『第十八話』

第三章 『第十八話』



「して——其方そなたが求める"神の話"、どこからどのよう、どこまでを話したものか……」



「ぬぅ……具体的な要望があれば聞くが、川水の」

「あっ、それなら……"光が関係している神"についてご存知であれば、それを優先的に教えて頂きたいと……思います」

「……"光"、か」




「"光る神"、若しくは『光神こうしんなどと呼ばれる者たち——起点たる"無限の光"とその"分光ぶんこう"の神々について——だな?」

「は、はい」

あい分かった。では、余の知る奴らについてを今より——語ってみせよう」




 喧噪多き酒場を落ち着いた喫茶の空気へと変えた神——話し出す謎の男神。

 この場、布地のように見える物質で身を隠し、向かい合う異様の二者。

 神と神が話し込む。




「——『光神』」


「それは、余や其方とは出所しゅっしょを違くする——"法則がことなる世界"の"異なる物質"によって身を編まれた"衝動の熱"有する神々」


「先述の通り、その始原にして頂点たる柱は当然に無限光むげんこう、神らを統べる王の"大神"——」




「——とまでを言ったものの……其方自身は抑の『大神』について、どの程度を知っている?」

「え、えぇと——数はさん……三柱みはしら? で……その一つが『王と呼ばれる強大な神である』? ……ぐらい、です」

「……ふむ。"危うき"を考慮して最低限のみを授けられているか」

「……?」

「ならば……そうさな……」




 思い悩む素振り。

 双係柱そうけいちゅうめいて曲げられ、組まれる神の太腕。




「……うむ。然らば創世の神——『大神』についてを先に話すとしよう」


「事の始終を説くならやはり、万物その原点——話の起こりにも、『始まり』こそが相応しい」




「よって多少なりとも路線の変更となるが……其方もそれで、宜しいか?」

「は、はい。大丈夫です」

「うむ。では——」




「先ずは『大神』について、その概略を話す」




 間隙を利用し、口内で生成した水を飲み込んで緊張を紛らわそうとする青年。

 その女神へ改め語られる——"始まりとなった者たち"、その真実。




「この柱たち、今でこそ同じ一つの世界を共有するが……その実、其々それぞれが異なる世界・異なる物質を司る——現世万物げんせばんぶつの親にして、それらを"統べる者"」





「即ち——『王』である」





(……"異なる、世界"に……"異なる物質"……?)




「そうだ。例え各自が作る物体、見呉みてくれが似ていようとも、それは形の成り立ちに類似点が有るのみで、中身を構成するのは違った物々ものもの




「"膨張"によって広がった今の世界を満たす"物質三種類"——その"三つ"が、主だった分類である」

「み、三つ……」

「……まあ、更に細分化して区別することも可能ではあるが……其方も惑いの様子」




「故に、ここでは単に三つ——として話を進める」




 深緑の眼、泳ぎはじめて世界を見回す。




「そして、その"一つ目"というのが他でもない——余と其方にとって最も馴染み深き物」


「水や火や、土。うつわや体と言った形を持って世界に姿を現わす"物"——つまりはそれ、通常に『物質』と呼ばれるものたち」


「区別の為に分かり易く言って——『常物質じょうぶっしつ』とも」


「また民草の言葉を借りるなら——『分子や原子の集合体』……と言った所」




「そして、余たちはその物質を微細の領域で生み操る神であり、起点となった創造主は大神——」





「『大神ガイリオス』」





 腕を組んでの頷き、単身で納得の男神。

 彼の口にした『ガイリオス』と言う神の名、それは『物質界の王』をも表す"大いなる神"の名である。




「そして……"二つ目"」


「それは不完全な言葉で表しきれぬもの。やはり矛盾に満ちた、一見いちげんでは"物質ならる物質"」


「必ずしも物質それに"当たらない"という意味で——『非物質ひぶっしつ』」




「……物質じゃない、物質……?」

「その疑問は最もだが……うむ」



「一定の形式持つ余たちの比較として『形の曖昧なもの』、『定まった形を持たぬもの』……とでも、取り敢えずは認識が出来ていればいだろう」




「それら非物質は有する特性上、詳細な調査は困難を極め……兎角とかく、"膨大な熱量"を持って、"素早い"」


「多く『熱』や『光』とも呼ばれる——"動力源としての力そのもの"だとも、言えようか」




(……)




「起点の神は大神にして『神々の王』である——『ディオス』」


「"遍く熱の源'、"魂や命の祖"とも呼ばれる……"無限の光"」


「実際に奴無くして世界、始動を迎えることは無かったであろう——正に、"偉大なる創造主"だ」




 二番目に述べられた神の名、『神王ディオス』。

 その子、太陽——宇宙の輝きたちは今も天高く、他の子らを見守っている。




「そして最後、"三つ目の物質"——なのだが」




「ここで一つ、其方に"想像の翼"を広げさせよう」

「……??」

「簡単な事だ。心配は要らぬよ……ズバリ"尋ねる"と——」




「『その物質とは何か』——"其方に分かるか"?」

「えっ」




 そうして三種、三つ目の話に差し掛かった所——突然の"クエスチョン"。

 口角緩める男に、突如として"双方向のコミュニケーション"を求められる青年。




「手掛かり、余から『ヒント』を与えるなら……"若しや"、"若しや"——」




「ともすれば——『余よりも、其方のほうが詳しく知っているやもしれぬ物質』——だ」

「? ……??」

「分かるか? "知っている"か? ……そうでなくとも特に罰則は与えん。思った事を口にしてみよ、みよ」




 虚をつかれる形。

 惑うまま、心に浮かぶままの素直な——"検閲"に引っ掛からない——言葉を口にする。




「え、えっと……正直よく——"分からない"のですけど……」

「……"分からない"。『分からない』、か」

「ご、ごめんなさい」

「……むっふっふ。いやなに、謝る必要はない。余も少しばかり"意地の悪かった"故な」




「……それに、

「?」

「其方の言った『分からない』——"これが強ち間違いでもない"のだ」




「今から挙げる"その物質"を考えるにあたっては」




(……どういうこと?)




「『分からない』とは、言い換えれば『知らない』——『物事を未だ知らない状態』とも考えられよう。またそして今の発言を踏まえ、これまでに『物質』・『非物質』と来たならば——」




「"三つ目の物質"を何と呼ぶか——自ずと、その候補も絞られよう」

「……"未知"の、物質……?」

「そう。その物の本質を我々は。其処に何があるのか、ないのか。詳しく内容を確かめる事さえも未だ叶わず——許されず」




にして。宙を満たしては光と相克そうこくし、重く凡ゆるものを飲み込み、覆い、隠す——"未知の物質"」




 愉色ゆしょく帯びる、神の語り口。

 その空気急変化に怯え、震える青年の側。

 "師の闇"は、"暗黒"は——身を覆って今も彼女と共にある。




「故に我ら、"それ"を次のように呼ぶ」





「未知の——『暗黒物質あんこくぶっしつ』と」





「『未知の』という点では、先の非物質と相似の関係にありながら、しかし同時に『光』とは対照的な『闇』としても語られる——"謎多き物質"」


暗黒これを操るのは広がる世界にただ一柱。"唯一無二の神"であり」




「"その大いなる神の名"は勿論——」





——





(…………)




 聞かされた青年にさしたる驚きはなく。

 彼女の表層は恐れ、畏れも見せず——言葉を続ける神。




「……と、これまでの語りが大神各位についての概略だ」


「『常物質』、『非物質』、『暗黒物質』——それら始めに司る大いなる存在。その三つで分類される神々にとっての祖たる柱」




「かつて世界を創り、そして今尚も世界を支える三本の柱——それこそが『大神』である」




「……また加えて、『大神』という同じ一つの括りに属する以上、この三柱は扱う権能に共通点を持つのだが……」


「『無の中でゆうを叫んだ者』——等と急に言っては、学びすがらの若き神。其方も理解を為兼しかねるだろうからして……」




「因りて、"今"。更に分かり易きものとする為——」





——





 "実演"——"開始"。

 鳴動、三叉さんさうつわ

 回される先端、くうに描くのは円。




(な、何を————"!!")


(水が急激に、"増えて"——)




「然り。『水』だ」




 急上昇する空間水分量。

 その源——水源は今まさに神が描く辺り。




「今に創るは——水を主な構成物質とする、"一つの物"」




 言いながら、水に続いて他の物——謂わば『一酸化炭素』や『二酸化炭素』、『アンモニア』——など、など。

 その他も沢山——未熟な水神では感知が追いつかぬ物たちまでもが今に生まれ、溶け合う。




「その多く——光る、星に、引かれ、周る」



「また別の、一種の星——"天体"だ」




 渦巻いて回り流れる液体、気体——固体?

 兎角、『ケイ素』や『炭素』、『鉄』——などなどの固体の微粒子も後に続いては混ざり合い、即座に冷やされ固められ。

 食器? が終いにくるりと再び描く円——そこに浮かぶ一つの"球"。

 その大きさは掌大、色は其処らの岩石の如く"燻んだ灰色"持つ——"歪な球体"で。




(——"!")


(まさか、殆どが水の——この、"汚れた雪玉のような物体"は、もしかして——)




の中でも攻撃性能を落とし、より偵察や哨戒に重きを置いた天体」


「翔るそらで尾を引くそのさま、"ほうき"の如く御星様おほしさま




「それ即ち、つまり——」




 球体は天地の熱を受け、緩やかに蒸発を開始。

 希薄な大気となった塵やガス、曇って覆う"その物"の名を口にする。





「——『』である」





 神秘のなせる創造の業。

 極小の"彗星"——"作者"の手元にて惑星内に姿を現し——浮かぶ。




「其方も感じ取っていた事とは思うが、この天体——この場にあった物質で形を作られた訳でなく」




「今、"新たに生み出された物質"を材料とする——新発見の"新星"なり」

「————!!」

「そして、この力。その拡大版こそが大神の有する最も偉大の権能」





「己以外、何一つとして必要とせずの——


「今に見せたのは、その一端である」





「……ほ、本物の……彗星?」

「……此処で言う本物と偽物の差異は良く分からぬが……まぁ、『今に存在する』という意味では"本物"、であろうか」




「——ほれ、好きにれてよいぞ」

「わ、わわっ——!!?」




 すると生まれたての星、揺らぐ大気で尾を見せて。

 男の指が起こす透明の波に乗り、女神の正面間近へと緩やかに迫った。



「さ、触っても大丈夫なんですか」

「ああ」

「……いきなり爆発とかは……」

「せぬよ、"させぬよ"。諸々の処理も余が担う故、そう気にせずとも良い」

「そ、それじゃあ(?)……失礼して、少し——」



 そして、善意か厚意——のようなものを無駄にはしまいと。

 星をつつくのは女神の細い、柳の指先。



「——つ、冷た、い……?」

「うむ。熱受けて現れる"尾"こそ"再現"はしているが、殆どは冷え固めている」



 触れた先から『じわりじわり』と伝わる冷気。

 どこか肌を焼くような『じりじり』とした感覚は女神に固体の二酸化炭素——つまりは『ドライアイス』を想起させた。



「……す、凄いです。その……大神の方たちはみな、こういったことが可能なんですか……?」

「然り。彗星の一つ二つを作るのなら、生まれ持つ物質属性を問わずして可能である」



「——しかし、より厳密に言えば、大神が主に生み出す物も先に述べた『三つの種類』に依拠するという事でもある」

「……な、なるほど……?」

「各位其々が異なる『始まりのいち』を有し、その組み合わせで存在するのが、今世界いませかいなり」



 三叉食器は丁度、男に向かって掃くような動作。

 引かれる彗星、作成者の下へと戻って行く。



「……と。こうした"原初の力"を更にあれやこれやと出来る者が大いなる神、『大神』と呼ばれる神々だが——」



「其方とて、"元はその一部"。同格の宇宙創造は難しくとも、似た事は可能なのだぞ?」

「……"自分にも星が、作れる"?」

「"左様"。今に見せた箒の星を作りたいのなら、それこそ水で諸々の物質を寄せ集めては圧縮——それだけでも一応は完成だ」



「構成する物質は己で決めて良いし、只水ただみずでは神の猛火によって一瞬で無力化がされてしまう場合でも、このよう色々を混ぜてやれば"熱"に対しても一定の抵抗を示せる」


「加えて、混ぜる物質を工夫すればその他様々に応用も利く故、覚えておくと何か——活かせるかもしれぬ」



 掌に浮かぶ星、摘まれ、煙のようにして失う形。

 新造の物々、世界で静かに溶けて行く。




「——と言った所で、世界を満たす物質たち、今日こんにちに至る。……大神についてはそれぐらいで構わんだろう」

「……では、始まりとなった"大神以外の神々"とは、もしかして……」

「——元を辿れば大神に行き着く分身ぶんしん。やはり独立の柱たち」




「……若者の言う"世代"で表すなら——『大神が第一の世代』」


「次いで——『大神から直接分かれでた神々が第二の世代』」


「更にその下——『第二から分かれた神々が第三の世代』……であるか」




「例として其方の場合、かつて第二世代の女神であった今の、この星で産まれた神であるからして——第三の世代。大元を常物質界の王とする系列の、"水の神格"である」




「……それなら"光の神"というのは神々の王と、そこからの……」

「——"神王から生まれた神たち"。という訳だ」




「……うむ。かくして『始まりの神』や『世代』については切れがよく」


「これからは愈々、其方が真っ先に求めた『光神ども』の話を紡ぎ行かん」




「……お願いします」




 そうして神話、主題を"光の化身"へ。

 "飢饉"や"疫病"、そして"戦争"危機の裏に見え隠れする"光"——『その潜む輝きを暴かん』と、青年の欲する所へ向かう。




「光の頂点に立つ王『ディオス』。そして奴から分かれた光たち」


「その第二世代に属する者、数は"四"。黄金や白銀に彩られた明光めいこうの神々」


「名は発生時期の早い順で上から——『プロム』、『ラシルズ』、『ゲラス』、『グラウ』」




(プロムさん以外、会ったことは勿論……聞いたこともない名前)


(……でも、もしかしたらこの中に、新しい別の容疑者が——)




「個々の特徴としては——男神プロムが『先読み』や『知恵者ちえしゃ』」


「女神ラシルズが『妬み』や『嬖愛へいあい』や『愛執《あいしゅう』」




「——なのだが……今に思うと『知に関する男神』と『何か重い女神』の神格……やはり"意味深の設計"よ」

「……?」

「……いや、すまぬ。脱線だ。然らば気を取り直して、次——」




「女神ラシルズの次が——『男神ゲラス』と『女神グラウ』だが……これらがまた"特別"、"別格"で」

「?」

「今に挙げた二柱ふたはしら。共に"ある共通の明確な指針"に沿って生み出された——同世代の中でも一際強大な力を有する神。"逆巻く紅蓮の神格"」

「……共通、明確な……"指針"?」

「ああ。というのも第二世代の神々、発生したのは争乱の末期なのだが……その最中で神王が効率良く目的を達成しようと、取り分け熱を入れて調整を施した神が——その二柱なのだ」




 緊張で動かす指に半透明の杯は触れ、立てる小さな音。

 酒場内の声の数々は未だ彼女の耳には届かず、当然に此方側から起こる音も——今尚聞き取りを進める美神には届かず。




「そして、当の神らが抱える目的が——『我らが大敵の無を"奪い取って"有とし、また与えた存在を"こわし、滅する"』」




「即ち——『』と『』を命題とする神々」




(……"奪う"こと……? それに……"破壊"……)




 不穏さを増す言葉遣いに飲む息。

『収奪』と『破壊』——どちらも日常では意識の外に置かれるべき、"負の気配"を漂わせる言葉。

 否が応でも青年の気、引き締まって。




「件の二柱はそうした『荒ぶる衝動』を柱の核として、王により自己の存在を確立」


「その破滅光輝は争乱の終わりし今尚健在。けれど伝え聞く限りでは『血の気あまりに多く』」


「世界に立ち、上がる火の手。その有り様——『柱であってつるぎほこでもある』……とのこと」




 空を突く三叉、意味を分かり易くする為——刺すようにして動かされる。

 そして、男が語る内容は徐々にその食器の、三叉の先端の如く鋭さを増して行き——。




「そうしたが故に破滅の威光を畏れ、敬いさえする者たち——奴らを"このよう"呼ぶ」




 今、神話の切先きっせき——へ向け、進み出す。




「——戦神いくさがみ。若しくは戦神せんじん





「つまりは————とな」





「——"!"」


("戦争"に関わりのある……"光"の——神……!)




 せまる感覚、逸る心。

 見開く目は神の前。




「おぉ……? 若しや『目当て』が見つかったか? "其方が求める神"が」

「……"もしかしたら"、ですが」

「そうか、そうか。ならば疑念を口にし、言葉の形で尋ねてみよ。余の答えはそのまま、其方がする探求にとってのしるべとなるであろう」




 自らの内面を湿らせ冷まし、頷き。

 そうして青年は、"見えかけた尾"を掴んでは手繰り寄せんと問い掛ける。




「……では、いくつかの質問をさせて頂きます」

「うむ」

「先ずは——」




「その"戦争の神"というのは——"弓矢"を使ったりは、しますか?」

「——"使う"。"使える"。奴ら、凡ゆる武具扱い極めしつわもの。其々が特化した得物こそあれ飛び道具も例外ではなく、よって当然に『弓矢も用いる』とのこと」



「……それなら、"光そのものを武器"に——"矢に纏わせたり"、"矢の形にして射る"ことも可能ですか……?」

「——"可能"だ。光神の扱うそれは元来"限りなく"して、ある種"無形むけい"のもの。細く鋭き矢として射る事は苦もなく、神王に連なる者なら容易くやってのけるだろう」




(戦争の神は、"弓矢も光も武器として扱える"。……ここまではいい)


(次は、もっと的を絞るための質問を——)




「でしたら、その戦争の神……男神ゲラスと女神グラウの二柱は戦争の他に何か、例えば——『飢饉』や『疫病』といった"人にとっての災害"と関わりがあったりは……?」

「——"ある"」

「——! 本当ですか……?」

「あぁ。これも伝聞となるが、"一定の信頼が置ける筋"からの情報だ」




「"戦争"に加えて其方の言った"飢饉や疫病"——『世界の乱れを引き起こす事もまた、戦光いくさひかりの得意とする事』だと——かみは言う」




(……光の矢。飢饉、疫病)


(その全部と関わりのある——戦争の神)




 偶然か、将又——"必然"か。

 かつて都市を襲った、そして今現在も襲いかかろうとする脅威——重なる幾つもの情報。



(……もう少し)



 焼け痺れる掌や重厚なる大木の如き尾で叩きつけられた体。

 肩口を切り裂いた水の刃や、敵を鋏で真二つに切断しようという殺意の込められた眼差し。



(……もう少しで、掴めるかもしれない)



 限られた食料に痩せ細り、飢えながらも生存を諦めなかった人々——他者への優しさを忘れなかった少女。

 水の不足に苦しみの声を上げ、のたうち回る患者——若しくはその救助に奔走する医療従事者たち。



(……裏で糸を引く——)



 直接、身に受けた己の痛み。

 理解の及ばぬ他者の苦しみ。

 あと一歩で届かなかった命への——忘れ得ぬ後悔の念。




(——"何者かの正体"が)




 振り返った歩みの軌跡。

 想い、噛み締め——"光明"へ向かわん。





「……それなら、その男神か女神は……この山のふもとに住む人々——『アルマ』という民族と何か関わりがありますか?」

「"関わり"」

「……"血の繋がり"だとかは……?」

「それならば——」




「——。"繋がっている"」




「……それは、より具体的には、どう……?」

「深く密接な、彼の男神なくしてアルマとやらも存在し得なかった"同列の関係"」



「遡っての過去に端を発し、そして今尚無視できぬ"親密"の関係である」

「……それはつまり、彼女たちアルマの大元……"出生や誕生のきっかけ"が、その……」

「そうだ。神王から直接に分かたれた彼の神——」





「『収奪戦神しゅうだつせんじんゲラス』。奴こそ——アルマの"血の源流とされた神"である」





(……『ゲラス』)




 犯行を裏付ける証拠は未だない。

 だが、知り得た神の名。

 それ、関連性は十二分にある——"疑わしき者"の名前。



(つまり、"アルマの神祖"。彼女たちが何故か隠していた"神"——)


("光を操る戦争の神"——それが、『ゲラス』)



 "血縁"という線で結ばれ始めた情報。



(……疑う理由は、十分にある)



 浮上した、"新たな容疑者"。

 反芻し、焼き付ける。




「……腹に落ちる名であったか」

「……」

「『ゲラス』、『ゲラス』——か」




「その神、残る女神も含む強大な、世界の頂点に立つ五柱いつはしら——『ビッグファイブ』が一つ」


「大神をはじめとして各位の"存在そのもの"、"己単独"で世界観を塗り変える極みの神——『極神きょくしん』」




「……と言っても今までに話した彼の男神について。聞こえる情報の殆どが、恐らく"直系の神による流布"であり……だがしかし、やつもただの『親馬鹿』という訳でもなく」


「故意に流す内容、其処には『真実』あれば『虚実』も少なからずに含まれるのだろう。……"手札を晒させる"のは如何にも神のやりそうな事」


「取るに足らない自慢話のよう思えて、けれど——"戦略上"では『手掛かり』にも『罠』にもなり得る絶妙、"巧妙の塩梅"だ」




 語る神、仰ぐ天空・宇宙。




「……なれど、件の戦神。大戦末期に消息を絶った"戦闘中行方不明"の神でもあり……当時それを知った大元の王は落陽の如く輝き失せて、愁然とした熱気が冷める様子でもあったのだが……ぬぅ」


「仮に、それが『生存していた』となれば——」





愈以いよいよもって——ぞ、これは」

「……」

「『嵐の前の静けさ』であろうか。其方も彼の神へは十分に気を付けよ。戦のやいば、"この身"で受けるにはあまりにも"熱い"——"熱過ぎる"」





「特に、"暗い属性"では正しく"手が焼ける"。見るだけでも"目に毒"で」

「……」

「また勿論、光の熱——通常の川水などでは決して冷ましきれぬ無限の力。今のように思い巡らす其方であればないとは思うが……無謀にも『正面から立ち向かおう』などと、冗談は考えぬことだ」




(……光の速さなら、瞬間の犯行も可能のはず)


(他に……"動機"は? 何故、こんなことを……)




 既に知り得た情報から事件の考証を行う女神の意識、閉じた世界。

 その正面、音もなく立ち上がる神の動き——考えに熱中する青年へ配慮をしたのか。




小波しょうはも重なれば大波たいはとなりて姿を現わすであろう」


「軒下の雨垂れにさえ気を払い、備えよ——女神」




(…………? ——あっ!)




 座っていた男の巨大が席を離れ、立ち上がって高さを増したことに漸く気付く。



「——え、えっと、色々教えてもらって……どうも、有難うございました!」


「何か、話のお礼は——」



 慌てて、去ろうとする者に対して真っ先に伝えるべきと感じた言葉を述べ、会釈。

 おずおずと顔を上げ、返礼についてを尋ねようとした矢先——"回り出す風景"。



(——"!" 景色が、ぐるぐる回って——)




「余の目的は既に成った。それで十分よ」

「——!」

「其方が用意出来るもの、多くは既に我が手中に在り。それ故、返礼は要らぬのだ。川水の」

「でも……!」




 "組み変わって行く空間"。

 目眩さえ覚える女神は立ち上がろうと動かしていた体を低くして、椅子に腰を戻さざるを得ない状況。




「そうだな……『どうしても』と言うのであれば——今後も"探求"に励め。さすれば自ずと余の領域に其方は至るであろう」

「……?」

水上都市かのち、数多の催し。その内何か一つは其方の成長を促す要素、楽しめる物が見つかるやもしれんぞ?」

「??」

「探し求め、学びを楽しめ。若者よ。其方ら形ある者の"道行き"こそが余の喜び——その一つの"形"であるのだ」




 感じる風圧、水圧の如くなっても空間への重圧として発揮される神秘の業。

 謎神なぞがみの輪郭は溶け、渦巻く風景に飲まれ——別れの際に残す言葉。




「気張れよ、川水の」


「其方というものかたりはまだ——」




 深緑の目光が、世界を包む。






「——始まったばかりなのだから」






————————————————————






「————っ!?」




(ここは——!)




 変わった視界の光景。

 青年——当初の座席へと戻され、驚く。



(……元の、席)



 泳ぐ目線、真横に見えるのは——イディア。

 友の存在、無事を知って湧き出す安堵。

 戻りし酒場の匂い、喧騒も今では安らぐ要素の一部となり、嵐の過ぎ去った感覚で脱力。

 喉で生成した水と共に、落ちる肩。



(あの——"神"は、一体……——)



 流し目で見遣る先、壁際。

 其処に座っていた男の姿は影も形もなく。

 "神隠し"を越えた女神は、狐につままれたような表情。





(——"何者"だったんだ……?)





 夢心地覚めきらぬ彼女の正面、机の上では濁り水の入った石の杯と——"空いた半透明の杯"。

 それは『試練を乗り越える勇気を示した者へ』贈られた——"記念の賞杯"。

『今し方の挑戦が現実だ』と証明する——水という"己の分け身"に向けた——大賢たいけんよりの贈り物でもあったのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る