『第二十話』

第三章 『第二十話』




 中天の太陽、神聖なる川の畔——"裁判当日"。




「——本当に、こんな所で議論を——」

「——天から御言葉だ。無視する訳にも——」

「——何事もなく事が収まるのなら願ったり叶ったりだが、"弁護士"とやらは信用出来るのか否か——」

「——天命を待つしかあるまいて——」



(…………)



 困惑の色を隠せず騒めくルティシアの民を背後。

 目を伏せ、立ち尽くす女神——いや、"弁護側"の定位置にて待つのは"弁護士を担うその者"。

 ささくれ立つ心を鎮めんと黙して、馴染みせせらぎの音へ沈下させる意識。



(……準備はしてきた)


("大丈夫"……『出来る』)



 川の見慣れた光景、今日に限っては集まる人で異彩際立ち。

 今も重圧をまさしく声で背負う青年は、"真隣で座る友"の存在——イディアと過ごした学び鍛錬の時を心の支えに深呼吸、本番前の瞑想。

 情報流入を制限する為に閉ざしていた瞼を開いた後、自身の置かれた場所でその状況を振り返る。



(……今から俺はこの場所、神体である"川に設けられた裁判所"で、裁判に臨み——)


(他でもない——『アイレスさんの弁護を行う』)



 指示された馴染みある場所、神体である川に一番乗りで到着していた青年女神ルティス。

 同地に裁判所らしき物体の数々が設置されている事実に驚いて早数時間ではあったが、一定の落ち着きを取り戻して今一度、眺める周囲。

 正面前方、視線の先——川を挟んでの対角には彼女の身の回りと同じく上質な材によって形作られた台と、その後ろで横の列に並ぶ座席が置かれ——弁護側と左右対称の様相。

 また双方の間を流れる川水は宛ら、議論の場における"越えてはならない一線"を示す一種の——『境界線ボーダーライン』のよう衝突する両勢力を隔て、水の齎す冷気は声や身振りの熱を冷却。

 今も小言の数々を流水の音で飲み込んでは、既に一定の働きを見せていた。



(……向かいの座席。座る女性たちがアルマの人々)


(端にいるのはリーズさんで……中央に座る金髪のあの人が、恐らく——)



(——"族長のヘルヴィル")



 競技場の観客席のよう段をつけて斜めに配置された席——それは主に傍聴人席。

 見遣る反対側のそれ、座るのは金や銀の眩き髪を持つ女性が数十、結果として自分たちが神威の豚を失う被害にあった民族——アルマの姿。

 彼女たちの多くはルティシアの民と同じく怪訝な表情を浮かべてはいるが、大抵の口は真一文字に結ばれ、ピリついた雰囲気の中にもしかし——統制によって保たれている一定の無言秩序。

 並び座る中央で腕を組み、険しくも瞼を閉ざす金髪の女性——手足胴で身を包むのは装飾が施された銀の鎧で、青年女神はその者が放つ"神気"の量から彼女を"半神的存在"と断定。

 それ即ち話に聞く"アルマの族長ヘルヴィル"と判断をし、念の為に"強力な武具"の類を持ち込んでいないことを改めようと視線、他と比して長めに留め置く。



(……そして弁護側と反対の、前に立つ——)


(あれが恐らく、"判決を巡って俺と論を交わす相手"……つまりは——)



 次に視線が向かうは傍聴席の——下。

 丁度中央、ヘルヴィルの前で立つ見慣れぬ"男"。



("検察"的な——『検事』のような役割を持つ人)



 その者、気配静か。

 けれど主張をして抑えきれぬ筋肉、寒色の背広然とした衣の表面に波を作り、それほど迄に隆々とした体を持つ——"大男"。

 それは男性として見た場合にも明らかな巨躯で、今は女性だけの民族の前——更に放つ異彩の立ち姿。



(……気配は概ね普通。"水気が少ない"ような感じもするけど……)


(……特別変わった点も……ないはず)



 川挟みで向かい立つ"検事"の顔——目深に被った帽子に隠され、青年の位置から詳細な顔立ちを窺い見ること叶わず。

 しかし、朧げでも見える範囲の鼻や口、耳の形は整って見栄え良くの帽子暗中——"髪は煌めく銀の美丈夫"。



("左腕"に高そうな"金色の腕輪"程度で……あの人が俺と違って"本職"の場合……厳しい展開が予想されるけど——)



(——……それでも、"譲れないもの"がある)



 微動だにせず腕を組んで立ち尽くす検事の男から視線を移し——斜め左、下流へ向かう"川水の上"。



(——……"アイレスさん"……)



 弁護側及び検察側の向かい合う位置から少しばかり下った川の所。

 川の中、その中央で流れを分ける岩石——今は平坦に加工されて、左右より橋を架けられた一つの浮島——岩の足場、その上。

 目に見えて表された"分水嶺"で判断を待つのは一人の人間——今回の裁判で『被告人』として扱われるルティシアの少女——青年の恩人たる『アイレス』の姿が其処には見える。



(……もう少しだけ、待っていてください)



 証言を行う為と、その控える為の——二つ設けられた浮島の下流寄り。

 待機場所に置かれた席で座るアイレスは俯いて、表情には暗い影。

 垂れる頭の脳天が向かう先、縦長の証言台に彼女が立つ時、刻一刻と迫る。




(必ず、貴方を——護ってみせます)




 そうして、少女の沈む様を一週間前と同様に捉えた青年——出来うる限りの繕い。

 花の顔で貼り付ける精悍の色を『せめて事の終わるまでの間、貫かん』と意気込む。



(俺は——"いえ")


("今の自分"に出来ること、全身全霊・全力を注ぐ覚悟で今日の裁判に臨み——)



 意気込んで、その——。




(また少しでも『貴方が幸せに暮らせるよう』最善を尽くすことを"誓う")




(——)




 ——"直後"。




————————————————————




「——うし……! 一丁いっちょう——」





「————————ッ!!」





————————————————————




 "立ちのぼる柱"。




「「「「「「————"!!!"」」」」」」




 頭上、裂かれる曇天——




(————"!?")



「——これは、一体——」

「——目が——!」




 ——立ちのぼる。





『"お前達"は——"感謝"を、せねば』





 世界を包む——いや、溢れる眩さに人間どもが伏す目。

 川の真中で立つ柱——否。

 川に降り注ぐ数多の"光線"は束となって"柱"となりし——滝の如く降りる光の流れ——姿を顕す神の象徴。




「——高く、深く」


「今日、この日——」



「只々、"光謁こうえつの機会"を与えたもうた——"天"に、"地"に」




 一対の輝き欠けた——隻眼の男はうたう。




「双方の人へ慈悲を施した——"女神達"に」




 作る、常人不可視の段差。

 "光の段"を降りるよう——進める歩み。




「また今現在の立つ瀬を生みし、我らが造物主かそいろは——"大いなる神々"に」




 超常の光が循環、明滅を繰り返すのは——言葉話す神の装束。

 肩や手足、胴に至るまでを右目と同様の濃褐色の光輝が覆う——それは"鎧"。

 大戦を終えて尚も錆びずに輝く神のさく——網膜を超え、人の認識へ焼き付ける忘れ難き光景。

 神の振り翳す手は祖たる大神譲りの力。

 直ちに生む光を先駆けとしてそれ? を組み替え——組み上げる。

 この場の誰よりも高きに位置する——長の席を。




「そしてまた、何より——"我が身"」




 おのが引き受けた役割のため、空間を俯瞰して視る——高みに。

『裁判長』としての高みに立って——彼の者は告げる。




「"この俺"——」




 "千里見渡す天の長兄ちょうけい"。

 大神によって己が与えられた——その、"名前"を。





「——『光神こうしんプロム』に捧げるのだ」





「「「「「"————————"」」」」」





「いやはや、よく……よくぞ集まってくれた——謂わばの"兄弟"、"姉妹"たち」



 "天子降臨"。

 高みより周囲の絶句する面々を一望する彼の者の瞳に宿る星光——自らを灯火として永遠を歩む神の輝き。



「事前に通達があったかと思うが、今日この場所に集まってもらったのは他でもない、我が足下で騒がしくするお前たちをたしなめ——いや、常日頃、神々われらに熱を捧げる愛すべき信徒たちへ、気持ちばかりの手助けを」




「惑い、迷うお前たちに今後の指針となる——『裁定を下賜かしせん』為である」




 枷の残る両腕を仰々しく広げた後。

 健在である自らの右目を覆うようの片手、指の隙間から覗く煌々の眼差し。




「それまた即ち——『俺という神が見定める』」




 実体を伴って表出するプロムの気——女神ルティスと比較して軽く数百倍の密度。

 場の空気さえ震わすそれ、只人たちの肌へも"ジリジリ"と熱を伝え、其々で滲む汗も気化しては白煙と相成っているほどのこと。



(……この前とは、"雰囲気が全然違う"……!)


(恐らくは何らかの"制約が課せられた上"で、"この力"……っ!)



(……これが、第二世代の——『神』……!)



 気に当てられて尚も悠然たる美神の真横。

 一方、高位神の有する力を実感によって知った青年は蓑越しでも火照る身体、静かに喉から通す水で心身の冷却開始。

 けれど、動揺しながらに大神から直接分かたれた柱の力量を概算——即座に"遥か格上"、正しく"雲の上の存在"と断定。

 得られた結論を一先ずは思考の海へと浮かべ、一つの"判断材料"として今は保持をする。




「今よりのこの場——我が『言葉』こそ"遵守すべき絶対の法"であり」




「『心』こそは——"秤"」




「下される『決定』は——"世界の意志"と知れ」




 神の首元、刺々しく光溢れ""を描く襟。

 その上で動く口は『己が世界を規定しよう』と言い放ち——"指先で集まる空恐ろしげの力"。




「前口上は以上にして、ここまでで異議のある者——"申し出よ"」


「さすれば、我が光の熱線、命を焼き……そののちで神事の裁判を開始するが故——」




「「「——————」」」




「手早く——頼む」




「「「…………」」」




 言葉は淡々と、正に人をす指先。

 発せられる照準の光で聴衆の顔を一人一人、右へ左へ照らす順。

 傍聴席の主にまつりごとを担う人間たちから、被告人や検事、弁護側の女神たちにも例外なく神の熱は差し向けられ——額への照射の間、青年は他の人間と同じよう身を襲う恐怖に異議はもとより、言葉の発し方すら忘れ——押し黙る他はなく。




「……話が早くて、助かる」


「以後も同様の知性を有したまま聴衆は聴きに徹し、神の語りを許す者だけが開口せよ」




「……二度は言わんぞ?」




 瞬きを見せない男神が開始前の注意事項を述べた後——緊張で痰を切ったり咳き込む者がいないでもなかったが——それを見つめる笑みは寛容の頷き、神の見せる"優しさ"の側面。

 そうした"緊張と緩和"の使い分けもあってか、それ以上の騒めきを作り出す者はおらず。

 間もなくに訪れた——論を交わすに相応しき静寂。

 沈む気配が深々と辺りを包み込んで、唯一川だけが下へ下へと臆面もなく慎ましやかに響かせる——静音の中で。




「……では、始めよう」




「真実を照らし知る白日はくじつの王に成り代わり、その——プロムは今、ここに」




「自らがおさを務める"てい"に於いて宣言する」




 "開廷宣言"。

 指で溜められて放たれた光の熱球、空で弾けて。

 落ちる波が裁判所を区切り保つ——輪郭結界内部。






「『神明裁判』。その——"開廷"を」






 "神々が幕開ける裁判"。

 今——"少女の運命"が決まる時。


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