第四章 『相克の覇/魔』

『第一話』

第四章 『第一話』




 暴れ出す光の波動、大気も大地さえも震えて。

 青年へ——"赤熱が迫る"。




「————"!?"」




 咄嗟に間近の白蛇を身で覆うように動いて。

 また同様にその上、美の女神が青年も護らんとして友の玉体を抱き寄せた——直後。



「——っ——!!」



 爆音と爆風を引き連れた雷光——男神プロムが張りし防壁へと到達。

 人々を隔離守護していたそれは破砕の音を立て、瞬間——役目を終えた。



(——こんな……こと)



 そうして、視界——舞い散る光粒子。

 友の腕の中で、黒衣纏う青年は思い知る。



(こんなにも——)



 自らが今尚——多くの"優しさに包まれていること"を。




(——強大な——が————)




 躊躇なく向けられた——"刃の恐ろしさ"を。




「————っ、はぁ——はぁ……っ」




 光熱の第一波、過ぎ去り——安定状態へ移行する世界。

 急転の事態を把握しようと、恐怖で反射的に閉じた目、やはり恐る恐るに開いて。



(——何、が……)


(何が……起きて————"!")



 瞬時、しかし緩やかに取り戻す感覚。

 肌を打つ勢い盛んな水を降り出した豪雨と知ってその音も思い出し、けれど正面——"歪む光景"。

 視線の先で揺らめくのは——"炎"だ。

 近寄る雨水を"下ではなく"——が、纏う光炎こうえんの中から柱の姿を現すのだ。




「まったく。『論で争う』と言うから態々来てやったものの——」




「——"なんてことはない"」




 夥しき数の粒、広く世界より集結——それ宛ら、こうの群れが如く。




「所詮は——"児戯"よ」




 静止した雷光の柱は次第に細く、儚く。

 赤き炎を纏う"戦神玉体"は太く、厚く——熱く。

 頑健なる境界板を幾重にも重ねた不死身の肉体——包んで輝く、超常の鎧。




「真に熱を入れるべきは、"言葉遊び"でなく——"闘争"」


「『腹空かし』でも『熱の病』でもない」




「やはりは——こと」




 黙していれば"理知的な二枚目"と言えよう男——神の玉顔。

 獣心に歪み、浮かぶのは"凶々しき笑み"。




「然りとてオレが与えてやった『飢饉』を、『疫病』を……『戦争』を——ッ!」


「"下賜の品々を受け取らない"とは……! 一体、どういった了見だ……?」


「"えぇ"……? 下々しもじも数百の——




 語られても、竦む人間らはただ震天動地に慄くのみ。

 けれどその間も、絶えず赤き光の循環する光子鎧——その末端たる左手。

 戦神の左腕に構えられた帯光たいこうする『弓』——主神の所業を言葉と共に明示しよう。




「熱を入れ、身をべるべきは——"血湧き肉躍る戦い"!」




「そして——"今"……!」





「"此処には丁度良く"——





 輝ける玉体の管という管、髪の一筋に至るまで稲妻の如き柱。

 その銀で燃える髪、その赤き褐色の瞳を輝かせ——凝縮されるのは神気。




(……この……"熱量"————!)





「ならば早速、"河川敷かせんじき"の——」




 渦を巻いて、禍々しくも神々しく——集まれ光。

 まさに先の災害で青年が垣間見た忌まわしき力。

 今に暴虐の光輝は逆巻く炎と変じ、熱の向かう先は本能のままに。




「——『』と————!!」






「——————ッッ!!!!」






 "火炎旋風"——"命を奪いに迫る"のだ。






(——!!)


(——皆んなが————)






「——"暫し動くな"」




 だが、轟音の波をすり抜けて——囁き。







 不可視の暗黒、渦となり。

 闇は——荒ぶる炎を飲み込んで。




「——!」

「御安心を。出席者の誰一つとして"傷"を——"負わせはしない"」




 光熱を吸収、はためいて漆黒。




「ハッ——出たな、"暗黒神"!」



「……」




 続けざまに顕現せし、柱。

 それは世界を満たして支える大黒。

 暗く、冷たく、しかして暖かくもある正体不明——"未知の神格"。




「待ち侘びたぞ——"この時"を……!」



「……」




 騒ぐ神の言葉に応えず。

 都市ルティシア及びアルマの人間たちを遮光の帳で包み込む神は——女神アデス。

 弟子神たる青年の前、頭巾の下で極めて色のない冷淡な表情携え、戦の前に立ちはだかる。




「ゲラス……! お前は一体、何を——」

「お前に答える義理はなく、また——用もない」




「"失せろ"——プロム」




 しかし、女神に先んじて睨み合うのは男神同士。

 ゲラスと呼ばれた神は歓喜に割り込む裁判の長プロムを言葉で足蹴に、発光する瞳で輝度増幅——構えるのは"邪視"。




「"疾く失せよ"」

「……言われなくても、そうさせてもらおう」




 戦神にして光神でもあるゲラスによって射られた光の矢。

 男神プロムは掴んだその矢、自らに向かって飛んだ攻性の光を握り——潰しながらに言う。




「お前が一体、何を企んでいるつもりかは知らんが——」




と違い『"勝てない戦"をするほどに——愚神ぐじんでもない』からな」

「言ってろ——"目無し"」




「"————"」

「"————"」




 『兄弟』にあたる光神たちの間——親愛らしき情は一切に見受けられず、走る緊張の波。

 互いに神秘の眼光で鎬を削った後——プロムは光速で飛び退いて移る、暗黒神の横。




「——という訳でだ。女神アデス」


「俺は一足先に御暇おいとまさせて頂こう。"阿呆あほうの熱"に巻き込まれては敵わぬ」




「だがしかし、『アルマの保護』については"裁判長の務め"と定められているが故、引き継ぎが完了するまでの間は担おう」

「忝い」

「うむ——そのほかの人間は?」

「……"若い柱"で十分かと」




 凝固した血の如き赤、滴る鮮血の如き真紅。

 戦と暗黒で系統を同じくしながらも種の異なる虹彩が向かい合い、世界へ重圧を齎す中。

 女神が不動の視線で取り決められたのは裁判の事後処理。




「了解した。であれば早々に立ち去る。新作遊戯ほうしゅう、楽しみにしているぞ」




「ではな——」




 言い残すと直ちに有言実行、物質変換開始のプロム。

 彼という男神が変じた霧の如き光、現出した"天災"に打ち震えるのみであったアルマたちを包み——山の手へと連れ去り、退去。




「……聞こえていましたね、女神達」

「——は、はい」




 続いてアデスに答えるのはイディア。

 今も青年を体で覆うよう気丈に立つ美の女神へアデスは言葉を続け、背中越しに若き二柱へと指示を飛ばす。




「都市の人間は貴方達に任せます。人里までの道程、雨中うちゅうの水先案内を務めよ」

「わ、分かりました——しかし、貴方は……?」

「私はこの場に残り、推参者すいさんものの対処へ当たります」




「……"あの者"は、のだ」


「その"真意"——たださねばならん」




 振動を妨げる降水及び不可視の壁。

 神々の明確な姿形や声が人の認識に捉えられることのない空間で暗黒神の輪郭、纏う黒きふちうごめいて。




「だったら、わた——いえ——俺も、"残らせてもらえませんか"……!」

「我が友、何を——」




 すると、今の今まで押し黙り、尚も腕に白蛇を抱える青年。

 ルティスは自身を庇ってくれた美神の陰から這い出て、疑問符を浮かべる友に"感謝と信託"の意で頷きを見せた後、雨に晒した己で言う。




「……」

「勿論、出過ぎた真似はしないよう、次に『失せろ』と命じられたら直ぐに従いますので——」

「……手短に理由を」

「……『どうしてあの神が命を脅かすような真似をしたのか』——それを知らないと……『気が済まない』んです」

「……知れば、貴方は"平穏"を得られるのですか?」

「それは……正直、分かりません。過ぎたことはどうしようもなく、真実を知ってもそれはきっと変わらなくて——でも、"知りたくて"」




「だから、知ったら直ぐに——『どんな感情を抱いてもこの場所を立ち去る』と約束しますから……」

「……」

「……駄目、でしょうか」




 都市の人間と、神威の家畜と。

 知り得る蛮行の真実に理解や肯定が出来なかったとしても——『何故、命は奪われたのか』、その理由を知らねば——『怒ることも悲しむこともままならない』から。



「……」

「……」



『続く生で先を歩むため、胸を焦がす情動を過去の物として心の奥底に鎮めなければならない』と。

 "理不尽な離別"を何よりも忌み嫌う青年は"区切り"を——"せめてもの理由"を求める。




「……問うのは——"私"です」

「……!」

「貴方は答えを聞いたら直ちに、真実それがどのようなものであれ一目散に退去をする」




「……約束は、出来ますか?」

「……約束します」

鞘走さやばしるようなら、貴方であっても捩じ伏せます——"分かりましたか"」

「……はい」




 そうして、一瞥もくれぬアデスの隠された表情。

 雨を除ける頭巾の闇中から言い与えられる"許可"と——付随する"注意"。




左様然さようしからば、私が合図をした後——"駿馬しゅんめ凌駕りょうがの速度で駆けよ"」


「神の光、玉響たまゆらに星を巡り、例え暗黒の遮ろうとも兆が一に備え——決して、"足を止めることなかれ"」




 相対するは只の獣でなく——"高位にして高明の神"。

 "打鍵だけんする猿"と比較にならない程の可能性——"数多の奇跡さえ呼び起こす力を持った極神存在"。

 師にとっての弟子が今の傘下を離れ、剰え動きを止めたのならば——"格好の的"にされる危険性は『"極々僅か"』から『"極僅か"』へと、"飛躍的"な上昇を見せるだろうことは想像に難くなく。




「……はい」

「……であれば、淑女ウアルトを女神イディアに」




「——お願いします。イディアさん」

「……分かりました。ルティシアの民と同じく、私が責任を持って導きましょう」




「……我が友も、どうか……ご無事で」

「……はい。俺も用が済んだら直ぐに後を追うので、それまでの間を頼みます——イディアさんも、お気を付けて」

「……はい」




「……」

「「——」」




 暗黒が護る背後で頷きを交わし——ルティスとイディア。

 彼女たちは其々の成すべきことのため、ことにする玉体の向き。

 弁護士の助手として十数人の人間を呼び集めて美の女神——その背に少女アイレスを乗せ、崩れ去った裁判所を後にして向かう先、都市ルティシア。

 だが、川の中流から程近いとはいえ雨中、油断は出来ず。

 女神に先導された人々は泥濘ぬかるむ足場を避け、面の粗い岩や木を手足の滑り止めとして頼りに——降り頻る水の中を掻き分けて急ぎ、立ち去るのであった。






「……光の及ばぬ位置で何やら細細こまごまと話し合っていたようだが——」




「用は済んだか……?」




 そうして、残されたのは三柱。

 ゲラスとアデス——雨を焼く鈍色の銀、気安く触れられぬ淡い白菫の——似て非なる髪色を持った二柱が眼差しで牽制をし合う緊迫の最中。

 アデスの背後で護られながらに、青年も聞く神の言葉。

 再び口火を切ったのは川向こう——対岸に立つ戦神だ。




「……細いあしの貧弱女神が残っているが……"まあいい"」


「存在しようがしまいが。オレにとって用があるのは——」




「——"お前"だ。




 矢筒を持たぬ——いや、己自身を筒が如き無限の柱とする戦神。

 その左腕で構えた『弓?』は輝きを増し、変形。

 弧を真中から折り、束ねて刺突武器のようけたそれでアデスを指し示して言う。




「だが今日きょうまでに『使い』として出した二つ、三つはどれもこれも期待はずれ。高高たかだか数百に何を手子摺ってと思い、来てみれば——」




「"答えよ"」




「——あ"?」




三度みたび——『都市を襲ったのは何故なにゆえか』」




「……"話をしてやってる"のは、この——っ"!」




 だが、古き女神。

 質問への返答ではない"口答え"を聞いて——話し手へと無言で掛ける重圧。

 未熟な青年女神では到底に計り知れぬ——神々の中でも群を抜いて強力無比の戦神さえ術中に置き、口をこじ開ける。





「——『』」





「……それをオレに言わせるとは、"野暮"——っ"——はいはい、わーったよ」


「言えばいいんだろ、"理由"を言えば」




 対するゲラス、首を回し、重みに凝る肩を鳴らし。

 渋々と古き女神の命令に従う素振りを見せて、一先ずに取り下げる武器。




「……じゃあ、言うぞ?」


「オレが……"あの小都市に矛先を向けた理由"……だったか」




(……俺だって、今まで命の上に成り立ってきた存在だから、『殺し』を完全に否定することは……"難しい")


(でも、身勝手に他者を害する行為は……許せなくて——……自他の行いをどう結論づけるべきかは今でも……考えれば考えるほどに分からない)




 返答としての理由を待つ間、先から"自白"染みた言動を見せる神を前に。

 人の心で怒りや悲しみ綯交ぜとなった青年、考え込み——。




(それもあって、だから……理由を知りたい)


("知らないといけない")




「……確か、えぇと……——




(『何故、被害者たちは殺されなければならなかったのか』、『なんでこいつは』そんな——)




 整理の仕方が分からずとも探す、感情の置き所。

 其処へ与えられる答え。

 当事者が語る"襲撃や殺生の理由"は——次のようなもの。




「思い出したぞ……! "アレ"だ——!」









「——だ」









(——……"?")



 それを聞けて——けれど理解、及ばず。

 知れたのは、心に浮かぶ空虚。




「偶に電池にんげんがやるだろう?」


「相手に己の決意を表明するため、その思いをとして渡す——"アレ"だ」




 続く、軽薄に見える言葉。

 それによって、行き場のない私憤に与えられるのは——不快な熱と、鋭く尖る方向性ぐらい。




真中まなかの大輪として神獣をいち。それを囲むようにして百七ひゃくななの小さき人の命を添えて『"束"にしよう』と思い立った——そう宛ら、の如く」


「それで"丁度いい位置"に"程よい規模"の都市があったからこそ、それを突き——『』とした……次第か?」




(…………)




「奴らの定められしいのちとは『薪』か……『爆弾』か。何方どちらにせよ、"燃焼して爆ぜるような代物"。それを『可哀想』に思った事も、一つ」


「また。せめて燃費の悪い者共に"価値"を。ただ『生きる』ため、『殺される』ため——『死せる』ための者達に"理由"を」


「下らぬちりかすへ神が与えるは慈悲。奴ら降らせるべきは感謝のあめ


「——そう! オレが利する事で新たな価値、文脈までも付加してやるのだから……やはり、感謝はされてしかるべきなのだ!」


「例えるなら——無意むいの野花を有意ゆういの花束へと、燃やして変えてやる——これぞ昇華しょうかよ!」




「命が知れるよ——!!」




「……」




「何しろ世界にとって"節目"の時、"新たな王"が誕生する瞬間だ」


「"目に見える形"で変化を表し、オレの並々ならぬ熱意を伝えようと思ってな……——どうだ?」





「『洒落ている』とは……思わないか?」





("————")




 恩師の背後で俯く顔。

 食いしばる表情も、握る拳さえ隠す。




「……まぁ、結局はそれも"横槍"のせいでおじゃんとなった訳だが……所詮は飾り付け——詰めに支障はないさ」


「故に、またそして……"察しの美"を知らぬ女神へ直接、他でもないオレの口から——その細工に込めんとした"本当の意味"を教えてやろう」




 そうして、晴れやかな笑顔の戦神。

 隆々精悍の大男は右手を胸に添え、開いた左手を対面の古き女神へ向かって優しく差しむける——しゃあしゃあと言葉を伝えるその様。

 その何処か『たおやか』な振る舞い、誘う語調、明かされる——"束ねる為の殺害意図"は——まさしく。








——"女神"」




「オレが"新たなる最強の王"として新生する為にその身、その力——




「なぁ? "暗冥大神あんみょうたいしん"の——アデス様?」








 神から神への——『求愛行動プロポーズ』であったのだ。






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