『第六話』

第三章 『第六話』




「——『』です」


で争いを、戦争を——"回避"、




『人々にその意志があれば、申し立てをはじめとした手続きを自分が手伝って"みせる"』、『なんなら自分が率先してそれを"してみせる"』——そんなことも言いたかったのだろう。

 心中で『最悪の事態を回避出来るかもしれない』と昂る気持ち、見えた一筋の希望に逸る思い。

 それらは青年の口と、その紡ぎ出す言葉の調子を僅かに狂わせ——力強い眼光で以って『裁判』という案が恩師に向けられた。



「……今、なんと……?」

「『によって』と言いました」

「……」

「……複雑な意見の相違・衝突を極力穏便に収めるなら、『裁判それだ』と思ったんですが……どうでしょう?」

「…………暫し待たれよ」

「は、はい」



 すると、対する女神アデスは『間を置く』ことを言い示し——沈黙。



「…………」



(考えてるみたいだけど、凄い見てくる……な、なんだろう……?)



 伏し目がちに流す目線で青年を射抜き、向けられる師の鋭利な眼光に"居心地の悪さ"を覚える弟子は当てもなく目を逸らそうとして——目に付いたのは"揺れ物"、女神がする"耳飾り"。

 その装飾品は白と黒を基調とする柱の中でも異彩を放っている黄色の明るい花——『ヒペリカム』やら何やらを象ったそれは五枚の花弁も印象的で、先述の三色と虹彩の赤もが合わさって全体に見せるのは四色の彩り。

 可憐なようでも力強くも青年に思わせて見惚れさせるアデスという麗神れいじん——そして再び開口かいこう




「——『裁判さいばん』とは、これまた"興味深い物言い"です」




「そして女神よ。念の為に問い掛けますが、貴方の言う『裁判』とは"どの様な存在"——若しくは"概念"のもとで行われる『判断』を指すのでしょうか?」

「下……それはやっぱり……『ほう』だと思いますけど……」



 魅入っていた青年は急ぎ、己を戻しての返答。

 基礎学習の範囲で聞き齧った既知についてを述べる。

 即ち——『裁判という判定に必要不可欠な判断基準とは法律である』と。

 "人としての己が知る"、その"一般的な基準"——国家をはじめとした社会集団の権力によって定められた決まりごと——『こそが裁判を成り立たせる』と、そう言ったも同然の考えを女神に対して示すのだ。



「……主に"規範を表す"——『法』?」

「は、はい。多分は」

「……ふむ——確かに、それならば時代や地域によって定義内容に細かな差異あれど、"裁判の基準となりうるもの"か」

「……」

「それ即ち、"権威を基盤とした法"によって下される判定は十分な効力を持つとも言える。『所定の範囲内であれば』の話ですが」

「? そ、そうですよね……? 裁判なら——"どうにかなる"かもしれませんよね?」

「……戦争を未然にける事の可否は判定次第としか言えませんが……」

「……」

「……権威の下す判断とその決定に当事者達が従うと言うのなら——」




「——『少しの見込みはある』と、女神わたしは……"そのように思います"」

「……!」




 そうして、"興味深い提案"が一定の肯定的な評価で以って賢神に迎えられた青年。



「それなら、早速……"手続き"の方を——」

、その前に"もう一つ"」

「——? なんですか?」



 逸り気に身を任せ、急いで物事を先へ進ませようと目を輝かせる彼女ではあったが——遮られた言葉、傾げる首。



(そうとなれば早く裁判についてを聞こうと思ったのに……)



 そうとは知らずも再びに『尾を見せる』青年女神へ——飛ぶ。

 師からの『尋問』が、これより——"疑い"によって投げ掛けられようとしていた。



「……"法の下"で執り行われる裁判。それは——"この星でも限定された地域でしか運用が始まっていない事新ことあたらしい制度"です」


「辺境では知る者が殆どらず、また実際に見た者となれば……果たして一人が居るかどうかという所」


「そして、以上についてを私が貴方にお話しするのは今が初であり……でしたら、何故なにゆえ——」




「女神ルティスという貴方は——"私の授けていない知識・その領分"にのでしょうか?」




(……!)



 そして、震える身。

 正面に映る女神よりの圧、覚える切迫感。



「……若い世代の神も既に、"生まれながら"にして多くの知識を有してはいても」


「しかし、"そうではない"——生来せいらいによる物以外で、その"知を深める機会が過去にあった"とするならば……」




「それは一体、"何処"で」




「"私という女神以外"の——"誰"との関わりによって育まれたものなのでしょうか」




 青年の未だ秘密とする領域へ——言って、這い寄る女神。



「…………"?"」

「……それは…………」



(……まさか……『俺が学生』だってことに——"アデスさんは勘付いてる"……?)



 元は学校に通うで、で、何よりだと。

 出自に深く関わる部分を突かれる形となった"青年女神の彼女"。

 小首を傾げて独り言のように淡々と言葉を口にする恩師を前に、掌で焦りの水は滲み。

 真実の露呈しかねない新たな危機的状況の只中で——ひとの心は煩悶する。



(……でも、今ここで真実を……『今まで嘘をついていた』という事実を明かせば、もう——"後には引けなくなってしまう")



 この際、抱える"複雑な事情"の全てを明らかとし——"恩ある者たちとの関係を断つか"。

 孤独に悩む。



(……嘘つきの俺は優しい彼女たちと一緒にいるべき存在ではない)


(他者の善意に付け込んで色々なことを教えてもらう、利益を得ようとするだけの"卑怯者"は……俺は、立ち去るべき存在だ)



 悩みに、悩んで。



(……その時は、何時か絶対に来る。それは、既に俺自身が決めたこと)


(……"でも"、現状は何より、"人々に迫る危険を取り除くこと"が優先で……)



(……だから——)




「——真実それについては……何とも言えません」

「……」




 顔を隠すよう、悩ましげに背ける表情。

 優先すべき事柄に直面していることもあり、その本筋以外での問答を"先送り"にする意味で——けれど同時に"己の退路を断つ"意味でも。

 今尚苦悩する青年は新たに『恩師への約束をする』ため——重苦しく辿々しくも、"言うべき台詞"を考えながらに声を絞り出す"決意"する。



「……純粋な疑問として言葉を発したのですが、表情を見る限り……気に障ってしまったようです」

「……いえ」

「貴方の成長を肌や耳、そして目で感じる事の出来る他者を思った結果……あの様な物言いとなってしまいました。……申し訳ありません」

「……大丈夫です。アデスさんのことです。決して俺を傷付ける意図があってそうした訳ではないと……なんとなく、分かってますので」

「……かたじけないな。我が弟子」



「……そしてまた、私の与り知らぬ時や場所で学びに励む、自習のような事を咎めるつもりもなかった。……寧ろ、私が先に伝えるべきだったのは『急ぐ中でも心身の労りを忘れぬように』と……単にそれだけを口にすべきだったのでしょう」



 青年の顔に悲しみの色を見てか、珍しく眉を動かして詫びるアデス。

 労いを述べ終えるとその小玉体は横に向き、背ける頭の右で揺れる白の結髪。



「……心配してくれて、有難うございます」

「……」

「でも、"俺なら大丈夫"です。既に貴方から貰った自由時間は、なるべく休むようにしているので」

「……それならば、いのですが」

「…………それに——」




「……察している通り、"俺"からのも——"事実"なんです」




 顔と顔が向かい合わぬ状態も気の後押しとなっただろうか。

 青年は師の垂らす髪と、その後ろの耳に届くよう切り出した、"本当の話"。

 弱々しくも微笑みを湛えながら今、"小さくとも一歩"を踏み出す。



「……」

「……今はまだ言い辛いことなんですが、真実それは何時か、『貴方に伝えるべき』と思っていることで——」

「……」



 向き直って、静かに聞いてくれている恩師へ。



「——このまま、貴方の優しさに甘えているだけではいけないとも感じていて……だから——」



 一度、瞼を閉じ。

 瞑目の中、恐怖に震える声、心を律して——見開く決意の眼差しで決意を伝える。



「——俺はここに、アデスさんに誓います」




「次に落ち着いたら、その時は今度こそ————宣言をします」




 瞳を潤ませ、伝えた。

 打ち明けた先の待ち受ける未来に——支えである相手との断絶や別離を予測して身を震わせながら。

 しかしそれでも、彼女は踏み出したのだ。

 "過去に別れを告げ"、"未来に向かう路"へと乗るために。




「……打ち明ける事を心苦しく思うなら、無理にそうする必要は、ありませんよ……?」

「……ありがとうございます。でも……これは俺が『本当にそうしたい』と思ったことなんです」

「……」

「"打ち明けることの恐怖"よりも、"隠し続ける苦しみ"に自分はこれ以上、"耐えられそうにない"から——"自らの意志で明かす"のです」




 冷厳の面持ちを崩さず、しかし恩師の優しげに囁く言葉さえも——心を震わせながらに振り切って言葉通り、不変の意志を伝えたのだった。




「……分かりました。貴方が『しんにそうすべき』と、心の底から願うのであれば——」





きたるその時、私は——」


「貴方が発するものを除く全ての音を遮断した世界で——






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