『第四話』

第四章 『第四話』




「——……あ、ぁぁ……っ」

「……"腕輪"の存在が助けとなりました。確実な転瞬の間隙かんげき、を……私に見出させた」

「ぁ、ぁぁ……そ……そんな……!」

「良き……力だ。後日に礼を言っておけ。守護を与えたもうた美の女神と……その、後ろ盾の神へ——っ"」

「ぁ————ッ!?」




 胸の真中を聖剣に貫かれた女神の玉体が揺れ、吐血の如く口から吐き出される物——"黒色の何か"。

 胸で突き出た刃に滴るそれ、熱が霧散させて大気に溶け出す。



「怪我を——"傷"が……!!」

「……"擦り傷"です。大したものでは……ありません」



 痛々しく慎ましき胸を焼かれながら、顰められる白の柳眉。

 今し方の窮地に立たされたルティスを助け出すために馳せ参じたアデスは、勢い間一髪に青年女神と剣との間に己の身を割り込ませ——小さな背で受けた凶刃が玉体を貫通。

 加えて、先まで弟子を縛っていた鎖も如何な御業か今は恩師の体に巻きついて束縛の有り様。



「か、擦り傷なんて、そんなものでは——」



 代わりとばかりに解放された者は目前に広がる痛ましい光景に、己でさえも痛む心。

 酷く動揺して、しかし怖気付きながらも地面に膝を突く師を案じ、傾く身を支えようと伸ばした手——『ピシャリ』と、白の結髪ではたかれた矢先。




「——えっ……」

「……"触れてはなりません"……これは——」





「"王の光輝"宿す『宿気ヤドリギけん』——即ち、"大神の刃"」





 響く玉声——物陰より再出の神。




「同格の神を穿うがってはその力を奪い取り——担い手の神へと利をもたらす」




 女神を貫く剣の柄からは朧の光が伸びて。

 その繋がった先——現在進行で力を収奪せしは戦神。




「我が神算しんさん——は達せられた」




 二足で立つ、戦神ゲラス。

 拘束より解放されたのはこの者も同じ。

 主を失った暗黒の重圧を撥ね除け、潰された手足の再生を既に終えた不滅の神。

 淡々と語りながら、顔では締めとばかりに"眼球も生え変わって"——開かれる真新しき眼差し。

 端正の表情が言動と共に携えるは——先までの印象とは真逆の"理知"。




「……やはり、老いを衰えとしたのか——死生しうみの神」


しくは若水わかみずに情を抱き、まさか……その"熱"に浮かされたのか」




 目論見を成し遂げても戦神に喜色はなく。

 最早隠さぬ失望は冷温の声とも成って、吹き荒ぶ世界で通り良く。




「引力自在のお前が足どころか後ろ髪までをも引かれ、後塵を拝するとは——……見るに堪えん」


「"究極の個"であったかつての暗黒大神きさまは——何処へ行ったというのか」




「っ——」

「——アデスさん……!」




 更には傷口から溢れ出る暗黒。

 接触を禁じられた青年、今に出来るのは側での"言葉かけ"のみ。



「——ごめんなさい、ごめんなさい……! 俺が約束を破ったから——俺のせいで、貴方が……っ」

「……いいえ、女神ルティス。貴方は巻き込まれる形で標的とされただけ。其処に負うべき責は何もなく……当然、自責の念を抱く必要も……ありはしません」

「でもっ! 俺が……俺が立ち止まることさえ、なければ——」

「……"譲れないもの"があったのでしょう? 今此処で退いては『己が己でなくなってしまう』という程に……"大切なもの"が」

「……で、も……」

「だったら……仕方ありません。傷が軽微で済んだのだから然したる問題も、なく……貴方は、自らの行いを省みる事が……出来るのでしょうから」



 口の端から黒を垂らしながら、アデスの言葉。



「そしてまた単に、敵のじゅつが私の見込みを……上回っただけなのです」



「貴方を巻き込み、剰え策略を見破れず遅れを取った私にこそ、非は……置かれる、べきで」

「——っ……ぅぅ……!」

「……ともすれば本当に……老いてしまったのかもしれません……老眼では捉えられぬ光が、あったのでしょう」



 この後に及んで冗談めかし、うそぶく。

 息も絶え絶えの彼女は弟子である川水の女神がする『命への執着』、『人へ抱く並々ならぬ思い』——その"深さ"を測りきれなかった。

 不老不死の神であるルティスが『有限の命を尊ぶ根本的な理由』を彼女には知る由もなく——故にこそ、逸早くその"特徴"に目を付けては優しきの性質を即興的に利用した神に足をすくわれる結果となってしまった。




「——っ……! ……ぅぅ……っ」

「……傷よりも、貴方を涙させてしまった事実が胸に……私の心に痛みます——心配は、ありません」




「私は……"血も涙もない暗黒の神"。この程度でたおれるほど、やわに出来ては……いません」




 しかし、それでも。

 女神は、深い傷を負いながらに。




「……『神縛り』? 『神殺し』などが——今更、


「その程度で神がついえる、潰えられるのなら——とうの昔に……邪悪は——ない」




 悲痛で崩れ落ちては涙を零す青年へ微笑みさえ見せて——緩慢であっても立ち上がる。




「……ですが、依然として危険な状況に変わりはなく——」




「暫くの間、貴方は其処を動かぬよう——"約束"、出来ますか」

「……っ……! ——い……"はい"……っ!」

「……良き、返事です」





「……流石に堅城絶壁けんじょうぜっぺき。並みの神なら吹き飛ぶ一撃を受けて尚——再起が可能とは」





「"……"」




 四肢に鎖、胸に剣。

 振り返りのきわに微笑は失せ——対面の敵に向けられるは冷徹のつら

 間を置かず両の拳に禍々しき黒を纏う女神は見定めた仇敵へ向かい——踏み出す足。




解呪かいじゅの手間より打破の方を容易いと見たか」


「輝きの鎖と剣。放つ二重の"斥力"がうちへの働き掛けを妨げているのだから——然もありなん」




 暗黒神ならば身に掛かる"反発の力"を御することは出来ようがしかし、相対するは世界でも五本の指に入る強大の柱——極神。

 怯えて動けぬ弟子を無防備に残してはそれこそ光の進入を許し、更なる奸策に溺れるのみ。

 つまりよって『元凶を絶つ』ことこそ、苦境を脱する方法の最短最善。




「然すれば当然、手を掛けるべきは必然に"外"。このオレを打ち破ることになろうが——」




「……」




「それも勿論——"想定の範囲内"だ」




 鳴らされる指。

 歪む空間より戦神の次なるすべ、襲来。




宝物殿しんおうよりくすねた『戒めの鎖』は一つでなく——……




「……"!"」




 新たに小玉体へと巻き付く輝きの鎖。

 第一のそれとよく似た神秘の線が腕を巻き込み、胴と共に縛り——迸る電光が暗黒を焼く。




(っ"——アデスさん……!!)




「……っ"——!」




「——ハッ! 大神の絶対防御、最早機能せず!」


じきに我が炉で暗黒はべられ! 新たな無限の光が、この! 世界に——」




 前神未到ぜんじんみとうの領域で遂には笑おうとする神。

 様々な事情で大神に敵意持つ存在は数いれど、世界を奪う試みに王手をかけようとするのは大神を除いてこの戦神が——第一の例。

 そも同じ舞台に立つことさえ困難極まる主神へ、"造化ぞうかの神"に肉薄しているという事実は戦闘狂せんとうきょうの心を躍らせ、揺れる光の顔より笑みは零れようとするのだが——。




「光臨——す…………」




「"……"」




 油断なく照準を構えていた光の邪視。

 ゲラスの眼が捉えるのは——玉体の半分以上を縛られ、電流をその身に受け続けながらも止まらぬ——"神の歩み"。




「……"しぶとい奴"だ」




 そうした"未到"、即ち『前例のない』状況に直面して戦神、寄せる眉根。

 唯一頼りとする己の予想を上回り始めた大いなる神の挙動——如何すべき。




「力を奪い切るのにどれだけの時間が要するか」


そらへ高飛び。高みの見物で今一度、神算を重ねさせ——」




 想定外を前に謀って——しかし。





「……っ————"!"」





 戦の光へ、身を潰す重圧を掛けながらに——"尚も距離を詰める暗黒神"。



「"…………!!"」



 手負いの神が向かってくる。

 真紅の眼差しで迫る鬼気、増大を止めぬ存在感。

 鎖で邪魔されて引き摺るような足取り。

 けれど、重い歩調は弱々しい所か力強くさえも見せて——神は、止まらぬ。




「——っ……!! こいつ——!!!」




 その様は狂気さえ帯びて、心胆を寒からしめる暗黒神の凄まじき耐久性能。

 遂には業を煮やしたか、戦神。




「——いい加減に——ッ!!」




 目前の敵に向かい、翳す両手。

 薄暗き森の光景を歪め、更なる手段——呼び起こす"奥の手"。

 隠していたそれは蜘蛛の巣状に巡る輝きの"紐"。





「——"沈め"——ッッ!!!!」





「——っ……!?」





 伸びていた光の放射線——収束する中心は暗黒神。

『王の筋繊維』若しくは『貪り食う腸』とでも呼ぶべきこの『魔法の紐』は瞬間で慎ましき玉体を雁字搦めとして、それを握る戦神は引き倒すよう荒々しく——遂には、アデスのその身を地に伏せさせることに成功したのであった。




「——っ"……」




「本当に——馬鹿げた力だ……!」


「高熱の体を持ちオレに……冷汗三斗れいかんさんとを思わせるとは……!」




 これにより、二つの鎖、一つの紐で三重。

 更には解呪を妨げる『蓋』のような役割を持つかなめの聖剣——多重拘束。

 王たる大神のさくは此処に、異なる王の自由を封じ込める。




「熱に浮かされかけたのはオレの方だったかもしれん。世界に喧嘩を売るならば、多重の警戒をするに越したことはないなぁ!」

「……!」

「故に! よって今から! 例え貴様の動きを封じようとも更なる念を入れ——戦の勝算を盤石のものとしよう……!」





「手始めには——"川水あれ"だ」





 殆ど簀巻きの状態となった暗黒女神、けれど未だその赤き目——冷たく燃える闘志。

 戦神はそうした油断ならぬ漆黒へ左の手を翳し、光子圧によってその大力だいりきを抑えたまま。

 空いた右手を翳す先——"もう一柱の女神"。




(——ひ——っ!)




「過去の分析からして『ない』とは思うが……『血縁だのなんだの』と言い掛かりを付けられ、他の大神に"横槍"を入れられては面倒だ」




「で、あるからして! 大神ガイリオスに連なる其処な女神——」




 人差し——いや、神を指す指に集まるのは"赤光"。

 的を指し示す照準の光線が先んじて向かい、青年の額に映し出される——極小の円。




「——ぁ"……」




「今、この場で——!」




 そうして指先、煌めく十字の光。

 第三世代の永久をも殺す神の一射一撃。

 赤で輝く光線、放たれようとした——。





「"始末"————」





 その攻撃開始——"直前"。





「——を————ぬぅッ——"!?"」





 戦神の腕に繋がる鎖と紐の線たちが巻き付いてはなり——




「——!! まさか! 今尚立つ——いや、『動ける』というのか——!!」




「——"!"」




 力を運ぶ線の伸びる先——剣の柄。

 其処で音や気配の一つもなく、圧を撥ね除けて立ち上がるは暗黒神。

 無理矢理に可動域を確保した鎖付きの腕で、アデスの手が朧の光を掴み——それを力任せに振るうのだ。




「——アデス! 貴様ァァ——ぬ"ぅぅぅ"——っ"——!!」




「……!!」




「——ぉぉぉぉぉぉ……!! っ"——!!!」




 その様、鎖に紐で繋がれた鉄球を振るかの如く。

 先で縛られた戦神は細腕の導きに従うまま重厚の玉体——叩きつける星の大地。




「——ぬ"ぅぅぅぅあ"ぁぁぁぁ!!!! 巫山戯の神がぁぁぁ————"!" 」




 叩き付け——間髪を容れずに次の手。




「————っ! "これ"は……!!」




 戦神の接する地面に前触れもなく現れる"暗黒の沼"。

 その暗き底より伸びる無数漆黒の腕、再起せんと試みる戦神を掴み——尋常ではない力が深淵へと光を引き摺り込むのだ。




「っ——成る程……! 『冥界送り』にし、高飛びを封じようという訳か……!」




「……」




「しかし、忘れた訳ではあるまいな! 貴様の権能はこうしている今も、このオレに流れ込んでいるのだ……!」


「そして奪取それ神格しんかくも同じ! もう間もなくに『』の権能さえ、オレのものとなろう——!」




 既に腰より下を異界に飲み込まれ、だがそれでも戦神は不敵に笑い——肩や頭を暗黒の手に押し込まれながら沈み行く最中。




「それ即ち——『冥界の支配権とて貴様からオレに移譲される』ということ……!」


「果たして、"敵地"となったの領域で——女神!」




「貴様に勝算はあるのか? オレという戦神を上回るすべ——残されているのか……!」




 置いて行くのは嘲笑。

 顔では一対の赤光が妖しく輝いて——戦神は異界へと存在を移すのであった。




「先に行き、"楽しみ"に待たせてもらおう……!」




「くっはは! はっはっは!! ——」






「フォハハハハハハハ——————」






 その後、馬鹿笑いが消えて戻る——嵐の沈黙。

 横殴りから下降となった雨が身を打つ中、残されたアデスとルティスの女神たち師弟。

 "真実"が口で表された今、彼女たちは何を思い——言うのだろうか。



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