『第十二話』
幕間の章 『第十二話』
「——本当に
「はい。大した負担ではないので、任せてください」
イディアの厚意だけを受け取って、食事の片付けを一手に引き受ける青年、皿を重ね。
権能を用いれば電気いらずの"食洗機"にも似た——水による食器の高速高圧洗浄が可能である川水の女神として、食後の時にも続ける"愛想のいい振る舞い"。
「……分かりました。でしたら片付けも含め、今日は色々と有難うございました。我が友」
「いえいえ、こちらこそ。今日はまた足を運んで頂いて本当に有難うございました」
「ふふっ。当然です、約束しましたもの。それに料理も美味しくて勉強にもなって、本当に……来て良かったと思います」
補充したお冷やの杯をイディアへ手渡し。
同じ物をアデスへは彼女の側で置いて、感謝の目配せ。
配り終えた青年は客の手前、洗い物は後回しにして暫し歓談の中に身を置くこととする。
「喜んで頂けたようで何よりです。……本当ならもう少し豪勢な物を用意できれば良かったんですけど……」
「大丈夫ですよ、我が友。貴方の行いは確かに"美なる味"として私には感じられました。そこに至らぬ点は何もなく、気を落とす必要もありません」
「それに、友である貴方と一緒に作った料理は今、世界のこの場所でしか頂けなかった貴重な物です。それは豪勢でなかろうと私にとっては間違いなくに
「イディアさん……」
「加えて、貴方の気遣いのお陰もあって料理初心者の私でも躓く事なく料理を楽しめましたし……」
「……実の所、食に対する特別な情熱や飢餓感のようなものを持たない私は、どうしても下処理等が面倒に思えてしまっていたのですが……今日は手間のあまり掛からない方法で私にも出来る料理があると知れて——意識が変わりました。新たな好奇心の喜びで胸は高鳴っているのです」
自分を追い込む過度なまでの反省に傾き掛けていた青年を射抜くイディアの炯眼。
往々にして家族と自分自身の為でしかしてこなかった料理の初歩的な技術が役に立って良かったと思う反面、本職専業には遠く及ばない自覚で『恩神にもっと喜んでほしい』と。
不出来な己に不安を募らせていた彼女の心を——今は星の宿る黄褐色の輝きが照らして、温める。
「……それは即ち、今の喜ぶ私は貴方の協力なくして存在し得なかったという事でもあり、故にこそ女神イディアは——自らに新たな可能性を示してくれた貴方に、繰り返しの感謝を捧げるのです」
「……"有難うございます、我が友"」
楚々とした花の笑み。
何度目かに向けられる直接的な好意の表現はそれを真面から受け止める青年の頬を赤くさせ。
けれど、照れる受け手の彼女も同じく、詰まる言葉で胸に持つ感謝の思いを伝えようと奮闘。
「ど、どういたしまして。俺の方も貴方が頑張ってくれたお陰で問題なく料理が出来て、楽しく時間を過ごせて……助かりました。有難うございます」
「……貴方の助けに成れたのなら、幸いです」
「はい……それで、なんですけど——」
まだまだ収まりがつかない謝意の溢れるまま。
更なる返礼・恩返しの機会についてを提案してみる。
「なんでしょう……?」
「——……もっと色んな美味しい物を貴方には食べてもらいたいと思って、その……」
「……」
「もし、都合が宜しければ……『また次の機会を頂けたら』とも、思うのですが……」
「……それは、将来の別の機会にまた——『私を料理や食事に呼んでくれる』という事ですか?」
「は、はい。食材の調達の関係で時期が何時になるかはまだ未定ですけど……美味しい物を用意して其処にもう一度、貴方に来て頂けたら……嬉しいです」
「——まあ……!」
するとイディアは両掌を合わせ、髪色を歓喜の黄へ。
艶やか気味であった表情には溌剌とした幼さのような一面ものせ、瞬くのは瞳の星。
「——それは勿論是非、是非にお願いします……!」
「は、はい」
「そしてまた今後は返礼や謝恩についてを気にし過ぎず、どうぞ気軽にお声掛けを。『親しき間にもなんとやら』とは言いますが、必要以上に気負う事もありません。貴方からのお誘い、私も嬉しくに思いますので……!」
「わ、分かりました」
(……良かった。迷惑ではなさそうだ)
位置関係の都合上で長身の美の女神にすっぽり姿を覆われる形となった白黒の小柄を忘れた——青年の憎からず思う相手へのお誘い。
片目を閉じて得意げに微笑むイディアによって承諾は得られ、次回以降の逢瀬の約束——取り付け完了。
(そしたら次は……何を作ろうか?)
(イディアさんの好みは……まだ聞いてなくて、アデスさんは一応、塩気のある——"あ")
(……忘れてた。でも、勿論アデスさんにも来てもらいたいから、彼女にも話を——)
そうして、漸く。
最適な料理を逆算しようとした青年は反対側で黙している女神の存在へ思い至り、友越しに頭を出しての確認を恐る恐るに投げてみる。
「……あの、アデスさん」
「……?」
「そう言った訳なので次の食事の機会にイディアさんと——そしてまたアデスさんも招待したいんですけど……大丈夫でしょうか?」
「構いません」
(そ、即答)
「今日の如く少数にして"しめやか"な集まりであれば、断る理由も多くはありませんので」
「あ、有難うございます。それではアデスさんも来てくれるということで……日時が決まり次第、また話を」
「承知しました——そして、我が弟子」
「はい?」
「水の御代わりを追加で頂きたいのですが」
「あ、はい。ただ今——」
(結構飲むな……
「——どうぞ」
「手間を掛けます」
結果的に貰えたのは良い返事。
席を移動して恩師の要望通りに水を注ぎ直した青年は"なんてことのない"一連のやり取りに気を緩ませ——平穏で日常的な光景に自身が置かれていることの幸福を再び、噛み締める。
(……"今日みたいな日が続いてくれたら"——と、心の底から思う)
(でも、今のままじゃいられないとも思えて……例え俺が自分の秘密を彼女たちに明かして、今みたいな時間が失われることになったら……)
(それなら——"騙すよりはいい")
(騙すよりかは拒絶される方が……よっぽどいい)
吹く風、青年と女神たちを隔てるよう。
物思いに沈む孤独な視線の先では紅葉。
冬に備えて大方の葉を落とした木の持つ最後の
(だって俺は……恩神である彼女たちに嘘をつき続けるのに疲れて、もう直ぐそれにも耐えられなくなってしまうだろうから)
(……だから、少し……もう少しだけ待って今より心が落ち着いた、"その時"には——)
("本当のこと"を——打ち明けよう)
(……今の俺では失うことを、突然の喪失の苦しみを再び感じてしまえば立ち直ることも難しいから)
(彼女たちの力を借りず、自分で自分の進む
未だ不安定な精神状態に苦しむ青年ではあるが、信頼の出来る友や恩師の
仮にこのまま順調に行けば、そう遠くない未来——"かつての自身に起こった不幸"を緩やかに受容するための準備を整えるであろうと、感覚的な自認を有する女神。
(……なので、もう少しだけ——)
(この平穏な日々を、己を偽って過ごすことをどうか——お許しください)
誰に祈るでもなく天を見上げたまま、願う。
願って親愛なる者たちとの輪の中へ戻って——今日という日の一分一秒を少しずつ、進んで行く。
緩やかであっても、"一歩一歩"を着実に。
それだけ——"それこそ"が、今の彼女に出来る全力の選択であったから。
「……でも、アデスさん。差し支えなければ教えて貰いたいんですけど……貴方自身で用意も出来て何より味のあんまりない——俺が用意する水をどうして、そんなに……?」
「……『情報の味わいが異なる』——とでも言いましょうか。私自ら用意をした物と、"貴方が私の為に用意をしてくれた物"とでは『
「??」
「例えるなら、それは
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「殺すか——殺されるか」
そして迫る——"新たな災い"。
「"それだけ"……それだけだ」
「オレという神から、
既に小さな死体の転がる場で。
"ある神"の血を引くと名高き一族の長へ、今は
"獣の理想"。
静かに、密に——世界へ吠える。
「そして"川水"——お前にとっての"分水嶺"!」
「見落とされては困るのだ——故に示せ、最低限の
「価値をも示せよ——"利用の価値"を!」
「"餌としての魅力"——その及第点で以って"呼び水"とする」
「呼べ! 神を! ——王魔の時を!!」
「柱を用いた"綱引き"だ! "駆け引き"であるぞ! 原初の女神——!!」
「——ク、クク……!」
「ッ——ハッハッ——!!」
「フフ——ハッ——"フハハハハハハハ!!!"」
「"フォハハハハハハハハハハハハハ——!!!!"」
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