第三章 『戦争≠闘争』

『第一話』

第三章 『第一話』



 総人口は数百といった、"都市"と呼ぶには些か小規模な印象も受けるルティシア。

 其処には近隣の川を神体とする女神の信仰が今も息づき、その祀る神殿が置かれた丘を中心に人々は集住。

 また信徒たる彼ら彼女らを守るために外と内で空間を隔てるよう壁も一周して設けられ、平屋の二、三を縦に連ねたかの如き高さのそれを——外から眺める者。



(……壁の修復も終わって、穴も塞がってる)



 飢饉と関連しての神獣騒ぎで損壊した壁が直されているのを見て、次は落とす視線で開かれた人用の出入り口を目指す。

 その者——身の頭から膝下までを切り取った夜闇めいた漆黒の蓑で覆い、頭巾の部分から僅かに覗く黒髪は衣の色と上手くに溶け合って。



「……」



 雲間から差す恒星光輝——日の光の下を薄暗い曖昧な印象を纏うままに進む彼女。

 午前の時で入る口の弧を潜り、都市ルティシアの内部へ。



「……」



(……今日の門番は一人)



 口を通過する最中、横目に見える人の立ち姿。

 壁内よりの位置には守衛と思しき長物を持った骨太の男性が一人で控えていて——けれど、黒尽くめで如何にも怪しげな装いの彼女は何を尋ねられることも、呼び止められることもなく。



(……最低限の警備だけど常駐が居る分、前よりはいい)



 外部からの者、都市の中心部へ向かう道にのる。

 "認識能力の確かな者"ならば守衛が彼女を止めなかったことを疑問に思うかもしれない。

 だが、今において只の人間に認識それを求めるのは"酷"で。

 女神の手ずから編んだ蓑の闇を用い、そうして"世界から目立たなくなっている"彼女——青年女神のルティスは進む。



(ここまでで懸念があるとすれば……門番さっきの人の表情が『険しかった』ことぐらい)



 守衛の見るからに"怪訝そうな面持ち"に一抹の不安を抱きながら、家々の前を・横を通り過ぎ。



(……変わらず、"大事だいじ"がなければいいけど)



 今では大体隔日ごとにお膝元の都市を自主的に見回って——今もその為に同地を訪れている青年は"憂う"。

 何せ元の都市機能を殆ど取り戻しつつあるとはいえ、件の都市ルティシアは僅か半年程の短い間に『飢饉』と『疫病』という二度の災厄に見舞われていた。

 そして辛くも当時の危機的状況は諦めない人々の足掻きと——その人間たちが生きようと奮闘する様を見て、助力を自らにも願った"この女神"の尽力によって脅威を退けられたの——だが。

 立て続けに起こった二度の災いは確かに都市で生きる者たちの心身を疲弊させ、その事実を知り合いの少女から『厄祓いの祭りの企画』といったような形で断片的に聞かされていた青年は——それ故に改めて渦中の人々を案じ、自身が憂いを抱える中でも極力警戒に努めることにしていたのだ。



(……二度あることは——いや、悪い方向にばかり考えるのはよそう)


(ルティシアの人たちは"あんなこと"が起きた後でも自分たちの最善を尽くして"今"を生きているんだ)


(だから今は、それを見習って俺も自分に出来ることをして……彼らが少しでも安心して生活出来るよう、見回りを……"頑張ろう")



 心に前回の手痛い経験を踏まえ、"もし仮に次があるとするならば"——『災いの兆候を早期に発見し、大きな実害の出る前に対処が出来れば理想』と。

『一災起これば二災起こる』を地で行く都市を歩く青年は、つい沈みがちな己の俯きかけた頭を左右に振って、目的を再確認もして自らを鼓舞。

 またそして、友に助言されたよう『前を向いて』足取りと眼差しを決断的なものとし、間もなくに到着する都市の中心部——人や物や情報の集まる中央広場へと身を乗り出す。



(いつ終わってもいいように、頑張っ——)




(——……"?")




 身を乗り出した——けれど、"違和感"。

 家々が建ち並ぶ区画を抜けて役所や病院に似た公的な役割を担う施設が囲む広場。

 立つ女神は眼前の光景を見て、寄せる眉根。



(なんだ……?)


(今日は立ち止まって話をしている人が多い……ような……?)



 違和感の原因は"人"にあり。

 広場の至る所で二人以上で作る輪の、身振り手振りを交えて会話に熱を入れる様子の"人間たち"であった。



「——……すぎて、訳が……」

「本当……、なんで……」

「天の……で……されるなんて……もんじゃ……——」



(商談とは……違う?)



 日中は取引で賑わう広場は商店の軒先や場の端だけでなく、常時は行き交う人々によって自然と通路が形成される中央付近に至るまで——何やら足を止めて熱く議論を交わす人間ばかり。

 しかも人の多くは先の守衛と似たような訝しげの鋭い目つきで、その刺すような視線で溢れる空間の"異様"な空気に青年まで釣られて表情を険しくしてしまう。



(なんだろう……みんな、不機嫌そうで何か——"嫌な感じ"だ)



 "悪しき予感の再来"——その不明瞭ながらも現実味を帯びて行く感覚に不快なものを覚え。



(……品は良くないけど……"聞いてみよう")



 直ちに、現状の把握を目的として研ぎ澄ます力。

 女神は鼓膜——そして何より体内で揺れる水分に注意を割きつつ耳を凝らして、人々の形作る幾つもの輪の方向へ意識を集中させる。



「——つい昨日まで一緒に話し合っていた仲だって言うのに……いくらなんでも急すぎるだろ」

「全くだよ。なんで『そんなこと』になってるのかは俺にも分からないが……これじゃあ——な」



(祭りどころじゃ……"ない"……?)



 厄祓いと豊穣を願う祭りの、其処に掛ける"希望"の思いを差し置いてまで優先すべき『何かがある』若しくは『何かが起こった』と聞こえた会話の内容から当たりをつけながら。



(……どういうことだ……?)



 別の輪にも耳を傾けて、更なる情報の収集に努めんとする。



「……やはり、『終わりの母』がお怒りになっているのやもしれん。それなりに長い時を生きてきたが、この"災い続き"は流石に前代未聞の事。……もし我々が知らず知らずでの女神の逆鱗に触れてしまったというのなら、最早……」

「……そう気を落とされるなご老人。私が聞いた話では彼の女神は非常に温和で思慮深い性格だという。今の出来事に神の意志が関わっていたとしても我々の乗り越えられぬ彼女ではないかもしれません」

「ルティシアがどのような風雨にさらされようとも『葦の女神』は身を呈して風除け、雨除けとなって我ら信徒を御守りくださるでしょう。吉兆の虹はきっと再びに空で掛かり、私たちに出来るのは日々を生き、祈り……苦境の中にあっても他者への感謝を忘れない事です」



(……"災い続き"……)



 続く不穏の言葉、それを聞いて逸る気。

 容量を得ぬ会話の内容に悪態をつきそうになる気持ちを抑え、意識をまた別の輪へ。



「——あんな"賠償"、払える訳がないだろ……っ! 血は争えん、あいつら"アルマ"はこれを機に俺たちから全てを奪い取るつもりだ! "クソったれ神祖"のように……!」

「飲み過ぎだって、おやっさん。落ち着け。それに憶測であんまり過激な事を言うもんじゃないぜ。"本物"がどっかで聞いてたらどうすんだよ? 難癖付けられて俺まで巻き添え食っちまうかもだ——」



「——それにしたって今まで友好的だったアルマたちが突然に態度を"急転換"したんだ……"何かある"ぜ、これは。……まぁ、今は噂の真偽を確かめる意味でも使者の帰りを待つ他ないがね」

「……ったく……飲まなきゃやってられんわ」



(……"賠償"? 文脈的には"アルマの人たちから"、その要求が……?)


(彼女たちが"今の何か"に関係しているのか……?)



『賠償』——即ち"損害や損失に対する埋め合わせや補填"と言った意味合いであろうが、『何がどうなったのか』と言った具体的な状況の輪郭は未だ見えてこず。



「——おお、天に昇るみずちよ……! その流れる背に我らの願いを乗せ、天上の世界に思いを届け給え!」


「——無慈悲にして寛大なる王よ……! 貴方は我ら下々の民に何故なにゆえ、このような試練を与えるのですか! 明確なる咎を我らが冒してしまったと言うのなら、せめてもの情け、その理由を——」



 その後、三つ四つの集まりから聞こえる会話も内容は概ね現状を嘆き、神に事態の解決を祈るようなものばかり。



(……状況が見えてこない。どういうことなんだ……?)


(今、この都市では一体、何が……?)



 聞き、拾い集めて思考の中に留めた会話の内容。

 気にかかる語をまとめてはみても、それらが持つ関連性を明確に表すことには至らず。



(前回と前々回のような差し迫る危機……とは、また違う空気)


(どれもこれもが噂話の域を出なくて、信憑性も怪しい——)



 不透明な現状。

 募る、焦り。




(どうすれば……どうすればいい——俺は……?)




 自問自答で探す今の最適解。

 だが、青年がそうして間もなく——。




「——にしても、賠償としてかねだけじゃなく家畜の数千や数万を『直ぐに用意しろ』だなんて無茶にもほどがあるだろ」


「量もだが、それが用意出来るとして……どれだけ時間が掛かるのか。アルマだって最近のこっちの懐事情を知っているだろうに、気の長いんだか短いんだか良く分からん事をする」



(……賠償の話だ)




 右に左に総髪を振っていた女神。

 欹てたままの冴えた耳に——頻出する『賠償』という語の、その詳細を語るような口は捉えられ——再度の集中。

 漏れ聞こえる音を漏れなく拾わんとして、しかしこれより彼女の下に届くのは——。





「——と言うか、……はそんなに"大事なもの"だったのか?」





 これまでに——な内容。




(——『死んだ』……?)




「……あぁ。なんでも相当毛並みのいい『黄金の毛を持つ豚』で、しかもそれは——らしい。それこそ、本来なら値がつけられないような代物だ」

「"天から"……ってことは『下賜かしされた黄金の家畜』……えっ。って、もしかして俺たち——"相当やばい"んじゃないか?」

「……俺にも分からん。分からんが、"面倒なこと"になっているのは殆ど事実だろう。なんでも、伝え聞いた噂では……——」




(豚? 家畜が——"死んだ"……? この辺りで……?)


(その賠償と関わっているのが……もしかして、アルマ?)




 不穏で怪しげな——新たな情報の入手。

 それによって青年の中で詳細不明であった事柄が徐々に輪郭を得て。

 そして、人間の続く言葉を聞いた彼女は、都市に渦巻く異様な空気の正体——その"原因"を知る。




「……"賠償が期限までに用意されなかった場合"、然もなくば奴ら——」




 つまり——同年に襲った『飢饉』と『疫病』の二度の災害で傷を負っても、それでも希望を胸に日進月歩で人々が再興を続けていた——ルティシアを取り巻く今の状況が——。







「——『』だって話だ」







——ものと。

『戦争』というを青年は今日此処に——知る事となったのだ。



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