『第二十一話』

第三章 『第二十一話』



「また参照すべき成分の法はない故、当裁判の主題は——『アルマが所有する神威の豚を殺した者は誰か』」


「『加害者が被告人であるか、否か』——となり、そのための"証明"と"反証"の論が神の決定を左右するであろう」




「——と言った所で初めに、"確認の手続き"から行う」




 都市から然程遠くないルティス川の中流、天蓋を光の薄膜が覆う光子重圧世界にて。

 神の裁定を下す——"神明裁判"が幕を開く。



「先立って問うのは論者の用意——"検察側"、準備はいか」

「——"とうに出来ている"」



 第一に開口を許された検事、重厚の声。

 "金色"の神より御言葉を掛けられたにも関わらず"銀髪"に震えはなく、動揺の色も皆無にて返す——完了の意。



「相分かった。では——"弁護側"はどうか」

「……準備、完了しています」

「宜しい。ならば、次に移ろう」



 裁判長席の出現によって埋まった空間四方。

 其々一対の川岸と橋が"四角形の回り廊下"の如き線を描く裁判所。

 上流側に裁判長、下流側に証言台。

 上に向かって右に弁護士とルティシアの民、左に検事とアルマの民となった会場で粛々と議事進行は運ばれる。



「次なるは——被告人がしんに当該人物であるかを改める」



「よって被告人——"目前の証言台へ進み出よ"」

「——っ……は、はいっ……!」



 被告人、即ち都市の少女アイレス。

 凡そ一週間を軟禁状態で過ごして今日へ臨む彼女は詰まる声、絞り出して。



「——わ、っ——!?」



 だが久方ぶりの屋外、勿論、衆目に晒される緊張もあっただろう。

 必要な力は上手く体を回らず、立ち上がりで足は縺れて——あわや転倒の勢い。



(——!! 危ない——!)



 前のめりになるアイレス。

 このままでは激しく顔を岩場に打ち付けてしまうだろうと瞬時に予測する青年は咄嗟に身を捩り、場の雰囲気も己の正体さえ忘れ、助けに飛び移ろうと足下に神気を集中させたのだが。



「——"大丈夫ですか"」

「……! あっ——は、はい。す、すいません!」



 突然の出来事にも関わらず、倒れようとする少女の腕を取り——"その身を支える者"が出現。

 その救助によって幸運にも青年女神の心配は杞憂に終わるのであった。



「……証言の場には座席も併設されており、した状態での発言も認められていますので、どうぞ遠慮なく、ご利用ください」

「あ、ありがとう……ございます」

「……足下にお気を付けて、此方へ」

「は、はい」



(——……無事で良かった……)



 少女の小さな体を支えたのは、それよりも更に小柄の身。

 何処からともなく現れては穏やかな声色で呼ばれた少女を証言台へと導いた後、橋を渡って川岸へと進む"謎の"——"運営側の人間"?



(……でも、"あの女性"? は一体、いつの間に——)



「——おおう。すまぬな」

「……」



「では、仕切り直しで被告人への質問に移るが、今より神が聞く事へ簡潔に答えを返せ」



「——準備は良いな?」

「は、はい……!」



 アイレスを助けた誰か——正しく現場の作業員然とした帽子に上衣じょうい、腰下も同様の——それら全てで黒を装いとしながら、男神よりの労い言葉を背にして黙々と会場横断。

 そうして裁判所の右上辺りへ移動した後、身を翻して靡かせる長髪——木陰で設けられた己の席へと静かに腰を下ろした。



(……一応、後で助けてくれたお礼を言っておくとして……今は——)



「第一に問う。被告人自身の名前は?」

「あ、『アイレス』、です」

「年齢は?」

「『十と三』……です」

「居住する都市は何処か?」

「『ルティシア』、です」

生業なりわいは?」

「……ルティシアの社務所で、女神様へ仕える方々の『手伝い』を、しております」

「……ふむ。事前情報と相違はなく——よって被告人を『ルティシアのアイレス』と認めよう」



(——裁判こっちに集中しないと……!)



「然らば次いで——被告が有する"権利の告知"」



「当裁判では『黙秘の権利』を採用しており——これは端的に言って発言の内容はもとより有無さえも被告人が自らで決定を出来るという事だ。口に出したい事だけを述べ、そうでないものは心に秘したままで構わん」




「……ここまでは良いな?」

「……はい」

「結構だ。以後、被告人の証言は重要な証拠として扱う。熟考の上で言葉を選ぶべし」




 先進都市のものと比較して簡略化、及び順序の変化を経た——男神の執り行う独自裁判。

 証言台にて応じるアイレスの体は変わらず震えていたが、使用を促された座席の存在が文字通り少女の"支え"となって彼女の場に響く十分な発声を可能としている。



「そして、以上の注意を前提に——被告人に対して"行いの認否を問う"」



「当裁判では被告人がアルマの至宝である豚——つまりは『被害者』を実際に『害した』のか、『害していない』のかが争点となるのは先に説明をした通り」



「よって仮に今、ここで被告人が『害した』と自らの発言で以って行いを認めたのならば——裁判の主題は速やかに『賠償責任』・『罰則の有無』とうへ移るであろう」

「……」

「故にそれを踏まえて今一度、お前に問う」




「被告人アイレスは此度の一件について——『自らはどのように認識をしているか』」




「害を『成した』か『成さなかった』、若しくは『黙秘』の三つを選択の軸として簡潔に答えよ」

「…………私、は————」




("————")




 少女が青年を横目に見て、交差する視線で思いを込め——頷く。

 共に交わした約束を信じて、告げられる認否の言葉。




「……アルマの方々の大切な、至宝の命を……"害しては——"」




 伏し目がち、しかし精一杯の勇気。

 少女は願われた通りに"己の知る真実"を告げて今ここに裁判の方向性——"確固再設定"と相成った。



「——確と聞き届けた。であれば裁判は検察側と弁護側によるへと舵を切る」



「ご苦労、被告人。座席に戻られよ」

「……はい」



 証言台に手を添えて立ち上がるアイレス、直視は出来ずとも場に集まった全ての者へ向ける一礼。

 橋を渡り、後部の待機席へと戻る。



「今のよう"幽明ゆうめいの境界線"であるこの川水の真中に立つ限り、神は全てを中立の視座から審理する」


「以降の証人も度を越した挙動は必要なき故、慎みの心を以って振る舞え」



 そうして被告人を例に注意が述べられた後、愈々以て裁判は調査の段階へと向かう。





「ではそして、これより——『証拠の調べ』に進もう」





「先ずは検事へ『冒頭弁論』を許可する。"検察側の主張"、"以後の指針"を示せ」




 指示を受けた検事の巨躯は身動ぎ一つなく、ただ無感情に始める暗誦あんじゅ




「……被告人は事件当時、まさしく殺害の現場に立っていた。検察側は件の人間が犯行に及んだ事実を示す"証拠及び証人"を用意しており——"被告人の仕出かした損害、"その真実を疑う余地はない"」




「……ふむ。これも聞き届けた。ならば早速、その調べに入ろう——検事、"証人"の名を」




「当時の現場に居合わせた——アルマの『リーズ』を入廷させよ」




「了承した。証人の案内、及び記録の配布は頼むぞ——"補佐官"」

「……」




 裁判長プロムが鳴らす指。

 それを合図に、かどで黙していた"補佐官"——先刻に少女を支えた者は立ち上がり、光神の前を横切ろうと歩む。



(あの人は、裁判を補佐する人なのか)



 躊躇なく川に踏み出される足、支えるのは光り、輝く超自然の橋。

 宛ら水面を歩くようにして補佐官と呼ばれた者、向かうアルマの傍聴席——揺れる、"下ろした白菫の髪"。



(……? "どこかで見た"、ような——)



「——このあいだに紹介しておこう。"彼女"は今回の裁判で諸々の業務を担当してくれる者だ」



 補佐官と呼ばれる"小柄の女性"が川を渡りきり、書類を検察側の台に配る最中。

 裁判長たる男神は青年を含む聴衆の疑問に答えを示す紹介。



「業務内容は資料作成や"検視"、警備など多岐たきに渡るため雑用と言った方が分かり易いかもしれないが……混乱を避ける意味でも以後この場では——『補佐官』として扱う事とする」



 検察側に書類を配り終えて、補佐官。

 その足でアルマの傍聴席へと向かい、端に座っていた一人の少女へ移動を促し、目的の証言台までを連れ立って。



「検察側・弁護側を問わずして中立的に我らを支えてくれる"世界有数の万能神性オールラウンダー"」


「例え小さく在ろうが腕も立つ故、お前たちが無事に生きて帰ろうとするならば、彼女に対しても俺に対すると同様の"敬意"ある振る舞いを推奨し、軽んじた場合——どうなっても知らんぞ、俺は」



(あの色味は——)


(——■■■さんに似た…………"?" ……??)



 名を考えようとする者へ、思考に掛かるもや

 "黒色の靄"が補佐官と"ある存在"の間を隔てて、覆い隠される——"何か"。



(……俺は"誰"のことを——いや、"何"を考えて……?)



 合点のいかない表情で、しかし見惚れて考え込んでも仕方なく、現状再分析。

 今まさに男神プロムが語った内容に思い当たり、胸に湧き上がるのは率直な感想。



(……それより、そんなに優秀な人までアデスさんが呼んでくれたんだ)


(練習に付き合ってくれたイディアさんも含めて彼女たちの協力を無駄にしないためにも……これからの弁論、頑張らないと……!)




(——頑張る……! 頑張ります! アデ——)




「被害者の解剖記録をはじめとした詳細資料です。御査収下さい」

「あっ——どうもありがとうございます」

「……いえ」




 再三再四の意気込みを遮ったのは、証人を案内し終えた補佐官。

 手袋までを漆黒で包むこの女性は手早く書類を台の上に乗せ——伸ばされた前髪の奥——存する"紅"を覗かせることもなく。

 耳飾り揺らして"つかつか"、青年を一瞥して立ち去る。



「……でしたら、我が友」

「?」

書類そちらは私が預かったのち、要点を纏めてから貴方にお見せしますので、今の貴方は"証言を聞く事に専念を"」

「……分かりました。お願いします」



 厳粛な場に配慮した小声で互いの役割分担を再確認したのはルティシアとイディア。

 今は同じく人として助手を務める美神の手元へと渡る書類、裁判資料。

 補佐官が主に『解剖記録』と呼んだ書類の上部には今回の事件被害者である"豚の精巧なイラスト"が描かれ、その下でひしめく細かな文字の群れ。

 けれど、これを手に取ったイディアは直ちにその長たらしい文章の読解を開始し、趣旨・大綱たいこうを早くに把握。

 そうして所々に見られる複雑な言葉の並びを解体・簡単明瞭に再構築を行なっては重要箇所に引く下線、注釈を付けるなどをするため——秀才の女神、一心不乱に与えられた筆を走らせる。




「……資料も行き渡ったな。ならば即刻、『調べ』へと移る」




「今の証人。アルマの血族が一人——『リーズ』であるか」

「は、はい……っ!」

「これよりお前にはあかしとなる言葉、即ち"証言"を述べてもらう」




「裁判長である俺や検事、そして弁護士の指示のもと、理路整然に話せ——良いな?」

「わ、分かりました」

「うむ。では、早速——」




 学び得た速記のすべをイディアが存分に発揮する中、中央の証言台に導かれた第一発見者のリーズ——証人としての役目を了承。

 こうして幕を開けた神明裁判は疑惑に関する本題にして、渦中に身を置く少女たち含む多くの人々で明暗を分ける——『証拠調べ』へと、進みを見せるのであった。





「年若き少女リーズ」


「その"証言"を——始められよ」



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