『第十五話』

第三章 『第十五話』



 アルマの里。

 出入り口となる門の外側。



(——そもそも豚が突然目の前に現れて、しかもその頭に矢が刺さってるなんて……明らかに"普通じゃない")


(それに、弓と矢が近くにいたリーズさんの物だとしても……気絶していたアイレスさんがそれを手に取って使うなんてのは……やっぱり、これもおかしい)



(……だとすると——)



 門構えのすぐ側、並び立つ守衛とイディアから少し離れた位置で。

 単身、思案を巡らすルティス。

 同地を訪れる第一の目的としていた少女アイレスとの面会を終えた彼女は今、次なる"参考人"の少女——アルマの『リーズ』を指定された場所で待ちながらに重ねる思案。



(——アイレスさんに殺害の記憶がない以上、考えられるのは……『彼女が気絶していた間に"誰か"が豚を殺害』し、『偽装工作を施した』……)


(若しくは、『何らかの要因で混乱状態にあった彼女が』、"本当に豚を"…………)



 求める相手が到来するまでの待機時間、今し方に入手した情報を整理。

 山羊たちの鳴き声は最早耳に入らず、瞬きさえも忘れて、女神は推論に推測を積み重ねて行く。



(……"落ち着け"。もしも"そうだった"場合は……弁護の方向性を変えて——)


(けど、それ以前に今の俺が考えるべきなのは——『彼女の無罪を信じ、情報を集める』こと)



("自分が望む結果"を、忘れては駄目だ)



 息を吐き、風に晒されながらも潤い失せぬ神の目——隠す瞼。



(理想的なのは——"彼女がまた友人や家族と仲良く過ごせる暮らし"。ルティシアとアルマの関係も同じく良好の、"明るい未来"だ)


(だからこそ、そのための"裁判"、そのための"情報収集"に——"今は集中しよう")



 横に振った頭を止め、開いた目で青空を仰ぎ見る。



(そうして、だから……次は——)



(——次に、リーズさんと会って、そこで彼女からも事件についてを聞いて)


(特に注意して聞くのは……『被害者の豚』と『容疑者のアイレスさん』、あと……『凶器と思われる弓矢』についてで……他には——)


(……『アイレスさんが気絶した時の詳細』、"時間"とかそもそもの"原因"とか——)




(——"!")




 清々しく広がる空の青に馴染みのある水の色を重ね、落ち着きを取り戻しつつあった青年。

 冷静に逆算で目下のすべき行動を見定めていた彼女は——気付く、視界の端から近付く人影に。



(……来た)



 人が齎す水気の動きを感知して、切り替えの思考で見遣る先。

 予想通り、接近する人影は見覚えのある形をしていて、青年は直ちにその影が——囚われのアイレスの友人——少女リーズだと、理解。

 直ちに背筋を張り直して咳払いを行い、声を発する準備を整えてから再会の相手を迎える。



「……お久しぶりです。リーズさん」

「……こちらこそ、です。ルキウスさん」



「……今日は一体……どのような要件で私を……?」



 眉と口の端を下げた金髪の少女。

 姿を現したリーズは困惑の色を隠さずに早くも知人たる青年へ問うが、その口振りからして彼女もまたアルマの子供らと同様に現状での詳細を知らされてはいないようだ。



「……今日は、リーズさんから少し——『話を聞きたい』と思って、この場所を訪れました」



「なので、就きましてはお忙しい中こちらの呼び掛けに応じて頂き、どうも有難うございます」

「い、いえ。滅相もありません。……ですが、"話"と言うのは……?」



 両者、会釈の交換を経てから説明に移る。



「その話とは——他でもない貴方の友人、"アイレスさんに関すること"なんです」

「……! それでは、ルキウスさんも例の件について、既に噂を……」

「……はい。断片的ですが、ルティシアでお二人に関する話を神殿横の社務所でお聞きし、居ても立っても居られずに飛び出して、今……今し方、アイレスさんとお会い出来た所です」

「アイレスと……」

「体の方は大丈夫そうでしたが……混乱している様子でした」

「……」



 揺れる結髪、それは金色。

 リーズが目線を下げて、揺れる物々。

 同時に、押し黙る彼女の目も左右に揺らいで、その瞳は心の動揺を切実に映し出す鏡となっていた。



(アイレスさんの証言通りならリーズさんも現場には居たはずだけど……どう、切り出すべきか——)



「……彼女から、"事のあらまし"も聞きました」

「……はい」

「……貴方が、その時その場所で、一緒に居たことも」

「……」

「……宜しければ、今日はその辺りついてを詳しく教えて頂きたいのです」

「……それは……」



 そうして、合わせてくれない少女の視線、幾度も門の下——離れたアルマの守衛の方向へ飛び、"会話をする"のに問題がないことを確かめて。



「……貴方と"話をすること自体は"、問題ないのですが……」

「……」

「あんなに、自分でもよく分からない事件について話した所で、アイレスは……」

「……それについては自分に"考え"があります」

「"考え"……?」

「はい。と言うのも、今日はただの興味本位で貴方たちから話を聞きに来たのではなく——」




「彼女を——"アイレスさんを助けるため"にも、自分はこの場所を訪れたのです」

「! そ、"そんなこと"が可能なのですか……?」




 朗報を耳にして、少女は疑念を拭いきれぬ驚きの表情、けれど其処には差す明色。

 対する凛々しき表情の女性、『アイレスを助けん』と青年がする説明へ、確と耳を傾けて聞く。



「……まだ確かなことの言えない可能性を探っている段階なのですが……僅かでも、"望みはある"と考えています」

「それは……どういう……?」

「……リーズさんは聞いていますか? "裁判"について」

「……? い、いえ、聞いていません。所かその言葉も今、初めてお聞きしましたが……」

「簡単に説明すると事の理非、今で言うなら——アイレスさんや貴方が巻き込まれた事件についてを、アルマとルティシア双方の見解を交えて話し合い——衝突を穏便な形にしようというものです」

「穏便に……」

「はい。そうして話し合って、最後には両方の人間を従わせる権威が処遇を決定する。中立的な立場から判断を下す——そう言った行事でもあって」




「実を言いますと、自分……ルキウスがそうした裁判の場に立ち——、"話をすることになった"んです」

「——! ルキウスさんが、アイレスを……」

「……はい。自分がやる、それを弁護と言うのですが……そのためには『何があったのか』、出来る限り詳細な情報が必要なのです」




 青年は事情を述べて、切に願う。




「なにせ、集めた情報を用いて人々の前で『彼女がやっていない』ことを、若しくは『害意や悪意がなかった』と証明が出来れば……状況を良くして、貴方たちの"関係"を取り戻すことも出来るかもしれなくて——」




「……だから——」




 奇妙且つ危機的状況に陥っていようとも、アイレスもリーズもこの世界に未だ、生きて健在。

 故に、彼女たちが笑顔で語らい合うことの出来る"未来"は未だ閉ざされてはおらず。

 その思い描く景色を現実とするため、願う。




「——どんなに荒唐無稽でも構いません。どんな内容であっても俺は、貴方を信じて」


「貴方もアルマも、アイレスさんもルティシアも護るため——最善を尽くします」



「なので、だから——お願いします」




「どうか——事件についてリーズさんの知っていることを自分に、教えてはくれないでしょうか……?」




 誠意を動作として表し、頭を垂れて。

 動作の後、広がる静謐の間。

 少女を含む人々を護らんとする青年の想い——それに応えて、リーズが返す言葉は以下のよう。




「……分かりました。信じ難いことばかりが起きて……今ではアイレスと顔を合わせるのも躊躇する私ですが——」




「私に分かることを、可能な範囲で——貴方にお教えしたいと思います」

「……感謝します」

「……こちらこそ。私たち年少の者のためにと、奔走して下さっている貴方に……深く感謝をいたします」




 であるからして、ここに。

 弁護を担う青年は新たな証言入手の機会を得て、邁進する。

 真相追求と、描く暖かな遠景を目指して。




「それで、私は……何処からお話すれば、よいのでしょうか?」

「では先ず……単純に今回の事件で『貴方が見聞きしたこと』を教えてください」



「細かい疑問はその後、こちらから質問でお聞きしますので」

「……分かりました。そしたら早速、お話を」

「お願いします」




「……あれは——私が、ルティシア近くの花畑でアイレスと遊んでいた時のことです」




 始められる語り口。

 女神は人の声を己という水に浸透させ、暫し黙して聞き入らん。



「その時、私と彼女は花を摘むなどして何気ない会話を楽しんでいたのですが……突如として何の前触れもなく"世界は光に包まれ"、驚いて咄嗟に目を瞑って少しした後に開いたら……——」


「——……目の前で、いつのまにか私の地面に置いてあった筈の弓を手にしたアイレスと……私たちアルマにとっての宝である黄金の豚が——"頭に矢が刺さった状態"で、死体となって現れたのです」



(……大体は、アイレスさんから聞いたのと一緒で……でも——)


(——……? この、"現象"は……?)



『最も自然なのはの類だろうか』と人の心理で推測をしながら、青年。

 間もなくリーズの語りが続くのを確認して一端は考え込もうとした己を引き下げ、"考察"は後回しに聞き手へと立ち戻る。



「……本当に一瞬のことで訳が分かりませんでした。私は狼狽えることしか出来なくて、アイレスは震えながら座り込んでしまって……」


「そうして二人で慌てていたら、そこに姉様ねえさま……私たちアルマのおさであるヘルヴィル姉様が現れて——」



(! 新しい情報だ……!)



「——姉様は『この少女は私達の下で身柄を確保する』と言って、私は咄嗟に"アイレスが殺害を疑われた"のだと思い、弁明しようとしたら……」


「——『安心しろ。痛めつける気も殺す気も無い。……ただしばらくの間、牢に置くだけだ』、『リーズ、お前は彼女の親しき者に外出を伝えて来い』と言われて」



「私は、命の安全が保証されるならと、そのまま混乱した状態でアイレスの友に話をしに行き、それから姉様の指示に従い、里へ戻り——」


「そうして今、アイレスに掛ける言葉を探しながら、結果として面倒に巻き込んでしまった彼女と会うことを、私は……恐れている」




「——……と、いう訳なのです」

「……」

「……以上、今に至る私が見聞きした事件のあらましなのですが……お役に、立てそうですか?」

「……少し考えさせてください。質問は考えを纏めた、その後に」

「……分かりました」




(……『光』。そして、事件を早くに発見した『アルマの長ヘルヴィル』……)


(事がリーズさんの話通りなら、ヘルヴィル……さんは事態が事態にも関わらず……やけに"落ち着いている"。自分たちの大切なものを害されたと知ったら、一般的には……もっと怒ったり、悲しんだりしそうなものだけど……)



 嘆き悲しむか、怒り狂うか。

 ましてや失われたのは神より授かりし黄金の家畜、その価値は金銭に代え難きもの。

 前提となる状況に疑って掛かる青年にとっては感人の情一つ一つさえ——様々な要素が怪しく思え、考慮すべき物事の多さに目は回りかける。



(……ちょっと、こんがらがってきた)


(……兎も角、質問すべきことに"ヘルヴィルさんについて"も加えて……今は、情報の量が重要だ)


(落ち着いて一つずつ、聞いて行くしかない)



「……お待たせしました。そうしたら早速、質問に移らせて頂きます」

「はい」

「先ずは……"アイレスさんについて"ですが——」



 しかし、揺れる己を『誰かのため』を基準に呼び戻し、女神は事件の詳細へ更に切り込んで行く。



「——彼女は自身が気を失い、『目を覚ました時に初めて、弓を手にした自分の存在に気付いた』と言っていましたが」



「リーズさんの方は彼女が貴方の弓矢を手に取る瞬間を、目撃していたんですか?」

「見ていません。光で眩しいこともあって、一瞬の出来事だったので……」



「……それ以前に弓矢はアイレスさんのすぐ近く、彼女の手が届く距離に置いてあったのですか?」

「いえ。少し離れた木の根元に立て掛けて置いたので……一瞬でそれを取って戻る、しかも矢をつがえて射るなんてこと……アイレスにそんなことが出来るとは、今でも思ってはいません」



「……その矢は扱うのに、訓練などが必要で?」

「そう……ですね。木材を動物の角や骨で補強した複合弓ふくごうきゅうなので、引くにもそれなりの力が必要で……勿論、狙った所に射るとなれば一朝一夕では……とても」

「アイレスさんにそうした、訓練で培ったような力は……?」

「なかったと思います。半生の付き合いですが……少なくとも私の知る限り、アイレスが弓矢を扱う姿は見ていませんし、聞いたこともありません」



 そうして早くに聞いたのは、"凶器と思しき弓矢"のこと。

 その結論——アルマの使う弓矢は膂力りょりょくの乏しき少女——『アイレスでは扱うことの極めて困難な代物』であるようで。

 彼女の潔白を信じる青年はここに、一応の"手応え"を得る。



(……これは一つ、アイレスさんに犯行が難しいことを説明する——その材料となりそうだ)


(そしたら後、今の話で気になるのは……——)



「……状況が変化する際に『世界が光に包まれた』とのことですが、これは……"音"を伴ってたりはしましたか?」

「いえ。一瞬でしたが、それこそ天を裂くいかずちのような音は後にも先にもしませんでしたし、その日は天気も良く、ただただ光だけが広がって……」



「……"でも"」

「……でも?」

「音こそ聞こえませんでしたが、異変の後はなんだか少し……"周囲が暖かくなった"ような気が、したような……」

「……気温が急に上がったということですか?」

「……というよりも、前方……丁度、"死体の方"から"焚き火の熱"が伝わるような『ぽやー』としたものだったかと、そんな風に思いました」



(……特定の方向に"熱源"でもあったのか……?)


(しかもそれは、死体の方向……もう少し、掘り下げてみよう)



「……そこには実際、焚き火のような物があったんですか?」

「……いえ。目を開けた後、私はアイレスの方ばかりに気を取られていたので、ハッキリとは何があったのか分からないのですが——」

「……」

「光が世界を覆い、そして去って行った後も……"一部"はぼんやりと光っていて……"それ"がもしかしたら、暖かさの原因だったのかもしれません」

「……? "それ"が何なのかは分かりますか?」

「それは、はい。混乱していたので記憶違いかもしれませんが……少なくともその時の私には——」




「——ような……そんな気がしました」




(——"!")



』とは——聞く話の状況からして、やはり豚の命を奪った直接の凶器か。

 いや、それ以前に女神は聞き覚え——"見覚えのある対象"の存在を耳にして、驚きに見開く目。

 "かつて己の掌を焼いた熱の痛み"を思い出し、回復したそこに汗を握りながら、急ぎ追加で問い掛ける。




「——そ、その"矢"は今、どこに?」

「矢の所在……少し待って下さい、思い出すので」

「……」

「えぇと……あの後に姉様が来て、話をしてて……その後で私が死体を見た時にはもう——と、思います」




(……っ!)




「……なので、今の所在は分からなくて……ごめんなさい」

「い、いえ。貴方が謝る必要は何も」



「……ですがそしたら、その間に『ヘルヴィルさんが光る矢を引き抜いた』ということは、ないでしょうか?」

「見た限りでは……そんな振りはなかったです」



「矢……らしき物は本当にいつのまにか消えてて、誰が触れるでもなく、ひとりでに姿を消してしまったような感じで……」

「……そう、ですか……」




 "如何にも怪しい点"を見つけ、逸らせた心。

 しかし、『少女の与り知らぬことばかりにかまけていては実のある収穫は得られないだろう』と、素早く状況判断をする青年。

 時間に追われながら『行方の分からぬ凶器の光る矢』を記憶の隅に留め置き、今は次なる"重要情報"へと話を移す。




「……では、次に——今回の事件で直接の害を被った豚、貴方たち"アルマの黄金の豚"について質問をさせて頂きます」




「……そのことについては残念で、自分からも……お悔やみを申し上げます」

「……ご丁寧に有難うございます。静かなる世界へ向かったの命が為にも極力正確に、引き続きの質問にお答えしたいと思います」

「……お気遣いにも感謝を」




 異なる文化圏の者に対し、死の関係する事柄、"死した者"についてを問うのだ。

 配慮をするに越したことはなく、よって念の為に簡潔ながらも弔いの言葉を掛けてから青年は——今回の事件で直接の被害者となった『豚』の詳細を聞き求める。



「……それで先ず、その黄金の豚ですが、リーズさんとアイレスさんの目の前に現れた時にはもう——頭に矢が刺さり、亡くなっていた」



「……であれば、それ以前に豚は貴方たちの近くにいたんですか?」

「いえ。セフィは当時、私たちのその近くにはいませんでした」

「……? "セフィ"……?」

「あ、私たちの黄金の豚の愛称で、本名は『セーフリンブルスティ』と言います」

「せ、せーふりん、ぶるすてぃ」

「セーフリンブルスティ、です。言いにくければ今まで通りでも構いません」

「な、なるほど……」



 細かな名称は今、重要ではない。

 "被害者の動向"こそ、記憶すべき情報だ。



「……なら、その豚もやはり——『光の包む一瞬で離れた場所から弓矢と共に移動した』……ということでしょうか?」

「恐らくは……はい」



「因みに、その豚はどういった理由で都市まで連れてこられて、誰が管理していたとかは——」

「それなのですが……"誰も分からない"のです」

「……どういうことですか……?」

「ルキウスさんも知っての通り、亡くなったセフィは私たちにとってとても重要な存在です」



「……なので、散歩などで外出させる際にも長をはじめとした幹部の姉様たちが話し合って丁重に扱うことになっていたのですが——」


「事件が起きてしまったその日は山を下って『ルティシアまでセフィを運ぶ予定などは存在せず』……幹部たちも『詳しくは知らない』の一点張りなのです」



「……では『豚が独りでに現場まで移動した』、若しくは『何者かがそうさせた』……という可能性が?」

「……いえ。セフィは普段、頑丈でしかもに入れられているので、それはないかと……」



(——"特別"?)



「見張りも常に複数人で付いているので、誰かが不審な動きを見せれば直ぐに分かりますし……外部への警戒は更に厳重です。盗ませるようなことはなかった……はず」



 呪いという複雑な事情を抱えるアルマ。

 それ故に日夜、彼女らの本拠地は外敵に備えて訓練を積んだ戦士が警備に当たっており、その一端を里に来るまでの検査や遠方から向けられる視線から既に見知る青年。

 貴重品でもあった件の豚を『どのよう厳重に管理していたか』が気に掛かって、掘り下げ。




「そのとは……どう"特別"なんですか? 差し支えのない範囲で教えて頂きたいのですが……?」

「…………場所や材質はお教え出来ませんが……開くために——が必要なのです」

の……"認証"……」




 すると、出てくるのは物騒な言葉で、思わずに眉を顰める。




「……はい。それについては私自身も係ではなく、よくは知らないので……詳しい仕組みも教えることは出来ませんが——」




「私たちアルマが持つあかし——古くから脈々と受け継がれて来た『』によってのみ、"神威を守っていたその檻は扉を開く"のです」

「……では、つまり——……と?」

「はい。その認識で問題ないと思います。例え部外者が私たちから流させた血を奪って檻に向かっても意味はなく——だけが、開閉を許されるのです」

「……」




 そして飛び出す、幻想的且つ神秘的な事象。

 聞いて少なからず頭を悩ませるのは、人として生まれ育った筈の女神。



(遺伝子の何かを識別する……的な? 細かいことは分からないけど……"本当"、ではあるのだろう)


(この世界に来てから信じ難いことを何度も目にして来た。それに……何より"自分自身"だってその一つで……だから今は、"信じる"しかない)



 変わり果てた姿から伸びる"蛇影だえいの如く細い己の影"に落とした目線を上げて、目前の問題へと向き直る。



「……不躾ぶしつけな質問かもしれませんが、その"神祖"とは——『アルマの皆さんにとっての起源となった神』……ということですか?」

「はい。我々アルマがこの世に生まれ出でる切っ掛けとなった神が即ち神祖です。……今はどうあれ彼の者なくして私たち、命を授かることもなかったでしょう」

「……その"神——様の名前"は、何と言うのでしょうか? 御伺いしても……?」



 そうして、今に起こったのも超常的な事件であるからして。

 "神"と"その事件"とに『何らかの関連性が見いだせるかも知れない』と期待をする女神は、神妙な面持ちで話にあがった神祖の名を問うのだが——。



「……名前それなんですが……」

「……何か、不都合が……? もし、気に障ってしまったのなら——」

「い、いえ。そんなことはなくて……ただ、その……」

「……?」



 リーズ、あからさまに口籠る。

 青年の内心、そうした相手の続く言葉で更に重ねる——"違和感"。




「……"神の名を出した話"は今現在——のです」

「……"禁じられている"?」

「……はい」




 強まる、疑惑の念。




「……と言うのも先日、長から全員に通達があり、『暫くの間、神祖の名——用いることを禁ず』と、私たちは命じられておりまして……」


「今のよう、外部の人であるルキウスさんとお話しするのは特に咎められなかったので何か、"変"だとは思っているんですけど……命令は命令なので詳しくは……ごめんなさい」




(……"箝口令"?)


(神祖、"特定の神を限定"しての"口封じ"……?)


(だとしたら"目的"……"何かそうせざる得ない事情"が、彼女たちに……?)




 恩師女神よりアルマの族長ヘルヴィルの調査をも仰せつかっている調査員ルティス。

 現状でまさに『該当の人物が不自然な言動を見せている』ことに着目、抱く疑いで焦点を絞る。




「……分かりました。神祖についてをこれ以上はお聞きしません」


「ですが、ここまでの話で度々、貴方がたの長であるヘルヴィルさんの名前が出て来ますが……」




「その方に最近、また別の何か——"目立った変化"のようなものは、ありませんでしたか?」

「……"変化"。そう、ですね……以前より少し"高圧的"と言いますか、最近のヘルヴィル姉様は……先に述べた通り少し一方的に話をして、他人の言葉に耳を傾けないような気がします」



「"以前"というと……"いつから"?」

「今回の一件を境としてそれよりも前、です」



「……他にも、姉様はそれまで責任ある立場の者として苦悩を抱えながらも、この辺境で私たちが生きていく為にルティシアをはじめとした外部との協調路線を取っていたのですが……今現在では……」

「……その方針に"急な変化"があった……?」

「……はい。やはり私は未熟が故、詳細までは教えられていませんが……どうにもうえの姉様たちの間では何か"意見の相違"があるようで……」



「……ヘルヴィル姉様のもとへは他の者が度々に質問を持って訪れるのですが、長の口数は少なく……『強硬姿勢をめる気はない』ようで……」

「……」

「……今、我々多くの者も困惑の中にあるのが……現状なのです」




(その辺りを纏めると——アルマが急に攻撃的な態度をルティシアへ取ったことには内部でも疑問の声が出ている。……そして、その中心にいるのが……長であるヘルヴィル)


(……彼女は事件の発見者としてだけでなく、他にも何か騒ぎと関係がありそうで……もしもアデスさんの予想通りなら、彼女が事件の黒幕という可能性も——)




 愈以いよいよもって怪しさ深まる雲行き。

 一容疑者いちようぎしゃのする"露骨に疑わしい振る舞い"に加速する思考。

 未だ確たる証拠はなく断定は出来ずとも、聞いた話からして件の人物が事件の"鍵"を握るのは——『ほぼ間違いないだろう』。

 そうして、掴んだ更なる手応えの感覚に青年の胸の内、"希望"の色が現実味を帯びながらに濃くなって行く中——。





「——"我が友"!」

「! ——は、はい!」

「"間もなく刻限"のようですので、そろそろ結びの言葉を!」

「分かりました……!」





 耳に届いて、意識を現実に引き戻したのは——離れた門にて待つイディアの報せ。

 波風立てる訳にもいかず、振り返る青年は少女リーズとの締めの会話で以って指示に従うこととする。



「——という訳なので、リーズさん。最後に少しだけ、確認のような質問をします」

「は、はい」



「……貴方たちを束ねるヘルヴィルさんは本来、『好戦的な性格ではない』……そうですか?」

「……はい。私たちは時に外部へ戦力を貸し与える生業なりわいも行ってはいますが……その裁量を有するヘルヴィル姉様は本来思慮深く、優しい女性です」



「今日も、私がルキウスさんとお話しすることを許可してくださいましたし、それに——"アイレスを決して傷付けぬようみなに通達したのも姉様"です」



「……ではやはり『今回の一件が異常』で、『強硬姿勢を貫こうとする彼女の姿は他のアルマの人々からも奇異に映っている』……ということでも、間違いはありませんか?」

「はい。私たちが兵を出すのは防衛を主目的としたいくさが主ですが……そうであったのに碌な話し合いもせず、ああした態度を取る姉様にはやはり……"何かあった"のではないかと……私も、考えてしまいます」



 内部の者たちが疑念を抱くほどに起きたヘルヴィルの変化。

 果たしてそれが何を意味するのか。

 重要項目として得た情報を心に書き留め、青年。

 結びとなる言葉で以って感謝を伝えよう。



「……分かりました。今後はその点についても考慮しつつ、貴方を含むアルマの方たちに悪い結果が起きないよう、尽くします」



「今日は呼びつけて申し訳ありません。ですがリーズさんのお陰で少し、解決の糸口が見つかったような気もして……改めて、ご協力に感謝します」

「いえ。お力になれたのなら幸いです。厚かましいお願いですが、どうか……アイレスを頼みます」

「……勿論です。当日は任せてください」




「後、裁判ではリーズさんにも証言——事件についての話を関係者の前でお願いしたいのですが……構いませんか?」


「内容としては今日話したことと、その日までに気付いたことがあれば、その辺りを正直に話して頂ければ十分ですので……どうでしょうか?」




 そうして別れ際最後の提案——不安に眉をひそめながらも少女は頷いてくれる。

 ここに立つ二者は種族こそ違えど、思いは似たようなもの。

 優しき少女の幸せを夢見て、共に当日での再会を誓うのだ。




「……はい。私がアイレスのために出来ることがあるのなら、その役目——務めさせて頂きます」

「……深い感謝を、貴方に。協力して必ず……一緒にアイレスさんをお助けしましょう……!」




————————————————————




 こうして、アルマの里でいくつかの有益な情報を手にした川水の女神は、伴う美神と共に見送りの者に一頻りの礼を言って、その場を後にした。



(——被害者の遺体の検分は……アデスさんのほうで専門家のかたに当てがあるみたいだから、任せて報告を待つとして……)


(次は……)



(……辺りで、他に何かおかしなことはなかったか——山間部の共同体で聞き込み調査だ)



 道の途上、意気込む。

 次に向かうは霊峰連なるヒドゥン山脈の奥地。

 只人寄り付かぬ、暗がりの共同体だ。




(……頑張ろう……!)




————————————————————






 そして——。




「……」




 座す柱。

 酒場で何を飲むでもなく、他者との会話に興じるでもなく回す手——己で"杯の生成"、"満たす水"。

 その出来立ての物体を叩いて音を鳴らすのは——"先が三つに分かれた"——"突き刺す為のような形の"——"鋭利な"——

 それと、ふちを小突く三叉それと連動して大地、小刻みに揺らす神。





先置さきおく槍で、横入よこいりとする」





 待望。

 神、独言どくげんにて——神を待つ。



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