『第二十七話』

第三章 『第二十七話』



「——その他にも数点の下賜品かしひんがあるとのこと。詳細は裁判後に追って通達する」



 決定事項を述べる裁判の長、神。



「よいな?」

「はい。……神々の慈悲に心よりの感謝を」

「うむ。捧げよ、捧げよ。取り分け幸運を与えしこの場、この川にな」



 未だ名を持たぬ漆黒の剣を側で預かり、男神プロムが言葉を掛ける相手はアルマの族長。

 証言台に立つ彼女ヘルヴィルは深々と頭を下げて示す——証人保護の恩恵に与る意。

 血族の命を背負う者は熟考の末『渡りに船』とばかりに弁護士の提案へ飛び乗って、新たに祀る暗黒神の庇護下に入ることを決断したのだ。



「ではそして、弁護士。新たに尋問の時間、及び裁量を与える故、事細やかに弁護側の考える真実を明らかにしてみせよ」

「分かりました」



(最後まで気を引き締めて——頑張るぞ……!)



 しかして、見事に神との交渉を成立で終えた弁護士の青年。

 実は己も女神であるルティスは隣のイディア、台上で塒を巻く白蛇たち——頼もしい協力者に視線を送った後。



「であれば早速、改めて——保護された証人に対する尋問を、始めたいと思います」



 意気込み、続けて臨む。

 裁判、"大詰め"の場面。



「これより、またわたしが幾つかの質問をしますので、それに対して肯定や否定、沈黙などの答えを先のように示してください」



「言葉にして伝えづらい場合は身振りでも構わず、その場合は此方からその意味を確認しますので——準備は、宜しいですか?」

「……はい」

「……それでは、最初の質問です——単刀直入にお聞きします」




「事件発生当時。被告人と被害者、そして第一発見者と貴方が居た現場には——また別にが居たのですか……?」




 人間時代の癖で息を過剰に吸い込む、緊迫の中。

 ある推論を下地として質問をした青年は言い終えて静かに返答を待ち——。



「"——"」


(——! "頷いた"!)



 苦慮の表情を浮かべる証人が——"首を縦に振る"様を目撃したのであった。



「それは——"肯定"……ということでしょうか?」

「……"はい"」



 "第三者"の存在が愈々以て現実味を帯び、騒めく場の空気感。



「……承知しました。では、次の質問です」



「——『と被害者の死には何か関連がありますか?』」

「"……"」



 第二の質問へも——返された頷き、肯定。



「——『弓矢との関連は?』」

「"……"」



 第三へも同じく——『関連性がある』と、肯定。

 今や状況は青年の推論通り、彼女自身も驚く程に滞りなく進展を見せる。



「では——『その誰かはそこの弓矢を使用した?』

「……」



 すると今の質問に対しては横に振られる首。

 "否定"——『第三者は必ずしも弓矢を用いた訳ではない』のだろうか。



「……『被害者を死に至らしめたのはそこの弓矢ではない?』」

「"……"」



 湧く疑念で聞き直したことへは——縦の肯定。



(つまり、"真の凶器が弓矢ではない"……『ただの弓矢ではない』ということなら——)




「——『こそが本当の凶器である……?』」

「"……"」




 更に、更に——"真相"へ距離を詰める感覚。

 また一つの肯定を得て、少し前の"弁護側の推論が間違ってはいなかった"と証明はされて。



「でしたら、次がおそらく——"最後の質問"です」



 青年の組み立てた追求の道筋も終わりが近づく。

『凶器が光』であったと一応の証拠が得られた今、其処から"真犯人"へ伸ばす線は一直線。




「……お聞きします」





「その誰か——『第三者こそ、光の矢で被害者を殺めた真の犯人である』」





「……"そう"、なのですか……?」




 結論然とした口振りに佳境を感じて、純然たる神を除く誰もは息を飲み——間もなく、返される答え。

 聞こえる音はやはり青年の"予想と相違なく"。





「——"はい"」





「……質問、及び尋問は以上です」


「ならばそして、ここからは今し方の証言を踏まえての弁護側の主張、その"纏め"とさせて頂きます」




 裁判長に視線を送ってからの一呼吸。

 その間に口を挟む者は誰一人一柱としておらず。

 畳み掛ける流れのまま——"最終証明"を始めよう。




「統括して、光の矢で被害者を殺めた真犯人の存在が今の尋問でほぼ確定しました。そして同時に、それが意味するのはつまり——恐らく『被告人の少女は"無実"』だということ」


「言うなれば彼女は陰謀に巻き込まれ、真犯人の偽装によって犯行をなすりつけられただけの"不辜ふこの民"——彼女もまた"被害者の一人"なのです」




「……よって、今回の一件でしんに責任を問われるべきは彼女ではなく」


「また——『"ルティシアとアルマの誰でもない"』とわたしはここに宣言をします」




 前方及び後方の人間たちを見回しての発言。

 緊張状態にあった両陣営を"一つの共通項"で結ぶのは、弁護士。




「なぜなら——『貴方たちは共に、掛け替えのない命を奪われた被害者』だからです」


「それというのも、今回の事件と先の都市で起こった"二度の異変"が大いに関連しているとわたしは推測しているからです」


「……人々が苦しみ、犠牲者さえ出てしまった——『飢饉と疫病の災害と』」




 付け焼き刃、紛い物——"何だっていい"。

 悲悼に流れる涙を僅かでもすため、『その為に出来ることがあるのなら』——迷わず突き進む、青年。




「即ち要約して——今で真に責任を問われるべき"真犯人"こそは『一連の異変、災害を引き起こした"元凶"でもある』とわたしは主張をし」


「よって今これより、弁護側は——」





「その"正体"、その"名"を明らかなものとしての真犯人を此処に——致します」





「これまでの推論が概ね間違いではなかった場合——真犯人は"神の如く光を操り"、また件の"檻を開けられた者"」


「つまりは『アルマと同源の血を有する神にも等しき存在』だということが分かります」


「資料にも似たような旨が記され——『血中けっちゅう光粒子こうりゅうし濃度が基準の値に満たなければ檻の解錠は不可』」


「『此処ではつまり光の神を祖とするアルマか、ともすればでなければ——』……と、その様に記述があり」




 手にする紙の資料を指差しながら。

 その、神が作りし檻について明記された部分、図解も交えての詳細説明から文を抜き出し、読み上げて。




「そして、物証では示すことが困難でも、わたしはその"怪しむべき者の名"を——"疑われるべき真犯人の名"を知っています」


「ですが、ここで一つ……正確には——『真犯人という呼び方がその者を表す言葉として適切でない』ことを先に、皆さんにはお伝えしなければなりません」




「……なぜなら——」




「真に被害者を殺害したのは——『人ならざる者』だと、わたしは考えているからです」


「人でも鳥でも、ましてやただの獣でもない"超越的存在"……"それこそが加害者の正体"であり——」




「……詰まる所、わたしが思うに"それ"は——」




 人々の精神、心を揺らす。

 語り落とされる言葉に起因した動揺の波で、その音源たる青年は告げる。




「——"はしら"なのです」


「今し方、疑わしいのは檻を開けられた『アルマ』か、若しくはその『始原たる神』かと言ったわたしは——と」


「冗談ではなく重ねて、物を言っている」




 恐れながらも、憚らず。

 真実の光明——天光へと、伸ばす手。




「したがってわたしは改め、聖なる神明しんみょうの下で主張を——宣言をします」




「『事件を起こしたのは被告人ではない』と」


「『疑うべきそれは人でなく柱である』と」


「わたしの口から告げられる真実の名とは——『ある神の名前である』と」




 その先で天は妖しく曇り。




「その上で、その名を持つのは——最も偉大なる無限の光から分かれいでた輝きの神」




 滞留するは稲光。




今日こんにちアルマと呼ばれる人々が誕生する切っ掛けとなった祖の神でもある」




 空気はおろか、人心さえ震わす神の鳴り。




「この半年で都市を襲った『飢饉』、『疫病』、『戦争』」


「それら三つ、"災害の象徴"として人々に畏怖を持って語られる——」




「——"神の名"は——」




 ゴロ鳴く天の機嫌にも負けぬよう振起しんきして、青年。

 貫き通して告げる——神名は、今。






「『収奪の戦神せんじんゲラス』」






「彼の神こそが、真の——」






(——……? ……叩く、"音"……?)




 仕切られた場内に響き渡る——

 "横入りの音"によって、"続く言葉を遮られる"。




(……一体、誰がそんな————)








(——!?)




「成る程。これは……なかなかどうして——」




 開かれたのは検事の口。

 一人、単独で拍手を送る——"大男"の口だ。




「——な訳だ」




「……検事。発言の意図を述べよ」




「——。もはやお前に従う道理はない」




 無礼も無礼。

 不敬にも神の厳しい問い掛けに対してまつろわぬ男。

 向けられる眼光も意に介さず、自らの被る帽子に掛ける手。




「……なんだと?」

で——




 長たる神へ一瞥もくれず。

 "代わり"とばかりにくれてやるのは——"その帽子"。




「貴様——」

を忘れたか——」




 帽子の縁たる円形——"輝ける輪"へ。

 神に向かって秒よりも早く"一瞬"の内——





「——"浅知恵の神"」





 "光輪それ"——のであった。





————————————————————





(————今、何が……?)


(……何が起こった……? 景色が——"揺れている"……?)



 "凄まじき速度で空へ放たれた物体"を川水の女神が認識すること——叶わず。

 発言に割り込まれる形となっていた彼女は、事態の急変に追いつく力を持たず、狼狽える。



(この揺れ……"揺らぎ"?)


(暖められて上昇する大気が、"光"を曲げて——)



 白に染まった後——戻る視界。

 斜めに引き裂かれ、焼かれた空間——発する蒸気の線。

 それは回転していた物体の痕跡。

 景色に残された輪の通過した軌跡。

 "世界を切り裂く光輪"が大気に残した——わだち



(……何が、どうして……こんな……)



 青年が神速の技に取り残される、他方。




「——"これ"は」




 裁判長席を覆っていた蒸気は散り、露わになるのは"一筋の光"。




「——"同源の光"」




 事が起こる前と比較して僅かに首を傾けたプロムの頰——"刻まれた一文字"。

 その塞がりかけの傷からは粒としての光が漏れ出し、神は驚きに目を見開く。




「"この熱"、"この力"は……




 健在である右目に文字通り"目前と迫った光の投射攻撃"。

 それは今の一瞬——単発の攻めでなく、二発。

 過ぎ去った『光輪』でいち、紙一重で男神プロムが掴む『光の矢』で

 秒とない時間に二度を重ねた検事へ——いや、今となっては光の折り曲げた世界——他者の認識へしていた阻害効果を"晴らす神"へと向き直る。





「貴様——





 そして、さして間を置かず——再度、眩い光に包まれて行く世界。

 滞留の雷鳴らいめいの笑み声と重なって。





「——ッハッハッ!! そうだ!!」





「このが————!!」





 空にて凝縮される超然の力。

 今、男の叫びに呼応し——"降り落ちる"。





「オレこそがッ! 世界を奪う簒奪さんだつにして——」





 光膜を破り、降り注がせる雷霆を身に浴びて声高に名乗りを上げる男——

 顕された銀の猛髪。

 また赤き瞳に宿るは恒星の如き光——神の証左たる"夢見の星形"

 今、熱波にて消し飛ぶころもは変じて——それは光子によって編まれた"鎧"と相成ろう。





「————!!」





 顕現——"傑出の柱"。

 王が創りし"牙"は今まさに、世界を砕くあぎとで吼えて——己が姿を見せるのだ。






戦神せんじん——『ゲラス』であるぞ」




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