『第二十二話』

第三章 『第二十二話』



「リーズ。居合わせた当時の現場で見た内容もの——その始終を話せ」

「わ、分かりました。では、ええっと——お話します」



(……いよいよだ。今後の流れを左右する証言、改めて——聞き逃す訳にはいかない……!)



 眼光鋭く、研ぎ澄ます感覚。

 検事に促されて口を開くリーズへ意識を集中させ一言一句を逃すまいと構える女神の身、空気の揺れを浸透によっても記憶せん。



「——あれは一週間前の……昼下がりだったと思います」


「場所はルティシア近くの小高い丘……背の低い草花くさばなが生い茂っている場所でした」



 記憶の海を泳ぐよう右往左往の目。

 リーズ、思い出しながらに事件発生当日についてを語り出す。




「そこで私とアイレスは話をしたり、花でかんむりを作るなどして遊んでいて……遊んでいたのですが……」


「すると、その時突然——周囲がまばゆく光り輝き、驚いた私は反射的に目を瞑って、その後……」


「……ゆっくりと瞼を上げてから直ぐ、何が起きたのかを知るために首を回したら、横に……」




「——……『弓を手にしたアイレス』が立っていて、その目の前には……豚が……『我らが黄金の神威が頭に矢を刺した状態で倒れていた』……のです」




 沈む少女の心模様と連動するよう、空を覆う灰色の雲。

 言い終えた視線は流れる水へ向き、訪れる静寂。




「……第一の証言は概ね、以上であるか?」

「は、はい」

「うむ。では、次に検事——証言を踏まえた上で、"検察側が明らかにする事実"を論述せよ」




「——ことは明白。『弓を持った人間と矢の刺さった死体』が同時刻、同じ場所に存在したのだ」


「故に先の語り、明確に犯行が弓矢によって成された事実を意味する"目撃証言"であり、解剖記録に於いても被害者の死因は『鋭利な棒状の物体による頭蓋内損傷』、『即死』とある」




りてつまり——『弓』を持ちて"鋭利な棒状の物体"である『矢』を射った"其処な人間"こそが『殺しの犯人』であると、事実はそのよう示しているに他ならない」




 神を前にして一切の緊張、声揺れを見せず。

 場に雄々しき声を響かせるのは検事の大男だ。



「……確かに、状況から鑑みて最もな意見。目立つ破綻もなく、先の『証言』は『解剖記録』、凶器と思しき『弓』と合わさり一定の評価に値しよう」


「故に……うむ。それらを証拠として採用し——補佐官。弓の方は」



「既に受理を終えています」

「御苦労。らば、それについてはそうだな……中央に浮かせて"展示"とする」



 神の虹彩、妖しく"ぼうっ"と輝いて、補佐官の横に置かれていた『弓』が浮遊。

 証拠として扱われるそれ、そのまま裁判所中央に移動された後、浮いた状態を維持される。



(……。そうなると、やっぱり『矢』は——"発見されていない")



「検事。証言に関しては以上か」

「ああ」

「了解した。では次、"弁護側の立証活動"へ移る」



「"弁護士"」

「——は、はい!」

「先の証言に関して論述を許可する。当裁判では『疑わしきは被告人の利益に』を原則とするが故、その踏まえた質問、若しくは意見を述べよ」

「……分かりました」



 検察側に次いで指示を飛ばされ、勢い余って返答の声は上擦り。

 しかし、『弁護士のルキウス』として神の法廷に立つ青年は"己の想定した裁判制度"と"今回の神明裁判"に同様の原則が適用されることを知って内心、静かに撫で下ろす胸。



(……"出番"だ。ここからが本格的な頑張りどころ)


(……落ち着け。先ずは、予定通り『弓』についてを話して——)



 裁判長たる神の言葉通り『疑わしきは被告人の利益に』——即ち被告人の犯行を裏付ける検察側の主張に『合理的な疑いが残っている』と弁護側が証明したならば、その原則に従って少女アイレスの罰則は回避が可能となるであろう。



(アイレスさんの犯行に疑問を抱かせてから——"あの推論"に流れを持って行く……!)



 けれど、彼女が目指すのは——その、更に先。

 少女たちだけでなく、対立するルティシアとアルマ双方の関係に禍根を残さぬための——"円満解決"の道を今は最良の理想として、高速化させた思考の中で再確認を重ねた弁論の筋道。

 手に震え滲む水を隠すよう体に回帰させて、一呼吸。




「——……では先ず、証人であるリーズさんに対して弁護側からも、幾つか質問をさせて頂きます」




 そうして、努め続ける女神。

 堅さは残るものの透き通った張りのある声——決した意で論述の口火を切ったのだ。



「先程の証言によると、貴方は……事件が起きた直後に、弓を持つ被告と矢の刺さった被害者の姿を直接に見ているようですが……」



「では、実際に被告が弓を用いて被害者へ矢を放つ瞬間、つまり——"犯行の瞬間"を目にしてはいないのですか?」

「は、はい。当時はまぶしくて何も見えない状態だったので……"そうした瞬間を目にしている訳ではありません"」

「……でしたら、"音"はどうでしょうか?」

「音……?」

「例を挙げると『弓が引き絞られる音』だったり、『放たれた矢が空を裂く音』だったり……若しくは『被害者である豚の悲鳴』などです」



「貴方はそれらの音を耳にしていましたか?」

「……いえ。そのどれも"聞こえなかった"、と……思います」



 序盤、概ね予想通りの受け答え。

 頷きを挟んで青年は、現場に居合わせたリーズが『凶行そのものを確認した訳ではない』と証言を得てから、裁判長へと戻した視線で言う。



「……ならばやはり——犯人が被告であると断定するのは早計が過ぎます」



「現場に居たリーズさんは犯行の光景そのもの、そして音でさえも確認をしていないことからも——先の証言は被告人の犯行を裏付ける決定的証拠にはなり得ず、やはり彼女の犯行だとすれば疑いの余地が残っている——と、弁護側は考えます」

「……ふむ。だが、今の弁護側の主張とて被告人の犯行を否定するに足るものでもない」



「寧ろ、現時点では事件の始終を証拠から示した分、検察側の推論の方がより真実味を帯びていると、俺は判断するが……?」

「……はい。ですのでこれから、弁護側も証拠を用いて『被告人による犯行の不可能性』——その"立証"を行えればと思います」



 押し黙ることの抑圧から解放され、語りに慣れ始めた玉体で震動は鳴りを潜めて行く。

 だが、厳粛な神前しんぜんの場に狼狽ろうばいの暇がないことは変わらず。

 震えの残る両足に巡らせる一層の気、大地の支えをも足裏の感触としながら、少しでも気丈夫に振る舞おうという青年。




「"証拠"……。それは如何様なものか?」

「それは——そこの『弓』です」




 彼女の指差す先。

 ちゅうに浮く弓へと——みなの視線が集められる。



「この、アルマのリーズさんの持ち物である弓は決して——"素人が簡単に扱える代物ではない"のです」



「……リーズさん。改めて、"弓の材料"を教えて頂けますか?」

「は、はい。私の弓は……『イチイ』と『一角獣の角や骨やけん』、後は『藤蔓ふじづる』……が、主な材料となっています」

「……単一ではなく、複数の素材を組み合わせて作られた弓。つまりは——『複合弓ふくごうきゅう』ということ、ですね?」

「そ、そうです」



 今も証言台にて立つ少女から言葉を得て、弁護士の言わんとすること——先に読む男神。



「——成る程。確かに"複合弓"となればそれが有する張力ちょうりょくは同サイズの簡素な弓とは比べ物にならない。ならばよって『扱うには相応の膂力が必要』——と、人の弁護士が言いたいのはそういった事か」

「はい。なので、弓の力を制御するためには少なからず訓練が必要でもあり、現にアルマの方々は幼少の頃より鍛錬を積み重ねて鍛え上げた肉体、狩猟による実践を経て……この弓を扱うに至っているとのこと」




「……そう言った所で、では——そのよう大変な代物を都市に住まう十三の少女に引き絞れる訳が、ましてや被害者に向かって正確に矢を飛ばせる理由が……ありますでしょうか……?」




 そして、青年が呈する疑問。

 至極普通の問い掛けを聞いて、傍聴席に座す人間たちも少なからずが無言のままに頷く。

 アルマを中心にルティシアの民も、不明瞭な現状に抱く懐疑心。

『真相を知りたい』という"共通の思い"を彼ら彼女ら胸に湧かせて聞き入る——弁護側の主張。



「……ふむ……」

「仮に、被告人が当時の現場で弓を持っていたのが事実だとして——"彼女が弓を使って矢を放った証拠"は、現時点で"存在しない"のです」



 揺れ動く秤へ言の葉を重ね、置いて行く。




「よってまた、被告人が凶行に及んだのかどうかを我々が考えるにあたり『被告人には扱えぬ凶器』——"その弓の存在"は見過ごすことの出来ない"矛盾"であり、同時に『合理的な疑い』でもあると——弁護側はここに主張をします」




 凛々しく。




「ふむ……ふむ」

「……」

「要するに弁護側——『"矛盾を孕んだ凶器"では被告人の犯行を証明する証拠として"不十分"である』と、そのよう言うのか」

「"そうです"。そしてその"不確かな証拠"で論が構築されている以上——『検察側の推論では犯行が成り立たない』とも、わた——弁護側は考えます」




 努めて雄弁に言い放つ。




「うむ……"不確かな証拠"」

「……」

「確かに、虚ろなる論を裁定の基礎とするのは……些か無理が、あろうな……?」



(——! 今の所は順調、予定通り……!)



「されどしからば、如何すべきか……」



(この調子、このまま——"流れを引き寄せる"!)




 衆目集まる神判の場でも臆せず、見事先攻する検察側の論述に対抗してみせた川水の女神。

 手応えによって彼女の内、高揚の熱で沸き立ち——けれど、地に付ける足。

 左右に揺れ動く裁判長の御心みこころ窺知きちして、順序再確認の後。



「……でしたら、裁判長——」



 裁判の流れをおのがものとするため、転じる攻勢。

 弁護側たる"自身の推論"で以って、畳み掛けよう。




「——弁護側に一つ、があります」

「ほう……良かろう。それは何か、申してみよ」

「次は——『矢』についてを"掘り下げる"のです」

「矢、とは……弓矢の"矢"か」

「はい。先ず初めに前提として検察側はリーズさんの目撃証言を基に『被告人が弓矢を用いて犯行を行った』と主張し、実際そこにある弓を証拠の一つとして提出しました」




 筋道を立て誘う、"思惑"に向けて。




「——そして次に、弁護側はその推論に異議を唱え、弓の性質から合理的な疑問を示した。……それが、ここまでの流れです」


「証言の状況と被害者の死因から考えて、『神威の豚が矢で射抜かれた』ことはほぼ確実……これについては弁護側も検察側と同意見で、しかし弁護側は『それを成したのは被告人ではない』と発言をしました」




「すると、ここに一つ……当然の——"新たな疑問"が生まれます」




 人の聴衆、息を飲み。

 一方で動じぬ裁判長や補佐官——検事までもが見つめる中、語る青年。




「それは——『被害者の命を奪った矢はによって放たれたのか』ということ」


「そして、この疑問を紐解くことが"わたし"の更なる論理ろんり展開へと繋がり、その先で——"ある真実"を浮上させます」




 目配せで発言の伺いを立てながら——今、果敢に"打って出る"。




「それは即ち——『"被告人ではない弓矢を使った存在"がいるのではないか』と」




「要するに、つまりは——」





「『被告人とは別のの存在』、その"実在する可能性がある"ことを——わたしは、この場で"提言"するのです」





「……"真犯人"とは——大きく出たな。弁護士」

「……」

大見得おおみえを切ったのだ。そこまでを言うのなら大方おおかたの見当も既に——付いているのであろうな?」

「……はい。もう暫くのお時間を頂けたのなら——"その委細"を、貴方の前に」




 正面から、隻眼光と向き合う。




「……ふむ」

「……」



(……どうだ、行けるか——?)




 喉で流れ、落ちる水。

 静寂に立つ緊張の波。




「——良かろう。その理由に詳細、確と示せ」

「……! 感謝します。では——」



(矢から光、光から神にアルマの血統で、ここから一気に——!)




 許されたまま、勢いに乗って——ふるわんとする弁舌。




「——"真犯人"。その存在を示すのは矢、被害者の命を直接に奪ったと思しき"凶器の矢"です」


「またそして他でもない、その矢の所在が未だに明らかになっていないこと、つまり矢が『存在しない』——いえ、『消えた』という事象こそが我々を、事件の真相へと——」





みちび——」





「——!?」





 ふるわんとした——けれど、けれども。




「"女"。お前は今、なんと言った」



「——えっ……」




 傾こうとする流れ——遮ったのは重く、低い声。

『女』と呼ばれた青年と正反対に位置を取る大男——"検事"の『待った』を掛ける声であった。



「……唐突だが、検察側——"検事"よりの質疑として処理をする。答えよ、弁護士」



 進行役のプロムが仲立ちをしながら交わされる、双方の言葉。




「……や、『矢が存在しない』、『消えた』と、そのように言いまし——」

「——何故にを『存在しない』と言うのか」

「え……」

「"オレ"から言わせれば寧ろ、お前の発言こそが"合理的な疑問"である」




(……?? い、いきなり何を言って——)




「検事。詳しい説明を」




 突飛な言動に掻き乱され、変わる流れ。

 検事たる男の言う『存在する物』とは何なのか。

 周囲で理解の及ばぬ者たちの想像を汲み取るよう、裁判長プロムは更なる発言を促して。




「……検察側には証言以外にも一つ、明らかな"証拠"があるということだ」


「それも、被告人の犯行を裏付ける——がな」




 恐れ知らず、不遜にも検事は溜息混じりに仕方ないと言った様子で神へと説く。




「……発言の時合じあいからして、その"決定的証拠"とやらが"存在しない矢"と関係している——そう言いたいのか?」

「流石に光神かみ、話が早い。"戯れ"にも飽きてきた所だ。やはり"論争"とは、より純粋に——」




「——"質疑"について『詳しく説明せよ』と。俺はお前の感情的所見なぞ求めてはいない。命惜しくば——く従え」




 光の収斂しゅうれんする神の眼、向かう先——己の眼光を被る帽子に隠したまま、『了承』の意で肩を竦める検事。

 さきく進行していた裁判に波乱の兆しは見え、張り詰める空気。

 聴衆及び川水の女神が黙して息を飲み、裁判長と補佐官が各自の"眼力"で睨みを利かせるのも——"何処吹く風"。

 男はめずおくせず、身を振って言う。




「……つまり、——"この場所に"」




 右手の人差し指と中指を合わせ、その間で何かを"摘むよう"な動き。




「そして、それこそが——」




 反対のもう片方の左手。

 それは先の右で立てた指を掌で隠して、勿体を付けるようゆっくりと——手品の如く——隠す手を横へ、ずらして。




「——件の物。被告の人間が『殺しに用いた決定的なあかし』」




 ずれ行く手の裏から——出現して伸びる"線"。

 何をも摘んでいなかった筈の指と指に挟まれた状態で形を現わすのは——"一本の鈍色の物体"。




「"これ"こそ、"尊き貴き家畜の命"をに至った——」




(……そんな、"あれ"は——)




 検事の太指で掲げられる"棒状の物体"。

『消えた』筈の、『消えたという事実』が青年のこれから証明をしようとした推論に於いては"肝要"であった——故に"存在があっては困る"『それ』は、まさしく。






「——であるのだ」






 ——『一本の矢』であってしまうのだ。


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