『第九話』

第四章 『第九話』



「……では、ここまでの情報をまとめると——」



 木々や獣の風雨避け。

 その下で今も揺らめき続ける暖かな光。

 水神の権能によって滴る水気を払ったルティスとイディアの二者は近過ぎず遠過ぎず。

 横に並んで適度な距離を保ち、囲む焚き火。

 青年が素性を打ち明けてから、一先ずは気を落ち着けるために置いた間を経て。




「裁判後の遣り取りで——都市ルティシアを襲った一連の事件、それら災害の首謀者が戦神ゲラスであると発覚」


「動機は女神アデスへの意志表明——『暗冥大神の力を収奪するという宣戦布告』延いては『神王ディオスの打破』……ということでしょうか」




「……細かい事情は分かりませんが……俺が聞いた発言からして、恐らくは」




 一通りの情報共有も終えた彼女たち、友垣ともがき

 雨夜あまよの作戦会議は現状分析へと進みを見せる。




「——……"百八の命が作る束"。理解は難しいものがありますが……しかし、彼の戦神はそれを女神に贈るためと神獣や怪物、子孫のアルマを刺客として、都市に差し向けていた」


「だがそして、それらの企みを貴方達によって阻止され、痺れを切らしたであろう戦神は直接に姿を現し——女神への"武力行使"に踏み切った」




 天を真二つに裂き、空を赤く焼き染めた"光"。

 戦神の燃える輝きは地上から失せた今も女神たちの肌身に残す"熱の記憶"。

 顕示された歴然たる力量差は明確。




「そうして、戦神と女神アデスが交戦をし、その直前で貴方は彼女との約束通りに場を離れ、都市を目指してを進めた」


「けれど、その途上で貴方は神の罠に——『恩人である少女の姿を模した光の擬似餌』に陥れられ……迫る凶刃から身を挺して貴方を守った女神が負傷」


「彼女は胸を貫いた剣によって収奪の呪いをその玉体に刻まれ、また念入りの拘束によって活動を大きく制限されている」




「……」




 確認される事実に顰める眉根、しかし小さな頷き。

 心に残る引け目を感じながらも"先に立たぬ後悔"を今は胸に押し込め、現実に立ちはだかる問題を見据えようと、青年。




「よって以後、女神の有する神格や権能といった力は奪われつつあり、冥界の主権が敵の手に渡る事を危惧した彼女は全てが奪われる前にそれを阻止——延いては力を奪還するため敵共々、冥界という閉鎖領域へと向かった」

「……」

「……"自己の犠牲"をも、示唆して」

「……はい」




 有事でも冷静な思考を失わない友に預ける話の主導権。

 水没した青年を捜索する傍ら、消えたアデスとの接触も考えて情報収集にも励んでいたイディアはその期待に応え、旧交の神より遣わされた獣たちの動きも合わせての言葉。




「……そして、冥界の扉がほぼ全て閉じられた今、魂の運行に於いて機能しているのは女神アデスが不測の事態に備え、予めに設置をしていた"非常口"——謂わば『バックドア』である『渡りのかわ』」


「その源泉に"生者を拒む口"を持つとされる——『ルティスの川』のみで」


「つまり現在、冥界への進入を許されるのは"死者"だけ。永遠の青春を生きる神々では最早どうする事も出来ず、どうあっても外部からは手詰まりの状況だと……そう、思われたが——」




「……が、今——この世界ばしょにいる」




 だが、引き継いで言った青年でも瞼の腫れはとうに失せ。




「……故に、我が友——貴方は冥界への渡りを可能とする『資格』を、『女神アデスを支援する事の出来る"可能性"をその身に有する』と……そのように考えた」

「……試してみる価値は、有ると思います」

「……試みは後として、『通過が不可能』と私が判断した場合は此方の指示に従い、支援者の下へ同行してもらいます。……いいですね?」

「……はい」




 信頼の薄緑が濡れ烏の長髪を照らす中、素直の頷き。

 今の今まで激しく波立っていた青年に他の手立ては思い付かず、またイディアの提案を拒絶する理由もないが故の、示した同意。



「……ならば次に、貴方が『冥界下り』を成功させた場合についてを考えますが——その前に一つ。前提となる"重要な事実"を確認させて頂きます」



 すると見遣って視線を合わせる美神は端的に言う。




「単刀直入に言って——です」

「……」

「勝算は万に一つもありません。相手は我々にとって遥か昔の戦争——その最前線で生を受け、以後今日いごこんにちまで数十億のとしを闘争に費やしてきた——『戦いの至高神』」




「単純明快な武力のみならず、戦略知力でも我々の遥か上を行く——"極みの領域"」


「私や貴方が高位神の加護もなしに本気の戦神と相対すれば……その瞬間——"体のみならず意識さえ炎に溶け"、呆気なくに"終わり"を迎える」




 先の裁判終了時に周囲の物質たちが燃えず、また溶けずに守られていたのは"神の恩情"。

 プロムやアデスが気を回していたからこそ若き神々、そして場の人間たちは今を生きることが出来ているのであって、天を越えて宇宙さえ裂かんとする"熱"を、その神が作る刃を直接に向けられたのなら——恩情の護りなくしては間違いなく無事では済まないだろう。




「……私の加護によって各種補正をかける事が多少に出来ても、そもそもの扱える力の量が……"違い過ぎる"」


「雀の涙に過ぎぬ我々では立ち所に蒸発させられてしまうほどの、桁違いの絶対的な力を——高位の柱、その中でも大神に迫ろうとする神は有しているのです」




「……その事実、"勝てぬ大前提"についてを貴方は——十分に理解が出来ていますか?」

「……解っています。アデスさんが助けてくれなければ『その時にもう一度終わっていた身』として……痛いほどに」




 故に、再三の問い掛け。




「……それさえ理解が出来ていなかったら、私は——問答無用で貴方を引きずってでも連れ帰る所でした」


「ならばそして、貴方が冷静である事の確認が取れた今——いよいよ話を"本題"へと移しましょう」




 羽織る漆黒を強く握っての返答。

 姿を隠した女神を今も想う青年が『一定の判断力を取り戻した』と見てから、その"友の願い"たる『師との再会』を叶えんと筋道を立てる。




「その本題とはつまり——我々が達成を願う『目標』と、そのための具体的な『行動』についてです」




 暗夜に輝き、琥珀の瞳。

 "幸福の最大化"を如何すべきか。




「今し方『貴方では戦神に勝てない』と私は言いましたが、しかし抑『打ち倒して勝利する』ことは最初から私たちの目標にはなり得ません。肝要なのは——」

「"アデスさんに刻まれた呪い"……それを——『解く』こと……ですか?」

「……その通りです。我が友の願いが『再会』延いては『女神アデスの無事』である以上、彼女の身を蝕む呪いさえ解くことが出来れば——同時に力を失う神に課された時間的制約も立ち消え、彼女が生き急ぐ理由もなくなるのでしょうから」




「…………彼女は冥界を奪還するために全力で、力を振るえる?」

「はい。要は私たちで冥界の奪還を『支援する』ということです。改めると、私たちが立てる作戦の達成目標は"呪いを解くこと"——『女神アデスの解呪かいじゅ』となります」

「"解呪"……」

「より具体的に言えば、女神の胸に突き刺さった『呪いの大元であるけんを引き抜く』ということ、です」




「それさえ出来れば、我が友が見た彼女の"怯まぬ戦いぶり"から考えて……残る拘束からの自力脱出も可能かと思われますので」




 勝てない戦に臨む道理はなく、彼女たちの成し遂げるべき目標は単純なもの。

 神縛りの多重拘束——その"要"にして"蓋"となっている『剣』さえ引き抜くことが出来れば、大いなる神に再びの自由が与えられるだろう。




「でも俺に、それが出来るでしょうか……?」


「剣や鎖には『触れるのも危険』だと、アデスさんは言っていて……」




「それについては"の高位神"に、闇を蝕む光の力——重ねてそれを『破壊むりょくか』可能な"光の神"に私から加護を願えると思います」


「そうして貴方が守護の光を身に纏い、暗黒神の力を半減させる呪いに対して更に光を注いで過負荷を与えれば……比較的安全な物理的解呪も可能となるでしょう」




「……その加護を授けてくれるのがイディアさんの言っていた……"支援者"のかたですか?」

「はい。光神が一柱『女神グラウ』——」




「彼女はこの私、女神イディアが生まれて間もない頃から様々な知識を授けてくれた——謂わば"恩師"であり、貴方と同じく私にとっての掛け替えのない"友"です」


「またそして、女神アデスを敬愛する彼女なら必ずや我々に力を貸して頂けるかと」




「"女神グラウ"……さん」




 そうして呟く名は既知のもの。

 青年が以前に謎の高位神から聞き出した光神——"荒ぶる神格"の名前。



(……酒場で聞いた名前。あの時の話によれば、収奪の戦神と共通の目的で生み出された"破壊の戦神"……だったはず)


(その女神が……"守護"の神……? ……"破壊と守護"、"壊すことと守ること"……、しているような——)



 不穏の情報から、未だ知らぬ相手に悪気わるぎを回しかけ——。




「…………」

「……"信用"、なりませんか?」

「……いえ」




("こうなった自分"が誰かの"矛盾"にとやかく言う道理も暇も……気持ちもない)


(詳しい話は——後だ)




「"優しい貴方が信用する相手"です。きっとその方もまた信頼に足る女神でしょうから……今のこうした状況では是非ともその彼女にお力添えをお願いしたい……です」

「……分かりました。では、大まかな作戦の見込みが立ち次第では急ぎ私が彼女の下へ飛び、事情を説明してきます」

「はい。事が済んだら俺の方からもお礼に伺いたいと思うので……その場合はどうか、お願いします」




 敬愛の友を通じて知らぬ神を頼ると決めた青年。

 会釈によって垂れる黒髪の向こうでそれを見るイディアが微笑を挟んだ後——戻る真剣な表情と、議論。




「承知しました。ではこれで目標が定まり、その為の方法も明確となりましたが……残る問題は最大の障壁である"戦神の目"を——『どのようにして掻い潜るか』」




つわものの神が易々と解呪を許す理由はなく……敵意識の範囲内から女神へ接近することは困難です」

「……」

「しかし最低でも気取けどられぬまま、"光の速さでも手遅れと成る程に"目標物までの距離を縮めねばなりません」

「……冥界へ侵入したそのままの勢いで隠密に事を運ぶのは……難しいでしょうか……?」

「現実的な選択肢としてはそうなるのでしょうが……冥界の内部構造が私たちにとっても未知である以上、難しいかと」




「女神が残してくれた"隠れ蓑"があるとは言え、大きく移動をすれば少なからず痕跡が残ってしまうでしょうし……いえ、寧ろ——あの戦神であれば"自身が気付いていない風を装い"、逆に"不意打ち"を仕掛けてくる可能性さえ考えられる」




 限られた札で悩ませる頭。

 青年の纏う『漆黒の隠れ蓑』は暗黒神より賜った"神秘の装い"であり、"気配隠し"をはじめ包む者に様々な恩恵を授けるが——しかし相手は戦神であり、"闇を払う光の神"。

 その光輝は空間の僅かな綻びさえ察知するだろうことが予測され、大元の神より劣る暗黒の加護では"光の乱反射"がたちまち暴く玉体さえ焼いてしまう。




「……そうなると、気付かれた状態——"相手の意識の範囲内で大胆に行動する"ことが必要となりますが……正面から戦神の気を逸らして欺くのは——それこそ、"心理のいくさ"。相手の独擅場どくせんじょうです」

「……今思えば、裁判の時に相手が俺を挑発するようなことを言っていたのも……俺がアイレスさんに抱く感情を計って、その感情をのちの罠に利用するためだったのかもしれません」




「……それも考えると俺では"敵との心理戦を制するのは難しい"と……自分自身でも、思います」





「「…………」」





 目下の敵は強大。

 この宇宙で最も戦に長け、理性知性さえ兼ね備えた練達の神。

 単純な挑発が通じる筈もなく、また先の『光の擬似餌』から見て取れるよう発想も豊かで戦上手の難敵。




「…………」

「……やはり私は女神を信じての『待機』が得策だと思うのですが……」

「……」

「……それでも、彼女に『再び会いたい』と?」

「……はい」

「……此方から打って出られる可能性が僅かでもあるのなら——『それに賭けたい』?」

「…………はい。彼女がいなくなってしまうようなことがあれば……どの道——"自分は今よりも狂ってしまう"と……」

「……」

「そうした"感覚"があって……怖くて、落ち着いていられなくて……——ごめんなさい」

「……いえ」




 見通せぬ展望、遠く聞こえる雨音。

 "死別して世界から弾き出されるような"『喪失』の経験をした者で、その不安定な心に占める"絶対的恩師"の存在は最早なくてはならず。

 "女神アデスに依拠する青年の幸福"にとって、その確保する最善——『望む死地に向かわせるべきか、否か』。




「……心の底から望む事であれば、『止めたくはない』とも思います」


「しかし、その望みが貴方と貴方の大切な者を危険に晒すだけなら……やはり、それなりの勝算や無事の見込み一つもなしには送り出せません」




「……」

「なので……もう少しだけ、考えてみましょう」




「あと少しだけ共に考えて、それでもい案が出なかった場合に……先程言った私の、"庇護者の下での待機"で従ってもらいます——いいですね?」

「……はい。ご迷惑をお掛けします」




「「…………」」




 引き際を見極めんとする——最後の思考時間。

 そもの青年が冥界に進入可能であるかも未知数ながら、けれど容易に諦めることは出来ず。




(……戦いに持ち込まれたら"敗北は必至"。それ以外で何とか、気を逸らすには……どう……)


(……生半可な挑発、舌戦ぜっせん心理戦しんりせんでも……相手が"格上")


(その他あらゆる経験で上を行く、人間を遥かに越えた膨大な力が敵にはあって……)




("何十億という年の中で培われた知見"……果たしてそれを、"俺に神を出し抜けるのか"——)




『——驚いてはいます』




(——この……『俺』、に……)




『——聞いた当初は己の耳を疑いました』




 "神の意表を突く"ため、記憶の海で情報を探し求めていた青年。

 難局を前にして振り返る己の情報、持ち得る手札で——思い出すのは、"つい先刻"。

 反芻する友イディアの言葉——曲がりなりにも




(……イディアさんも……"神")


(……"その彼女"……恐らく長命でそれ故に博識でもあって……そんな"女神かのじょが驚いた"のなら……"もしかすると"——)




 "解呪に必要な時間稼ぎの材料"。

 それこそ神にとっての『食い付く餌』と成り得るものを求め——確認の質問インタビュー




「——……イディアさん」

「? ……何でしょう、我が友?」

「……答えたくない場合は大体で構いませんので"一つ"……"貴方に"、お聞きしたいことがあるのですが」

「それは勿論。私に答えられることでしたらどうぞ、遠慮なく」

「……感謝します。では、"失礼"を重々承知の上で質問させて頂きますが……イディアさん、貴方の——」





「——"年齢"は、幾つくらいでしょうか……?」





「…………」





 突如投げ掛けられた質問。

 まるで初対面の者たちが交わすような言葉を投げられ、"物知りの女神"は一瞬に身を強張らせた後、真剣な表情で宣言通りに返す答え。




「……"四桁"ほど、です」




(——四桁。つまり最低でも"千年")


(億には遠く及ばないし、神の全てがそうであるとは限らないけど……彼女が知識豊富であるのも事実で、これなら——)




 それを聞いて青年は『長命種の神をも驚かせた"手応え"』を、胸に。




「……質問に答えてくれて、有難うございます。イディアさん」

「い、いえ。で、ですが我が友——今の質問、"私の年齢"が何か、作戦に関係するのですか……?」

「……イディアさんの年齢が直接、作戦に関係する訳ではないのですが……ここで重要なのは貴方が『長い時を生きてきた神』であるということです」

「……それは、どういう……?」

「それなら"格上にして年上"でもある存在の——んです」




 見通せぬ先——そう、"当事者も身近の友"も、どころか"大神そうぞうしゅさえ"見通しがきかなかった"己の可能性"をも胸に——邁進するのであった。




「『俺』がこの世界に来て僅か半年の——


「また何より、だからこそ——"出来ることがある"かもしれないんです……!」



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