『第二話』

第四章 『第二話』




「貴様が持つ——"王に比肩する無限の力"」


「その神気、その権能をオレの熱と——」




「"断る"」




 求愛(?)受け——峻拒しゅんきょするのは女神アデス

 色のない顔で彼女は、一考の時を秒と持たず。




「——"?"」




 だが、にべもなく申し出を断られた戦神ゲラスで失意の表れはなく。

 美丈夫、肩を竦めて浮かべる——不敵な笑み。



「……我が弟子。女神ルティス」

「……」



 早々に断りを入れたアデスが次に言葉を送るのは青年。

 秘匿された音の向かう先、川水の女神では漲る感情が青色として——髪と目の輝きとして明滅をしていた。



「"私事しじ"に巻き込んでしまった事を——お詫びします」

「……」

短兵急たんぺいきゅうとはいえ、関係の薄い貴方に無用の負担を与えてしまった」



「この償いはいずれ、必ず——」

「……いえ」

「……」

「……貴方は一方的に戦神あいてから無理を言われただけです」



「落ち度なんて……何も」



 そして、力み震える口から絞り出されるのは一つの結論。

 恩師の女神とて不意の"色恋沙汰"に望まずして巻き込まれた『被害者』に過ぎず。

 例え青年自身が神々の私的な争いで火の粉を被ることになったとしても、責任を問う相手は『加害者』以外の何者でもなく。



「貴方がしてくれたのは、大した礼も出来ない半端な俺を……これまで何度も助け、導いてくれたことだけで……其処には責めることなんて何も——"ありはしない"のです」



 頭巾で被る闇を深くし、濡れた顔を隠しながらに思いを伝えて——後退り。

 彼女が知ることを望んだ真実は既に明かされ、最早この場所に留まる合理的理由もなくなった。



「……"火の始末"は私が付けます」

「……」

「……お気をつけて」

「……はい」



 故に青年、踵を返し。

 畔に残る恩師へと背を向けて、約束を果たすために動き出す。




「……」




(————っ")




 食いしばった無言のまま。

 雨中の森へと——駆け出したのであった。




————————————————————







「——ッハッハ……!」


「つれない……"つれない"か」




「……」




「大人しく従えば悪いようにはせんと……温情をかけてやろうというのに」


「神のその好意を無下にするとは……全く——所詮は"老いれ"か」




 そうして遂に、風吹き雨降り止まぬ荒天の下。

 増水で激しく流れる川に好んで寄る者はなく、同地に残ったのは——紅蓮の炎と、暗鬱の少女。

 戦の神と、未だ多くを知らせぬ——人ならざる二柱のみ。




「衰えが回り、判断力さえ朽ちさせたと見える」


「よく見ればその背丈も腰曲がり老婆の如く……

 "実り、落ちるもの"さえなく」




「……」




「元より『陰気臭いババア』なぞ、手前から願い下げよ」


「オレの"本命"は弱小の形でなく——その内包する"未知の無限"」


「純粋な力として譲り渡す気がないのなら——"掻っ捌いて奪う"……のみ」




 底気味悪く薄笑い、口ぶりでは侮蔑の意。

 拒否をされて最早、戦神は敵意を隠さず。

 その左腕で武器——先程から向かう先を常に女神へ。




「ババアの抜け殻は山にでも捨て置こう——そうだ、そうしよう」




「そうと決まれば、成すべき事も明快だ」






「——"終われ"——"女神"」






 武装、間髪を容れず——光速変形、射出。

 装填の素振りさえ見せずに射られた矢——本数は優に超える二桁——先手を取った攻撃。

 直線の光跡を描いて、振動する光の鏃が女神の玉体へと突然に迫る。




「既に我らが立つはいくさ——つまりは戦神たるオレの独擅場どくせんじょう!」


「其処に、引きこもり老婆の立つ瀬は——ちっ"」




「……」




 だが、攻撃の波に晒されて女神——貫く沈黙にして不動。

 身動みじろぎ一つなく、小さく慎ましき玉体。

 柱の縁で暗い輪郭が光熱の矢を受けて——その一切合切を"無害な粉"と変えては散らして。




「——だったらこいつは——どうだ——ッッ!!」




 戦神の太腕、交差。

 漲る光が筋繊維を辿るよう全身を迸り、掴まれた弓の弧——『く』の字で得るのは輝きの刃。



「——ぬぅんっ"——!!」



 膨張した豪腕、なぎ払う大気。

 投擲された武装は矢を超えた熱量持って巨大な刃で光速回転。

 またしても秒と経たずにアデスへ迫る二の手。




「……」




 だがこれも、女神は瞬きひとつせず。

 無言にして無表情、動かぬ娘の形は収斂された光の刃を触れては弾き——飛ばした。




「ッ——膨大な神気の圧力、"不可視の壁"とするか……!」


「ならば——!!」




 勇んで、管という管を循環する光。

 集められるは戦神の頭部、世界を見定める一対の赤褐色。

 漏れる熱は空気を焼いて揺らめかせ、その目に凝縮された光——視線は進路に——暗黒を晴らす"光の線"を描き、描いて。




「————"!!"」




 飛び向かう眼光。

 直ぐ様見開かれた神の目、放たれた槍の如きは"光線"——"光神の邪視"。

 敵へ向かって一直線、着弾。

 拡大する光の波が歪める景色——女神を飲み込まん。




「お前とて波状の光、その全てを同時に処理することは——」




 




「……」




「——な"にぃ——ッ!?」




 歪曲の雨中より再出、神。

 平然のアデスを境として方々に逸れる光の線。

 熱も勿論に世界へと溶けて、霧が散り散りとなっての安定状態。




「ッ!——巫山戯た耐性しやがって——!!」




 しかし、そうして。

 今まさに飛び戻った弓を掴んでは上へ——空中へ飛び退く戦の神格。




「ならば——ならば——ッ!」


「"大神せかいを切り裂く"オレの覚悟——」




 黒雲満ちる嵐の空を背景に、輝く神——光輪展開。

 その雄々しき両の手で掲げられた弓は光を縦に、上へ上へと距離を伸ばし、その高さ——いや。

 大気諸々の層を優に超え、雲海を貫く『赤光しゃっこうの聖剣』——兎角、"巨大"。





「目に物ッ————!」





 天を抜いて星は爆ぜ、そのまま宙で——銀河蒸発。






「"見せて——くれようか"——ッ!!!」






 その熱剣に併せて世界の気温、急激上昇。

 この惑星——いくら頑健なる神の遺体であって溶けぬとはいえ——天変地異。

 徐に晴れ上がる空、肌を炙る熱気。

 既に一帯の騒めきを察知して数多の命、脱兎の如く。

 けれど横目に見える——見えてしまう荒々しき光の柱。

 断ち切らんとするそれは、明日の到来を妨げるものか。



「……」



 すると、そうして爆熱の剣聖を前に——攻勢が始められてから"初の動き"を見せるアデス。

 変わらず口を結んで、自らの弟子が向かった先を背にして立つ柱——傾ける首、天を仰ぐ玉顔。

 頭巾下で潜むくれない一対の虹彩は意気込む神へ——振り下ろされれば間違いなくに都市を一瞬で蒸発させるであろう聖剣を注視。

 彼女という女神の知覚が捉える、それ。

 内包する数多の粒子は光速回転、加速度的に増大を続ける脅威の熱で、だが——『"何故に中途半端な事をしているのか"』と。

 円状に開いた宇宙への大穴を前、神の掴む剣が縦にとなりて牙を剥く最中——"訝しむ心持ち"。




「光に及ばぬお前の速度。よける事、さける事——あたわず」


「か細き柱。我が炉に焼べる"薪"としてくれよう」




「……」




 けれど、荒れ狂う神風の中。

 赤熱の標的とされながらも動じぬ女神。

 髪も衣も、心さえ揺らさず——"黙想"。




「——くぞ」




 対する光線剣——傾斜開始。

 王の電磁防壁なくしては今の星さえ瞬間に消し飛ぶ熱量。

 だがやはりそうとは知らず、真二つに線が走った天の姿、命たちが予期するは星の終末。

 ある者は恐怖に蹲って身を覆い、ある者は心を忘れて呆然と立ち尽くし。

 またある者、声にならぬ悲鳴を上げながら、安全の当てもなく走り続け——。





「終わりだ——」





 無情。

 遂に振り下ろされる宇宙裁断の刃。

 光、包む世界。

 沈黙の女神は伸びる影を、いや——"己で伸ばす影"を対処に差し向けようとしてか、どうか。



「……」



 彼女が目で見ずとも感じるのは、"命の動き"。

 伸ばした柱の影に集まるそれらは——何かの"庇護"を求めて、"一縷の望み"に駆けて寄り集まった鳥や獣や、虫——明日を祈る者共。

 その者たちは先に行われていた裁判の参加者ではなく、よって神の"護る義理"もないのだが。



「…………」



『騒がれても面倒、手を変えようか』と、頭巾取り去って晒す顔。

 背後の者らは近くで裁判を見ていた"傍聴の客"として扱い——偶には『誰かさん』のよう立つ柱で作る影、風をしのげる其処に誰かを隠して振る舞うのも『いいだろう』から。





「……——」





「——"大神せかい"へ——ッ!!」





 しかして、間もなく——放たれた神の斬撃。

 逆巻け、神の光炎。






「————"引導を渡す"————!!!」






 振り下ろされる中途——"静止"。



「——"!?"」



 熱の猛威は"誰の肉身にくしんも焼くことはなく"。

 傾き掛けた剣はまるで生命の祈りに応えるかの如く、徐に——"空中で刃の進行を阻止される"のであった。




「——くっ……!」


女時めどきだとでも言うのか——!」




 刃が進まぬその原因は当然にアデス。

 乱れる気流の中でも揺れぬ花の耳飾り、それと同様に表情を動かさず頭上の光を見つめるのみの彼女は——そう、彼女は神を

 女神の妖しく、暗く沈むは真正面の聖なる一撃を捉え、止めて——"放さない"。





「——たかがッ! "邪視"の二つ……ッッ——!」





 赫赫かくかくたる戦神は視線を、振り翳す剣の下。

 事も無げに立つ女神の音なく静かに力を発する赤の眼差しを、あたんでは。

 背部から猛烈に放出する熱気を推進力として、"不可視の障害物"を突破しようと試みるが。




「押し切って————"!?"」


「——この、"力"は——ッ!!?」




 未知の夜闇色、それは気の流れ。

 光の剣を先端から蛇のように取り巻く黒が——攪拌器や粉砕機にも似た回転が刀身を曲げ、砕き、塵とし——"熱をも絞め殺す"。




「——ぬ"ぅぅぅ"……! 忌々しき"相克そうこくの力"!」




 戦神は徐々に増す圧力に感じる危機。

 剣で芯の役割を果たしていた武器を引き抜いては、玉体を渦に飲み込まれる寸前で飛び退く——迅速の状況判断。




「——"権能を食い合う"か……!」




 足場に土のない空中を沈めた体勢で滑るよう後退しながら——けれど凡ゆる知覚を用いて俯瞰する世界。




「ならば、全方位から"永遠の光"を——」




 十の指先、光を収斂。

 照準定めた標的を焼かんとして——直後。




「浴びせ続けるのみ———」

「"……"」

「——!?」




 滑り止まった神の真横——"無言で聳える柱"。




「——馬鹿なっ!? いつの間——っ——!!」




 威風堂々の立ち姿を知覚した時にはもう"遅い"。





「——ぐっ、お"ぉぉぉぉぉぉ——っっ"!!!」





 赤き虹彩に見下されるまま、"引かれる"まま。

 地面に向かう玉体、急速落下。



「——がっ"……は——っ……!」



 神は前面から全身を激しく星へと打ち付け、隙を与えず重圧——男神の巨躯そのものを固定のくいとし、強いる拝礼。



「……」



 敵を叩き伏せ、降りるのはアデス。

 顔で冷徹なる無感情を維持したまま彼女は——地面に突っ伏して沈黙のゲラスに向かって翳す左手、手早くに『処理をしようか』という所。



「——"ぬん"——!!」



 静謐から一転、首をもたげる神。

 その見開かれる両目で光を邪視としてアデス——いや——その背後に"見える"『黒髪の女神』に向かって放とうと凝縮する熱光が、都市に向かうその背を射抜こうと『不快な眼差し』で青年を見た。

『見た』が——故に。




「……"!"」

「——ぐ——がぁぁぁぁぁ"! あ"、ぁぁぁぁぁぁ"——ァッッ!!」




 狼藉、見逃さず。

 女神は己の眼力で、敵の見せる"不埒な邪視"ごと"戦神の両眼"を——




「——お"ぉォォぉぉぉぉぉ"ォォォォォォォ——ッッッッ——!!!」




 激痛を知らせるのは声、身悶えの悲鳴。

 不可視の拘束で自由も奪われた戦神で、圧縮された両の目は"破裂した水風船"のように液体——否、光神に流れる血液はなく、有する熱は只の液体を触れることさえ許さず。

 潺湲せんえんに漏出するのは夥しい数の光の粒。

 奔流、神秘の輝きが周囲一帯を明るく照らして。




「……」




『抜け目のない蛮行』を"抜け目なく阻止"して、ごく僅かに顰めた眉——平静に戻す女神。

 アデスは翳した手を暗黒纏う手刀に変え、一先ずは強力な数々の『"呪い"を直接に刻みつけん』と。

 銀髪に覆われた頭部へ向かって慎重に刀身を近寄せるのだが——。





「——オ"ぉぉぉぉ……う"、ぅぅぅ……ッ、っ、くっ……」




「……」




「ッ……くっくっ、クッ……ふ、フッフ……フッ——」





 声音——"変調"。

 不審の様を前に、止まる手。




「……っ、はっはっはっ——!」




 苦悶の呻きは零れる感情と化して、潰れた目を掌で覆う男神。





「……っはっはっ! ふっ——ははははははは——!!!」





 頭を揺らし——"妖美に笑う"。




「……何故なにゆえに笑っている」

「……くっくっっくっ……まるで『穴のない壁に糸を通す』かのようだ……本当に巫山戯た力だなぁ! 大神!」

「……」

「"早過ぎても"看破され、"遅きに過ぎても"その場で鎧袖一触とは……っハッハッ」




 女神の認識が捉えるゲラスに更なる攻撃の兆しや不穏な熱の動きはなく、目の再生も重圧によって阻害されている現在。

 当然に身動きは取れず、戦神が発するのは意味の取り難い"婉曲"の言葉と、引き続きの笑い。




「『何故なぜ、笑っているのか』と問うているのだ」




 手刀を開いた掌に戻して圧を強め、端的に問う神の真意。




「——っ、は……っ……そう急かすな。……オレはただ"ある言葉"を思い返し、今の状況に照らし合わせたその"的確なる意味"に感心していた……それだけだ」


「……不完全とは完全でないが故に、幾つもの可能性、完成の展望を有する。いや、全く——『戦いは数』とは、よくぞ言っ——」




「——あ"、がぁ……っ!」




 潰す手足。




「——『言わんとしている事は、何か』」




 女神の急がせる結論。




「……先の言葉、『家畜ひとの戦においては数で勝る陣営が優位性を得る』といった意を表し、"矮小"が故にの重要性を説くものでもあるのだが——」


「だが、果たして——"究極にして強大の個"である神々われらでも、その意は変わらぬのだろうか……? いやいや——」




 両目、両手、両足を破壊されて尚——、神。




「——ともすれば、『力足ちからたしの加法』でなく、『力引ちからひきの』となるやもしれんぞ……っくっくっ……つまりは——だ」






「一対一ではなく、だからこそ——"変わる世界がある"」






いち』が表すのは戦神の『一柱』。

 ならば、それと敵対する『』の数が表さんとするのは——"同じく柱の数"。




「豚畜生の矛盾・異変に気付く事が出来るのなら——"見えるだろう"」


「最低限の洞察力は示されたのだ。その期待に応え——見逃す、見落とす……いや——




 "女神"を数える『二柱』。




「だが、『止まらずにいられるか』は"別の問題"だ。オレにとっては好都合も好都合、嬉しい誤算だったが……お前にとってはどうなんだ? えぇ? 大神さんよぉ」





「生まれたての川水やつが——『を持っていたこと』は」





「——……"!"」




 戦力の頭数として数えられたのはアデスと"もう一柱の神性"。

 前者は翻す漆黒、念の為で直ちに青年の安全を確保しようと彼女が走り去った方向へ手を伸ばすが——"引き寄せられた手応えはなく"。




「……強者かみである我が身には全くもって理解出来ないが……細葦やつは随分と下等生物に入れ込んでいた様子」


「ならば、果たして……貴様と同じく"孤高であることを放棄した者"が、剰えの弱者が本当に——」




「——?」




「『眼中にない』とはが、同時にやはり——」





「——『的にしない』とは





「"————"」




 "反発の力"で干渉を妨げられ、女神——飛ぶ。




! 」


! ——!!」




 戦神の婉曲は既に——実を結ぶ。

 態々手の内を明かすのはが故であり、目論見の"誤差修正"のをも兼ねた一連の回りくどい言葉。

 高らかに唄う"勝利宣言"は、霧となって亜光速で飛んだ女神の背へ。





「もはや間に合わん! 純粋速度では光が上!」





「如何なる守護をも貫く『大神の刃』が——穿——!!」





 目標地点に到達するまでは一瞬。

 されど、背後の声と共に放たれる鬱陶しい光線を弾きながら——奸策で陥れられた女神の下へ。

 雨の幕にも隠されたその先、今も恐怖に震え、謝罪で祈りを捧げる——"涙を落とす青年"に向かって。






「————"!!"」






 暗黒の女神は急ぐのだ。




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