、『他者を護ろうとする意志』のことでしょう。何を隠そう彼女、『女神グラウ』も同じく——『都市や其処に生きる命を護るため、努め続ける者』だと……私は考えています」




(……"命を護ろう"と)




「そしてまた『優しさとは何か』、『優しく在るためにはどうすればいいのか』と苦悩を続ける——やはり他でもない『自分自身が優しく在ろうと努める"努力家"』でもあり」


「私が——"心より敬愛の念を抱く存在"なのです」


「……我が友——貴方と同じく」




(……女神グラウさん。一体、どんな——)




 槍や"矛にも似た盾"を持つ、"優しき努力家の女神"——『戦神グラウ』。

 その相手方の女神が言うのと同じく、未だ見ぬ存在への興味が、親しみにも似た色が青年の内にも湧出ゆうしゅつするが——今は非常事態の真っ只中。




「——と、つい話し込んでしまいました。それなら彼女、女神グラウについては後日、会談の機会を設けるとして……」


「今はそれより——"準備"を急がねば」




 二柱は一時的に緩んだ語らいを早々に切り上げ、当初の目的である『女神アデスの救援』——延いてはその前提となる『冥界下り』を目前に意識を切り替える。




「は、はい。次は……ど、どうしましょうか?」

「でしたら……もう少しだけ時間をください」




「簡単な調整を終えてから貴方に盾を渡しますので……その後で装着して、試運転を」

「分かりました」

「では、早速——」




 そう言うと、盾の内側。

 通常ならば持ち手の位置する面へ顔を向け、指を走らせるイディア。




「『神気登録』は……彼方あちらで既に設定がされていて」


「主軸とする機能は『防御』を最優先に……特定の条件下では『壊呪かいじゅ』」


「後の最適化は『自動』で——これで宜しいのでしょう」




 指で面を弾き、払い、叩き——頷いた。




「さあ、我が友」


「どうぞ——手に取ってみてください」




 刃の如き盾の縁を難なく持ち、内側をルティスに向けて差し出す。




「……どう、持つのが……?」

「特に定められた持ち方のない"不定形の物"です。担い手の願うままにその形を変えるので、持ち手を掴むように光を握ったり、腕に載せるようにしたりと——どうぞ、我が友の思うように」

「わ、分かりました。それなら……先ずは普通に掴んでみます」

「はい」

「では、失礼して————"!"」




 右手の伸ばす先、青年女神の掴んだ光——煩わしい重量を一切感じさせぬ小枝の如き軽量。

 正式譲渡を確認して、盾——変色開始。




「——か、"軽い"……! 凄い軽さです!」

「はい。どうか暫くそのまま保持を。最適化が進行中ですので」

「分かりました……!」




 白光しろびかりにまさしく注がれる水の如きは"青"。

 女神の気を読み取った盾は新たな担い手の意志を読み取り、変えるその在り方。

 長身の女神イディアと等しかった大きさは半分ほどに小型化して、這うように掴んだ手から腕へと伸びる青の白光——青年の右手、右腕を覆う。




(——!)


("文字でも数字でもない"……押し寄せて染み込む、この……"情報の波"は……——)




 その間で顰められる柳眉だが、不快の感覚も痛みもなく。

 一旦に形を溶かした光は再び円の輪郭を徐々に浮かび上がらせ、原型より『なだらか』で水神に適応していくその縁では新しく圧縮された水の膜が展開。

 先と同じく円の層では数多の光を——青光の渦を、輝きの波を巡らせ——攻めを受けては流す護りの盾としての基本形を示し出す。




(——"盾が持つ記憶"……?)




 その最中、青に明滅する女神の虹彩。

 流入する百戦錬磨の情報の数々は『光神の攻撃を盾でいなす主観の光景』、『その体に伝わる実感を伴った防御行動』を幻視もさせ、その緊迫した波を身に写して震える玉体。



(その断片が……中に……)



 既に青光の盾は手先から肩までを飛び出して覆い、今の担い手であるルティスへと授けられるもの。

 "世界を斬り裂く収奪の光"に抗うは『世界を突き・貫き・穿つ——"破壊の力"』。

 女神グラウよりの光は今此処で——"足掻く命たちへ伸ばし・届かせ、覆い・護るための手"に委ねられた。

 そう、何よりそうしてきた——『"未来を掴まんとする青年"』の『』——守護神の加護。

 盾は最適化を終えて優しく、求めに応じた光の微熱が心までをも包み込む。




「……どうですか、我が友。何か違和感はありませんか?」

「違和感はないです。……ただ——」

「『ただ』……?」

「——いつもより"感覚が冴えて"……"波の見え"がいいです」




 上下左右に動かされる虹彩はいつの間にか黒へと戻り、その視界に映る色取り取りの"波"。

 紫や青、緑や黄、橙に赤に、"それ以外"も。

 明確な形を持たずに揺れ動く"光"の世界が盾持ちとなった女神の眼前で広がりを見せ始めた。




「それもまた加護が齎す恩恵の一つ。認識の"補正"でありましょう」


「その盾を手にして光と水で波を同調させたが故に、光神の認識世界を垣間見る事も可能となったのです」




「……成る程。確かにこの感覚なら、今までよりずっと速く動けると思います」

「自動の防御も相俟あいまって光速への対応も可能でしょうが、自惚れてはなりません。あくまでもその力は"借り物の付け焼き刃"に過ぎず」




「"我が友の実力では光の神に遠く及ばない"……その事実を決して忘れてはなりませんよ?」

「——……肝に銘じています」

「……宜しい——であれば、"試し"へと移ります」




「大まかな使い方は既にご存知の筈でしょうから、貴方が実体験として知りたい動きをどうぞ、ご自由に」

「はい。色々やってみます」




 握っては開く盾持ちの手、違和感はなく。

 ならばと青年は第一で盾に『大きくあれ』、『小さくあれ』と願い——そのまま夜闇の中で光の拡大、縮小を確認。

 第二では玉体に変わらず流れる水を流動的に形を変える盾の表面や内側、青き"泡の如き渦の集合"にも確認して——イディアと一応の距離を取りながらふちに水の刃を展開。

 その振動する刃を、開けた何もない空間へ向け——射出。



(そして、盾で——)



 弧を描き、放った青年の下へと速度を緩めずに戻って来る水の刃。

 その飛び道具は間もなくに拡大された盾の光へ接近して——しかし、光熱によってその本体に触れることなく霧変化。

 無力化された水の粒たち、散り散りに降雨へ飲み込まれては世界の循環に乗って去って行く。




「水を操る権能は変わらず……いえ——寧ろ精度、出力共に向上した状態で行使が出来る」




 飛び向かう水程度では『防いだ』とも言わせないような"光の力"を己の身で実感し、独りごちるよう声に出した現状の戦力把握。

 それは、適宜相槌を打つイディアとの情報共有を狙っての発声であり、けれど飛躍的な力の増大を経た今も青年の表情は浮かばぬ色。




「……けど、それでもの盾は自分の"水程度ではビクともしなかった"」


「……なら、収奪戦神あいても"同等"か、いえ間違いなく『それ以上の力を持っている』と——そう、考えるべき……?」




「そう……ですね。要らぬ高を括って神の力を見損なう事は作戦の失敗に直結します」


「我が友の『攻め手はまず通用しない』、加えてその盾であっても『相手の攻撃全てを受け切るのは難しい』と考えるべきです」




「……分かりました。やはり"真面まともに戦う"のは絶対に避ける方向で事を進めます」




「……後は一応、"光を用いての攻撃"も可能ではあるみたいですが……これは…………」

「……"威力が高過ぎる"……?」

「……はい。"見た所"、星の数がなんて事はない……それを容易に吹き飛ばす程の力がこの光にはあるようなんですが……」

「……」

「それは冥界で、彼女の領域でどのような作用をするのか未知数の、"危険と責任を伴う絶大な力"で……それに——」




 網膜に映った破壊の光景。

 上下左右、前後さえ覚束ぬ無限の光輝と暗い宙。

 物質に満ち溢れた世界で女神の光、無数の渦を爆散させて開ける空間。




「力を振るう気があるかどうかは兎も角——"自分では溜めに時間が掛かり過ぎる"」




「隙も消費も大き過ぎて攻撃への転用を計算に入れるのは難しいので——防御を最優先としつつ『"撃つのは水"』、『"受けるのは光"』で役割を分担した方が良いと……思いました」

「……賢明だと思います。再三言うように貴方の"最優先目標"は戦いに勝つ事ではなく『呪いを解く』事……破滅の光を用いるのはその時だけで十分でしょう」

「……」

そも身に余る力で世界を——"女神アデスの大切なもの"まで焼いてしまったら、元も子もありませんので」

「……はい」




 しかし、いくら道具が強力無比であっても接続先の永久機関が川水の女神程度では費用対効果も高が知れ、『攻勢に出るのが極めて難しい』と判断しての封印。

 戦神に有効打を取れそうな一撃を放つまでに億や兆の年月を待つ事は出来ず。

 また『戦士として三流以下』であるが故に早々と再確認を終えた指針で——励む、小訓練。





「他に何か気になる点や確認事項、共有すべき情報は——」

「でしたら、流れの中での動きを——」





————————————————————





 飛んで跳ねて、泳ぎもして。

 盾を身に着けた青年は玉体の動作を一通りに確認して、概ね冥界下りへの準備は完了。

 後は『通過の可否』を確かめ次第で愈々作戦は決行となり、構えた心身は未だ手先で震えていたが——友と歩む道筋に淀みはなく。





「……では……向かいましょうか」

「——……"はい"」





 一柱の体は一人の心を携えて、向かう。

 "死地に繋がる渡りの川"へ——を、"恐れながら"。



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