『第九話』
幕間の章 『第九話』
「——気をつけてくださいねー!」
川に向かって徐々に小さくなる青年の背中を見送り、未知の柱と共に残されるのは美の女神。
「……大丈夫でしょうか」
「……当事者が『
「……はい」
「……あの者の"危うさ"、"危険性の度合い"や"不明の点"については今後も私の方で調べを進めていく。暫くの間は星に留まるつもりでもいますので、貴方が過度に気負う必要はないでしょう」
「……」
イディアとアデス。
基調とする暖色と寒色、長身と短身。
対照的にも見える女神達は青年の不在で密なる会話を繰り広げる。
「……仰る通り、貴方という女神の存在は頼もしくありますが、やはり個神的な心配の念は拭いきれません」
「……
「我が友……あの者は明らかに、"自身よりも他者に関心の比重を置き過ぎる傾向"があります」
「……」
「己が不安定な状態で、しかしそのまま『誰かのために』と奔走する様は私の中で見目良く映る時もありますが……けれど、時折に垣間見える"影"の存在が友の身を、その命を……儚き
「——何より自身と他者という主体の違いあれど、偏りの程度が甚だしき危うい様相には私も思い当たる
広がる青空に消え入ってしまいそうな薄青の髪を指で自ら摘んで捻るイディア、吐露する苦悩の一部。
「『あの者にとっての適切な支援とは何か』、仮に
「当事者の明かしたくないものを無理に聞き出そうとはしたくないとは思いながら、しかし我儘に苦しむ理由の根本的な原因は分からずとも——それでも、友の助く力に成りたいと願う日々。我が身、我が心、力の不足を憂いに憂い——」
「——"いえ"。悲嘆に暮れても今は埒があきませんね。せめて、もう少ししたら我が友を暖かく迎えられるようにしたいですし——」
「なので、私的な込み入った話は此処までとして、今は今の幸いに感謝を伝えたいと思います」
だが、表情までは曇らせず。
イディアは想いのある自らの胸に手を添え、今の幸福である女神に向かって会釈。
「話を聞いて頂き有難うございます、女神。お陰で少しは考えに纏まりがついたように思います」
「そして何より今日、貴方がこの場に居てくれる事に再度の感謝を」
「貴方が同席の提案を承諾してくれたからこそ、私は——我が友の浮かべる喜びの色を見ることが出来たのです」
視線は下でも目上の女神にイディアは謝意を伝えようとし、対するアデスもまた——同様に。
「あの者の幸福には貴方の存在が必要であり、故に今日の姿を現してくれた事実へ、再三再四の——」
「感謝の言葉を述べるのは私の方もです。女神イディア」
「?」
「貴方の存在が不足などと、その様な事があろう筈もございません」
「料理や食と呼ばれる領域に彼の者の喜びがあったという事実を、私だけで見出す事は叶わず。先程のようにまで身と心を案じてくれる貴方の存在は恐らく——我が弟子にとっても十分に"幸い"と言えるものでしょう」
「……」
「『良き友を持った』とも思います。少なくとも、私には」
希少の微笑で以って、胸の真実を伝える。
「よって、女神の指導役を務める者として今一度、あの者を幸いに導く一助となってくれた女神に——美の女神イディアに、私から心よりの感謝を捧げます」
「……恐悦至極に存じます。此方こそも感謝を、古きの女神」
人に忘れ去られた神殿の跡で。
それぞれ衣服の裾を持った女神二柱、腰を折る。
「旅の寄り道がてらでも構いません。今後も良き関係を続けてもらいたいと、厚かましくに願います」
「はい。今も私の思いに変わりなく。例え将来で何が起ころうとも私にとってのあの者は
「……
「……分かりました。その時が来れば、神のご厚意に与らせて頂きたいと思います」
そうして互いに認識の擦り合わせを済ませ、玉の顔を上げた女神たち。
「……そう言った所で、女神イディア」
「?」
「今し方の流れで貴方に聞きたい事があるのですが……構いませんか?」
「勿論構いませんが、なんでしょう……?」
青年が戻るまでの時間潰しで世間話的な雑談にも興じんとする。
「私にお答え出来るものであれば良いのですが」
「では失礼して一つ、お聞きしますが……——」
「友とは一体——"どの様なもの"なのでしょうか?」
「……いやに唐突ですが、『とも』とは友達や
「左様。加えて先程の貴方が口にしていた畏友の
「でしたら、その『友がどの様なものか』とは…………」
話題の転換を聞かされたイディア、悩み。
「……正直に言えば全く意識外からの質問で少し、混乱中ですので……思考に費やす時間を少々頂きたく存じます」
「分かりました。聞き願ったのは私の方ですので、存分に時間を取られよ、女神」
『友』という言葉の"定義"を求められているのか。
もしくはそれが指す"関係性"か。
はたまた別の何かを問われ、目の前の女神には自身を"試す"意図があるのではないか——といった出口の見えない思考の渦に陥り、捻る頭。
「…………もう少し、取っ掛かりに成り得る情報が欲しいです」
「情報、ですか」
「はい。私的に『友』とは『親しき間柄の他者』であると概ねで認識していますが、今のが貴方の望む解答になり得ぬのなら、やはり問いの詳細な情報が——」
「いえ。何も其処まで複雑に考える必要はありませんよ。女神イディア」
「……? いいのですか?」
「いいのです。単に私は"友という概念を実感で知る"貴方の口からそれについてを聞いてみたかっただけですので、返答は今の物でも十分です」
「は、はぁ」
「抽象的な質問で悩ませてしまい、申し訳ありません」
「い、いえ。女神アデスがそれで構わないと言うのであれば、私は別に……」
異彩の髪は色が橙と空、形は『?』の疑問符。
未だ合点のいかない様子のイディアは更に理解の及ばない状況で思い悩むが——その横。
「……『親しき間柄の他者』、他者は『
少女じみた外見年齢の女神アデス。
得られた答えの言葉を咀嚼するよう——人ではないが——独り
「——ならば、やはり親しきの部分が重要? ……"親友"とも言いますし、これは——」
「……あの、女神アデス」
「?」
「どうして貴方は『友』に興味を……?」
「…………」
「いえ、魅力的なものだとは私も思いますが……友という概念の何が、そこまで貴方という女神を惹きつけるのかが気になりまして……」
「……」
「……好奇心で思わず口にしてしまいましたが、秘すべき理由があるのなら、答えずとも——」
「かつて——この私を『友』と、そのように呼ぶ者達がいたのです」
往々にして寡黙である女神。
語り、見せる——新奇の一面。
「友と呼ぶ者……」
「はい。既に貴方も存じている通り、嫌悪や憎悪、忌避——取り分け"恐怖の意味合いによって語られる事の多い私"をそう呼ぶ者達が、この世界には確かに存在した」
「正確には——"今も"存在するのです。他でもないこの私、アデスという女神の"神格"を知りながらに『友』という語を使う者達が」
平然と、神妙に。
古くから世界を知る神は述べて行く。
「……"友"という風に呼ばれたが故、それについて知りたいと?」
「そうです。全てではなくとも命達が私を友と呼び、ましてや親しみを覚えているというのなら、その事実は——"私の敷いた
"戦略"の都合上、詳細を伏せて。
「世界を看て、取り。『親しき間柄の他者』のようにして私か若しくは"その齎した事象"を『友』と認識した者達の心情を知りたいが為にも私は、その者達が言う件の概念についてを詳しく調べようと——博聞の女神でもある貴方に問いを投げたのです」
「……そうした理由があったとは露知らず。並々ならぬ思いを軽率に深掘りしてしまいました」
「お気になさらず。勝手に話を始めたのは私で、聞き手に徹してくれた女神イディアに責はなく」
「そしてまた、私とは異なる角度で事物を評価してくれる貴方にはもう暫くの間、老いた神の話に付き合ってもらいたいのですが……宜しいでしょうか?」
「は、はい。我が友も未だ掛かるようですし、それまでの間なら大丈夫かと」
「……恩に着ます。凝り固まった思考を客観的に捉えるにはやはり、若者の——いえ、そうではなく。話を早々に戻して——」
「……」
「……こほん」
「と言うのも本題は——今言った『友についてを知りたい』という"私的な願望"こそ、"私が女神の指導を買って出た主な理由の一つでもある"……という事なのです」
「……あの者の——貴方が我が友を指導する理由?」
「はい。これもご存知の通り、彼女は己の神体を川の水とする女神で、そしてその出生に関わった同名の川は私の領域と深くに関わっている。……此処までは以前、貴方にもお話しした筈です」
「は、はい。確かに死者を送る儀礼の場で私も説明は聞いていましたが……それがどのようにして指導の話に?」
「順を追って、確認を挟みながらに述べますと——」
これまでもこれからも、真面目に。
少女にして老婆でもある師の女神。
親睦を深める今の機会にアデスは己が指導役を務める理由を嘘偽りなくに明かすこととする。
「——密接に関わる二つの領域。ともすればその"近しさ"は『隣り合っている』と形容も出来ましょう」
「……」
「よって即ち、それつまり——」
「実質的に"私は——彼女にとっての『
「——と言った話を以前、女神イディアにはしましたでしょうか?」
「…………」
漆黒の女神は"大真面目"に言うのだ。
「……少しお待ちを、女神」
「私は今、貴方の話を聞き逃してしまったかもしれません」
「ですからもう一度、悪いのですが……確認の部分をお願い出来ますか?」
「『私が女神ルティスの幼馴染なのではないか』と、貴方に向けて以前に言ったかを確認しました」
「今度は良く聞こえました。有難うございます」
「——…………"?"」
聞こえた奇怪、聞き直しても奇怪。
飛んだ話の展開にイディアは『引く』ような素振りこそ見せなかったが釈然としない様子で。
だがしかし、健気なり美の女神。
頭髪で白色の疑問符を掲げる彼女は狐につままれたような表情でも——出会ってからそれなりの付き合いとなる相手が覗かせる未知の側面を咀嚼しようと、やや目の回る思いで話の理解に努めんとする。
「ではまた、初めてに聞くようですので順を追って説明すると——」
「一説によれば『幼馴染』とは"親しい"という意味で"友の範疇にも入る"とのことで」
「今の考えを適用すれば、私と彼の女神は既に殆ど『友神関係にあるのではないか』——と言うことでもあるのです」
「そう……なんでしょうか」
「はい。なので私はあの者との関係を深めていくことで、それと同時に友についても知見を得られるであろうと思い——関係を築く"切っ掛け"として"も"、彼女の指導を決意したのです」
「なるほど」
「……決意をしたのですが、此処で一つ私は——大きな問題とも直面する事となりました」
「それは……?」
「……自身を『卑しく』に思ったのです。そうした下心と素性の多くを秘したまま、体良く関係を結ぼうとする己自身を『卑しさ甚だしい』と」
「指導の為と言いながら、関係を結ぶ事によって発生する利益を主な目当てとして彼女に接近する己に対して……"嫌悪"の念を抱いたのです」
「……自身を客観的に捉えて、そのように……?」
「はい。ですので今、友としての関係構築は私自らに女神ルティスへ秘してしまった事実を伝えた後——改めて直接、彼女に申し上げるべきだと……そのように考え、己を自制する事にしました」
「それは……
そうして、『実状を秘密にした状態で距離を詰めようとする己』にアデスが"辟易"している事を何とかに理解したイディア。
聞きに徹していた彼女は追いついた(?)思考で自らの思う所を懇切丁寧に述べることで、尊敬する両者にとっての良い着地点を導き出さんと言葉を重ねるのであった。
「何か重大な誤解があっては大変なので、しっかりと両者で話し合うのが宜しいかと」
「やはり……そうでしょうか」
「はい。そして、その上で私から意見を申し上げるとすれば——」
「"友神関係"というのは必ずしも——下心や隠し事の有無で構築の是非を決定される関係性ではないと——私は、そのように思うのです」
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