『第十九話』

第三章 『第十九話』



 そうして。

 日は移り——場所は変わり。



「————っ……!"」

「……」



 川の畔。

 温暖な日和の下、秋涼しゅうりょうの波で黄や黒の長髪を靡かせるイディアと、ルティス。

 手頃な岩に並んで腰を落ち着かせる彼女たち、素足は水に浸って。

 背後では一時的にいとまを与えられた履物や蓑が持ち主らと同様、並び置かれていた。



(……次は……)



 触れる冷や水の感触、温度。

 馴染むせせらぎの音。

 すぐ側、横で体を伸ばす友。



(……次は、何をすれば……)



 心の頼りとなるものたちの存在を瞼の裏で思う、安らか静けさが包む世界。

 その現在地、今ある幸福を噛み締めながら川の主、女神ルティスは思案を続ける。



(アルマの里と谷間の共同体で情報を集めた後……また次の日にルティシアへ行って、アイレスさんの安否報告はした)



 考えの中、振り返る先日の足取り。

 ルティシアの巫女でありアイレスの弟を預かるイレーヌに細かな事情を伏せつつも少女の無事を伝えた青年。

 その足で再度、都市での聞き込み調査を行った彼女ではあるが、同地では最初に異変に気付いた時と似た、代わり映えのしない情報しか得られず。

 今、晴れぬ思いのままに戻って来た本拠地で過ごす時。




(それで……今日はさっき、アデスさんが中間報告のために一度、ここを訪れて——)




 回顧する今し方の出来事、師との遣り取り。

 情報の整理と小休憩を兼ねた水浴びに、暫し腰を落ち着けながら——描く、記憶の断片。




——————————————————




『——場所や人材の手配。被害者の検死も目処が立ち、裁判の準備は順調に進んでいます』


『また確たる情報は『弁護人ルキウス』を所定の役目に命ずる証明書——つまりは『任命証書』をご確認ください』



『証書は明日あすまでに使いが貴方の下へ運んでくださいますので、目を通した上で当日には必ず持参するよう、心掛けを』

『任命証書を見て、当日には必ず裁判の場に持っていく——了解です』




『……では、次に女神。"貴方の報告"を聞きましょう』

『はい。アデスさんが疑うアルマの長ヘルヴィルについてですが……俺が里で聞いた話でもやっぱり、"不審な言動"が見受けられて——』




 これは"飛ばし飛ばし"、要点の回想だ。




『——ここでも、先の災害で確認された"光の矢"らしき目撃証言が——』


『加えて、アルマの内部で"ある神"に関する話を禁じた箝口令のようなものが敷かれていることからも……ヘルヴィルが"何かを隠している"可能性を考慮すべきと——』


『……後、次に向かった共同体で神、"高位の神"らしき方とお会いして——』




『——貴方の行動、その委細までを私が縛る気はありません。ですが話を聞いた限り、貴方の振る舞いは些か大胆が過ぎるように思います』


『なので、今後は——』




『……気を付けます』

『……"その者"については此方に心当たりがありますので……後日、私が礼に参りましょう』




 既に件の男神より『詫び』を聞いているアデスは言い——後は考察や結びの言葉。




『それで、その方から話を聞いて俺は——が怪しいんじゃないかと思うんですけど』

『確かに、彼の者は光る神なれど近年の動向は不明瞭。……また実を言えば、私が以前から足取りを追っている一柱ではありますが——』




『——兎にも角にも』




『貴方の調査報告、確と聞き届けました。……ご苦労であった。女神』

『いえ。アデスさんが頑張ってくれてるので、俺もこれぐらいは……』



『それで、約束の方は……』

『……約束通り、都市と民族間の衝突回避のため、最低限の責を私が負いましょう』

『! あ、ありがとうございます……!』




『……後は当日、裁判に伴っても貴方の意志を確認させていただきます』

『……はい』

『その日、"私用"で私は貴方のそばに付く事は出来ず、進展や結果については後日に知らせてもらいますが……"我が弟子"』

『?』

『……貴方が自身の望む結果を得られるよう、陰ながら……私も……』




『……"応援"……しています』




——————————————————




(中間報告を終えて、ちょっと注意されて、反省して……)




 そのよう、調査の過程で見聞きした情報をアデスに伝えた青年。

 返しに賜ったのは『戦争回避の確約』と——"激励の言葉"。



(……次は……——)



 去る師の後ろ姿を思った後、回想に区切りを付けて。

 迫る日に備え、その為の今日の行いを見出そうと、頭で広がる思考の世界を切り替えるが——見えるのは無地の白ばかり。



(——……話をしてみよう)




「……イディアさん」

「? なんでしょうか?」

「休憩中に申し訳ないですが、俺だけだと考えが行き詰まってしまったので、少し……"情報の整理"に付き合って頂けませんか?」




 白の上で一向に纏まらない文字列、過ぎる時。

 停滞に頭を悩ませる己を自認し、早々に外部へ求めた助力。

 それを聞いて、対する女神——長脚ちょうきゃくで水と戯れていたイディア、微笑んで。



「……でしたら勿論、断る理由はありません」



「私の浮かべる言葉が友の拠り所、そして道となるのであれば……それは私にとっての幸福でもあるからして、協力は惜しみません」

「……ありがとうございます」

「いえ」



 やはり、快く受け入れてくれる——今。



「……それでは先ず、何からお話をしましょうか?」

「先ずは……この数日で俺たちが手に入れた情報、それを確認のため——羅列する所から始めてみたいと思います」

「了解です」

「先に言い出した俺が話しますので、イディアさんは指摘や補足、疑問があったらその都度、遠慮なくに教えてもらえると助かります」

「はい! お任せを」




「では……始めます」




 彼女たちの視界、映るのは千切れ飛ぶ浮雲。

 共有する光景で過ごす——復習さらいの時。




「——数日前」


「貴方と俺は今回の事件で害を被る形となったアルマの人々が住む里を訪れ、そして」


「そこで俺は——事件の重要な関係者である少女たちから話を聞きました」




 既に道中で伝えあった内容を軸とし、再確認の話は進み出し、それを聞くイディアの表情は真剣そのもの。

 彼女は重複する情報であっても言葉の切れ目には適度な相槌を打ち、相手との相違ない理解を示してくれる。



「一人は——正に今、疑いを掛けられているルティシアの少女『アイレス』さん」


「もう一人は——その友人にして現場に居合わせたアルマの少女『リーズ』さんです」


「そして、彼女たちから聞いた話、当時の現場の様子や出来事を纏めると——」




「『都市の外で共に遊んでいた彼女たち二人は、突然の"強烈な光"に視界を奪われ——意識の定かでない一瞬ののち』」


「『気付けば、目を開いた眼前にはアルマの至宝であった黄金の家畜——頭に"光る矢"の刺さった豚の死体』」


「『そしてまた意識を取り戻したアイレスさんの手には——近場で置いてあった弓が握られていた』」




「——と、言ったような感じです」

「……つまり、『一瞬の光が世界を包んでいた間に事態は急変——恐らくはそこで事件が起きた』と、そのように考えられる……?」

「はい。謎の発光の際にリーズさんは目が眩み、光と関連性があるかは不確かですがアイレスさんは少しの間、気絶。その後、時間が経って二人の意識が正常に戻った時——豚や弓矢がその場で移動したのに気付いたみたいですので」




「『光の一瞬で何かが起こった』可能性は"非常に高い"と……自分も考えています」




「……『光』。それと『光る矢』……この二つが目につきますね」

「……はい。俺も同じことを思い、話を聞いてから色々考え……里を後にして向かった共同体で……」

「……私が情報を集めている間に出会った謎の存在……恐らくは高位の神と思しき存在から話を聞いて——"手応え"を、貴方は掴んだ」

「……そうです」



 共同体、酒場を後にして直ぐ——青年は友に事の顛末を打ち明けた。

 だが、若き二柱では高位神について知らぬことが多く、『無闇に深入りすべきではない事案』とその場は判断をし——相手に敵意は見られなかった、何よりルティスが無事であったことを確かめた後、イディアは古き神のアデスに報告をして意見を仰ぐことを提案。

 対する青年も彼女に同意して、先刻の中間報告に際して師へと諸々の事実を伝え——今後の行動へ念を押されても今に至っていた。



「それで取り敢えず……俺が入手した情報は以上の感じです」

「ん、了解」



「……ならそして、我が友が神との会話に臨んでいた中、その間……私も『アルマ』についてを調べ、手に入った情報は——」



「——『当代の長ヘルヴィルは強大な力を持つ曰く付きのけんの使い手』という事と」


「『件の"剣"と"男児不産だんじふさんの呪い"、"黄金の豚"と合わせて——彼女たちの祖先が神より賜った"三種の神威"』……ぐらいの情報もので」



「……事件とあまり関係のなさそうな情報しか集められませんでした」



 己の乏しい収穫を再度の言葉で示すイディア。

 ルティスを見遣り、口角を下げて目を伏す——申し訳なさげの面持ち。

 聞いた人の知る情報、然程有益な手掛かりは得られなかった事実を詫びる。



「大した力になれず、申し訳ありません」

「……いえ。そもそも俺だけだったら里に行くのも共同体に行くのも緊張して、怖くなってしまって……これまでのようにすんなりとはいかなかったと思います」



「なので、今もこうして相談に乗ってくれる貴方の存在には本当に、何度も助けられていて……改めて有難うございます。イディアさん」

「……どういたしまして。我が友」



 だがそして、責められる所か贈られた感謝の言葉で——双方が見せる微笑。

 空で漂っていた浮雲は白い小石の群れめいた巻積雲けんせきうんに合流し、其処でも孤独は姿を隠す。



「……と、ここまでが俺とイディアさんの集めた主な情報ですが、そしてやはり、その中でも特に気になるのが……」

「見え隠れする『光』の存在……?」

「……はい。色々考えた中でも、目が眩むほどの強烈な光が『何故』、『どこから』発せられたのかが重要だと思います」



「……加えて、凶器と思われる『光の矢』は以前の飢饉の際に俺は目にしていて、疫病の怪物でもそれとよく似た気配を感じたので……"一連の災害・異変は密接に関わっている"とも考えられ、そして——」

「それらは『同一の存在』によって引き起こされた『意図的』なもの。……そう、お考えなのですね?」



 互いの声を除いた周囲の音を聞き忘れる二柱。

 美神の視線を受け止め、青年は深く頷く。



「……そうです。立て続けの災害や異変はどれも同じ都市——"ルティシアを狙う"ようにして起こっています」



「しかも、要所要所で散見する"謎の光"。これは俺が酒場で聞いた"強大な力を持つ者"——『光でありいくさそのものでもある神』の存在を疑わしいものとしている」

「"その神"が、人の都市を陥れようと……?」

「……その線も十分に考えられると俺は思っています」



「依然として"動機"は不明ですが、強大な神が裏で糸を引いているのなら、半神的力を持つヘルヴィルの不審な言動にも、一応の説明がつく」

「……"祖"たる者から、何らかの"干渉"を受けていると……?」

「確証はまだ、何も。……ですが間違いなく、その光る神の存在は裁判で重要な意味を持つ筈です」

「……彼女達アルマが口に出すことさえはばかる……"神祖"」



「……確かに"怪しい"。疑って掛かる価値はあると——私も同じく思います」

「……はい」



 "新たに浮上した容疑者"の存在も共有して、自らの推測に"お墨付き"を得た青年の動かす手。

 彼女の落とした目線の先、手元には切り離したノートのページに似せた"自作の石板"が握られており、その板では既に多くの事件に関する情報が刻まれ、纏められていた。



(……やっぱり、容疑者には"あの神"も含むべきだ)


(凶器が弓矢、"光を帯びた矢"だと考えれば……"疑い"の余地は十分で、後は"動機"と——何より、"証拠"が必要になる)



 箇条書きで刻んだ容疑者の項目。

 その最後にある丸で囲まれた『戦神の名前』と"凶器"の『光る矢』を結ぶようにして水の刃を走らせ、関係を表す線を刻み引く。



「……なので当日は、現在の容疑者であるアイレスさんの"犯行不可能性"を論の軸としつつ真相を究明して……"本当の実行犯"——裏に潜んでいるだろう"黒幕"の正体を炙り出して行きたいと考えています」

「……そうなると、証拠としてはアルマの長ヘルヴィルの"証言"が欲しいですね。現場へ真っ先に駆けつけておきながら……"何かを隠すような素振り"」



「……彼女が判決を左右する"重要人物"なのは間違いないでしょう」

「はい。当日はアルマの代表として彼女も出廷する筈ですので……そこでなんとか、証言として情報を引き出さればいいんですけど……かどうか……」



(……どう聞けば、証言してもらえるだろうか。……引き出す手段も考えないといけなくて、他には——えぇと……)



 だが、間近の川が見せる穏やかな水面とは対照的——波立つルティスの心情。



(何から何までをすれば、考えればいいのか……また、分からなくなってきた)


(……落ち着け、落ち着け、俺。もうすぐで裁判なんだ……こんな調子じゃいけない)



 秋冷運ぶ一陣の風は肌を撫でて、考えすぎの知恵熱で火照る心身を冷まそうとしてくれるが。



(でも……"裁判"……)



 手に持つ石板に滲む水、汗。

 人としては異常の、水の女神としては普通の溢れる水量が——作成時は綺麗な平面に整えられていた板の表面、今は書き込みと書き消しで磨り減った凸凹の窪みへ溜まりを作る。



(……その場に、俺が——"弁護士"として、"立つ")



 迫る日と、己の担う"大役"を意識して——眼差しは虚ろに。



(……"それは嘘じゃない")


(アデスさんに勧められて、でも俺が言い出して……自分で決めたことだ)



 恩人の少女をはじめとした人々の生活、ともすれば命の行末が決まりかねない重要局面を前に——重圧を感じて沈む肩。

 慣れ親しんだ川の水にさえ"不快なほどの冷たさ"を感じて、引き上げる細足。



(……けれど、"俺に"——"出来るのか"……?)



 不意に戻る"将来への恐れ"。

 日増しに高まるそれを思い出して蹲る玉体、震えさえも再発。

 度重なる異変に狂った心が急速に温度を下げ、忽ちに恐怖は女神の有する人心より溢れ出すのだが——。




(半端者の俺に、本当に大切な弁護士やくめが務まるなんて——)




 少なくとも"今"においては。

 そうした、抱える恐怖の底冷え——長続きせず。




——我が友……?」

「——!」




 隣にいてくれる友。

 真横から差す黄褐色の温もり——イディア。




「——な、何が……ですか?」

「……いえ、少し……"震えていた"ので、声を掛けさせて頂きましたが、却って驚かせてしまったのなら——」

「あっ——いえ、"大丈夫"です!」



「少し『寒いな』と思っただけなので全然、"問題ない"です」

「……"本当に"、?」

「はい。秋風がちょっと冷たく感じただけなので、"本当に大丈夫"ですよ」

「……」

「すいません、ボーっとしちゃって……風邪を引くようなことはないですけど念の為、先に上がらせてもらいます」

「……分かりました」




「ですが、また私に何か出来ることがあれば……遠慮なく言ってくださいね?」

「その時は、はい。お気遣いに感謝します」




 薄すぎず濃すぎずの『心配』を表す緑と——少しの『怒り』——赤の髪色。

 それをそうとは知らず、足の水気を切ってサンダルを履く青年。



(……またネガティブに考え過ぎてた——"切り替えないと")



 畳んでいた蓑を掴み取り、翻すそれを身に纏い、覆う暗黒は女神の個神情報を秘匿。

 また師に由来する加護が彼女の心で支えとなる。



(今は——"やるべきこと"を考えろ)


(……一通りの調査を終えて、イディアさんと一緒に入手した情報を整理していた所で、次にやるべきこと……俺が抱える問題は——)



 深く息を吸い、精神統一。

 波立つ己に先ずは静穏を取り戻させ、頭を振ってからの口元に手を寄せる仕草——無意識の模倣動作で更なる安心を獲得。

 置かれた現状を再度に分析、問題点を洗い出す。



(——さっきの俺は、咄嗟にイディアさんに話しかけられて……"碌に声も出せなかった")


(そんなていたらくで裁判に臨むのは……厳しいものがある)



 怯え、慌てる数十秒前の自身を真っ先に想起し、また一つの改善すべき事柄を発見。

『弁護どころか弁論、そのための声も出せない弁護士に何が護れるというのか』

 重ねる自問自答、目標に至る道筋は整えられて形を見せ始めて。



(……というかそれ以前に、裁判なんてニュースやドラマ、アニメやゲームでしか知らない)


(だから、大まかでも再確認で流れを把握して、実際に自分が話すこと……必要な理論をもっとしっかり組み立てないと——本当に"まずい")



 厳正なる審判の場——そこでも言葉に詰まる己の姿。

 晴れぬ少女の疑い、止まらぬ涙の光景——想像して、身震い一度。



(だったら俺が……次にやるべきことは——)




「——イディアさん」

「?」

「ハッキリした"声の出し方"、それと"美しい姿勢"、"説得力のある立ち振る舞い"などについてご存知でしたら、俺にそれを——?」

「……"!"」




 助力を求めた先。

 求められたイディアの表情——花開く。




「——勿論です! 発声や姿勢、立ち振る舞いについては以前に少し勉強していた事がありますので……頑張ってお応えします! 貴方の願いに……!」

「あ、有難うございます。……後、加えてお願いしたいことが実はまだ、いくつかあるんですけど……」

「なんでしょう? 先程も言ったように、どうか遠慮なく仰ってください。我が友」

「……裁判の流れ、進行の順序についても知ってたりはしますか?」




「もし知っていたら、それについても教えてほしいと思うんですが、流石に——」




(——いくら彼女とはいえ、この辺りでまだ一度も行われていないことを詳しく知っている訳は——)




「"分かりました"」

「え……もしかして、それもご存知で?」

「はい。私も都会の山育ちですので、人の作る社会制度についても僅かですが見識はあります」




「なので実際には兎も角、資料で見聞きした程度で宜しければ……裁判についてもお話出来ることがあるかもしれません」

「……それなら、もしかして論述の注意点とかも知っていたり……?」

「はい。弁論や修辞しゅうじについても学びの経験はあるので、任せてください」

「……前から思ってましたけど……凄い多才ですね、イディアさんは」

「こうした時に備えて……と言うだけではありませんが、これまで過ごした時間の多くを学びと、思考に費やしてきましたので」




「その培った知見で貴方の助けと成れるのなら——本当に幸いな事です」

「……でしたらお言葉に甘えて、その辺りについても教えて頂いて構いませんか……?」

「それは、もう——最善を尽くすと誓いましょう……!」




「——ふふっ」




 喜びの色、満ちる。

 顔のその上に掛かる髪は黄に染まり、天を目指して跳ね回り。




「——では、裁判の大まかな流れを確認した後、論の整理及び構築」


「その次に発声と姿勢についてを学び、集大成としてこの私を相手取っての予行演習」




「そうした順序で備えを進めて行きましょう——宜しいですか? 我が友?」

「はい、大丈夫です。順序まで整えてくださって助かります。……やっぱり、イディアさんがいてくれると安心感が全然違って——貴方の存在に心の底から感謝します」




 返しで青年の浮かべるは、儚げな笑顔。

 数々の風雨や波乱に見舞われ、今もその只中にある彼女の心は晴れずとも。

 しかし、切実に正面のイディアを捉えて、自身を『友』と呼び親しくしてくれる女神の存在を"得難い幸福"として——"騙す罪悪感"と共に——噛み締め、進む。





(本当の本当に——"ありがとうございます")





————————————————————





 進み——次の日、同地の朝早く。



「あーーーー、アーーーーー……!」



 目覚め歌う鳥に紛れて喉を開き、発声に励む女神。

 腹に手を当て、背筋を伸ばす青年の仰ぐ青空——真上を横切って一羽の黒鳥こくちょう——『届け物』を"ふわり"と落として去って行く。



「今のは……女神アデスからの?」

「はい。必要な書類を届けてくれたんだと思います」



 川の対岸で友声の通りを確認していたイディアは軽快に石から石へ飛び移り、青年の下へ。

 並び立った二柱の女神、今まさに届けられた物——『光輝く目』の紋様で封をされた——"封筒"を開いては中身を改め、手に取った紙。

 手触りの良い上質な一枚のそれ、紙面に書かれた文章の終わりにも"遠見を表す象徴としての目"が描かれており、如何にも神秘的の様相。



「……」

「……当日は私も、側で貴方をお助けします」

「……お願いします」



 記された内容は要約して。

 女神ルティス改め——『ルキウス』を『黄金の豚、その死亡に関する裁判』における『弁護士』として『男神プロムの名で任命する』旨が書き記された『任命証書』。

 また同時に女神イディア改め——『イーディス』をその『補佐』として同じ場に立つことを許可するもの。



(……未熟だけど、今の俺は一人じゃない)



 加えて明記された当日の注意事項や持参物、詳細日時にまで目を通し、大体の内容を把握。

 そうして青年は深呼吸の後、花の耳飾り揺らす友と頷きあう。



(……俺よりもっと不安で怖い思いをしている人たちがいる)


(必死に生きようとしている彼女たちの笑顔、"幸せな日常"を取り戻してみせるんだ——絶対に)



 三度、四度、証書の隅から隅までを読み込んで、一層に引き締める気。

 さして間を置かず美の女神に対して練習の続行を願い、拾い上げるは弁護に向けた原稿用の板——展開を予想して、そこで話す内容を刻んだ物。



(……裁判に臨むのはやっぱり怖いけど——)


(でも——のはもっと怖い)



 日毎ひごと夜毎よごと

 恐怖に身を震わす度、そのよう渦中に置かれた少女たちの姿を思い浮かべ、己を律する。

 神の喉、その破壊と再生を繰り返して、いくども水で青の液体を奥に流し込みながら数日を研鑽に費やした彼女は、そうして——。





(……『頑張れ』、"俺"——『頑張るぞ』、"自分")





 半端の女神は、遂に——裁判、当日で。

 "人にとっても神にとってもの行末"を左右する——を迎えることになる。



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