『第二十五話』

第三章 『第二十五話』



「——決定権は証人の自由意志に置かれる。何を話そうと話すまいともい」



「"己自身"で、言葉を選べ」

「——……はい」



 補佐官の案内で導かれ、証言台に立つ長身の女性——裁判長の説明に対して示した了承の意。

 その女性の白に寄った金の髪が風に揺れては肩で鎧を撫で、同色白金にして一対の瞳は神の御前でも泳がず動じず、威風堂々の立ち姿。

 この者こそ、先祖代々"男児不産の呪い"をその身に背負いながら、しかしそれでも今日まで生きる選択を続けて来たアルマ当代の長にして魔剣の担い手——若き者どもより"姉"として慕われる玉人『ヘルヴィル』であるのだ。



(リーズさんによればこの人は……事件が起こって直ぐに現場に現れ、その後も急な方針転換や箝口令といった——"不可解な動き"を見せている"重要人物")


(……彼女は何かを知っている。そしておそらくそれは——真犯人へと繋がる何らかの真実の筈だ)




「では、弁護士。続いての立証活動を始めよ」

「——分かりました」




 愈々、事件の重要情報を握るであろう人物を前に、その証言台に向き直る青年は喉の潤いを補充。

 裁判の岐路に立っている己を自覚し、物腰さえ穏やかな湿潤の口振りで相手を刺激せず証言を引き出さんと試みる。




「……では、質問に入らせて頂きます」




「アルマの長ヘルヴィルさん。貴方は事件発生以前、祭りの共催準備のため"都市に滞在"していた——それは、間違いありませんか?」

「……はい」




(……一応の受け答えはしてくれる。それなら——)




「では、次に……先述したよう弁護側の調査では——貴方が事件発生直後に被告人と被害者、及び第一発見者がいた"現場へと駆けつけた"ことが分かっています」




「——これは、真実ですか?」

「"…………"」




 だが、早くも第二の質問——返されたのは"沈黙"。

 十秒ほどを待ってもヘルヴィルは言葉を発さず、身も振らず。

 証人である彼女、"黙秘"の権利を行使した。



(……やっぱり、"何か"を隠している?)


(実際に現場で何かを見たのか……それとも——)




「……質問を変えます。当時の現場で貴方は被告人の犯行——"その瞬間を目撃しましたか"?」

「……"いいえ"」

「では何故なぜ、"現場に近付いたのでしょうか"?」

「"……"」




 またも最低限の答えしか戻らず。

 青年の内で湧き上がるのは焦燥感。




「……貴方が見た現場の光景は——"先の少女たちの証言と変わらないものでしたか"?」

「……"はい"」

「では、それとはまた別に——"貴方が現場で気付いたことはありませんでしたか"?」




「"……"」




(……アルマ内部からも疑問の声が出るほど、この人は急に変わったんだ。そこで何もなかった訳がない)


(……そうすると、発言を渋る理由はやっぱり——裏にが潜んでいる……?)




 衣の闇に隠した右腕。

 その腕輪より後ろ、"巻き付く滑らかな感触"を伴いながらの考察。



(……本当に"そう"なら一か八か——"この手"を使ってでも、証言を引き出さないといけない)


(……アイレスさんに掛かる疑いを晴らして、彼女たちの日常を取り戻すためにも——ここで退く訳にはいかないんだ)



 証人が何らかの"圧力"を掛けられている立場であるとも、そう早くから考慮の内に入れる青年。

 冷涼たる女神の腕で"微睡む彼女"は光を浴びせた瞬間に目覚めるであろうからして、既に——次なる"打つ手"の準備は出来ている。




「……次の質問です。事件に際して——『貴方自身』に"何かが起こったりはしませんでしたか"?」

「"…………"」




 後は"判断"だ。

『言葉での問い掛けだけではこれ以上の情報を引き出せない』と判断をして、"決行"へ踏み切るだけであり——。




「"起こる何か"というのは——。若しくはなどと、そういった出来事です」

「"…………"」




(……これも、黙秘)




 やはり証人ヘルヴィルは黙し、秘す。

 彼女の閉じられた二つの瞼は真中に寄って眉間を歪ませ、堅く閉じられた唇も増やす皺。

 言葉数は少なくとも感情の色を見せる表情は宛ら——悲しみと苦しみに悶える人間の、"涙する"直前のそれで。



(……だったら——)



 その"苦しげな顔の作り方"から、族長の抱えているであろう"並々ならぬ事情"を察した——弁護士の青年は。




(——"やってみるしかない")




 膠着した状況を打破せんと——"隠し札での勝負に出る"。




「……裁判長。唐突ですがここで一つ、弁護側……いえ——"わたし個人"から"提案"が御座います」

「何か。申してみよ」

「真相を導き出すであろうより詳細な発言を促すため——"ある制度"の適用を考慮して頂きたいのです」

「"ある制度"、とは?」

「——『証人保護』です」




 変えようとする現状。

 入れる——"新たな切り口"。




「……ふむ。確かに神はその制度についても概ねを見知っている。証言者の身の安全を保証し、有益な証言を確保するものであろう」




「そして詰まる所、察するに弁護側は『現在の証人及び血族へ証人保護を適用し、より明細な証言を引き出そう』——そのように考えているのだな?」

「その通りです」




 目指す先は光の、そのさらに向こう側——今を生きる人々の輝かしき未来。

 予習を重ねた神々の間で話は早くに進み、円滑に取り運ぶ裁判は目標そこへ辿り着けるのか。




「と言うのも弁護側は——証人であるヘルヴィルさんは『件の第三者について何らかの情報を保有している』と予想しており、彼女が証言をすることでその第三者を刺激した場合にヘルヴィルさん自身……延いてはアルマの方々に"危害が及ぶ可能性も捨てきれない"と考えているためです」


「よってつまり——身辺の安全を確保して彼女たちに掛かっているかもしれない重圧を軽減出来たのなら、裁判をより公明で円滑に進めることが出来るのではないか……と」




「——そのように思い、"証人保護"の提案をさせて頂いた次第であります」

「……ふむ。俺も審理の落とし所を早く見つけられるに越したことはない故、弁護士の提案も『然もありなん』と、興味深くに思う」




「興味深くはある、……」

「……」




 "伸るか反るか"。

 既に挑戦を選んだ青年が毅然と裁判長の返事を待つ中——証人ヘルヴィルは"思い余る"。



「…………」



 未だ腑に落ちぬ表情の血族たち——『人の身に神の呪いを背負うアルマの"安全"と、何より"幸福"はどこにあるのか』

 "転がり出た好機"とばかりに『弁護側の提案した制度を利用するのか』、『しないのか』

 半神であろと魔剣の担い手であろうと避けること困難な『刃』——脅威から家族を守るためには何が最適、"最善"なのか。



「……っ……」



 アルマの長は静かに続ける煩悶。

 決断に必要とする材料は弁護士の振る舞い——彼女の言う『証人保護とやらに信頼が置けるのかどうか』だ。




「だが制度の運用には——"大きな問題"がある」




「大都市や国家であれば統治機構が成す証人保護ではあるが——今において肝心の保護を『誰が担うのか』という問題だ」

「……」

「裁判中であれば長たる俺がお前たちの賢明である限り、その身を護ろう——然れど、"その後"までの責任を負う気はない。"今以上の枷は不要"だからだ」




 裁判長プロムは自らの両腕にはめられた"神の戒め"を見せびらかして、気重きおもの表情。

 それを"施した柱"でなければ解除不可能の拘束を見に受けながら『誰が縁遠い人のお守りをせねばならんのだ』とでも言いたげに眼光を研いで。




「『言い出しておいてその辺りにまで考えが及ばなかった』——とは言うまいな、弁護士?」

「……」

「ハッ——未だ意気盛んの、その表情。先の展望もあるのだろうな——"ええ"?」




 強める語気、光神の周囲を舞う光の粒。

 肯定以外の無謀な返答が"災い"を招く——厳粛の裁判所。




(——……"覚悟"を決めろ)




("神"に——)




 しかし、臆さず。

 緊張の青年が踏み出すのは"既定路線"。




「——"はい"」


「……"一つ"だけ。——保護で、"頼りに出来る所"が御座います」




 示した肯定で明かさんとするのは——"証人保護へ責任を負う何か"——




「——クッハッハ……! まだ引き出しがあると言うのなら——宜しい、良かろう!」




「ならば、その所——"その名"を申してみせよ」

「……分かりました」




 大きく一度息を飲んで、整える発声の調子。

 補佐官も眺める青年の表情は凛々しく、巫山戯た道化の色は一切見えず。




「その所……"証人保護を担ってくれるかもしれない"——」




 その極めて真剣な様に感化されるのは——証言台に立つヘルヴィル。

 苦しみ思案を続けていたアルマの長は弁護士の続く言葉次第で、自らも今後の振る舞いを決めようと決意。

 "苦境からの脱出"という淡い希望を、期待を胸に静聴を維持して。





「"その方"の、は——」





 彼女含む多くの聴衆は次の瞬間、愕然と。

 "恐れ知らずの弁護士"がした発言に大きく目を見開いて——その目を、己の耳を強く疑うことになるのであった。






「——






 そして真っ先に揺れる——黄色い花の耳飾り。

 補佐官の纏う気配、急速にその温度は下がって白菫色の髪——つの立つ。




「絶大な力を持つ彼の女神ならば——証人及び血族の保護も可能でありましょう」




 絶句して、身を震わす者さえ現れた——静かな騒然の場。

『始まり』と、何より『終わり』を意味する神の名を口にして声を出し続けるのは青年。




「よって、古く偉大な神である裁判長——貴方には、その"仲介"を御頼みしたいのです」


「わたしの提案を彼の女神に伝えてさえ頂ければ、そこから先はわたし個人が責任を負います」




「"証人保護の約束"——必ずや、取り付けてみせましょう」




 その真横、事前に『そうする可能性』を耳に聞いていたとはいえ、危険を冒した友の賭けに息を飲むのはイディア。

 またその反対側、弁護士から——否。

 "女神ルティスから飛び出た古き女神の名"に——




「……これは……本当に、これは——」




 瞬くだけで人々が信じられないものを見るような目で弁護士を見つめる最中。

 奪われた左目の位置をを手で抑えながら——場の支配者は小刻みに肩を揺らす。




「何を言いだすかと思えば、まさかまさか——"彼の女神の名を唱える"とは」




「……はっはっは——どうしてそう大法螺おおぼらが吹ける? "神の御前"で」

「……」




「——か?」

「——"正気です"」




 再確認の問いへ、曲げぬ黒の眼光。




「一介の弁護士風情が世界の"大黒柱"を動かせるとでも……?」


「よもや"約定を交わせる"、"契約を結ぶこと能う"……?」




「いやはやそれは、それは本当に——」




 対する男神は当然に、大きく出た女神ルティスと顔見知りで、また彼女の身の置き場——某女神との関係有無についても既知ではあるが、それも今は何処吹く風。

 神色しんしょく面白おかしく染め上げて笑みを見せてそのまま、間を置かず——。





「"冗談も甚だしい"——





 ——急変、冷徹の色。

 不敬者へ眼熱を差し向けての詰問きつもん




しんに偉大なる創造主そうぞうしゅの名、みだりに唱えるべからず」


「それもあまつさえ"使いはしり"にしようなどとは——以ての外」




「故に今一度、問う」




「"弁護士"。お前は——"本気で言っているのか"」

「——"はい"。わたしは"本気"で、そのように考えています」




「『星を素手で打ち、徒歩で銀河を渡る』かの如き"所業"——本当に、『冗談ではない』と」

「"冗談ではありません"」

「口では何とでも言えよう。権能けんのう伴わぬお前たちの虚ろな言の葉、それだけではおれを納得させるのに不足。大いに不足である」

「——ならば、

「……なに?」

「——"本気の度合い"を。わたしが彼の女神と約束を取り付ける存在だと示すのです」




「"大いなる神との繋がり"を今、"この場"で」




 "震える足よ、確かであれ"。

 "乾く喉よ、清澄の声を響かせてくれ"。




「形あるものによるあかしとして——"示す"のです」




 最早恐れでは止められぬ。

 律した震えで天を指すは弁護士の"右腕"。

 其処で掲げられるのは




「——これこそ、"この者"こそは」




 細腕に巻き付くは"波の布の如くうねる"——長き体"、"白鱗の海"。




「神が授けし権利の象徴にして、神使しんしの"白蛇しろへび"」




 光受けて、蛇——淑女は目覚める。




「かつて、このわたしが大いなる者より賜った、"他でもない自身と彼の女神との繋がりを示す——」




「"物証"——そのものである」




 決然たる語調と振る舞いであわ立つ肌を隠して。

 青年が腕を下げて掌を台に添えると——白蛇のウアルトは滑り、降り——聴衆に向かってもたげる鎌首。




「因りて——再度の要求、宣言を致します」


「裁判の長を務める男神よ。どうかこのわたしに、約束を取り付けるための——」




「"女神と交渉する機会"を——お与えください」




 神に願う弁護の人として。

 目、顔も伏し、垂れるこうべ




「その機会を与えてくださったのなら、冗談でも戯言たわことでもないわたしの本気、その度合いを——行動によって貴方のもとに示しましょう」




 頚部を広げるウアルトも今の主たる青年に倣い、神へ向かう。

 同調する彼女たちの所作、"蛇使い"の様は人間にとっての神秘。




「——ですので、どうかお考えを」




 感情不動の顔色を維持して、男神プロムは裁判所の頂点に。

 また前髪の奥で眉根を寄せる補佐官は同地の端に。




「我が言葉の切っ先、どうか彼の女神の下へお運びくださるよう——」


「厚かましくも——"心からの願い"であります」




 挙げられた名前と、その神性に対する前例のない要求に驚いて誰もが動きを止めた——畔の裁判所。




「…………」




(…………)




 二つの勢力を分け隔てる間の川。

 その線上に落ち葉を乗せ、下へ下へと水は流れ——時も流れ。









 雲で陰る日の光を合図に——神、開口す。









「——っ、っはっは……! ふッハッハ!」




「——愉快、愉快なり弁護士!」


「『恐れを知らず』、また『命も惜しくない』と見える……!」




 恵まれた巨体、揺れる山。

 一頻り震わした後、歪める口で見せる笑み。




「——い、いぞ。その出所しゅっしょ不明の勇気に免じ、先の大言壮語を許そう」


「何処ぞの知識神だれかを思わせる挑戦的な口振り。やはり実に——実に、快く」




「であるからして、また提案についても"許諾"をしようぞ!」

「——!」

「大いなる神を"護衛"にせんとする前代未聞の試み……『怖いもの見たさ』とはまさしく、今この瞬間の心持ち——いやいやもう、"どうなっても知らんぞ"……!」

「でしたら、つまり……?」




「然り。この俺という神が——『本物』に"取り次いでやる"という訳だ……!」




「……感謝、深謝であります」

「但し、どうなろうと責任は負えぬし手にも負えぬ。彼の女神の言葉、そのまま世界へ反映されるものと思え」




「今よりお前の命運はお前自身の振る舞いと、それを見る神の意向に左右され、よって——腹を据えて交渉に臨むことを強く、強烈に勧めよう……!」




 "大いなる柱を相手取らんとする挑戦者"へ、添えられる祝詞。





「——"覚悟の準備はいいか"」




「……準備——"出来ています"」





 男神は過去の知友との出会いに続き、湿気しけた心に着けられる火。

 青年女神の行く先を楽しみに送り出して——。




「然らば見事、成し遂げてみせよ——補佐官! そう言った訳で——」

「——

「おお、流石に話が早い! であれば間もなく——」





「——む……!」







 世界——"夜と見紛う暗闇"へ。







(一気に空が——"暗く"……!)




「"来たか"——!!」




 世を隙間なく満たす暗黒が——"青年だけを連れ去りに来る"。




「命よ、黙せ」


「お前たちに夜闇やあんを与えたもうた女神の——"定めの超越者"はに」




 昼光ちゅうこうの頼りを失い惑う人々へ、掛けられる言葉。

 光の神は自らを灯火として残る者たちを導き、己の閉ざす眼光で模範の例を体現す。




「暫し眠るよう、安らかに待たれよ」


しかのち、我らに答えは——示されん」




 音も消えた未知の領域。

 恐れ、畏れる人々。

 困惑で震え、されど閉ざす口は"夜明け"を待つ。




————————————————————
















 他方——静まり返ったの世界。




(——これは、暗黒の権能ちから……!?)




("彼女"、の————"!")




 凍てつく溜息——水を固めて。




(……"もう"……"後ろに"——)







 足音なく呼吸なく、只管に冷たい声。

 這い出る恩師の女神は——いや。





「詳しく、委細を話して貰おうか」


「我が——"いえ"」







「これより——"意志を問う"」





 寄りきたる闇の時。

 "未知たる暗黒"。

『王』が尋ねるは——






「貴方の発言——その、"真意"を」




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