『第九話』
第三章 『第九話』
「——"決まり"だな。我が弟子」
「……」
「
「……はい」
「……然らば、日時や場所の調整・関係各所への
「……お願いします」
裁判の執行——"決定"。
年若い身空で、その判決の場に弁護士として立つとも決めた青年。
彼女の踏み出す勇気により今、辺境一帯で初となる試みが動き出す。
「……であれば、次に——先述した"条件"。裁判の行末に関わらず私が貴方の行いに対して一定の責任を負う為の、謂わば"交換条件"についてを説明します」
「……交換条件?」
「早い話が"取引"のようなものです」
「私は貴方の求める準備や始末、それら責任を負い——貴方は貴方で女神アデスに、"この私が必要とするもの"を提供する」
「……唯それだけの、"単純な——取引"」
責任を負う対価としてアデスの求める物事とは。
黒と白で己の大部分を彩る女神、厳粛に語る。
「改めての確認となりますが、貴方が女神アデスに求める内容は、今し方の私が口にしたもので相違はありませんか?」
「はい。前準備だけでなく、後の手続きとかもやってもらえるなら是非……お願いしたいです」
「……分かりました。では、その様な認識をしておきます」
「そしてまた、そう言った所で
「……」
「議論の始めに我々は達成すべき目標として『戦争の回避』、及び『容疑者として拘束された少女の安全確保』、その二つを主軸としましたが——」
「この内の前者『戦争といった武力衝突の回避』については——貴方が達成に至らなかった場合でも、"
「……!」
頼れる師、その有する力で実質的には『停戦へ力を貸す』と言い——綻ぶ、青年の表情。
「え——じゃあ、"最悪の場合でも戦争が起こらない"……ように——アデスさんが、力を貸してくれる……?」
「"左様"。貴方を推す者として梯子を外す事はせず。……ですが、回避の具体的な方法については私に"一任"をして貰います」
「……その方法って……まさか」
「先行き未定の話が故、断言は出来ませんが——」
「現時点では——摩擦を抱えている両勢力を互いの手が及ばぬよう『分断』する方向で物を考えています」
(——良かった……"皆殺し"とかではなくて)
人とは異なる倫理・価値観を有する女神に"殺意の
「より厳密には、都市と民族の間で貴方が恐れる衝突が起こらぬような『仕切り』を設けたいとも考えており……"大地を裂く"か"新たな山脈を形成する"かは——またその時に、判断を」
「……」
「……誤解のないよう言っておきますが、私が後始末としてそのような行動に移るのは、あくまでも『貴方が第一の目標達成に仕損じた』……その時だけですので、お間違えなく」
「……まぁ。私個神としては"そうならない"事を切に願っていますので……どうか、"貴方の最善"を」
「は、はい。頑張ります」
「……そして、残る一つの目標——"件の少女"についてですが……私は、"人間一人の細かな事情に殊更の興味はありません"」
「……」
「裁判で彼女の容赦を求めようが、見事に無実を証明しようが——"貴方の自由"。"女神ルティスの望む事"です」
「他の誰でもない貴方自身の意志と、行動によって——"望む最良の未来を掴み取れ"」
「……やって、みせます」
『安全』や『無事』、『守る・護る』ことの定義が"己と他者とでは異なる"認識を踏まえ、目配せに返す頷き。
青年の真に願う所は明確となり、アデスは次にその交換条件として——自身が"求めるもの"について関連する——"機密"を説き明かして行く。
「……宜しいでしょう。では、貴方との認識も一定の擦り合わせが出来た所で、"次"」
「取引において——"私から貴方に求めるもの"を説明します」
「……俺に出来ること、用意できるものならいいんですが……」
「……心配せずとも、高嶺の花を摘み取るような要求はしません。またそして、私が貴方に求めるのは形を持った物品ではなく、"行為"——」
「私が行なっている——ある調査への協力、"その行い"なのです」
不完全ながらに努める相手を一応の"協力者"と見做し——アデス。
神色自若での"情報開示"。
「"調査"……
「……"ある存在"についてなのですが、その前に——以前の獣騒ぎ、そこで貴方が引き抜いた『神鉄の矢』は覚えていますか?」
「勿論、痛かったので忘れてません。覚えていますが——」
凡そ半年前の、狂気に駆られた神獣とそれによって引き起こされた都市の飢饉。
その原因と思しきは獣に突き刺さり、意識を乗っ取っていた『光り輝く矢』で、話を聞いた青年は握り開く掌で当時の熱を思い出す。
「——……"あの矢"が、何か……?」
「……件の矢。残存物質の気配こそ極僅かでありましたが、私の調べた結果……当初の見立て通りあの矢から——」
「神々の王と良く似た——されど非なる神の気配が確認されました」
「"!"」
思い出して、身を震わして。
火傷の跡を一切残さぬ掌——再度、握り込む力。
暗に存在を示され、しかし『自分では手に負えない』として師に任せていた——
"飢饉"は勿論、それと酷似の気配を見せた"疫病"といった形で、二度に渡って都市を襲わせた『首謀者』
その"実在"を言及されて、煮え始める——青年の不快な胸中。
「……では、その……一連の事件の"黒幕"が誰なのか……『分かった』ということなんですか?」
「……"いえ"。私も"
既に"特定個神"へ"当たり"を付けている女神は——
「力も及ばず……申し訳なくに思います」
「……いえ。アデスさんも貴重な時間を割いて色々とやってくれているんです。だから、謝ることなんて……」
「……」
師弟共に、軽い会釈で示す謝意。
青年は、実際に死者が出ている現実——それを引き起こした者に感じる憤りを裏に引き続き、"求められる条件"についてを聞く。
「……そう言った所で此処からが"本題"——私から貴方へ協力を求める"調査"について」
「……」
「単刀直入に言いますと、その調査とは他でもない——事件の黒幕を突き止める事なのです」
「……"突き止める"」
「……関連して、貴方が以前に打ち倒した"怪物"からも、"矢と酷似した気配"が確認されている」
「! では、やはり——」
「はい。検分可能であった量が量ですので、やはり断定には至りませんが——貴方の都市を襲った二度の災害は、同一の者によって引き起こされた可能性が高いと言えます」
「……それは——その誰かが狙ってルティシアを襲わせていた……そういうこと、ですか……?」
「……その可能性も大いに考えられます」
「何処の何者かは不明瞭でありますが……私がする女神への指導、及び関係に横槍を入れるかの如き所業——責任ある立場の者として、当然……"見過ごす事は出来ぬ"」
(一体、誰が……そんなことを……)
赤の眼光、アデスの纏う暗黒が揺らめく最中。
災害が意図して引き起こされた可能性に憤り、しかしそれ以上の悲痛な思い。
『黒幕が何故に人々の営みを妨げ、またその命らを脅かすような真似をするのか』——青年には分からなかった。
「——こほん」
「……ですので、そう言った状況で起こった此度の一件。またも同じ都市で立ち昇る火の気。半年という短期間の中で"三度目の災い"の兆し」
「これも最早偶然の重なりとは言い難く、つまり"忍び寄る戦火"も同様に——」
「同一の存在がルティシアを襲うために引き起こしている……?」
「……そう考えるのが自然の事かと」
分からないなりに考えて、異変の起こる現状を可能な限り正確に捉えんとする。
「……これまで私はその『何者か』を突き止めるために調査を重ね、今では候補も絞られた。……しかし、断定に至るための決定打——"確証となる要素"が得られていないのです」
「……だから、"その調査を俺にも協力してほしい"……そういうことですか?」
目前の恩師を真似て、口に手を遣る姿勢。
動揺で泳いでいた眼差しを瞬きの後で固定——アデスの言わんとしている内容を先に取り、その詳細を目配せでも尋ねた。
「そうです。何を隠そう"残る候補者"の中にはアルマの族長『ヘルヴィル』の名も含まれており、当の彼女が災難続きの都市へと敵対の姿勢を示した今……"その疑いは一層に深まっている"」
「……そうであるが故に——女神よ」
「貴方には裁判で必要となる情報を集める傍ら、同時に——今言った人間と延いてはその血族であるアルマ達について、調べを進めて頂きたいのです」
「"神の血を引く彼女達と、一連の事件や災害との関連性を探って欲しい"」
「……」
要約して——『容疑の掛かる一族アルマを洗え』
それが、アデスの青年に求める調査協力。
責任を負う対価としての交換条件である。
(……俺の知るアルマは水と食料を交換してくれた人たちと、アイレスさんの友達のリーズさん)
(……彼女たちにルティシアを襲う理由があるとは……思えないけど)
そして、ルティシアが近々の開催を予定していた祭事、それに対しても協力的であったアルマたちが"真の黒幕"だと、現時点では思えない青年は。
「貴方が協力をしてくれたのなら、その調査の結果に関わらず私は、責任の負担を約束しますので——」
「——引き受けて、頂けますか……?」
(……断る理由も、特にない)
「……"分かりました"。アルマについて——俺の方でも少し調べてみます」
恩師からの願ってもない申し出。
自分にも可能な、比較的達成が容易な条件と捉え——承諾。
女神アデスの下で"調査員"としての協力を誓うのであった。
「——では、取引も成立です」
「調査方法は貴方の裁量に任せ、結果報告は後日に此方から伺いますので——その協力への対価として、私は戦争回避の任を負います」
「それで……宜しいですね……?」
「はい。お願いします——後、有難うございます」
「……此方こそ。貴方の協力に感謝を」
(そうとなれば、次に俺がやるべきことは——真相の究明。可能ならアイレスさんの無実を証明する為の『情報収集』と……それと並行しての『アルマの調査』だ)
(だから先ずは……何処に行って、どうするかを決めないと——)
アデスへ助言を求めたことが結果的に功を奏する形となった青年。
会釈の後、整理がされてすっかり落ち着きを取り戻した思考。
次に必要な行動を導出せんと努める彼女の耳へ、響く——未だ終わらぬ冷たい玉声。
「……これにて取引の話、異変への対策議論は終了となりますが……女神ルティス」
「……?」
「……締めに一つ。私からも貴方に——"宣誓すべき事"があるのです」
アデスは言う。
何か結髪を手櫛で整えてから、言う。
「先に私は『調査の結果に関わらず後始末の責任を負う』と貴方に伝えましたが——」
「しかし、結果が有益・
「宛ら……特別な
「……何ですか、急に?」
「……そう訝しむ事もない。日頃、貴方に厳しく接している私も時には『飴』を与えたくもなる」
「……」
「また指導とは厳格にも優柔にも偏り過ぎず、
「は、はぁ」
(『飴と鞭』的な……? でも、鞭を振るわれたような覚えはないけど……今は黙っておこう)
実質的な指導法を"飴と鞭"ならぬ『飴と飴』とする女神。
自主的に考える者へは"基礎的な知識や技術を行動力・原動力の源となる"『飴』として授け、"その頑張りや目標の達成度合いへの褒美・労いの意味合い"でも『飴』を与え、"学びと成長を推進する"——というのが、傍から見た指導者アデスの方針と青年には思え。
また数々の"身になる教え"の行い、小さき女神を時折『飴をくれる老婆』のようにも見せていたが——失礼に当たるかと思い、それも言わず。
「……俺としては有難い話だと思いますけど、その……"有益な結果"って一体……」
「それは……貴方が調査の結果として情報を集めただけに留まらず、更には黒幕を——"首謀者を表へ引き摺り出す事"が出来た場合を指します」
踏み込んだ話を耳に。
緩んだ気、再度に引き締まる思い。
「……"首謀者を、引き摺り出す"」
「その存在を物理的に私の下へ連行——するのは、相手次第で困難でしょうから兎も角として」
「正体を明らかとする情報を何処からか引き出して、私に示してさえくれたのなら……細かな差異や要素は問題としません」
「……」
「我々の周囲で騒ぐ不届き者を見事に見出せた場合に、裁判の後始末とは別枠で報酬を与えます」
「言うなれば……試練——"女神の課す試練"と思ってください」
「試練……ですか?」
この期に及んで、"何を試される"のか。
また"何を報酬で与えよう"と言うのか。
異種族の始めた語り口を前に、やや強張る玉体。
「はい。貴方の力は神として一定の段階に達しつつあり、鍛錬の成果を見極める頃合いだとも思いますので……そう言った意味も含む試練。ちょっとした腕試しとでも考え、どうか意識の隅に」
「一定の段階に到達……本当にそうですか?」
「例え相手が幾らか格上であろうと恥も外聞もかなぐり捨てさえすれば……今の貴方でも最低限、己の身を守る事は出来ましょう」
「……自信は全然ないですけど……水の化身なのに、体を溶かすことも出来ませんし……」
「……その特徴は正誤も善悪もない貴方の有する"差異"であり、そしてまた我が弟子は"他の神々にないもの"を有してもいるのです。……持たぬ事を過度に嘆く必要もありません」
「ないもの……?」
「……『裁判で
「生まれながらにして多くの他者を圧倒・屈服させるだけの強大な力を持ち……しかしそれでも、その力で他者に寄り添わんとする意志は——私の『
(……)
褒め称えるよう笑みを浮かべながら自慢気に語るアデスであったが——当の青年の心中は複雑で。
『女神ルティスの精神が生来の強者でない』ことを恩師は知らず、同様に『人をはじめとした他の命に"強烈な関心"を抱く理由』もまた、今は秘した状態。
よって、"人として極当たり前に思えること"を褒め称えられたとして——素直な喜びの実感が湧く筈もなく。
「……些か話が逸れてしまいました。軸を試練に戻します」
引く力、沈下する空気。
風さえ阻むことの出来ない二柱だけの空間。
僅かに上擦った声の温度を下げ、何時もの冷厳の調子を取り戻した女神の通る声。
向かい合いながら、しかし思い——すれ違う師弟。
「——改めて、貴方が何を何処で学んだのか、背負う必要がないものを
「"知識に権能"、"縁や幸運"といった貴方の"持てる全て"を活用して——私に示してください」
「"貴方の"、"意志を"」
だが、すれ違いを抱える中でも"誓う"。
「……見事、先に述べた試練を成し遂げたのならば、その報酬として私——」
「"女神アデス"は貴方へ降りかかる火の粉を振り払い、仇なす刃を打ち砕き、その道行きを助くべく——
弟子に続き、師もまた同様に。
"その認識を改める時"を——此処に誓うのだ。
「そして今、この場所で——"神は誓いを立てる"」
「私という女神は川水の柱がそうするよう、同じく自らの決意で以って」
「貴方へ——素性の真実を"打ち明ける事を"——誓います」
「……私と貴方の関係性は
「……」
「此度の一件を越えた先で、私も……貴方と同時に誓いを果たしましょう」
「……分かりました。俺も調査と裁判と、試練を越えた先で……——」
「——覚悟を決めて、その場に臨みます」
「……はい」
相手の何かを秘すような態度を察する二柱、今は多くを語らず。
此処に視線を交差させる彼女たちは
近い将来で師弟が師弟のままであるか、その関係に"変化"が訪れるのか、それとも"新たな繋がり"を得るのか。
今はその進む先で『相手の"幸福"が待ち受ける』ことを——両者、暗黙のうちに願う。
————————————————
「……それでは——女神」
「?」
「今より私達は其々が裁判の準備へと奔走をする訳ですが」
「はい」
「初めに一箇所、貴方にも同行を願う場所があります」
「必要なことなら勿論、俺は構いませんけど……それはまた一体何処で、何を——」
「"山の頂上"を目指します」
「山?」
「はい。其処に見える連山の、最高峰へ」
「……なぜ?」
「"裁判に必要となる権威を求めて"」
「と言うのも、通常の裁判において下される決定に人々を従わせる力——つまり"権威"とは……
「……"法"?」
「はい。より詳しく言えば、その保証する社会の枠組みも
「そうです。明文化された法が権威・守るべき規範として機能する『法裁判』が人にとっては通常であるのですが……ご存知の通り、この一帯に適当な
「……故に、その"代わり"として——」
「"法に取って代わる権威"を——神威を求め、山の
「法に代わって人々を従わせる権威……? "神威"——って、"まさか"……」
「その"まさか"です」
「間もなくに開かれ、貴方が臨む裁判とは——"成分法の下に行われるものでなく"」
「人知を超えた存在——"神をその
「それ、即ち——神明裁判であるぞ」
(え、えぇ……——)
「で、あるからして。文字通り一帯の頂点に君臨し、有する"眼力"で時流を知ろ
「……頃合いです。
「新しき出会いだ、我が弟子。"先を読む神"との」
「
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