『第二十四話』

第三章 『第二十四話』



「「"——"」」



 交差する川水と、美の女神の視線。

 頷きを交わし合った後、再起した青年は向かいだす。

 簡単なことでは止まらぬよう一直線に——"隠された光の真相"へと突き進む。




「——確認します。先程、検察側は被告人の住居から発見された物——『鏃に血の付着した矢が凶器である』と……そう、言いましたね?」




「そうだ。『脆弱なる物、裂けば血を流す』——それこそ、"天の敷いたことわり"だ」




 問いに対して答えるのは検事。

 彼の者にとっての"命"とは『踏み、にじる物』であるか。




「……確かに、生き物は傷付いたのなら血を流します。傷口から、血管から、"赤い血"を——」




 返答を聞いて、握る拳。

 女神の体を動作補助の液体は駆け、漲る力。




「——しかし、此度の一件では流血それは"おかしい"ことなのです」


「被害者の命を奪ったとされる物に"血が付着している"ことは——ことなのです」




「それは、どういう意味か——弁護士」




 張り詰めた空気。

 声なき聴衆の疑念も汲み取って、裁判長プロムが弁護側の意を問う——"状況を覆す可能性"とは何かを。




「——"矛盾"しているのです」

「"矛盾"、とな?」

「はい。検察側が提示した証拠及び推論は——『別のある証拠が示す事実と矛盾している』のです」




 そうして青年、闘志を胸に。

 けれど逆巻く水で、冷静の心持ち抱いて——。




「お前の言う"証拠"とは——何か?」

「その証拠とは、序盤に頂いた——"この書類"」




「——『被害者の検視・解剖記録』です」




 理を以って——不条理に抗う。




「そしてまた矛盾が生じる要因となっているのは、この記録における被害者の"死因"や"外傷"についてが記された部分であり——」


「要約するとそれは、次の通りです」




 努めて厳かに、要点を語って見せる。




「——『被害者の死因となった傷の口及び血管は』」





「つまり恐らく……——のです」





 自ら作る波で背中を押して、同じ意を繰り返す言葉での強調。




「……しかしそれなのに、検察側が『凶器』だと言う"その矢は赤く染まっている"、"血が付着している"とも言う——のにも関わらず」


「——『が被告人の住居から発見された』……と、そのように主張したのです」




「それはまさに"決定的矛盾"——『血が付着した凶器』と『血を流さなかった遺体』の二つは——本来、なのです」




 目を白黒させて弁論に聞き入るルティシア、アルマ双方の人間たち。

 その端、髪の下で目を伏した補佐官——声音の響きをその身で味わう沈黙。




「またそうして——殺害の瞬間を目撃した者はおらず。弓は被告人には扱えず」


「加えて——遺体の状態と矛盾する矢が被告人の覚えなく住居から発見された」


「……積み重なるのは"合理的な疑問"であり、意味深な疑点の数々には"作為"の余地さえ残される」




「よって、弁護側は今——ここに改めて主張します」




 続ける声は木霊となって。




「被告人は実際に被害者を殺してはおらず、謂わば何者かによって"濡れ衣"を着せられただけの存在」





「つまりは——『無辜むこの民』であると」





 山嶺を見上げる森奥、川中。

 裁判所のくうで——"波紋"を投ずる。




「……雄弁なり、弁護士。今の言葉——神は確と聞いていた」

「……浮上する疑い。理解して頂けましたか」

「ああ。弁護側の主張も筋は通っている。確かに事件を被告人の犯行と断定する事……『現時点では困難』と言わざるをえないだろう」

「……!」

「其処な矢がしんの凶器であるか、甚だ疑問でもあるし、中立にして超越の補佐官が作成した記録に間違いがあるとも思えぬ故に——な」




 広げた波紋、返る手応えに固唾を飲むがしかし、裁定の秤は未だ傾ききらず。

 真相へ向かう道も未だ中途、油断は出来ない。




「そして、犯行に用いられたと思しき弓矢……その"真なる凶器"がやはり見つからぬとすれば、何故——『被害者の頭部には射抜かれたような傷が付き、命を落としたのか』」


「事件の根幹さえ疑うべき——"再考"の対象となるであろう」




 額に手を当てる神、頭を悩ませる仕草。

 その様を見て裁判の趨勢が中立・中間に戻りつつあると認識して青年——間を置かず。

 直ちに打つ次の手、予定した計画への軌道修正を図らん。




「——それでしたら、弁護側に再び論述の機会を頂けませんか?」

「再びにおこす話……"推論"でもあると?」

「はい。先程も言いかけましたが、我々には犯行に使われた"凶器"について考えがあるのです——」




「それも、"真犯人"へと繋がる——『しんの凶器』について」




 今度ばかりは入らぬ横槍。

 反対側に立つ検事は黙して、携えるのは不気味な程の静寂——『最低限それなりの観察・分析思考能力を持った』——"女神の視察"というに専念。

 その表情の色は誰からも窺い知ること能わず、密かに見据えるのは"論争"の終わる時——"更にその先"なり。




「……ふむ。良かろう」

「……」

「興味深い故、弁護側に更なる時間を与える」

「……感謝を」

「して、"真の凶器"とは一体、如何なものか」




「……。それは——」




 そして青年が見据えるのも先。

 弁護士の彼女は己の記憶で焼き付く熱、輝きの形を切り取って、その言い表す語をハッキリと口にするのだ。





「——『ひかり』、なのです」





「「「「…………"?"」」」」




 それを聞いて——神々と半神を除いた者たち——首を傾げる。

 人の多くは神の力を意識的且つ直接目の当たりにしないまま生涯を終えるからであろうが。

 兎も角、『光』を刃物のような武器として認識し難いその者らにとって弁護士の発言は常識から外れた——"突飛なもの"であったのだ。




「つまり何か、弁護士。お前は——被害者の傷が"焼き塞がった"事は『光の熱』によるものと考えているのか?」

「その通りです。弁護側の推論では被害者の頭部に突き刺さったのは"棒状"……丁度『矢のような形に束ねられた光』であり、その『光の有する高熱が死体を焼いて、傷を塞いだ』のだと考えています」

「……ふむ……」

「弓は兎も角として、放たれた筈の矢が見つからないのも——凶器が形の朧げな光であったために認識が困難な状態へと移行してしまったからではないでしょうか」




「そのように考えれば、先の証言にあった"突然の輝き"とも関連性が疑えますし……どうでしょうか?」




 光、光子、非物質——大神を起源とする神秘についてを青年、良くは知らず。

 されど、恩師より心理戦の手解きで学んだ——"如何にも自信ありげな表情"を作って、今の自身に構築出来る最高の理論を"それらしく"並べ立てて行く。




「……辻褄自体は合う故、一概に否定は出来ないが……」

「……」

「かと言って肯定に足る材料、"証拠もない"ぞ」




「弁護側は"消失した物"の存在を一体どのようにして"証明"出来ると言うのか?」




(ここまではオッケー……! 次は——)




 そして、推論を真実に近付けるためには当然、証明が必要であり、このことは予習を重ねて予想も出来ていた青年。

 裁判長に証明の方法を問われた彼女は一体どのようにして"悪魔ならぬ"——"神という人知を超えた存在"へと論を結びつけるのだろうか。




「裁判長の疑問はごもっともです。確かに弁護側の推論に従っても——矢は既に姿を隠し、形をなくしている。直接に凶器それを見つけるのは不可能に近いでしょう」




「しかし、ですので弁護側は——"間接的"にその存在を明らかなものとします」

「……ほう?」

「"矢そのもの"を見つけるのではなく、わたしがこれからの立証活動で『凶器を光の矢だと考える理由』を掘り下げます」




「よってだから、裁判長にはわたしがするその論述の"妥当性"を評価して貰いたいと思います」

「成る程。"妥当な推理"によって『しんなる前提を逆説的に証明しよう』という訳か」

「……はい。残る疑問を紐解くことで『光の矢』の"事実性"を補強し……そして『それが実際に扱えたのは誰なのか』」





「きっと必ずや、"隠された事件の真相"を貴方様の御前ごぜんに——"引き出してみせましょう"」





 不敵、揚々の口振り。

 "雲間から差す光"を後光ごこうとする神へ、瞑目からの目配せを行って立てる、進行の伺い。

 今や"変わり者がする挑戦の連続"は彼の者の——ともなって——勿論、裁判所の誰からもの興味を、"青年自身が引きつけにいく"。




「…………承知、承知である」

「……では、お時間を頂いても?」

「あぁ。『無い物をどうにかしよう』と、挑戦的に其処までを言うのなら——"やってみせよ"」




「弁護士——直ちに命題の"立証活動へと移れ"」

「——はい。直ちに」




 そうして、得られた発言の許し。

 次なる展開を手繰り寄せた弁護士は視線を下流側の証言台へと戻し——立証活動、再始動。




「では先ず——"被害者"について」




「『そもそも何故、神威の豚があの場所にいたのか』——この疑問からを紐解くため、証人のリーズさんにまた幾つか質問をさせて頂きます」

「……は、はい」




 その場で座すアルマの少女リーズへ照準を合わせ、彼女が息を整える間を置いた後——開始する質問で隠された真実へと向かわん。




「……事件発生の前、ルティシアでは厄祓いや豊穣祈願の祭りが予定されていました。そして貴方たちアルマの方々はその共催で行われる祭りの準備のため都市に滞在していたようですが——"亡くなった件の豚も同行していたのですか"?」

「い、いえ。……あの子は私の知る限り、一緒ではなかった、です」

「では、そこにいない筈の豚は——"突然、貴方の前に現れたということですか"?」

「……はい。先程も言ったように何がなんだか分からない状況でいきなり目の前に現れて……倒れていて……本当に、驚きました」




 証言台のリーズ含め、傍聴席のアルマたち数名が顔を俯かせる。

 その仕草によって神威の豚はこれまで一つの命として丁重に扱われ、少なからず愛情を注がれていたであろうことが窺え——"家族同然の存在を突然に失った悲痛な面持ち"に——"痛む己の心"を自覚しながらに、故にこそ止まらぬ言葉。




「……次の質問です。豚は普段——"何処にいましたか"?」

「私たちの里の奥、天の女神より賜った"神鉄の檻"の中にいました」

「——"その檻は誰にでも開けられるものですか"?」

「いえ。……詳しい仕組みは私にも分かりませんが、私たち『アルマの有する祖の血』に反応して開くものなので……"誰にでも"とはいかないと思います」




「つまり謂わば『血がかぎ』となり、"それを持たぬ被告人に檻を開いて豚を連れ出すことは、ほぼ不可能"——という訳です」




 今一度、裁判長へ視線と言葉で論の補強を示した後、再び見据えるリーズの存在。

 質問を通じての立証は続き、青年の隣で黙すイディアは記録を見直しながら友の推論に目立った粗がないことを確認、誰に向けるでもない納得の頷きを見せていた。




「そうしたら次に、リーズさん——事件発生に際して、"アルマの誰かが檻を開けたりはしませんでしたか"?」

「……その時に外出予定はなかったので開ける理由はありませんし、理由があったとしても長の許可なくしては開けられないので……誰も開けた覚えがない以上——"私たちアルマは誰も"、あの檻を開けてはいない筈です」




「……『被告人でもアルマの者共でもない』となれば、怪しきは——"別の第三者"」


「それ即ち、弁護側が言うところの——『真犯人』であろうか」




 続く発言を読み取って話す裁判長に肯定の頷きを返して、更に順を追う。




「そうした所で、その真犯人の存在を考えるにあたって重要となる要素が——『』なのです」




 着々と目標へ距離を縮める緊張感と、正面に並ぶ戦士たちの圧を身に受けながらの説明。




「先程の証言にもあった通り、豚の檻はアルマの方々が祖先より脈々と受け継いできた血に反応して開き、言い換えてこれはやはり——"彼女たち以外の人間では開くことがほぼ不可能"ということでもあります」


「ですがしかし、それにも関わらず——『檻は開き、中の豚は外へと出された』」


「纏めると、"怪しい"のは『被告人でもアルマでもない豚を檻から出すことの出来た者』、つまり——『アルマと祖先を同じくする第三者の存在』」




「その存在こそ、我々が本当に疑うべき『真の犯人』なのではないか——と、弁護側は考えている訳なのです」




 左腕を台に添えて置く青年は蓑の内側で"隠した右腕"を横目で確認——其処で"巻かれたもの"、健在。

 幾つか用意した予測演算・展開進路のどれが現実のものとなっても臨機応変に対応出来るよう進行に合わせて慎重に選ぶ己の立ち居振る舞い。

 いつでも打って出られるよう心身を循環の水で冷まして、整えて——再び、神との対話に臨む。




「"檻を開いた第三者"。その者こそが害を成した"真犯人"——と、言う訳か」

「はい。弁護側はそのように考えています。動機のない被告人よりも、"何らかの意図"で以って"被害者を連れ出した第三者"を疑うべきと」

「……概ね理解した。されど、お前の言った『光の矢』と同じく、真犯人と思しき第三者の存在も未だ不明瞭のまま。確定した情報は何もないのだぞ——"確固たる証拠"を示さぬ限り」




 未来を視るのではなく、予測した裁判長プロムの次なる展開を促す期待の眼差しを身に受けて——『証拠それも当てがある』とでも言うよう——力強く頷いてみせる。




「それについては弁護側も重々承知しています。真犯人の候補を絞るのは勿論、その存在自体を確定させるためには現状……手掛かりが不足していると」


「加えて、わたしが先述した"矢"についてもやはり同様のことは言え、ここから更に論を進めるには——"決定打になり得る証拠"が必要だとも」




「ならば弁護側はどうしようと言うのか。それは既に……"考え"あっての口振りか?」

「——"はい"」

「"決定的な証拠"、その当てが本当にあると?」

「——"はい"」




 頷きの動作を続ける。

 予測に則れば、"ここからが裁判の佳境"。




「……良かろう。然らば早速、心意気のままにその証拠とやらを示せ」

「……分かりました。では、弁護側は——」




「更なる証拠として『証言』、延いては——『証人』の追加を願います」




 最も不確定要素の多い、彼女にとっての"正念場"への突入を前に。

 潤いに満ち溢れた筈の喉に緊張で乾きさえ覚えながら、女神——備えた決意。

 怪しき第三者の存在、今度こそ真犯人の実在を明確のものとするため——。




「被告人のアイレスさんでも第一発見者のリーズさんでもない——新たな証人として」


「当時の事件現場へと迅速に駆けつけた、もう一人の人間——」




 "難所"へと——踏み出すのだ。





「"アルマの族長"——『ヘルヴィル』……さん」


「"彼女の証言"を、求めます」



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