『第七話』

第三章 『第七話』



「——……そう言った事で、構いませんか?」

「……はい。その時はどうか——お願いします」



 青年がした『己の秘する真実を明かす』という宣言——今、宣言それは女神アデスによる了承を得て、遠くない未来で実現を誓う"一つの約束"と相成った。



「……私の疑いで議論を本筋から逸らしてしまいました。申し訳ありません」

「……いえ」

「……話を戻します——」



 "状況に加えられた新たな変化"を察し、その中で疑問の余地が残る『青年の素性』——それを当事者の口から語られる機会を得た、アデス。

 切り替えの間を置いてから、再び"裁判の適否"についてを二柱の間で話し合わんとして音頭を取る。




「再び要約すると貴方の言い分は、つまり——『裁判によって事態の収束を図る』……と言った事で、相違はありませんか?」




 対する青年、宣言による約束という形で『憂いの一つに終止符を打つ機会』が設けられてか——僅かながらに肩の荷が下りた感覚。



「……はい。相違ありません」



「"戦争の回避"は勿論、"両勢力の間になるべく禍根を残さない"方がいいと思ったので——不明瞭な部分についてを集まって話し合った後、中立の存在から判断が下される裁判なら『"その"可能性がある』——と」



「……『どうにか出来るかもしれない』とも思ったんですが……どうでしょうか?」



 気持ち軽くなった声色、肯定の頷きと共に返した言葉——『自分の考えた案を、賢者の貴方はどう評価してくれるのか?』——そんな所。



「……そうですね。率直に言って——『"興味深い案"』だとは思います」

「……!」

「……人と人との衝突に際し、そこで『裁判を執り行おう』とは、あまり……これまでの神々には見られなかった発想ですので」

「……裁判に、"現状での効果"はあると思いますか?」

「……その少女に掛かる殺害の疑惑へ『それらしい異議』を唱える事が出来れば、アルマの者共も態度の"再考を余儀なくされる"でしょう」

「なら、戦争の回避については……?」

「それに関しては『』でもありますが——」



「仮に、アルマとルティシアの何方どちらに落ち度があったとして——が公平な判断を下し、その決定が双方の感情をなだめるに足るものでありさえすれば——」




「理論上、貴方の望む結果を導く事も——かと」

「——!」

「総評して『悪くない発案』です。『試してみる価値もある』でしょう」

「——!!」




 示された恩師の反応——"手応えあり"。



(——やった! ようやく希望が見えてきた……!)


(やっぱり、騒動の原因について碌に話し合いもせず戦争が起こってしまうなんて……おかしい。だから裁判で、その辺りも丸く収められれば理想的だけど——)



 賢神よりの実質的な"お墨付き"を貰い、花やぐ心。

 今まさに都市を襲わんとする三度目の危難へ——"過去の二度とは違って"——早くに対処が出来るかもしれないのだ、喜びも一入ひとしおであった。



(——最低でも、申し立てや手続きで武力衝突を遅らせることは出来る、筈)


(判決で決着がつけば最善で、でも時間が稼げれば、その間に別の方策も考えついて事を進められるかもしれないし——やっぱり今はこれだ。裁判の案で行こう)



(そうとなれば、後は——)



 だが、青年。

 即座に未だ危機が過ぎ去っていない事実を再認識して感情抑制。

 努めて引き締める気で——しかし、鼻息は荒く。

 裁判に必要な手順を知ろうと、引き続き頼れる女神に問い掛けて——。



「——でしたら早速、裁判の……届け? 申し立て? をしたいと思うんですが……」





 またも——"異世界で罠に嵌る"。





「その必要な手続きは……『どこ』に行けば、出来るでしょうか?」

「……『』、ですか……?」

「……? は、はい。場所と必要な物さえ教えてくれれば、勿論後は自分でも頑張りたいと思うんですけど……」

「……」

「この周辺で裁判を執り行う、それこそみたいなのは一体、どこに——」




 まるで役所の人間に不明な点を問い合わせるかのような口振りで。

 万能識者のアデスに尋ねて、返る言葉を聞く——青年。





「え——」





「「…………」」





「……ないんですか。裁判所」

「はい。より正確に言えば一部の先進都市には存在していますが——という事です」

「……似たような役割を持つものは?」

「"ありません"。加えてそもそもくだんの民族と都市は明文化された共通の規則に縛られてはいない——それぞれが独立した集団です」




「であるからして——"双方に適用可能な法"さえも、今は

「…………」




 抱いた淡い希望は非情にも——すぐさま泡沫ほうまつとなって崩れ去る。



(……どうして——え? どう……して……?)



「"……"」



 与えられた希望を奪われ、影の差す青年の表情。

 その絶望に変じる様を眺める——沈黙の女神。



「……もう一度、確認させて下さい。この辺りに裁判所みたいなのは……本当にないんですか?」

「"ありません"」

「ルティシアとアルマを裁き、判定を下す組織は……この星のどこにも、ないんですか?」

「……私も、人がする営みの全てを知る訳ではありませんが——」



「該当する二つの集団を同時に裁く事の出来る組織は——現状、"存在しない"かと」

「……そんな……」



 表情の一切を変えずに述べられる冷酷な事実。

 それを聞いた青年は見る見るうちに意気消沈の様子で、下げる肩で項垂れて。

 彼女はこの時改めて、己の過去に知る諸制度が現在の世界に広く浸透していない現実と直面する。



(……そうだ。よくよく考えて見れば都市の風景も中世——いや、シンプルな造りの建物が多いことを考えると"古代"と言えなくもない時代……世界に居るんだ)


("そんな状況"、金銭や物の価値感覚だけじゃなく、そういう制度も……ない、のか)


(……確かに、広く自然豊かな土地が広がってて——"牧歌的"だとは思ってたけど……)



(なのか……)



 人の常識など所詮は世界に通用しきらないと痛感して、けれど健気に考えを止めぬ思考で間もなく気付く——"場所も制度も、どころか法さえ存在しない事実"が——意味すること。




「え"——じゃあ"無理"じゃないですか」

「……?」

「裁判をする所も制度も、法さえなかったら——じゃないですか……?」




 遂に潤み出してしまう瞳。

『不可能を可能のように思わせた』今尚涼しい顔の師へ、抗議の視線は投げられる。




「……」

「さっきは『試してみる価値はある』って言ってたのに……」

「……」

「どうして、そんな嘘を……"虐める"ようなことを……」

「……"違います"。私にそう言った意図は殆どありません」

「なら、何がどうして……?」

「嘘を言ったつもりもない——のだ。我が弟子」




 だが、向けられる涙目をその正面から鑑賞する女神——謝らず。

 寧ろ却って"期待を持たせるような物言い"を止めることさえしないのだ。




「へ……?」

「場所や制度や、大規模な集団の定める法が今はなくとも——のです」

「! ほ、本当ですか……!?」

「"はい"。行えぬ道理を見つける方が難しい程です」

「ど、どうすれば、それは……俺は何を、誰に何を、お願いすれば——」




 魔が囁くよう、青年の欲しい言葉を語ってくれる女神へ。

 場所も組織も存在しないと言うのに、『裁判の執行自体は可能』だと明言したアデスに対し、問う道順。

 惑乱から脱しようと足掻く青年の瞳には恒星の輝きが戻り始めて——。




「いえ。"裁判を興す"為に貴方がすべきは——"ただ願うことではありません"」

「……?」

「先程、私は『一帯に裁判所は存在しない』と発言しましたが……言い換えるならそれは——該当地域における裁判の必要性が低いが故に施設の設置、組織の構築が成されていないという事でもあります」



「よって『判定』という行為は兎も角、『裁判』という仕組みを知る者は一帯に殆ど居らず——であるが故に同地では、その執り行い方も不明のまま」



(……??)


(『裁判の制度が存在しなくても裁判が出来る』と聞いて、その具体的な方法を質問しようとしたんだけど……何が言いたいんだ……?)




「ならば——"示してやればい"のです。"最初の一例"を」


「過去に"裁判の順序"を、"法の秩序を知る者"が」




 けれどこれより——急転直下。

 続く女神の告げる言葉、齎す乱高下らんこうげ




「……つまり、どういうことですか?」

「女神ルティス——のだ」

「……?」

「"前例のない事"を、その"先駆者"として」




 唯でさえ朝から激しい感情の波に揺られてばかりの青年はこうして、何故か"得たり顔"をし始めた恩師によって"落とされる"——いや、『』こととなるのであった。






「要は、裁判を知る女神が——


「また同時に、"臨めば良い"のです。その裁判に」








「『』という、"一参加者いちさんかしゃ"として」






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