『第十話』

幕間の章 『第十話』



「"友神関係"というのは必ずしも——下心や隠し事の有無で構築の是非を決定される関係性ではないと——私は、そのように思うのです」



 話し込むイディアとアデス。

 未だ、鮭捕りの女神は戻らず。

『友』という概念を中心として談議は続く。



「……何故なにゆえ、貴方はそのように考える?」



 傾げる首の揺れる白。

 華奢の肩を撫でるのは、女神アデスの白髪だ。



「情報を隠蔽して他者をする行為は強かであっても決して品の良いものだとは思えません。"胸に一物がある"事は、睦まじく隔たりのない関係性において不適切に見えますが」

「……確かに、密かに利用したりされたりの関係は健全なものとは言い難いかもしれません。相手の有する要素や機能だけを目当てとして関係を結び、その者を消耗品のように使い潰す——」



「——……私も、そのような存在を友と呼ぶ事には抵抗があります」



 両者共に口を動かしては何となしに顔も振り、耳朶じだで揺れる花飾り。

 その様、悩む心情を表すよう。



「……でしたらやはり、私は友に相応しくない存在でしょう。女神に大した恩恵を与えず、どころか一方的に知見を貪ろうとしているのですから」

「……貴方の指導は十分に、我が友の助けとなっているよう思いますが?」

「あくまで今までの指導は自立の支援に過ぎず、本来ならば彼の女神が生まれと同時に既知としている筈の情報やすべ——例えるなら"四肢を持つ動物にとっての手足の動かし方"や、"植物にとっての光合成"のような"基礎活動"を助けているだけです」

「では、"命の営み"についてを教えているのは……?」

「"あれ"も聞かれた事に答えを返しているだけのものであり、何より彼女の"興味"——その"所在"を『私が知りたい』が為の行いです」



「やはりそれも利己的であるが故に、彼女にとっての恩恵とは言い難いでしょう」

「……」



 先刻の友の輝ける顔の様子を見て、その表情の元には弟子から恩師への『感謝』と言うような『"好意的な思い"があるのだろう』と踏んでいたイディアであったが——『他者の内心をおいそれと代弁する訳にもいかない』として、悩む。

 目前の女神は教え子に対する自らの行いを『不十分』とまでは言わないまでも『十分なものではない』と考えているようで。

 実態は兎も角、『相手には何も与えず自分だけが利益を得る関係』に一種の『後ろめたい思い』を抱いているからこそ、『真面目な相手との明確な関係の構築を躊躇っている』ようでもあった。



「……恩やめぐみの定義はまた、当事者間の話す事で見えてくる領域ですので、関係についてを話す此処では一旦、区切りをつけて……コホン」



「要約して話を戻すと、つまり——『隠し事があっては友には成れない・相応しくない』と……貴方はそのように考えているという事ですか?」

「概ね、貴方の見解に相違はありません」

「……分かりました。であれば、女神アデスの意見を踏まえた上で私の考える『友』と、延いてはその『関係性』についてをもう少し詳しくお話ししたいと思います——」



「——思いますので、其処にでも座ってゆっくりと話しましょう」



 言って美の女神は大樹の切り株を指差し、未知の女神を更に落ち着いた話し合いへと誘う。



「……」



 そして誘われた側の小さき柱は無言のままに指定の場所へと向かい——『ちょこん』と素直に下ろした、細き腰。



「……横にお座りしても?」

「構いません」

「では、失礼して——」



 そうして、間もなく。

 続く長身の柱も大体人間が一人分程の間隔を開けて同じ切り株に座り、並ぶ玉容。

 一方は地面に届かぬ脚を真下に垂らして、また一方は長さの余るそれを斜めに折り畳み——。



「——話を続けましょう」



 任された弱火の鍋を視界に——話は再開される。



「仕切り直して私の意見を述べさせてもらいますと、前提として——『友の定義は曖昧なもの』であると私は考えています」

「"曖昧"」

「はい。例えば、"ある者の友と認識していた相手が同様の認識を共有してはいない"——」



「——『私は友達と思っていた相手が、私を友達だとは思ってはいなかった』」



「……そのような事も友と呼ばれる関係では度々に見受けられるのですが、これは——」

「両者の認める友の定義が異なったが故に起こる——"認識の相違"……と言った所でしょうか?」

「そうです。両者の間で大部分の等しい定義がなく、互いの求める友の定義・基準に相違があったが故の"き違い"という事でもあります」



「つまり、今の例からも分かる通り——"友の定義"は他の多くの概念が時にそうであるよう——"曖昧な性質を有する"事があるのです」


「一口に『友』や『愛』や『理想』と言っても、それらの認識は見る者や思う者によって大きく異なり、扱いの仕方も千差万別」



「利便性を考慮した取り敢えずのもの以外では『絶対的な定義も困難で不明瞭』——即ち『曖昧』なのだと……私が多くを語る前に、古き女神も記憶に思い当たる事例があるのではないかと存じます」

「……」



 "コクリ"と小さく頷いて、聞く女神も一定の理解を示し——。



「そうしてまた、"友の定義が曖昧"だとお話しした所で説明は次の段階に移ります」



 話は『曖昧性』の持つ"利点"についてへ移行する。



「先ほど私は『友を親しき間柄の他者』として認識していると述べましたが、仮にこれをこのまま友の定義として考えるのなら、やはり私は——下心隠し事の有無が『"友かそうでないかを分ける境界線"には成り得ない』と思うのです」

「……では、『親しき間柄か否か』で判別を?」

「はい。私の場合は大体がそうですね」



「ですが、まぁ……一方的に相手を友と呼んで関係を強制するのは私もどうかと思いますので、よって私は自分と相手に程度の差はあれ『互いに親しみを感じている状態』を友神関係だと、基本的にはそう捉えています」

「……ふむ」

「此処でも秘密の有無は私の認識や定義には深く関わっておらず。言うなれば『隠し事あっても相互の親しみあれば友』という事になりましょうか」



 話し込む二柱の頭上の空、羽ばたく音。

 つがいか何か関係の詳細は分からぬが、何やら二羽の鳥たちが高い声を交わして仲良さげに飛び去って行った。



「そして、それは——『友だからといって相手に全てを曝け出す必要はない』、『隠し事や秘密、苦悩だって明かさずとも良い』——と言った、私の考えにも繋がって行くのです」

「……内に秘めたものが現状維持そのままでもいいと?」

「……はい。秘密は秘密でも構いません。内に抱えるものを他者に触れられる事は時に辛く、悲しく……痛みさえ生じる程で、それは私にとっても望む所ではありませんから」

「……苦痛を忌避するが故に隠し事や秘密を許容する。そう言った関係性も友の在り方としては決して間違いではないと……貴方はそのように言うのですか?」

「はい。私は、自身と共に親しみを抱き合う者を傷付けたい訳ではないので」



「……それに、傷の付く痛みを知っているからこそ相手を傷ませまいとして適度な距離感を保ち、長い間を共に……穏やかに寄り添える——そうした"優しい関係"も、"素敵なもの"だと思うのです」



 落とした視線、はにかんで。

 焚き火の薪となる木々が燃え尽くしても、女神が灯した超常の炎は消えることなく調理の役目を果たす時を待ち続ける。



「参考までに私は、親しい者達へ明かしていない事が沢山あります」

「……」

「ですがその状態でも、その者達は私に親しみを感じてくれて……幸い、貴方の出会わせてくれた新しき友もそのようでいてくれました」



「恐らくは他者に明かさない——"明かしたくない涙の理由"を抱えているであろうにも関わらず、我が友は今日も私によくしてくれるのです」



「……」

「だからこそ、『隠し事があっても友にはなれる』のだと、私は……思いたいのです」



 紫や青、空や緑、黄緑や黄の色に染まる髪。

 女神の心、秋の空との調和。



「……故に、女神アデスの掲げた"相手との同意を経てから知りたい事や知らせたい事の情報を共有する関係"もまた、その範疇に収まる"良きもの"と——少なくとも私には、そう見えました」

「少々、"都合のいい"ように思えますが……」

「……そうかもしれませんね。ですがそれこそ、『曖昧』で良い部分でもあるのではないでしょうか。明確絶対の答えのようなものが定まっていないという事は、転じて——"絶対の間違いもない"ように思えますし」



 重なり合う紅と黄——それは風で舞い落ちた紅葉もみじ黄葉もみじの色。

 枝を露見させた木々の姿が厳しい季節の到来を予感させても世界の色味は暖かく。



「なので、此処までの友についての話を結論としてまとめると——」





「——『隠す心や物事があっても友神関係は成立しる』……と、それが私の貴方に言いたかった考えなのです。女神」





「……"成る程"」



 頷いたアデスは柔らかくに微笑んでみせる。



「興味深い、大変に興味深い話でした。女神イディア、貴方に更なる感謝を」

「いえいえ」

「貴方から得られた見解を基に私も『友』に対する考えを改めたいと思います。多少なりとも難しく考え過ぎていた面があったようですので」

「お力になれたのなら幸いです」

「……"友という未知"。実におかしきものですね」

「ふふっ。まだ少し、難しくお考えになっているのでは? こうしたものは論説ろんせつも然る事乍ことながら実際の経験も肝要となりましょう」



「なので今は堅苦しくに考え過ぎず、我が友が残してくれた水でも頂いて一息、入れましょうか」



 返す笑顔のイディアは言いながら、"お冷や"二つを離れた台から持って来て、手渡し。



「どうぞ」

「これはまた、どうも」



 知神とも友神とも形容し難い彼女たちの間を飛び交う言葉は互いの行いや考えの仕方に向ける敬意によって、滑らかに運ばれる。



「……兎も角。もう暫くして彼の女神に自ら進む路を選ばんとする為の力が備わった時、私は仮の師弟である互いの関係を見直すため、改めて彼女に話を切り出そうと思います」

「はい。それが宜しいかと」

「その上で認識の相違も擦り合わせ、相手の意志を尊重しつつ——今後はどの様な関係を築いて行くのか……深謀遠慮についてを思い、巡らせたいものです」



 納得の表情で深く頷くアデスの横。

 小玉体の喜ぶ様を見ても笑むイディアは切り株に自身の杯を置きながら静かに、敬愛する者たちの幸福を心で願う。



「そして……その時も間もなくに訪れるでしょう。我が弟子の成長には"目覚ましいもの"がありますので」

「それはまた、少しの驚きです。確かに私も我が友を高く評価していますが……正直、"女神アデスがそこまでを言う"とは」



「……"私自身も驚いてはいるのです"」



「——と言うのも、あの者は私から教えを授かるよりも早くに"未知の物事"へ考えを巡らせ、既にその"利用"さえも始めているからです」

「"未知"の……?」

「より正確には『"未知である筈"の物事』と言いましょうか。該当の事例は幾つも存在するのですが、取り分け、この私が驚きを以って迎えたのは——」




「彼の女神が発生の初期も初期より——『存在が無い事』、即ち『』を表現する数の概念——つまりは周囲の人間達が発見してからだそれ程に時が経っていない『ぜろの概念』を"解し"、更には"使いこなしてまでもいたという事実"だ」




 早まる語調。

 片手で覆い隠すよう抑えた口で——密かに歪む口角。




「それは例え、神々われわれが言葉に落とし込まずとも理解している概念であろうが——『存在の無いものさえ利用しよう』と言う"人の欲"が形を与えた『零』という概念それを……"女神ルティスは既に己の物としている"」



「……この事実は間違いなく、彼女の有する特異の点。もし仮に女神が今までの僅かな間——我流独力がりゅうどくりょくで短期間に、その発明を成し遂げたとしたならば……"その才能は天にまで届くやもしれぬ"」

「……確かに、そうですね。私も、件の概念を既知として十分な利用をするまでには"それなりの時間"を要しましたので……我が友が凡そ"半年"で扱えるようになったというのは……私にとっても少なくない驚きです」

「そうです。そうなのです。加えて、今も彼女は『料理』をはじめとした——で著しい興味関心、その能力を早くに示し、尚も成長を続けている」




「——女神イディア。果たして貴方達、人に近しき世代の神とは皆が……"そのような存在"なのでしょうか……?」




 真横の美神に向かう眼差しは、暗い赤で。

 驚いていたとして、弟子の成長とその発見を喜んでいるのかどうかも外目からは窺い知ること困難な——冷厳の"尋問官"めいた漆黒の神の、"関係者に入れる探り"。

 当事者たる川水の、その"危険性"が限りなくに低いであろうことが分かってはいても——『"今"は改めねばならぬのだ、"誤差の生じる原因"を』




「い、いえ。"皆が皆そのようではない"と、私は記憶しています」

「……軽蔑の意図はなく、しかし——"人と交わった者"も居ると聞きましたが」

「それは、まぁ……私の交友にそういった者もはしますが……その者も積極的に人と慣れ親しんだのは確か……百以上の年が経ってからでしたし——」




「——……発生から半年という短期間で、しかもそれ程早くかずや料理に興味を示したのは……それこそ——"我が友ぐらい"のもので」

「…………」




 油断ならない女神は"数多の可能性"を検討する。

 鎌首をもたげる蛇の如く、動く白髪——結えた髪を指先で巻き取るよう弄りながら。




「……であれば、"こう"も考えられるか——」



「——習熟の速度から考えて現実的にが教える神は、"女神アデスからよりも以前に何処かで教えを"——と」




「……それこそ、女神イディアも通っていた"学び舎"のような——『』とも言い換えられましょうが……」




「……」

「——しかし、私に隠れて学び舎の門を叩いたような素振りはなく、どころかその時間もなかった。私に、そこまでの余暇を与えた覚えはないというのに……何故なにゆえ? "どのようにして出し抜ける"……?」

「……『まさか』とは思いますが、女神……常に我が友の動向へ監視の目を向けていたりは……」

「——"していません"。許可を得た上で予告した日時に様子を窺う事はあっても、主に静謐の夜といった彼女個神の時間にまで干渉はしていない」

「……そう言った所も分別ふんべつが成されているのですね。安心しました」

「彼女にとっての"静寂や孤独"がそうであるかは知りませんが、『その心の休める時までも奪いたい』とは……考えていませんので」




 言いながら、川で滑って転んで水浸しになる弟子を遠くに見る師は目を細め、語気を和らげる。

 今は"見る予告"をしていなかったが、"ただ単に正面を向いた視界に入るものは仕方がない"——『ええ。仕方がありません』




「そして兎も角、また……指導者としてあの者の成長が喜ばしくに思えても、やはり身や心が休まっているのかは一つの心配です」

「……はい」

「普段からして身をにするよう学びへ励み、時にその"伸び代は私の予想を上回る"程なのですが……どうしたものか」

「……驚いただけでなく、成長は貴方の予想までもを大きく上回ると?」

「……"大きく下方修正した基準"をの話ですが」




 手にする"お冷や"に落とす視線。

 水の鏡面に映った己の真紅に語り掛けるよう——"流体に変ぜられない水の女神"について——詳細を伏せて、述べられる事実。




「落胆こそしませんでしたが、実を言えば当初……いえ、なんでしたら今も。神として彼女の見せる力は"私の見込みを大きく下回っている"のが現実です」


「しかし、一つの意識体として彼女は先程述べたような幾つかの分野において肯定的な意味合いで私の予想を裏切り——頭角を現してもいる」


「技術に教養、向上の心。そして何より……"生命せいめいへの興味"、"の者への関心"……そう言った特徴を持つ『あれはあれ』で"見込みを下回っていても予想を超える"——『逸材』なのでしょう」




 ふと横を見る寂寥せきりょうの眼差し。

 どこか物悲しく見える老齢女神の視線の先で——水溜りから飛び出た青色一匹のかえるは落ち葉を掻き分け、単身——道なき道を進み行く。




「未知とは、即ち神秘的で魅力的でもあり……それならそれで将来の変化が楽しみで」


「なれど、"最たる懸念"——予測と実態の"誤差"も可能な限りで減らしておかなければ足を掬われかねないので……ふむ。如何いかんせん、如何いかんせん」




 上から見た円の器を満たす水を眺めながら、指での縁を撫でるよう——なぞり。




「……女神ルティス」


「貴方は一体、何者で……どう在って、どのように成りたいのか」


「若しくはなにかに……いや、なににも成りたくはないのか」




「流れ、低きに身を置く水よ。せめて今の私は、その支える——絶えぬ古川ふるかわの如くに成れたのなら」




 持ち上げ、傾ける杯。

 今し方、横のイディアがそうしたようにアデスは口先を縁に寄せ——実体験ではなくに知っていた——『飲む』という行為を真似てみる。




「…………"冷たい"」

「……物を口にするのは、この水が初めてで……?」

「……はい。舌とやらに染み渡る感覚……『味わう』という概念を今に改め、知りました」




「そしてまた、これが……『涙』に近しきあじなのだとも」




「……今後も変わらず、我が友の事で他に私が貴方達の力になれるのなら、何時でも何なりとお申し付けください」

「……であれば今日という日をどうか、私に気兼ねなくお楽しみください」





「『あの者と貴方とが幸せでありますように』と……"邪神わたし"は——願っています」





 そうして間もなく。

 柔和に笑み合う刀自とうじたちの下へ鮭を抱えながら戻った青年は——当初、名花二輪の間に"己という不純物"が割って入るようで気が引けて。

 しかし、直ぐに"今の彼女"も無事に笑顔で迎え入れられ——ささやかな返礼、食事の時が始められるのであった。





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