『第十一話』

第三章 『第十一話』



「俺の願いとは、それ即ち——」




「——『知る事』なり」




 開口、隻眼の男神プロム。

 空の青が見下ろす中、神々の交渉は進む。



「……何を『知ろう』と言うのですか?」

「女神よ。それは、貴卿きぎょうの実力——である」



(ゆ、"遊戯"——"ゲーム"って、こと……?)



「……何故、そのように思い至ったのか。私は遊興の神ではありませんが……返答の前に詳しい理由をお聞かせ願えますか?」

「分かった」



 意外な展開を前に、青年が瞬きを多くする中。

遊戯者ゆうぎしゃとしての女神アデスの実力』を男神が知らんとする理由は述べられる。



「俺が先の願いを伝えた理由。知見を得ようと考えた発端は……"ある風の噂"に興味を抱いたからだ」

「女神の風聞ふうぶんですか……それで、その"噂"とは……?」

「……俺が聞いたのは『凡そ五十年周期で人界じんかいの遊戯大会に現れては颯爽無言さっそうむごんで優勝を攫っていく——"とある遊戯者"』の噂だ」

「……」

「その噂が中々、暇潰しがてらとはいえ専ら近年、遊戯に打ち込む己にとっては"面白く"聞こえたもので」

「……その噂と貴方の願いに、然程の関連性があるようには……思えませんが」

「急かさずとも噂には続きがあり、何を隠そう俺という神が興味を惹かれたのは……"此処からの話"なのだ」



(この方も……ゲームとかやるんだ……)



 男神の足下、岩影に刻まれた模様に青年も気付く。

 今思えば雪上に描かれた格子模様は何らかの"遊戯盤"のようで、並べられた円形や四角形の小石は差し詰め"駒"であろうか。

 彼女には詳細なルールこそ一目で理解出来なかったが、その光景から目の前の男神が遊戯に親しみのある者だと推察して——引き続き、恩師のする事の成り行きを見守ろう。



「……」

「何せなんでも、その遊戯者——持つのは『薄く白きすみれのような色』で」




「また幸運にも五十の年を重ねて生き……二度、件の者と思しきを目撃した人間によれば——『その者の姿形すがたかたちは一度目と酷似していた』、との事」




「……」

「『同一の存在』か将又はたまた『孫のような関係』にあるのかは分からぬが……いやはや——"人界では奇異に映る特徴"を、有する者よ」

「……」

「仮に同一ぜんしゃならば『老いを知らず』、孫娘こうしゃならば……それはそれで驚きだ」




「地域にも"よりけり"であろうが、遊興にふける事の出来る確かな"ゆとり"を持った……

「……」

「『細くなれど凄腕の少女』とは……果たして一体、"何者"か」




「その噂、実に"神秘的"だと……"女神も思わないだろうか"?」

「……特には思いませんが、ではなにか——"その少女と私"に『何かしらの関係がある』とでも?」




 少女然とした女神、更に尋ねる。

 毅然たる態度のまま瞬きの一つさえ見せず、冷厳に。



「……確証はない、が——"微かに疑念はある"」

「……」

「あるには、あるのだが……"不思議な事"にその者についてを思案すれば——まるで意識に"黒いもや"が掛かるかの如く、己の考えは阻まれ」



「こうしている今も彼の遊戯者と他者何某たしゃなにがしを結び付けようと試みてはいるが、しかし……やはりそれも叶わず」



「……」

「故にこそ、此処で一つの疑念を晴らす為、『"女神アデスの実力"を知りたい』と思ったのだ。俺は」




「知れば何らかの"手応え"は得られようから」

「……」

「つまりだ、女神。俺の願いとは——"こう言う事"なのだ」




 すると男神、拾い上げる石。





「俺という神を役務やくづとめで使いたいのならば」




 人差し指と中指で摘んだ駒石それを対面の女神へ向かって突き出して——髪は改め、願う。





「此処で一局いっきょく——『対戦』を願えるか……?」


「女神アデスの、その"大才たいさいゲーマー"としての実力を、俺は——"見たい"のだ」





 願われて。

 ならばそうして、対するアデスは——。



「……」



(交渉でゲームをする……って、漫画やアニメでは見たことあるけど、本当にあるのか……)


(……まぁでも、聞く限りで勝敗は関係ないみたいだし、これで——)



 思いの外"すんなり"と事の運びそうで安堵する青年の側で、即座に。



(裁判長が確保出来て、開催の心配はかなり——)






「"お断りします"」






 即座に——"断り"の返事を返したのであった。



「あらら」



「——え!? こ、断っちゃうんですか!?」

「はい。気分ではないので」

「え、え」

「また『私』と男神の言う『少女』とは何の関係もなく、更にそれでは相手方が得られるものは何もない故——対戦はお断りさせて頂きます」

「で、でも、それじゃ、裁判が——!」

「そう慌てるな、我が弟子。今より他の落とし所を模索するのだ」

「……」

「今は私に任せてください」




「……そう言った訳で男神プロムよ——他の要望を聞きましょう」




 願いをにべもなく断って。

 平然としたアデスは男神のおどけた表情と弟子の気が気でない様子を尻目に次善の願いも聞き出して。




「ふむ……であれば——あまり自由に出歩けない俺の代わりとして『新作の盤上遊戯を買って来る』・『代金は貴卿持ち』……それでどうか?」

「"いいでしょう"」



(え——それは、いいの?)



「細かい種類は問わないが……そうだな——なるべく複数……"二者以上"で遊べる物を頼む」

「了解しました。後日、購入に向かいます」

「よっしゃ……! 忝い」



(いいのか……)




 "呆気なく纏まった交渉"。

 しかし、釈然としない思いを持て余す青年は喜ぶ男神へと一応、問い掛けてみる。

 一連の軽快なやり取りを見て間近の大男に親近感でも湧いたのであろう。

 今となっては彼女が数分前に感じていた圧迫感も大いに和らいでいた。



「あ、あの……プロムさん」

「? なんだ?」

「本当に、いいんですか? 裁判長を務めてもらうのにゲーム……盤上遊戯で」

「いいぞ」

「……正直、価値が釣り合っているとは思えないですけど……」

「そうか? 価値とは原初に存在せず、また今も虚ろな概念であるからして……己で後から好きに見出せば良かろう」

「そ、そういうものですか?」

「そういうものだ。少なくとも俺にとっては、な」



「自ら欲した物が手に入るのなら、それで良い。

 "所願の成就"に何を嘆く事があるだろうか」

「……」

「心配せずとも務めは果たす。お前の師を裏切るような真似は……おそれ多くて出来ん。とてもじゃないがそんなのは無理だからな」

「……そ、"そんなに"ですか……?」

「"そんなに"、だ」




「何と言っても其処な女神、連星を今は単一のものとし『夜』を。何より、元を辿ればそもそもこの"宇宙が暗く、黒っぽい"のも——」

「——肌骨きこつを驚かすような語調、感心せず」

「おっと」

「締結の為、再度の確認に移ります。男神」




 だが、ルティスの耳元で囁くよう何らかの女神真実を明かそうとしたプロムをアデスは遮り、話は——取り決めの総括へ。




「纏めると——男神プロムは間もなく行われる裁判に裁判長として臨み、その有する神威の下、公正な判断による裁定を人々に下す」


「また——女神アデスという私はその務めの対価として盤上遊戯の類を購入。後日に貴方へと贈与をする」




「——以上、成立する内容に相違はないか」




「概ね問題はない……が、"公正な判断"とは流れの中で女神に肩入れする事なく双方の言い分を聞き、また理の通った陣営の主張に基づいて審理を行う——と。そう言った認識でいいのか?」

「はい。その認識で問題はないでしょう」

「……うむ。了解した。であれば、此方も相違はなく——"交渉は成立"だ」




 見上げる女神と見下げる男神は視線を交差。

 "頷き合い"で合意を確かなものとした。




「……女神ルティス。礼を」

「あっ——はい! 今回は願いを聞いて頂き、どうも……有難うございます……!」




「おう。若き女神の活躍、楽しみにしているぞ」

「は、はい!」




 こうして、神への用向きは終了。

 瞑目するアデスが改めて軽い会釈をした後、青年もそれに続いて大袈裟な辞儀を置いて、女神らは場を去ろうとするが——。




「……"ふむ"」

「今日の用件は以上です。詳細な日時・開催の場所は追って通達をしますので……どうぞよしなに」




(……良かった。これで一つ、心配事が減った)





「"……"」





 "ギラつく隻眼"。

 眼光の先には川水の——安堵に息を吐く——"気の抜けた様子の青年女神"。




「では——」





「——"少し待った"」





 先を読む神、身を翻した師弟を呼び止める。




(……?)



「……まだ何か……?」




「欲を言えば最後に、もう一つ。"其処な川水の女神"に——"尋ねたい質問"がある」




("自分に"……?)




「……"この者に"用向きが?」

「そうだ。しかし、応じるかどうかは自由、其方に任せる。成立した物事に何ら影響はない故、どうするかは今、決めて構わない」




(……何だろう)




 下げられた声音の調子を訝しみ、顰める柳眉。

 状況が飲み込めず師に判断を仰ごうとする青年は横を見て、アデスと顔を見合わせ——視線での意思疎通。

 そして師が返す『頷き』、それは『裁量を任せる』の意。



「えぇと……俺の方は願いを聞いてもらった恩もあるので……"答えてもいい"と思ってます」

「……分かりました。では、少し離れた場所で、私は待機を」



 被りかけた頭巾で師弟、内密のお話。



「盗み聞きはしませんので、自由にお答えを。男神は名指しで貴方を呼び止めたのです。何か——"個神的な質問"があるのでしょう」

「……"怒らせてしまった"とか、そういう訳では……?」

「……現状、そうした気配はありません。ですが何かあれば直ぐに私が駆け付けます」

「……」

「"余計な手出し"も出来ないよう気は回しておくので——ご安心を」

「……はい。では——行ってきたいと思います」

「……後ほど」



 警戒するような物言いを終えて、瞬きの内に消える小玉体。




「すいません。お待たせしました——質問、お答えしようと思います」

「……感謝する。"どうしても気になる事"があったのでな、態々呼び止めてすまない」

「いえ」

「彼の女神も付き添って構わなかったのだが……生真面目な者よ」




 何時の間にか一段低い峰へ移った女神は結わえた白菫の髪の毛先を弄って、待つ。

 神々の王とそれに類する者を——即ち"プロムという光神"をも度合いが低めとはいえ"注意"の対象とする彼女は今現在、その出方を窺う。

 "災難続きの都市と関連の深い女神"を置いて——様子を見る。




「……それで、質問とは……?」

「うむ。それ自体は極々単純な質問だ。時間も取らせない。『はい』か『いいえ』のように"肯定か否定"の意を示してくれるだけでも問題はない」

「わ、分かりました」

「では、早速にいくぞ——」




 固唾を呑む、残った青年。

『一体、これから自分は何を聞かれるか』と、分厚い玉体と端正な顔立ちを前に思わず、身構えて。




「単刀直入に言って——」






「『はあるか』」






「……"野心"?」

「此処では今よりも多くの"権力"や"地位"を得ようとする心、"大きな望み"を指す」

「……??」

「より具体的に言うのなら、例えば——と、"突き抜ける野望"を持ったことはないのか?」




(……意図が、見えない)




 不可解な質問に対し、疑問で返す。




「それは……何かの"勧誘"的な……?」

「勧誘ではない。目を奪われようが俺は王に対して特段、怨みのような感情は抱いていない」



「反抗勢力のようなものに加わるよう誘っているのではなく、これは純粋に、"俺個神の疑問"を解決するための質問だ」

「……」

「『はい』か『いいえ』でも構わぬ故、一つ……答えが欲しい」




(……『野心』に、『王』……?)


(そんなこと、考えたことは……——)





「……、です」

「……」

「……『力が欲しい』と思ったことはあっても、そんな——"野心と言えるようなものは、特にない"……と思います」

「…………」





 そして、青年の答えは示され。

 男神の残された右目、取るに足らない筈の女神を注視して——数秒後。



「……そうか。『ない』ならいい」

「……今ので大丈夫でしたか?」

「あぁ。少しばかり"解釈"を迷っていただけでな。用はこれにて終了だ」

「……?」

「もう行ってもよい——だが、彼の女神に伝言を頼めるか? 実はもう一つ、言い忘れた事を思い出した」

「は、はい。大丈夫です」

「助かる。では『勝負服を回収しておいて欲しい』と、そう伝えてくれ」

「……"勝負服の回収"」

「威光を示すのにこの格好だと正に格好がつかないからな。恐らくは"資料室"の奥に置いてある筈だろうから、宜しく頼むぞ」

「……"資料室"、ですね——分かりました」

「うむ。左様然さようしからば、当日に」

「はい。色々と有難うございます。当日も宜しくお願いをしまして……」




「それでは——失礼します」




 深謝の意を動作とし、青年は去る。




(……よく分からない質問だったけど……一体、何の意味が……)




 足早に峰を降り、アデスの下へ向かうその様。

 鋭利の光で眺める男神の胸中は——如何に。








——————————————————








と」





「……"さきに見たこの光景"をどう見据えるべきか」


「"弟子は師に似る"? ——いや、川水程度にそこまでの力はなく、数千数億の年で埋められる差など……"ありはしない"」




「ならば、果たして……この"未来"は一体……」




 残る右目で濃褐色の瞳、明滅。

 独りごちる神。




「『転倒しただけ』……という可能性なら寧ろ、現時点ではその線が最も……流石に甘く見過ぎか」


やつが『ただ転ぶ』とは到底思えんし、抑も……甚だ疑問だ」




「……まぁ、"そうなった"らそうなったで"前代未聞"の事。面白くはあるのだろうが……むう」




 遥か彼方にそびえ立つ大山おおやま、星においての最高峰——その"頂点ぎょくざ"を睨む。




「……確たる答えを出すには時期尚早じきしょうそうか」


「ま、があろうがなかろうが……やる事は変わらないか。やりたい事をやるだけか」




「さてと——"勉強"、するか……!」




「はて、裁判とやらが行われている都市はどの辺りに……——」




 大山とは別の遠方へと視線を飛ばし、励むこととする。

 裁判に備えての、予習に。




「グラウの神殿はデカイ階段が——これだな。その辺りに確か"はかり"を象徴とする建物が——あったあった」





「しかも何やら丁度、人間どもが話し込んでおるようだし……早速、見学させてもらおうか——」




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